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第七十九話 闇が残した痕

火が、ぱちりと鳴った。


夜気の中で揺れる焚き火は、四人分の影だけを揺らしている。

そこにあるはずだった、五つ目の大きな影は――もうどこにもない。


アデルは無言のまま、乱暴に薪をくべた。

パキ、と枝が割れる音だけが、妙に耳に残る。


リノアは、何度か口を開いては閉じる。そのたび、言葉になりかけた何かが喉の奥で潰れた。


「……明日、樹海に入る」


焚き火の向こう側で、ルインがぽつりと告げる。

それだけの言葉なのに、やけに冷たく響いた。


夜の静けさが、再び四人の胸の中にグリムの姿を浮かび上がらせる。

そして、あの異形の存在――“闇人”の気配までも。


「なあ」


薪をつついていたアデルが、炎から視線を外さないまま口を開いた。


「あのクソカス……闇人って言ったんだよな。リノア達が来る前にな」


「そ、そんな……ウソォ……」


リノアの顔からさっと血の気が引く。


「だって闇人(やみびとは、光闇戦争(こうあんせんそうの時代に倒されたはずだよ……。どういう事なの……」


 


「アデルくん……それは、本当なんですか……?」


ゼーラが、おそるおそる確かめるように問う。


「ああ」


アデルは苛立ちを押し殺すように、歯を食いしばった。


「あのクソカス、自分のことを“闇人と呼べ”って言ってやがった……」


ルインが、膝の上で組んでいた手をぎゅっと握る。


「……だとしたら、歴史がおかしくなるな」


焚き火の明かりが、ルインの横顔に揺れる影を落とす。


「本当の歴史は……レナウス聖神国(せいしんこくは知ってるのか?」


「わからない……」


リノアはぎゅっと膝を抱え込み、炎を見つめる。


「でも……全ての塔を攻略すれば、わかるのかな……」


「どうでしょう……」


ゼーラは真剣な表情で首を傾げる。


「ですが、何かしら、きっと分かる所があるかもしれません。さっき言っていた“穢者(けもの”とか、“禍女(まじょ”とか……」


その言葉を最後に、しばし沈黙が落ちる。


また、火がぱちりと弾けた。


「……なあ」


アデルは火に背を向け、土をつま先で蹴りながら言った。


「オレ達はさ、塔攻略する事だけ考えようぜぇ……」


炎の揺らぎが、アデルの後ろ姿を赤く縁取る。


「今、余計な事考えるのはやめよう……。オレ、もう寝るわ……」


そう言って、ゼーラが土魔法で作った、半球状の“土のかまくら”へと向かっていく。


「アデル……」


ルインはその背中を見送り、小さく息を吐いた。


「なら、俺も寝るかな……。おまえらはどうする?」


「わたしは、もうちょっと起きてる……」


リノアは膝を抱いたまま、焚き火から視線を外さない。


「私も、まだ起きてます……」


ゼーラも隣で静かに頷いた。


「そうか……」


ルインは立ち上がり、少しだけ笑ってみせる。


「火を消すの、忘れんなよ」


それだけ言い残して、ルインも寝床へと向かって行った。


焚き火の前に残ったのは、リノアとゼーラの二人だけになった。


「ゼーラ、魔法の修行、手伝ってよ」


リノアがふっと立ち上がる。涙の跡がまだ目元に残っているのに、どこか前を見ていた。


「ええ。私も、そのつもりでした!」


ゼーラも立ち上がり、土の服についた砂を払う。


二人は焚き火の火を丁寧に消し、少し離れた開けた場所へ移動した。


「グリ兄が言ってたよね」


リノアは両手を胸の前で組み、空気を吸い込みながら思い出すように言う。


「わたしが魔法を撃つとき、無駄にマナを流しすぎてるって」


「確か……」


ゼーラも同じように掌を見つめて続ける。


「“リノアさんの魔法の撃ち方は、息をずっと吐き続けてるようなもんだ”って、言ってましたよね……」


「そうそう」


リノアは苦笑しながら、胸のあたりを軽く叩く。


「だからすぐマナ切れ起こしちゃうんだって。逆にゼーラは、わたしとは正反対で――」


「息を、一気に吐き出してしまうタイプですね……」


ゼーラは自分の掌を握って、開いてみせる。


「だから岩壁にマナが注がれず、強度が足りなくてすぐ破壊されちゃうって……」


「そうそう、それ!」


リノアは指をパチンと鳴らす。


「ゼーラがわたしの“出し方”を覚えて、わたしがゼーラの“溜め方”を覚えれば――」


「魔法の威力が上がったり、防御が上がるって言ってましたよね!」


ゼーラの瞳に、少し光が戻る。

 

グリムの教え。


もう二度と、直接言葉をもらうことはできない。

それでも、置いていってくれたものはたくさんある。


「じゃあ、ゼーラ……始めるよ!」


リノアは胸いっぱいに夜の冷たい空気を吸い込む。


「はい! やりましょう、リノアさん!」


ゼーラも構えを取る。その表情は、少しだけ強くなっていた。

 

その夜、共鳴樹海きょうめいじゅかいの手前の荒野には、

二人の聖女の声と、風と土の魔力が響き続けた。



一夜明けて。


四人は歩きで進み、やがて――森の入り口に辿り着いた。


そこが、共鳴樹海きょうめいじゅかいだった。


「……何この音……」


森に一歩足を踏み入れた瞬間、リノアは眉をひそめる。

どこからともなく、低い唸り声のような、囁きのような音が響いてくる。

風が木々の葉を揺らす音とも違う。

耳を澄ませば澄ますほど、それは“誰かの叫び声”に聞こえなくもない。


「叫び声……に聞こえるけど……」


「リノアさん、よく聞くとですね、叫び声っぽく聞こえる“だけ”ですよ……」


ゼーラが苦笑しながら言う。


「木が揺れる音と、どこかの魔物の鳴き声と、風の音が混ざって、そう聞こえるんだと思います」


「うるせぇ森だなぁ!!」


アデルは耳をほじる仕草をしながら、ぶつくさ文句を言う。


「まあ、不気味でもあるよな……」


ルインは木々の間に目を走らせる。


「とりあえず進むぞ」


彼を先頭に、四人は樹海の中を進んでいく。


「ここも魔物、そんなにいないのかな?」


リノアが周囲を見回す。今のところ、目に見える魔物の影はない。


「いても、オレがそいつを潰すだけだ!」


アデルは胸を叩き、虚勢混じりに笑う。


「でも、不気味ですねこの森……」


ゼーラは肩を竦めた。


「夜になったら、ちょっと怖いかもです……」


「なあ」


しばらく進んだところで、ルインがふっと足を止めた。


「この地面だけ、色おかしくないか?」



言われてみれば、確かにそうだった。


今四人が立っている土と、少し先の地面――そこだけ、土の色がほんのりと緑がかっている。


「ええ、本当だ……なんであそこの地面、若干緑なんですか?」


ゼーラが首を傾げる。


「別に、たまたまだろ! ほら行くぞ!!」


アデルが何も考えずに、その緑の地面へと足を踏み出した――その瞬間。


ズガンッ!!


踏み込んだ場所から、先の尖った木の根が槍のように突き出した。


「っぶな!!」


アデルは咄嗟に飛び退き、髪の毛すれすれで木の根を避ける。


「なんだこのクソ地面はよぉ!!」


「おい、アデル!」


ルインが目を細め、周囲の地面を確認する。


「その地面を踏むな! ヴァイブリオン・ルートが地面にいるぞ!!」


「はあ? なんだそのヴァイブロンだか何だかってやつはぁ!!」


「ヴァイブリオン・ルートです……」


ゼーラが真面目な顔で修正する。


「地中に潜む魔物です。自分の縄張りに入った獲物を、尖った根で串刺しにして、体液を吸収する魔物だと聞きました 


「じゃあ、ここら辺一帯、踏み抜いたらアウトってことか?」


ルインは眉をひそめ、緑がかった地面の範囲を目でなぞる。


「……ああ、厳しいな。別の道を――」


「ねえ、ルイン」


そこで、リノアがきゅっと杖を握りしめ、一歩前に出た。


「そのヴァイブリオン・ルートを“倒しちゃう”ってどう?」


「それも無理だ……」


ルインは即座に首を振る。


「かなり地中深くにいるらしいからな。俺達の攻撃が届かない」 


「えー……なら、遠回りするしかないの……?」


リノアは唇を尖らせ、周りを見回す。


その視線の先――頭上高く伸びた、太い大木が目に入った。


「……ねえ」


リノアの目に、いたずらっぽい光が宿る。


「この木、倒して“足場”にしない?」 


「おい、リノア」


ルインが目を丸くする。


「それ本気で言ってるのか?」 


「本気に決まってるじゃん!!」


リノアはにやりと笑って、一歩前へ。


「じゃあ行くよ――ラミーナ!!」 


風がうなりを上げる。

大木の幹に、風の刃が走った。


スパッ、と鋭い音が響き、幹に深い切れ込みが入る――が、まだ完全には切断されない。 


「全然ダメじゃねえかぁ!!」


後ろからアデルの容赦ないツッコミが飛ぶ。


「アデルうるさい!!」


リノアは頬を膨らませて、もう一度構えを取る。


「もう一回! 魔法を出す瞬間、“一気に”マナ込める……!」


グリムに言われた通りのイメージを、胸の中で組み立てる。


「よし――ラミーナ!!」


さっきよりも鋭い音が、樹海に響いた。


刃はさらに深く幹を裂くが、それでもまだ倒れない。

 

「あー!! もう!!」


リノアが苛立ち混じりに叫んだ、その時―― 


「おらぁああああ!!」


アデルが割って入り、切れ込みの入った幹を思い切り蹴り飛ばした。


ミシミシミシ……ミキミキミキィ!!


裂け目が一気に広がり、大木が軋みを上げながら傾き――


ドオオオオオンッ!! と、緑色の地面側へ倒れ込んだ。


次の瞬間。


倒れた大木の真下から、尖った木の根が一斉に突き出した。


バシュッ、バシュバシュッ!!


大木の幹を何十本もの根が貫き、串刺しにしていく。 


「ここ、下手に渡ってたら……串刺しでしたね……」


ゼーラが青ざめた顔で呟く。


「しゃあああ、行くぜぇ!!」


アデルが勢いよく倒れた大木に飛び乗り――


「――って、いて……」


右腕を押さえて顔をしかめた。 


「アデル……大丈夫……?」


リノアはすぐそばに駆け寄り、彼の腕に手を当てる。


「ヒール!」


淡い緑色の光が、アデルの腕を包む。


「闇人に掴まれた場所だけ、少し色が変わってやがる……」


アデルが袖を捲ると、右腕の一部だけが薄く黒ずんでいた。


「クッソ……闇のマナってやつか、あれが……」


 


「闇のマナは、“闇人”が持っているマナです……」


ゼーラが緊張した面持ちで言う。


「私達の世界のマナと、根本から性質が違う……と、本で読んだことがあります」


「あのクソが言ってやがった」


アデルは苦々しげに歯を食いしばる。


「オレらが闇のマナに触れると、“グール(屍鬼)”になるってよ……」 


「アデル……それ、本当かよ……」


ルインの表情が険しくなる。


「なら俺達が以前、ハラビ村で見たグールは……闇人が……?」

 


リノアは唇を噛み、首を振った。


「……ねえ、今そんな事考えたって、しょうがないよ」


彼女は倒れた大木の上に足をかける。


「今は塔へ向かおう。速く進まなきゃ」 


アデルは一瞬だけ黙る


「……ああ。そうだな」 


四人は、倒した大木の上に順番に乗り、

下から突き出される根に注意しながら慎重に渡っていく。


ある程度進んだ先――


視界の先に、ありえないほど大きな“穴”が口を開けていた 


「おい……なんだよ、あのクソでけぇ穴は……」


アデルが思わず足を止める。


四人は、思わず駆け足になってその縁まで近づいていった。


底の見えない闇が広がる、その巨大な穴の縁へと――。

本日も見てくださりありがとうございます!

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