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第八十四話 残された者

泣き声が、いつの間にか止んでいた。


どれくらい叫んだのかも分からない。


喉は焼けつくみたいに痛くて、

胸の奥は、ぽっかり穴が空いたみたいに冷えている。


アデルは、広間の床に座り込んだまま――

腕の中のルインの身体を、まだ離せずに抱きしめていた。


さっきまであったはずの体温が、

ゆっくり、じわじわと消えていく。


腕の中の「重さ」だけが、やけに生々しい現実だった。


 


「……ルイン……」


 


名前を呼んでも、もう返事はない。


 


白い石の広間には、砕け散った魔石の欠片と、

血で汚れた床と、動かなくなったキメラの残骸だけが残っている。


塔の試練には――勝ったはずだった。


けれど、そこに「勝利」なんて言葉を当てはめられる気は、

ちっともしてこなかった。


 


少し離れた場所で、リノアがゆっくりと瞼を開く。


 


「……わたし……いつの間に……意識、飛んで……――!! 試練!!」


 


上体を起こしながら、リノアは慌てて辺りを見渡す。


まず、目に飛び込んできたのは、魔石が砕かれたキメラの死骸。


そして――そのすぐ傍で座り込み、何かを抱きしめているアデルの姿だった。


 


「アデル!!」


 


リノアはふらつく足で、それでも全力で駆け寄る。


 


「アデル!! キメラ倒したんだね!! よか……え……ルイン……?」


 


アデルの腕の中で抱かれているのが誰かを見た瞬間、

リノアの声が途切れた。


ルインの顔からは、どんな「気配」も感じられない。

いつも心配する言葉の一つでも返してくるはずの唇は、固く閉ざされていた。


 


「え……ル、ルイン……? ねえ……起きてよ……起きてよぉ……!!」


 


リノアは震える手でルインの肩を揺さぶろうとして――

その手が途中で止まる。


怖くて、これ以上触れられなかった。


 


「ゼーラ……」


かすれた声で名前を呼ぶ。


「ゼーラは……どこ……?」


 


リノアはふらふらと立ち上がり、周囲を見回す。


視界の端を、白いものが掠めた。


 


白い――髪。


 


「ゼーラ……?」


 


リノアは、胸を締めつけられるような違和感を抱えたまま、その方へ走る。


そして――


 


その場に膝から崩れ落ちた。


 


そこにあったのは、砕け散った肉片と、

血で赤黒く染まった布の切れ端と、

その中に混ざる、白い髪。


 


「うそ……だよね……」


リノアの声は震えていた。


「うそ……うそ……そんなはずない……だって……だって、まだ……

 わたし達と冒険するって、約束したじゃん……ゼーラ……」


 


手が、勝手に震える。


その震えを止めるように、自分の腕を抱きしめるけれど――

震えは、全然止まってくれなかった。


 


リノアも、声をあげて泣き崩れる。


 


その瞬間だった。


 


頭上から、しとしとと、冷たいものが落ちてきた。


 


「……雨……?」


 


亀裂だらけの天井から、あり得ないはずの雨が降り出す。


それはまるで、塔そのものが、彼らの上に「恵み」と「別れ」を同時に降らせているようだった。


 


その雨は、アデルとリノアの体を包み込み、

骨まで染みるような痛みと疲労と傷を、少しずつ癒やしていく。


だが、ゼーラとルインには――


 


雨粒が彼らの身体に落ちるそばから、

輪郭が、少しずつ崩れ、薄れていく。


まるで、この世からそっと削り取られていくみたいに。


 


「や、やめ……」


リノアが手を伸ばす。


指先から、ゼーラの血に触れる。


それは一瞬で灰のように崩れ、指先から零れ落ちた。


 


「いや……いやだよ……そんなの……!」


 


雨が止む頃には、

そこにあったはずの二人の姿は、跡形もなく消えていた。


最初から、何もなかったかのように。


ただ、静まり返った白い石の床と――

広間のど真ん中へ立ち昇る、一本の光の柱だけが残る。


 


「……行かないと……」


 


リノアは、震える足でゆっくり立ち上がる。


ふらつきながらも光柱へ近づき、その中へ一歩を踏み出す。


 


光に飲み込まれながらも、横目でアデルを見た。




アデルはまだ、その場で座り込んだまま、呆然としていた


右手の拳を固く握りしめ――


床を、何度も。

何度も。

皮が裂け、血が滲んでもなお、叩き続けていた。


 


やがて光柱が再び強く輝き――

リノアは、右腕を胸元に抱えるようにして戻ってくる。


右腕の甲には、ひし形の模様が幾重にも重なって刻まれていた。

塔を攻略した「証」。


 


リノアはふらりとアデルの側に歩み寄り、

血で真っ赤になったアデルの拳にそっと手をかざす。


 


「ヒール……」


 


淡い光がアデルの拳を包み、破けた皮膚をゆっくり繋げていく。


それでも、アデルは顔を上げない。


 


――ほんの数秒後。


二人の足元に魔法陣が展開される。


眩い光が彼らの身体を飲み込み――

次に瞬きをした時、そこはもうさっきまでの広間ではなかった。


 


扉の前だった。


ゼーラも、ルインも。


そこにはもう、どこにもいない。


 


リノアとアデルは、しばらく黙ったまま立ち尽くす。


沈黙が、二人の間に重く積もっていく。


その沈黙を破ったのは、アデルだった。


 


「……行こう……リノア……」


 


喉はまだ掠れていた。


それでも、言葉は前に進もうとしていた。


 


「……うん……」


 


リノアの返事も、か細い。


けれど、はっきりと頷いていた。


 


二人は、ゆっくりと歩き出す。

目指すのは、扉の向こう――元の塔の入口へ続く魔法陣。


歩きながら、アデルはふと後ろを振り返る。


誰もいなくなった大扉を、ただただ真っ直ぐに見つめる。


何も言わない。

何も言えない。


それでも、ほんの一拍だけ立ち止まり――

歯を食いしばるように視線を前へ戻し、魔法陣に乗った。


リノアも同じように、途中で振り返り、

込み上げる涙を袖で拭ってから、アデルの隣に並ぶ。


 


次の瞬間、視界が一気に白に染まり――


 


風の匂いが変わった。


 


目の前には、森が広がっていた。


 


「……リノア」


アデルが、前を向いたまま口を開く。


「オレ……ルインに願いを託された」


リノアは、そっと横を見る。


「みんなが……幸せに暮らせる世界を願ってくれ、って……

 そう言われた」


 


「そう……なんだね……」


リノアは唇を噛み、視線を落とす。


 


「オレ……ルインと、約束したから……」


アデルは拳を握る。


「絶対に、叶える。ルインの願いも、リノアの願いも……」


 


「うん……」


リノアは泣きそうな目で、それでも笑おうとした。


「なら……頑張らないとね。アデル……」


 


アデルは短く息を吐き、前を向き直る。


 


「行こうぜ……次の塔へ。

 オレ達の願いを叶えるために……」


 


「うん……だね……」


 


リノアは、ユーリから受け取った地図を取り出す。


紙を広げ、目の前の森と照らし合わせる。


 


「次に目指す塔は……モラカエル塔、だね。

 ここをまっすぐ抜けると――《ヴェルミナ・フォレスト》(黒禁領域)に出るみたい……」


 


「なんだよ、そのヴェルミナってやつは」


 


「通称、“魔女の森”らしいよ……」


 


「魔女、か……」


アデルは鼻を鳴らす。


「闇人が言ってた“禍女”ってやつか?」


 


「それとは……きっと違うと思う。

 とりあえず、行ってみよ……」


 


二人は足を踏み出し、次なる塔を目指して進んでいく。


森の中を歩き続けると、やがて、視界の先で緑がぷつりと途切れた。


そこから先だけ、森が「消えて」いる。


遠目には、道そのものが途切れているように見えた。


 


「……んだよ、あれ……」


アデルは目を細める。


「とりあえず、見に行こう」


 


二人は駆け足でそこへ向かう。


たどり着いた先は――崖だった。


崖の向こう側、足下のずっと下には、

葉が黒っぽい木々が、海みたいに一面に広がっている。


 


「おい……これが、“魔女の森”……」


 


「みたい、だね……」


リノアはごくりと喉を鳴らす。


「どうやって……降りる……?」


 


アデルは崖の縁を移動しながら、周りを見回す。


やがて、崖の側面を這うようにして、

下までびっしりと伸びているツタを見つけた。


 


「リノア……あれ伝って降りようぜ」


 


「他に道も無さそうだしね……怖いけど……頑張る……」


 


「落ちそうになったら支えてやるから、安心しろ」


 


「え……あ、ありがと……」


 


アデルの口からそんな言葉が出たことに、リノアは一瞬きょとんとした顔になる。


でもすぐに、小さく笑って頷いた。


 


アデルが先にツタへと手を伸ばし、

慎重に体重を預けながら崖を下り始める。


リノアも深呼吸を一つして、アデルの後に続いた。


 


ツタは見た目よりも頑丈で、体重をかけても切れる気配はない。


二人は足場を確かめながら、一歩一歩、慎重に降りていく。


 


「リノア! 大丈夫か?」


 


「わたしは……大丈夫……」


 


「あと少し降りると、壁が窪んでる所がある。そこまで行ったら一回休憩しようぜぇ」


 


「うん、わかった!」


 


アデルは崖の途中にある窪みに体を滑り込ませる。


中は、トンネルのように奥へ奥へと続いている、横穴になっていた。


少し遅れて降りてきたリノアに、アデルは片手を伸ばす。


 


「ほら、手」


 


「ありがと」


 


リノアはアデルの手につかまり、なんとか窪みの中へと移る。


二人は壁際に腰を下ろし、

酷使した手のひらをグーパーと広げて、指を伸ばしたり握ったりした。


 


「なんか……二人っきりになるのって、久しぶりだね……」


 


「そう、だな……」


アデルは天井を見上げる。


「はあ〜……ゼーラがいれば、崖の壁に足場とか作ってくれるのによぉ……」


 


「そうだよね。ルインも、できるよ!」


 


「いや、ルインは魚入れる籠しか作れねえぜぇ」


 


「そうだったんだ……ふふ……ルインらしいや……

 やっぱり、二人ともすごいな……ゼーラも、ルインも……」


 


「……ああ。二人とも、すげーよ。ほんとに、すげぇよ……」


 


ふと、会話が途切れ、穴の中に少しだけ重い沈黙が落ちる。


互いに、言わないようにしている名前や顔が、

頭の中で勝手に浮かんでは消えていく。


 


「よし、行くか」


 


アデルが、無理やり区切るように立ち上がる。


 


「うん……行こう」


 


二人がツタへ手を伸ばそうとした、その時だった。


 


――ごうっ。


 


トンネルの奥から、突然、猛烈な突風が吹き抜けた。


狭い穴を通ってきた風は勢いを増し、

二人の身体を容赦なく外側――崖の方へ弾き飛ばす。


 


「なんだぁ!!」


 


「きゃあああ!!」


 


アデルは反射的にリノアの身体を抱き寄せる。

そのまま空中へ放り出され――二人まとめて落下していく。


 


黒い森の中へ。


木々の枝が、容赦なく体を打った。


アデルは歯を食いしばり、自分の背中を惜しげもなくぶつけて、

できる限りリノアの体を守る。 


 


「ぐっ……!!」


 


途中、太く突き出た枝に背中を強く打ちつけ、

その衝撃でリノアを抱える腕の力が一瞬抜ける。


 


その一瞬で、リノアの身体も枝にぶつかりながら離れていき――

二人はそれぞれ、別々の軌道で地面に向かって落下する。


 


「アネマァア!!」


 


リノアは必死に下へ向かって風魔法を放つ。

地面すれすれで風圧が生まれ、落下速度を少しだけ殺す。


アデルもその風に巻き込まれる形で、落下の衝撃を和らげ――

それでも、地面に叩きつけられた瞬間、肺から息が強制的に吐き出された。


 


「ッ……! リノ、ア……大丈夫か……」


 


「だ、大丈夫……だから……――ッ!!」


 


リノアは一度そう言いかけるが、

全身を駆け巡る激痛に声を詰まらせる。


アデルも同じように、背中から全身に走る痛みで、立ち上がろうとしても膝が笑ってしまい、まともに動けなかった。


 


「……あの……大丈夫でっす?」


 


ふいに、頭上――ではなく、少し離れたところから、

おそるおそる声がかけられた。


アデルは痛む首を無理やり動かし、その声の方へ顔を向ける。


 


そこにいたのは――


 


黄色い狐耳をぴんと立てた、獣人族の少女だった。


左目は深いオレンジ。右目は澄んだ青。

左右の瞳の色が違う《オッドアイ》。


大きな尻尾をふわふわと揺らしながら、

心配そうに、地面に倒れ込んでいるアデルとリノアを見つめている。


 


黒く沈んだ森の中で、その姿だけが、やけにはっきりと目に映った。


ザイロフォンの塔 攻略完 残り十七基


       ーーー第一章 完ーーー

無事毎日投稿続けて第一章完結しました!

みてくださった方々ありがとうございます!

二週間くらい休みもらいまして、そこから第二章へ入りたいと思います!


本日も見てくださりありがとうございます!

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