表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/88

第七十八話 守られた四人

風が、また吹き始めていた。


さっきまで肺を押し潰すみたいに重たかった空気が、

今は何事もなかったかのように、ひんやりと谷を撫でていく。


さっきまでそこで叫んでいた声も、笑っていた声も、もうない。


そこには、もう動かないグリムの身体だけが残されていた。


それでも、誰もすぐには立ち上がれなかった。

膝から力が抜けているのか、心から力が抜けているのか――

四人とも、その場に縫いとめられたみたいに動けない。


 


「……行こう」


ぽつりと、その沈黙を破ったのはアデルだった。


掠れた声だったが、確かに聞こえた。


みんなも、行かなきゃいけないことは分かっている。

ここでいつまでも泣き続けていられるほど、塔への旅は甘くない。


それでも。


グリムという存在は、リノアたちにとってあまりにも大きかった。 


「いつまで……こうしててもしょうがねえだろ……」


アデルは、胸のあたりをぎゅっと握りしめながら、無理やり口角を上げる。


「塔まで、さっさと向かって、攻略しに行こうぜぇ……」


そう言って、背を向けた。

足を、一歩、前へ。砂を踏みしめて歩き出す。 


「アデルゥウウ!! 待ってよ!!」


リノアの嗚咽混じりの声が、谷に響く。


「なんでそんな簡単に切り替えれるの!!」


涙で濡れた頬をぐしゃぐしゃにしながら、リノアはアデルの背中に叫ぶ。


「わたしは……まだ……まだそんな簡単に、切り替えれないよ!!」


風に乗って、リノアの声が亀裂の谷に反射するように広がっていく。


ルインも、ゼーラも、まだグリムの遺体のそばにいた。

声を出すこともできず、ただ涙をこぼしている。 


「アデルは、なんで……何でそんなに冷たいの!!」


リノアは、絞り出すように言葉を続ける。


「一緒にここまで冒険して来たでしょ!! 助けてもらったでしょ!!」


喉が痛くなるのも構わず、息を吸い、叫ぶ。


「どうしてなのよ!! 答えてよ!! アデル!!」 


アデルの背中が、ぴくりと揺れた。


振り返らないまま、低く、ぼそりと声が零れる。


「……リノア........


     アニキは今は死んでるけどよ」


アデルは握りしめていた拳を、さらに強く握る。


「オレが塔の願いで、生き返らせるからよ」


振り向かずに、まっすぐ前を見たまま続けた。


「だから別に、悲しくなんてねえ」


言葉とは裏腹に、声は小刻みに震えている。


「ジート、ラセル、ルナも全員生き返らせるからさ」


その名前を出すたびに、胸の奥が軋む。

心臓の中に開いている穴に、誰かの名前だけを必死に詰め込んでいるみたいだった。 


「みんな、きっと寂しいと思うから。早くオレ達に会いてぇと思ってるから」


拳を握る手に、血が滲む。


「だから早く塔へ行こうぜ……」


アデルは、歪んだ笑顔を無理やり貼り付けて振り向く。


「みんな……絶対、生き返らせるからさ……」 


「アデル……」


リノアは、くしゃりと顔を歪める。


「わたし達も……旅の途中で死んじゃうかもしれないんだよ……」


唇を噛みながら、それでも言わずにはいられなかった。


「そしたら、みんな生き返らせれないかもしれないんだよ……?」


声が震え、涙が溢れて止まらない。


「もしそうだったら……きっとアデル、後悔するよ……」


リノアは両手を握りしめ、叫ぶ。


「もっと亡くなった人に寄り添ってあげればよかったって、後悔するんだよ!!」 


「……うるせぇよ、リノア」


アデルの一言で、空気が変わった。


冷え込むような、鋭い気配が走る。

ルインも、ゼーラも、そしてリノア自身も、アデルの放った気配に飲み込まれる。


アデルは振り向き、涙をこらえた目でリノアを睨む。


「わたし達が途中で死ぬだと?」


低い声が、地を這うように響く。


「リノア……テメェ……ふざけた事抜かしてんじゃねえよぉ」


胸の奥から這い上がってくる怒りを、そのまま言葉に乗せた。


「オレは死なねえ」


アデルは自分の胸を拳で叩く。


「ジート達を生き返らせるまでは、オレは絶対死なねえ!!」 



「リノア!!」


吐き捨てるように、名前を呼ぶ。


「テメェは、死ぬかもしれねえと思って旅してんのかぁ? 


リノアの肩がびくりと震えた。


「テメェは、母さんを生き返らせる為に塔へ挑んでんだろぉ!!」


アデルの目には、怒りと、焦りと、恐怖が混ざっていた。


「“死ぬかもしれねぇ”なんて考えてんじゃねぇよぉ!!」


言い終えると同時に、アデルはグリムの亡骸のそばへ歩いていった。


その歩みは、さっきよりもずっと重く、ぎこちない。


「アニキ……」


アデルは、膝をつき、グリムの顔を覗き込む。


もう開かない瞳。二度と笑ってくれない口元。


「少しだけ寂しいかもしれねえけど……」


声が震え、唇が噛み締められる。


「待っててくれねえか?」


震える指で、そっとグリムの服の裾を掴む。


「サクッと塔攻略して、生き返らせるから」


喉の奥が詰まり、うまく声が出ない。


「ちょっとだけ、待っててくれよ……」 


アデルはグリムのポケットに手を伸ばし、くしゃくしゃになった地図を取り出した。


それをぎゅっと握りしめ、顔を上げる。


一歩を踏み出す。足を前に出し、進もうとする。


ゼーラも、ゆっくりと立ち上がった。


涙で濡れた頬を乱暴に拭い、グリムの方へ向き直る。


「グリムさん……」


唇をきつく結びながら、震える声で言葉を紡ぐ。


「私達を、いつも支えてくれて……ありがとうございました……」


堪え切れず、また涙が溢れ出す。


「ぅう……ぅぅぅう……」


それでも、ゼーラは涙を拭い直し、アデルの後を追った。 


ルインも、ゆっくりとグリムのそばにしゃがみ込む。


「グリム……」


いつもは軽口を叩く口が、今はひどく重たい。


「俺達を守ってくれて、ありがとな……」


握り拳を地面につき、俯いたまま言う。


「みんな無事だからよ……」


視線を上げると、血まみれのグリムの顔がそこにある。


「ゆっくり、休んでくれよ……」


そう言って、ルインも立ち上がり、アデルとゼーラの方へ歩いていく。 


最後に残ったのは、リノアだけだった。


「グリ兄……」


膝から崩れ落ちるようにしてグリムのそばへ座り込み、震える手で彼の服を握る。


「ありがとう……」


嗚咽が喉を塞ぐ。言葉が途切れ途切れになりながらも、どうしても伝えたかった。


「本当は、もっと……もっと一緒に旅したかった……」


涙がぼたぼたとグリムの胸元に落ちる。


「わたしにとって……お兄ちゃんみたいな存在だった……」


声を押し殺そうとしても、震えが止まらない。


「ここまで旅してくれて……わたし達を守ってくれて……ありがとう……グリ兄……」


「ぅぅう……ぅぅっぅ……」


肩を震わせて泣きながら、何度も何度も礼を言う。 


やがて、リノアもゆっくりと立ち上がった。

涙を拭っても、すぐに新しい涙が溢れてくる。


それでも、足を前に出す。アデルたちのところへ向かう。 


追いついた時、アデルはなぜか地図を見たまま、立ち止まっていた。


「アデルくん、どうしたんですか……」


ゼーラがそっと声をかける。 


「わ……悪い……」


アデルは地図を持つ手を震わせながら、顔を俯かせた。


「ちょっと……今……地図、見れねえから……」


絞り出すように続ける。


「代わりに……頼んでも……いいか……」


リノアとゼーラ、ルインが、はっと息を呑む。


アデルの頬を、一筋の雫が伝っていた。 


「あぁああああああああああああ」


アデルは空へ向かって叫んだ。


それは、ずっと堪えていたものが一気に爆発した悲鳴だった。


「アニキと……もっと、もっと……旅したかった……!」


膝から崩れ落ち、そのまま地面に手をつく。


「オレが……オレが……弱いから……」


悔しさと自責が、言葉を歪める。


「また……また友達を守れなかった……!」


声にならない嗚咽と共に、涙が止まらなくなる。


「ぁああああぁああぁああああ!!」 


ゼーラは何も言わず、そっとアデルの背中に手を置き、ゆっくりとさすった。


「アデルくん……」


優しく、繰り返し背を撫でる。


「大丈夫です……大丈夫……」


その言葉は、アデルにというより、自分自身にも向けられていた。 


ルインも、リノアも、堪えていた涙が再び溢れ出す。


四人は、グリムのいない現実の前で、立ち尽くして泣いた。


亀裂の谷には、風の音と、四人の泣き声だけが響いていた。



どれくらい時間が経ったのか、誰にも分からなかった。


泣き疲れ、涙も枯れかけた頃――


「……ありがとう、ゼーラ」


アデルが、かすれ声で言った。


背をさすっていたゼーラが、小さく微笑む。 


アデルは目元を乱暴に腕で拭い、立ち上がる。


「みんな……行こう」


赤い目のまま、それでも前を向いて言う。 


四人は、再び塔を目指して歩き出した。 


「……すまん」


歩きながら、アデルがぽつりと言う。


「モリハクとモリクロは、崖に落ちた……助けれなかった……」


声には、悔しさと無念が滲んでいる。 


「仕方ねえよ……」


ルインは小さく首を振った。


「今日はどっかで野宿して、明日、共鳴樹海きょうめいじゅかいに入る予定だ……」


地図を見ながら、淡々と言う。 


「そうなんですね……」


ゼーラは周りを見回しながら呟く。


「でも、ここら辺、魔物いませんね……」 


「確かにそうだね……」


リノアが亀裂の谷を見渡す。


岩だらけで、草木もまばらだ。


「草木があまり生えてないから、生きづらいのかな?」


「この谷の下にいるかもしれませんよ?」


ゼーラが谷底の方に目を向ける。


「谷の下、覗いてみたけど、真っ暗で見えないぞ?」


ルインが肩をすくめる。 


「え? 本当!? わたしも見てみよー」


リノアは谷の縁へと駆け寄る。


足元に気をつけながら、恐る恐る身を乗り出して谷底を覗き込んだ。


下から、ひゅう、と冷たい風が吹き上がる。


覗き込んだ先は、底の見えない闇だけが広がっている。


「全く見えないね!」


リノアは目を細める。


「下には何があるんだろ?」 


「おまえらよく覗けんな?」


少し離れたところで、アデルが眉をしかめている。 


「アデルも覗いてみてよ!」


リノアはにやりと笑って振り返る。 


「誰が覗くか!!」


 即答だった。 


「もしかして怖いの? 怖いんでしょ!! アデル?!」


「はあ!? 怖くねえし!」


「じゃあ、覗いてみてよ!!」


「ぜってぇ覗かねえ!!」 


「ビビリアデル……」


リノアが小声で言ったつもりが、ばっちり聞こえた。


「んだとぉ!!」


アデルが顔を真っ赤にして睨む。


「はいはい……先行こうぜ……」


ルインが苦笑しながら二人の間に割って入る。


ゼーラは、そんな二人のやり取りを見て、ふっと微笑んだ。


さっきまで胸を締め付けていた重苦しさが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。


グリムのいない道は、きっとこの先もずっと痛い。

それでも四人は、まだ笑える。

まだふざけ合える。


だからこそ、グリムの命懸けの「守る」が無駄にならないように――


彼らはまた、一歩前へと歩き出した。

本日も見てくださりありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ