特別編 美味しいデザートを求めて、、
この物語は特別編、“四つ耳ウサギを追え”からの続きです
「ねえ、ゼーラ!! ここのお店のデザート、ほんっとうに美味しいんだよ!!」
「以前リノアさんが仰っていたお店ですね! わぁ……甘い匂いがプンプンしてきます……!」
昼下がりの街路を、二人の聖女が並んで歩いていく。
通りの先、木の温もりが残る小さな菓子店の扉が開くたび、
ふわりと香ばしいバターと甘い果実の香りが外へこぼれ出ていた。
今日は――リノアとゼーラ、二人で“ご褒美デザート”の日だ。
「おじさーん!! わたしの仲間連れてきたよー!」
勢いよく扉を開けて、リノアが店の奥へ声を飛ばす。
「おおお、聖女様!! 来てくれたんだねえ」
カウンターの向こうで、エプロン姿の店主が顔を上げる。
だが、いつもの人懐っこい笑顔の裏に、
どこか申し訳なさそうな影が浮かんでいた。
「どうしたの? なんか顔がしょんぼりしてるよ?」
「それがなぁ……」
店主は頭をがしがしと掻きながら、少し視線を落とす。
「いつもクエアルの実を取りに行ってた場所があるんだがね。
最近、その辺りを魔物がうろつくようになっちまってな……
危なくて採りに行けなくなっちまったんだよ」
「えっ……」
リノアの顔から、見る見るうちに色が抜けていく。
「じゃあ……クエアルの実のデザートは……?」
「ここ最近は、全然作れてないんだ。
楽しみにしてくれてたのに、すまないねぇ、聖女様……」
「うぅ〜〜……食べたかった……」
さっきまでキラキラしていた目が、一気にしょんぼりと曇る。
肩も、これ以上ないくらいガックリと落ちた。
ゼーラはそんなリノアを横目で見て、そっと口を開く。
「あの、リノアさん」
「……なにぃ……?」
顔だけ上げたリノアの表情は、若干“世界の終わり”みたいだった。
「わ、私達で、その魔物を討伐して――
クエアルの実、採りに行けばいいんじゃないでしょうか?」
「……あ」
ぱぁっと、リノアの顔に再び光が戻る。
「そうじゃん!! そうじゃん!!」
くるっと店主の方へ向き直る。
「おじさん! わたし達が魔物やっつけて、クエアルの実、採ってくるよ!!」
「い、いいのかい!? そんな危ないことを……」
「任せて!! わたし達、聖女だから!!」
胸をドンと叩いて笑うリノアの隣で、ゼーラもこくこく頷く。
「はい!! 私もデザート楽しみです!!!」
「はは……聖女様方にそこまで言われちゃ、断れねぇな。
場所を教えるから、くれぐれも気をつけておくれよ」
「うん!! ゼーラ、行こ!!」
「はいっ!!」
二人は店主から紙の地図を受け取り、
スカートの裾を揺らしながら、駆け足で店を飛び出した。
ーーーー
「この辺り、だよね?」
リノアが地図と周囲の景色を見比べながら言う。
「そうみたいです。店主さんから頂いた地図通り、
大きな岩山が二つ並んでいますし」
目の前には、まるで巨人の肩のように並んでそびえる岩山が二つ。
その間を抜ける風は、ほんのりと甘い香りを運んできていた。
「……ゼーラ、この匂い」
リノアが鼻をひくひくさせる。
「クエアルの実の匂いだよ、これ!! 絶対そう!!」
「ですよね! なんだかこっちの方から、匂いが強くなってます!」
ゼーラが指差す方向へ、一段と甘い風が吹いてくる。
「ゼーラ、行こう!!」
二人は顔を見合わせて頷き合うと、足早に香りの方へと進んでいった。
数分も歩かないうちに――視界がぱっと開ける。
「すっごーーーーい!!!」
リノアが歓声を上げる。
そこには、赤やピンク色の実をたわわに付けた木々が、
小さな果実の楽園のように一帯を埋め尽くしていた。
「クエアルの実だらけだよ!! 天国かなここ!!」
「魔物も見当たりませんし……今のうちに、沢山採りましょう!」
「よーし!! おじさん驚かせちゃお!!」
二人がキラキラした目でクエアルの木の方へ近づいた、その瞬間――
ゴロッ。
頭上から、嫌な気配と共に影が落ちてきた。
「危ない!! アネマ!!」
リノアが即座に手をかざす。
手元に風のマナが集まり、その風圧が上へと吹き上がって、
落ちてきた岩を空中で粉砕した。
砕けた岩片がぱらぱらと二人の周囲に降りそそぐ。
「どこから……?」
リノアが顔をしかめて見上げる。
「リノアさん!! あそこの岩山に猿がいます!」
ゼーラが指さした先――
岩山の中腹に、右腕だけ異様に発達した猿の魔物が、こちらを睨み据えていた。
「……アイツだね。おじさんが言ってた魔物、“カンバ”」
カンバは歯を剥き出し、目を血走らせて奇声をあげると、
岩場を伝って四足で駆け下りてくる。
「リノアさん、作戦いいですか?」
「あるの? お願い、ゼーラ!」
「私の魔法で攻撃して隙を作ります。その隙に、
リノアさんはマナを溜めて――一撃で倒せる魔法を撃ってください!」
「うん!! 任せて! アデルじゃないけど、一撃で倒してあげるんだから!」
木々の折れる音と共に、カンバが姿を現す。
「ギギィイイーーー!!」
耳障りな奇声と共に、右腕を振り上げて突進してくる。
「ソルマ・アクス!!」
その瞬間、カンバの真下の地面から、
槍のように尖った岩針が一斉に突き出た。
カンバは反応よく地面を蹴って跳躍し、岩針を避けて空中へ逃れる。
――だが。
「思惑通り動いてくれて助かりました!」
ゼーラがにやりと口角を吊り上げる。
「ソルマ・クラヴィス!!」
今度は空中に、無数の岩の“釘”が出現する。
逃げ場のない空中で、カンバの身体は岩釘を正面から受け止める形になった。
尖った岩が右腕や胴体を貫通し、赤黒い血飛沫が空中に散る。
「ギッ……ギギィイイイ!!」
怒号をあげながら、なおもゼーラ目掛けて突っ込んでくる。
右腕を振り上げ――地面へ叩きつけようとした、その瞬間。
「ラミーナァ!!」
――ヒュン。
風が一閃、横薙ぎに走った。
次の瞬間、カンバの身体から頭がするりと滑り落ちる。
首から上を失った魔物は、勢いそのままに数歩進んでから、どさりと崩れた。
「ゼーラ!! ナイス!!」
「リノアさんも、お見事です!!」
二人は思いきりハイタッチを交わす。
ゼーラはそのまま魔法で土籠を生成する
「ソルマ……えっと、土籠、ですね!」
ふくらんだ土が籠の形へと変化し、
たっぷり実を入れられそうな土籠が一つ、ぽんと地面に出来上がる。
「この中にクエアルの実を入れましょう!」
「うん! ありがと、ゼーラ! 結構広いし、手分けして採ろっか!」
「そうですね! では私は左側から採っていきます!」
「じゃあ、わたしは右側ね!」
二人はそれぞれ反対方向へ走り、
クエアルの木から次々と実をもいで、籠へと入れていく。
ーーーー
「結構採れましたね」
ゼーラは両腕いっぱいに土籠を抱えながら、満足げに呟く。
「そろそろリノアさんも採り終える頃でしょうか……」
小さく息を整え、ゼーラは集合場所へ戻ろうと歩き出す。
その途中――
「ねえ、わたしってぇ、かわいい????」
ふいに、すぐ背後から声が降ってきた。
「えっ……な、なんですか!?」
予想外の近さに、ゼーラはびくっと肩を震わせ、
抱えていた土籠をうっかり手から落としてしまう。
慌てて振り向くと――そこには一人の少女が立っていた。
ツインテールに結われた黒髪。
だが、その黒の中にところどころ混ざる、不自然な白。
肌は雪のように白く、透けそうなほどだが――
顔から首、腕、脚にかけて、縫い目のような線が幾つも走っている。
まるで、どこかから継ぎ接ぎにして作られた人形のような少女。
その少女が、ぱっちりとした瞳をゼーラに向けていた。
「ねえ〜、聞いてる〜?」
首をこてんと傾げる。
「もう一回聞くよぉ? わたしってぇ、かわいい?」
近くで見ると、確かに瞳も顔立ちも整っている。
だが、全身に走る縫い目と、どこか現実感のない色白さが、
不思議な不気味さを混ぜていた。
それでも、ゼーラは一瞬で理解する。
――今ここで、下手なことは絶対に言ってはいけない。
「はい! とても可愛いですよ!!」
即答だった。
「ほんとにぃ〜? うそついてないぃ〜?」
少女が唇を尖らせる。
「とっても可愛いです!」
ゼーラは迷いなく、むしろ力一杯言い切る。
少女は数秒じーっとゼーラの顔をのぞき込んだあと――
「だよねぇ〜!! 最初からわかってたよぉ〜!」
ぱあっと笑顔になり、くるりと一回転すると、
満足そうな足取りでその場から去っていった。
「……なんだったんでしょう……本当に……」
唐突すぎる出会いと去り際に、ゼーラはしばし呆然とする。
はっと我に返り、落としてしまった土籠を拾い上げると、
急いでリノアとの集合地点へ向かった。
「ゼーラ! こっちだよー!」
「リノアさん、お待たせしました!」
「わたしも今来たとこだよー!」
リノアも両腕で籠を抱えて戻ってきていた。
二人は籠を並べて、収穫したクエアルの実の量を見比べる。
「あの、リノアさん」
ゼーラが少し困った顔で口を開く。
「私さっき、不思議な女の子に会いました」
「どんな女の子?」
「“わたしのこと可愛いか”って聞いてくる女の子です」
「え!? なにそれ!! 怖い!!」
「“可愛い”って答えたら、どこかへ行ってしまいました」
「変な子もいるもんだね……!」
リノアは腕に鳥肌を立てながら、ぷるぷると体を振る。
「それより!! 早くおじさんにクエアルの実届けよ!!」
「はい!!」
ーーーー
「おじさーん!! 見て見て!! たっくさん採ってきたよ!!」
リノアは籠を高く掲げながら店に飛び込む。
「す、すごい量だ……! 魔物は、どうしたんだい!?」
「私達で倒しました!」
ゼーラが胸を張って答える。
「ははは……流石は聖女様方だ。よし――
とっておきのを作るから、しばらく待ってておくれ!」
「「はーい!!」」
二人は元気よく返事をし、期待に目を輝かせて席に座る。
しばらくすると――店の奥から、
先ほどよりも更に強く、甘く芳醇な香りが漂ってきた。
焼き上がった生地の香ばしさと、
クエアルの実の甘酸っぱい香りが混ざり合う。
「聖女様!! お待たせしました!」
店主が両手で抱えるようにして皿を運んでくる。
「この店の一番の名物――“クエアルケーキ”だ!」
「わぁ〜〜!! 美味しそう!!!」
リノアの目が完全に“星”になる。
「ケーキの上に乗っているクエアルの実が……宝石みたいですね!!」
ゼーラも思わず息を呑む。
ふわふわのスポンジの上に、クリームとクエアルの果肉がたっぷり。
とろりと光る果汁が、淡く光を反射していた。
「さあさあ! たんとお食べ!」
「「いっただきまーす!!」」
二人は同時にフォークを差し込み、一気に口へ運ぶ。
「……お、おいしぃいいいい!!! しあわせぇーー!!」
「本当ですね……! 甘酸っぱくて、でも優しい甘さで……
いくらでも入りそうです!!」
「だろう、だろう!」
店主は腕を組み、満足そうに笑う。
リノアは頬を押さえ、体をくねらせながらケーキを頬張り続ける。
「ゼーラ! これ食べたら、すぐクエスト受けよ!!」
「そうですね!!」
「早くランクアップしないと!!」
「アデルくんとルインも、今頃クエスト受けて頑張ってるんでしょうか」
ゼーラがふと彼らの名前を出す。
「また“四つ耳ウサギ”探してるかもね……」
リノアは苦笑しながらも、すぐに表情を明るくさせる。
「あ、このケーキ、アデル達にも持っていこう!!」
「いいですね! 二人にも食べてほしいです!!」
笑い声と、甘い香りと、
フォークが皿を軽く叩く音が、小さな店に心地よく響き続ける。
そのひと時を――
誰も、失われるなんて想像すらしていなかった頃の、
ささやかで、かけがえのない“日常”の一幕だった。
植物図鑑
・クエアルの実
熟さない内は赤く、齧るととても酸っぱいが、熟すと全体的にピンクの色になる、非常に甘い
魔物図鑑
・カンバ
全長二メートルくらい
右腕が異常に発達した猿、甘い物が特に好きで、常に食べている、縄張り意識が強く、少しでも侵入すると、攻撃をしてくる




