第八十話 穴の向こうにある塔
穴の縁までたどり着いた瞬間、四人は同時に足を止め、闇の底を覗き込んだ。
「下、真っ暗じゃねえか!!」
アデルが顔をしかめ、足元に転がっていた石を拾い上げる。
それを指先で弾くように放り投げた。
カチンッ――。
乾いた音が、ほんの少しだけ遅れて響く。
「そこまで深くない、かもしれんな……」
ルインが耳を澄ましながら呟く。
「この中、飛び込むか?」
「わたし、飛び込む勇気まだないんだけど……」
リノアが顔を引きつらせて後ずさる。
「この下、魔物でもいるんですかね……?」
ゼーラは縁から少し離れ、谷底から吹き上がってくる冷たい風に身を竦めた。時折、下からふっと風が吹き上がり、四人の頬を撫でていく。
「オレ行くわ!」
アデルが急に立ち上がり、拳を握る。
「この下に塔があるはずだぁ!!」
「そんなわけないじゃん!!」
リノアが即座にツッコミを入れる。
「なんで下に塔なんてあるのよ!!」
「そうだぞ、アデル」
ルインも眉をひそめる。
「魔物の巣かもしれないしな……」
「うるせぇな!! おまえらはよ!!」
アデルは苛立ったように両手を広げた。
「塔がこの樹海で見れたか? 見れてねえよな!? 見れてねえなら――下にあんだよぉ!!」
「理屈が雑!!」
リノアが叫ぶより先に、アデルの身体は――もう、穴の中に消えていた。
「ちょっと!! アデル!!」
リノアの心臓が跳ね上がる。考えるより先に、体が動いていた。
「アデル!! 待って!!」
リノアも勢いのまま穴に飛び込む。
「私も行きます!」
ゼーラが慌てて続く。
「ええ……ちょっと、俺、心の準備が……!」
ルインは顔を引きつらせながら縁に立つ。
「アデル、谷怖がってたのになんで穴いけんだよ!! くっそーーー!!」
最後は半ば自棄になって、穴に身を投げた。
重力が、一気に四人の身体を引きずり落とす。
視界がブレる中、アデルの声が響いた。
「リノア!! 下に魔法撃てぇ!!」
「わかった!!」
リノアは胸の前で指を組み、落下の恐怖を振り払うように叫んだ。
「アネマァアア!!!」
瞬間、足元から強烈な風圧が吹き上がった。
四人の落下速度がぐっと鈍り、ふわりと空中で浮くような感覚に変わる。
同時に、下の方がぼんやりと明るくなった。
「下に……発光石があります!!」
ゼーラが目を凝らして叫ぶ。
床一面に散らばった発光石が、乳白色の光で空間を照らしていた。
「うううう!! 地面までまだか!?」
アデルが空中でばたつく。
「もう一回いく!! アネマ!!」
リノアは再び風を放つ。
第二波の風が四人の体を下からしっかりと受け止め、そのまま優しく地面へと押し下ろした。
ふわり――。
四人は、ごとりと軽い衝撃を残して、無事に着地する。
「リノア!! よくやったぜぇ!!」
アデルが満面の笑みで親指を立てる。
「リノアさん!! 流石です!!」
ゼーラも胸を撫で下ろした。
「た、助かった……胸がキュッてなってた……」
ルインも息を吐き、天井を見上げる。
見渡せば、そこは発光石の光で、薄闇の洞窟とは思えないほど明るかった。
淡い光が岩肌に反射し、どこか幻想的な雰囲気を作り出している。
「ねえ! みんな!!」
リノアが壁の方を指差す。
「壁に穴が空いてるよ!! しかも――めちゃくちゃ沢山ある!!」
見れば、洞窟の壁という壁に、無数の丸い穴が開いていた。
大小様々なその穴は、まるで巨大な蜂の巣のようだ。
「……何か、通った跡なのか?」
ルインが穴の縁をしゃがんで眺める。
「魔物、ですかね……?」
ゼーラは少し顔を引きつらせながら壁を見上げた。
三人がどの穴に入るか悩んでいると――
アデルだけが、迷いなく一つの穴へ向かって歩き出していた。
「ちょっと!! アデル!!」
リノアが慌てて呼び止める。
「その穴なの?」
「何がだぁ??」
アデルは振り返りもせずに答える。
「何がだぁ??じゃなくて!! なんでその穴に決めたの?」
「そんなの決まってるだろぉ!!」
アデルは胸を張り、人差し指でその穴をぐさっと指した。
「なんとなくだぁ!!」
「もう!! 考えなさすぎ!!」
リノアは両手を広げて天井を仰ぐ。
「でも、どうしますか?」
ゼーラは他の穴を見回しながら言う。
「どれか一つに絞りませんと、ここにずっといるわけにもいかないですし……」
「おい!! なんだあの光!!」
ルインが急に声をあげた。
洞窟の奥のほう――薄暗い通路の向こうから、ふわふわと小さな光が近づいてきていた。
「……あの光、俺達の方へ向かってきてるぞ!!」
「敵なら、一撃でぶっ飛ばす!!」
アデルが腕を回し、構えを取る。
四人はそれぞれ構え、戦闘態勢に入る。
だが、近づいてくるその光の輪郭が、徐々に“人の形”を帯び始めて――
「おい、てめぇは……」
アデルが目を凝らし、眉をひそめたかと思うと――
「あれ?? やっぱり人ですよねっ――って、え、え……えええええええ!!!アデルーーー!!!」
叫びが洞窟に響く。
「ユーリじゃん!! えええ!! ユーリじゃん!!!!」
「ユーリさん!!! まさか、こんな場所でお会いするなんて……」
「ユーリかよ!! 後、プクプクもいるじゃん」
光の正体は、発光石を握りしめた青年――冒険家のユーリだった。
そして、丸っこい生き物・プク太がユーリの隣で浮いていた。
「アデルゥウウウウウウウウ!!!」
ユーリが目をキラキラさせながら叫ぶ。
「そしてリノアさん!! ゼーラさん!! ルインさん!!!!
わぁああああ!! お久しぶりですぅうう!!」
一気に駆け寄ろうとしたユーリは――
見事に、足元の小石につまづいた。
「ぉべっ――」
盛大に転びかけ、ギリギリのところで踏ん張る。
「おまえ……変わらずだな……」
アデルが呆れたように吐き出す。
「アデルうるさい……僕だって、ちょっとは筋肉ついたし!!」
「けっ!! まだもやしだわ!!」
「もやしじゃない!!」
プク太も「プクプクー!!」とアデルに向かって抗議するように鳴く。
ルインが小さく笑いながら、ユーリに問いかけた。
「おいユーリ、そんなことより、なんでこんな場所にいるんだ?」
「あ、えーとですね……」
ユーリは発光石を持ち直しながら、洞窟の天井を見上げる。
「穴があったんですよ……それで中に入ったら、巨大ヤスデの巣みたいで……大変でした!」
「ここは、ヤスデの巣なんですか? それと“大変”って……襲われたんですか!?」
ゼーラが目を丸くする。
「ゼーラさん違います!」
ユーリは両手をぶんぶん振る。
「説得ですね! ヤスデが邪魔で道通れない所があったので、通してもらうように説得してたんです!」
「……あー、ユーリさん魔物と話せるんでしたね」
ゼーラが苦笑まじりに納得する。
「でも、みなさんはどうでしたか?」
ユーリは四人を順に見つめる。
「久しぶりにお会いしましたけど、ここまでの旅は……」
その問いに、四人の表情が、揃って暗く沈んだ。
誰も、すぐには言葉を返せない。
ユーリはその空気を感じ取り、慌てて話題を変える。
「あ、あの……なぜ皆さんは、この穴の中へ?」
「わたし達はね……」
リノアがアデルを半眼で睨みながら言う。
「アデルが、“塔は下にある”って言って先に降りちゃったから、仕方なくわたし達も降りちゃったの!!」
「そうなんですか!!?」
ユーリの目がまん丸になる。
アデル以外の三人は、揃ってこくこくと頷いた。
「うるせぇな!!」
アデルが口を尖らせる。
「上に塔見えなかったら下だろぉ!!」
「アデルの言う通りだよ!!」
ユーリが慌ててフォローするように言った。
「僕、出口ないか探してる時、塔を見たんだよ!!」
「えっ!! ユーリほんと??」
リノアが勢いよく顔を上げる。
「うん!! リノアさん、本当です!!」
「ほら!! ボッケェ!!」
アデルが鼻で笑う。
「塔、あったじゃねえかよ!! 下によぉ!!」
「アデルのテキトーな発言が、見事当たるとはなー……」
ルインが呆れたように頭をかく。
「私も、ただ木々が邪魔で塔が見えないだけかと思ってました……」
ゼーラも苦笑する。
アデルは三人の顔を見回し、勝ち誇ったようにニヤニヤした。
「それでユーリ、どの穴から行けばいいんだ?」
ルインが本題に戻す。
「それはですね!」
ユーリが指をさした先――
今まさに、アデルが立っている穴。
「今ちょうどアデルがいる場所の穴から、真っ直ぐ行けば着くはずです!」
「見やがれボケェ!!」
アデルがドヤ顔で胸を張る。
「オレの読み、当たってたじゃねえか!!」
リノアとゼーラ、ルインは、揃ってじとっとした目でアデルを見た。
「ユーリさん、ありがとうございます!!」
ゼーラがぺこりと頭を下げる。
「塔がまさか下にあるとは……驚きでした!」
「それよりユーリは、この後どうするんだ?」
ルインが問いかける。
「そのですね……」
ユーリは少し遠慮がちに、リノアの方へ向き直った。
「一個、リノアさんにお願いがあるんです……」
「え!? わたし!?? なに、ユーリ?」
リノアが首をかしげる。
「僕を外へ出して欲しいんです……アネマを使って……」
「え? 別にいいけど……どうやって……?」
ユーリは、プク太の顔を、両手でそっと掴んだ。
「プク太、お願い!!」
そう言うと――プク太の耳が、ばさっと大きく広がった。
「これで、下から風を起こしていただければ、上手くいくと思うんです!!」
ユーリはポケットから一枚の紙を取り出す。
「あと、これ。近くの塔まで記されている地図です! どうか使ってください!!」
リノアはその地図を両手で受け取り、大事そうにポケットへしまい込む。
「ありがとう!! ユーリ!!」
「いえ!! こちらこそ!!」
ユーリは照れくさそうに笑った。
「皆さんに、またお会いできて本当に嬉しいです!! またどこかでお会いしましょう!!」
「じゃな! ユーリ!!」
アデルが手を振る。
「はい! またお会いしましょう!」
「ユーリ!! また会った時、飯でも食おうぜぇ!!」
「ユーリ!! 行くよ!!」
リノアはユーリとプク太の真下へ立ち、深く息を吸い込む。
「アネマ!!」
風が、縦穴の中を一気に駆け上がる。
プク太の大きく広がった耳が帆のように風を受け、ふわりと浮かび上がった。
ユーリもその背に乗ったまま、ふわふわと上昇していく。
「うわあああ!! 上がってる上がってるぅう!!」
ユーリの声が遠ざかっていく。
小さくなっていく影が、穴の縁に近づき――やがて、外の光の中へ消えた。
「ユーリ、手振ってんのかぁ?」
アデルが目を細める。
「そう思うけどね!」
リノアも笑いながら、同じように手を振る。
「まあ、いいや!!」
アデルはくるりと後ろを向き、例の穴の前に立つ。
「塔へ行こうぜぇ!!」
四人は、それぞれ表情を引き締め――
ユーリが教えてくれた、その穴の奥へと、塔を目指して歩き出した。
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