第七十一話 月のない夜
「よし! リノア、ゼーラ。俺たちもウッドオクトパス探しに行くぞ」
部屋の扉を勢いよく開けながら、グリムが顎で外をしゃくった。
「だね!! 店主さんに早く食材届けないと!!」
リノアが椅子からぴょんと立ち上がる。瞳はすでにやる気に満ちていた
「そうですよね……店主さんには申し訳ないことしちゃいましたので……」
ゼーラは胸の前で両手をぎゅっと握る。昨夜の“ほぼ食い逃げ未遂”を思い出して、耳まで赤くなっていた。
三人は宿のロビーを通り抜け、外に出る。朝のレガナリス街は、人と獣人の声、鳥車の鳴き声が入り混じり、適度なざわめきに包まれていた。
グリムは宿の隣にある鳥車舎へ向かい、黒いドゥドゥ――モリクロに手綱を繋ぐ。
「二人とも、乗ってくれ」
鞍の位置を直しながら振り返るグリムに、ゼーラとリノアは「ありがとうございます」と頭を下げ、客車の扉を開けて乗り込む。
「よーし! 出発するぞー」
軽く手綱を鳴らすと、モリクロがクエッと短く鳴き、鳥車がガタリと揺れて走り出した。街を抜け、土の道へ。風が頬を撫で、森の匂いが少しずつ濃くなっていく。
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「ここら辺にいるみたいだぞ!!」
森の中をしばらく進んだところで、グリムが鳥車を止めた。周囲には背の高い木々が並び、根の間からシダの群れが顔を出している。
ゼーラとリノアは客車から外へ飛び降りる。
「この森のどこかにいるんでしょ? ウッド……なんだっけ?」
「ウッドオクトパスですね。どんな魔物なんですかね?」
ゼーラが首をかしげると、グリムは腰のポーチから、店主が描いた紙片を取り出した。
「木に擬態するタコらしいぞー。――これが、その絵だ」
「えぇ!! 身体の色だったり質感だったり、もう木じゃん!!」
リノアが紙を覗き込みながら素っ頓狂な声を上げる。
「だろ? しかも全長三メートルぐらいあるらしいぜ」
「この広い森の中で、どうやって見つけるのよ……ゼーラ、どうする?」
「えっと……」
ゼーラは周囲の木々をじっと見比べる。葉の付き方、枝の方向、幹の色――いつもの癖で、細部をひとつずつ確認していく。
そして、ふいに視線がぴたりと止まった。
「リノアさん、グリムさん。あれ……ウッドオクトパスじゃないですか?」
指さした先、左右の木の間から垂れ下がる“木の塊”――ぱっと見は、巨大な木の根が枝にひっかかったように見える。
二人が目を凝らすと、それがほんのわずかに身じろぎした。表面には木肌と見紛うような模様、その合間に吸盤のような膨らみが並び、先端にはぎょろりとした目が二つ。ふさふさした枝だと思った部分は、よく見ると“三本の脚”だった。
「ゼーラ!! 間違いない!! ウッドオクトパスだ!!」
「ゼーラ、すごっ!! よく見つけれたね!!」
褒められて、ゼーラは恥ずかしそうに頬を掻く。
グリムは視線を鋭くし、ウッドオクトパスの周囲を一瞥した。
「あいつから出てる木の枝みたいなものは、毒針らしいから気をつけろよ」
「え!! こっわいね!!」
「刺されないようにしないとですね!!」
二人は顔を見合わせ、一歩踏み出そうとした――その瞬間、森の奥から一陣の風が吹き抜けた。
バサァッ――。
ごう、と音を立てて枝葉が揺れ、その風にあおられたかのように、ウッドオクトパスがずるりと枝から落下する。地面にドスンと鈍い音を立てて転がり、そのままぴくりとも動かなくなった。
「よし、一丁上がりだ」
風の止んだ先に、シックルを構えたグリムが立っていた。
「グリ兄……早くない……? 倒すの……」
「わたし、グリムさんが攻撃してるところ、全く見えなかったです……」
ゼーラがぽかんと口を開ける。
グリムはシックルについた木くずを払いつつ、肩をすくめた。
「まあ、毒持ち相手は危険だからな。下手に戦闘して毒針に刺さったら嫌だろ? だから、仕留められるときに仕留めるのが一番安全だ」
「そ、そういうものなんですね……」
「さすがグリ兄……大人だ……」
二人の聖女は、ぽかんとしたまま尊敬の眼差しを向ける。
グリムは倒れたウッドオクトパスを見下ろし、難しげに眉を寄せた。
「こいつ、どうやって運ぼうか? なあ、何か案ないか?」
「え!? 案!? えーっとね……わたしが風魔法で浮かせて運ぼうか?」
「リノア、そんなこと出来るのか?」
「見てて!!」
リノアは深く息を吸い、ウッドオクトパスに向けて両手を広げる。マナを集め、対象の全体を包み込むように意識を集中させる。
「――アネマ!」
ふわり、と空気が巻き上がる。次の瞬間、ウッドオクトパスの巨体が、きゅっと地面から浮き上がった。根元に落ちていた小石が風に巻き上げられ、ぱらぱらと音を立てる。
「おお! やるな、リノア」
「リノアさん、修行の成果ですね!!」
「ルナに会えたから、ここまで出来るようになったよ!」
リノアは少しだけ誇らしげに笑った。
ゼーラの胸の奥に、同じ名前の記憶が疼く。
「私も……修行しないと、です……!」
グリムがふと首をかしげる。
「ルナって誰だ?」
その問いに、二人は同時に目を伏せた。さっきまで賑やかだった空気が、ほんの少しだけ、静かになる。
「ルナは……わたし達の、仲間だった聖女だよ」
「今はもう……会えません……」
リノアの声は穏やかだったが、その指先はわずかに震えていた。ゼーラは胸の前で両手をぎゅっと握る。
グリムは一瞬だけ目を細め、すぐに苦笑気味に頭を掻いた。
「悪い。何も知らずに質問して……」
「いえいえ!! 大丈夫ですよ!!」
「グリ兄、気にしないで……ほら、この魔物、店主さんに届けに行こう! わたしのマナが尽きちゃう前に!」
「ああ、そうだな。――レガナリス街へ帰るか!」
モリクロにウッドオクトパスを浮かせたまま括り付け、三人は森を後にした。
ーーーーーーー
〜レガナリス街〜
「しゃぁあああ! おりゃああ!! 着いたぜぇ!!」
街の入り口で、アデルの喉が本気で震えた。モリハクの背の上で両手を広げ、半ば叫び、半ば吠える。
「おい、たった街着いただけでテンション上がりすぎだし、声がデケェーよ」
後ろに乗っていたルインが、こめかみに青筋を浮かべる。
「オレ達、ぜってぇリノア達より早く着いてるからな!! この勝負、勝ったぜぇ!! ルイン!!」
「いつリノア達と勝負してることになってるんだよ!!」
「オレの心の中で今決まった!!」
「それ勝負って言わねえからな……」
二人はモリハクから降り、目的の店――昨日、食い逃げ寸前までいった料理屋の扉を勢いよく開け放つ。
「持ってきたぜぇ!! 店主が依頼した魔物をなぁあ!! ……って、なんで、お前らが先に……」
店の中には、すでにグリム、リノア、ゼーラが席についていた。店員と談笑しつつ、水を飲んでいる最中だ。
グリムが振り向き、ニヤッと笑う。
「お、アデル。おせーじゃん。そんな手こずったか?」
「アデル! ルイン! おっそい!! わたし達、二時間前からいるよ!」
リノアは得意げに胸を張る。
「アデルくん、ルイン。おかえりなさい。てっきり何かあったんじゃないか心配してました……ただ遅いだけで安心しま――」
ゼーラの言葉は、アデルの沈黙で遮られた。アデルの肩が、悔しさでワナワナ震える。
「おまえら!!ウッド何ちゃらは何処にあんだよ!!」
「お店の外に置いてあるよ!三メートルもあるから店内には置けないからね」
リノアはサラッと答える
「クッソ、、、」
「アデル……あっちにはグリムがいるから、しょうがない……」
ルインはアデルの肩を、慰めるようにポンポンっと叩く。
「けっ!! 別に勝負してねぇから、遅く来たっていいだろぉ!!」
「ん? アデル、お前さっき勝手に勝負してることにしてなかったか……?」
「それは知らん!!!」
「マジか……」
そんなやり取りをしていると、厨房の奥から店主が歩み寄ってきた。皺だらけだが力強い目つきの老人だ。
「見せてくれ」
一言だけそう言われ、アデルは慌ててボッペンを取り出し、袋ごと差し出す。
「これでいいか?」
店主は受け取り、手慣れた動きで袋を開け、中身を確認する。
「ああ、合ってる」
短く断定し、ふっと顔を緩め、深々と頭を下げた。
「冒険者の方々、本当にありがとうございます」
「おい店主、頭上げてくれよ……俺たちは別に、お礼言われる立場じゃねーよ……」
グリムがやや困ったように苦笑し、老人の肩に手を置いて顔を上げさせる。
「この二体の魔物に関しては、結構癖があってな。誰も受けてくれなかったんだ。本当に助かった……冒険者の方々、お腹減ってるだろう? 料理出すから、たんと食べてくれ!」
「ジジイ!! いいのかよ!!!」
「アデル!! ジジイじゃない!! 店主!!!」
「はっはっは、いい。ジジイで構わんさ。さあ座って待ってな!」
店主は笑いながら奥に引っ込んでいく。
アデルの目はすでにキラキラと輝き、ごくりと喉が鳴る。
そして――ほどなくして、テーブルには山のような料理が並んだ。
香ばしく焼かれた肉料理、香草で蒸された魚、ウッドオクトパスを使った香り高いスープ、ボッペンの身を使ったソテー。どれも湯気を立て、食欲を刺激してくる。
「うおおおおお!! いただきまぁああす!!」
アデルが叫ぶのと、皆がフォークやナイフを手に取るのは同時だった。
しばらくの間、テーブルの周りからは「うまっ」「これやばい」「もう一皿!」しか会話が聞こえなかった。
やっと一息ついたころには、皿はほぼ空になっていた。
ーーーーーーー
〜昇肉の村〜
「……っ!」
石の床の上で、誰かが大きく息を吸い込んだ。
「はあ!!! ……あれ、ここは……どこだ?」
頭の中がまだ靄がかかったようにぼんやりしながらも、少年――フールは身を起こす。背中に当たる床は冷たく、硬い。鼻をくすぐるのは、湿った石と鉄の匂い。
「おまえ、やっと起きたか! 叩いても起きねーから、死んだかと思ったぞ。おまえ、名前は?」
近くで胡座をかいていた青年が、ニッと笑いながら声をかけてきた。浅黒い肌に短い茶髪。
「俺は……フール。なあ、聖女と獣人族、見なかったか?」
フールの脳裏には、カルガルとミゾラの顔が浮かんでいた。焦りがどっと押し寄せる。
「おまえ、聖女パーティーだったか! 悪いけど見てねーな!」
青年は悪びれもせずに肩をすくめる。
フールは顔をしかめ、周囲を見回した。
そこは石で囲われた牢屋だった。彼らのいる一室だけでなく、その奥にも同じような牢が並んでいる。粗末な鉄格子に、石造りの壁。ざっと数えて、二十人くらいの人影が散らばっていた。
「俺……なんでここに……」
「俺に言ってもわからねーよ。――それより、外へ出るぞ。こんなとこでじっとしてらんねえ」
青年は立ち上がり、鉄格子に手をかける。
「この鉄の柵、魔法でぶっ飛ばしてやる!! ――アネマ!!」
短い詠唱と共に、青年の掌から風の衝撃が放たれる。鉄格子がギィと悲鳴を上げ、次の瞬間、鈍い音を立てて内側に倒れ込んだ。
「フール! 外行くぞ!!」
「う、うん!」
他の囚われた人たちも、次々と自分の牢の柵を壊し始める。風の魔法、土の魔法、水の魔法――それぞれが出来る限りの術で鉄格子を破壊し、外へ雪崩れ出る。
牢を抜けると、湿った冷気が一瞬にして変わった。空気が少し、生ぬるい。
外は、真っ暗だった。空を見上げると、厚い雲が月を覆い隠している。星もほとんど見えない。
「なんだここ……どっかの村か? フール、どう思う?」
青年が隣に並びながら問う。
遠くには、いくつかの建物の影が見えた。屋根のラインが重なり、小さな集落のようにも見える。
「……あの建物の感じからして、そうだと思う。――あのさ、名前、なんて言うんだ?」
「ん? 俺か? 言ってなかったな。俺はアトワだ!」
「アトワか……よろしく」
「おいフール、もうすぐ村の入り口に入るぞ……」
二人は他の者たちと一緒に、村らしき場所へ足を進める。
そして、一歩踏み込んだ瞬間――二人の胃が、反射的に裏返った。
「な……なんだ、これ……」
土の地面一面に、暗い染みが広がっていた。鼻を刺す、濃縮された血の匂い。転がっている“それ”は、どれももう動くことはない。
人間の形だったもの。村人の装備。服。全部が赤黒く汚れ、冷えきっている。
アトワが口元を押さえ、壁に手をつく。
「カルガル!! ミゾラぁあああ!! いるか!!!」
フールは声が枯れるほど叫ぶ。返事はない。ただ、冷たい夜風が、その名をさらっていくだけだ。
そのとき――。
「あれ? まだ人がいるんだ。ボク、今ビックリしたよ♪」
陽気な声が、場違いなほど軽く響いた。
二人が振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。
白と黒が混ざり合った髪。肌は血の気がほとんどなく、青白い。瞳はガラス玉のように澄んでいて、その手には――妙に不気味な人形がぶら下がっている。何で出来ているのか、よくわからない。柔らかな布ではない、もっと硬質な、嫌な気配を放つ素材。
アトワが、気味悪さを押し殺して少年に話しかける。
「なあ、俺たち牢屋から出てきたんだけどさ、ここがどこだか分からねえんだ。お前、ここどこか知らねえか?」
フールは(よく話しかけられるな……)と内心で唾を飲む。自分には、とてもそんな余裕はない。
「ん〜、ボクもここどこか知らないんだ。ごめんね♪」
少年がにこっと笑ったそのとき――。
「リアネス、あの屋敷を見たけど、全員殺されてるわ」
いつの間にか、少年の隣にもう一人立っていた。
出現した気配に、フールは背筋が凍る。大きな体躯。肩や腕には鱗のようなものが浮かび、頭には短い角。揺れる尻尾。――ドラゴニュート族だ。
「なーんだ。ボクの聖女たちを奪って食ってるって聞いて来たけど、みんな殺されちゃってるなら、もう食べることもできないし、大丈夫だよね♪」
少年――リアネスは、心底残念そうでも、嬉しそうでもない声で言う。
「なら、ジャック、帰るよー。ここにはもう用がないからねー」
「待ってくれ!!」
アトワが慌てて声を上げる。
「どっかに鳥車があるなら、連れていってほしい!!」
「んー? あれもキミたちの仲間かな?」
リアネスが顎で指し示す方向を見ると、先ほど牢屋にいた人たちが続々と村に集まってきていた。
その中の一人が、状況も読まずに口を開く。
「おい、なんだ?! きたねー人形を持ったガキは!!」
「ん? 今、ボクの妹のサラを汚いって言った?????」
リアネスの声色が、そこでふっと変わった。
次の瞬間、空気そのものが冷たく圧し掛かってくるような感覚に包まれる。リアネスの小さな体から、想像もつかないほどの“殺意”が、圧縮された刃のように溢れ出した。
フールの背筋に、氷の針が一斉に突き立つ。
全員が、その場で膝をついた。吐き気が、喉まで競り上がる。胃の中身が逆流し、フールはその場に嘔吐した。
「ボクの可愛い妹を、人形って。汚いって言ったの謝ってよ……だって見てよ、とっても可愛いだろぉ〜」
リアネスは自分の左手にぶら下がる人形を、愛おしそうに撫でる。フールには、その手つきの方がよほどおぞましく見えた。
「お、お前……なに言って……るんだ……」
アトワは必死に喉を震わせ、声を絞り出す。
リアネスは、楽しそうに笑った。
「お前らこそ、汚い人形だよ♪ だから――コロスね♪」
ふわりと、少年の姿が揺らいだ気がした。
次に視界に映ったのは、地面に転がる“何か”と、まだ立っている“何か”――。
いや、それがアトワだった、と理解するまで、一瞬時間がかかった。
目の前のアトワの身体が、腰の高さから綺麗に二つに分かれていた。上半身が前に倒れ込む。下半身はその場に残り、膝から崩れ落ちる。
「う、うううわあああああ!!」
フールは恐怖と衝撃で叫び声を上げた。
その光景を見た他の冒険者たちは、本能に突き動かされ、村の外へと走り出そうとする。
だが、出口に向かおうとした瞬間――。
「だめだよ?」
リアネスの声と同時に、出入口付近に少年の姿が現れた。
次の瞬間、彼らの足元から衝撃が走る。感覚が追いつくより先に、全員の足がばらばらに崩れた。
切断面は、異常さを物語るように、ギザギザとした荒い断面で、肉と骨が不自然に裂けている。だが、その“生々しさ”さえ、恐怖に飲まれた意識にはまともに認識できない。
「はーい、ちゅーもく。今から、みんなの心臓を一人ずつ抉るから、痛みに耐えたら生かしてあげるね♪」
リアネスは、まるで遊びのルールを説明するみたいに軽く言った。
「あの人は……何を言ってるんだ……心臓を抉る……? 痛みに耐えたら生かす……? わからない……死にたくない……」
フールは膝をつき、震える手で胸を押さえる。耳鳴りがひどい。心臓の鼓動だけが、やけに大きく響いていた。
目をぎゅっと閉じる。だが、すぐに、背中に気配を感じた。どうしようもない嫌な気配。
恐る恐る目を開けると、目の前にリアネスの顔があった。
「ねえキミ。キミがこの人形たちの心臓を抉ってよ♪」
「え……なに、言ってるの……」
喉が渇いて声がかすれる。
「とりあえず、やり方見せるね♪」
リアネスはフールの腕を掴み、強引に引きずる。両足を切断された冒険者の一人の前まで連れていかれた。
「ねえ、見ててね」
地面に転がる男は、恐怖と痛みで顔を歪めながら必死に叫ぶ。
「待って!! 待ってくれ!!! やめ!! やめてくれぇええ!!」
リアネスはその懇願を、まるで子どものぐずりのように無視した。
右手の指先を、ゆっくりと男の胸元――心臓の位置に当てる。
「っ……!! い、いだい!! ああああ!!」
皮膚を破る感触は、想像しただけで吐き気を誘う。だが、リアネスは楽しそうに微笑んだまま、指先に力を込める。
「ほら、ここまで来たら、あとは――勢いだよ♪」
「やだあああ!!! あああ!! あああああああああ!!」
悲鳴と共に、リアネスの腕が一気に押し込まれた。
男の身体が、痙攣するようにびくんと跳ね上がる。その胸元から、リアネスは何かを引き抜いた。血に濡れた塊――それが何なのか、フールは直視することが出来なかった。ただ、その場に崩れ落ちる男の体と、リアネスの手にぶら下がる“それ”をぼんやりと見てしまう。
「はい、こうやってやるんだ♪ ね、簡単でしょ♪」
リアネスは、それをぽいっと足元に投げ捨てる。
フールの胃が限界を超え、再び吐き気が込み上げる。今度は何もないのに、喉だけが痙攣し、苦し紛れに空気を吐き出す。
「キミぃ〜、すごい吐くね〜。ねえ、ジャック」
いつの間にか、ジャックがリアネスの隣に戻っていた。リアネスが楽しそうに言う。
「ジャック。この子さー、すぐ吐くから、二度と吐かないように口、閉じさせてくれる??」
「わかった……」
ジャックは一歩前に出て、フールの顎を乱暴に掴み、口を無理矢理開かせた。右手が淡く光る。
「――フォルマ」
次の瞬間、フールの口の中に焼けるような痛みが走った。灼熱の鉄を押し当てられたような感覚。舌と唇、歯茎、全てが一気に焼けつき、悲鳴を上げようとした喉からは何の声も出てこない。
視界が白くちらつき、冷や汗が全身を伝っていく。下半身の感覚が抜け、尿が漏れる感覚だけが妙に生々しく襲ってきた。
「リアネス。これでいいか?」
「うん、完璧だね♪」
ジャックが手を離すと、フールの唇は、ただれた皮膚同士が癒着したように、ぴったりと閉じていた。もはや、口を開くことさえ出来ない。
「あちゃー……痛みで気絶しちゃってるよ〜」
リアネスは退屈そうに言い、肩をすくめた。
「すまない……」
ジャックが小さく呟く。
「まあ〜、しょうがないね♪ 今日はボクが全部、心臓抉るから。――今度は、キミがやってね♪」
リアネスは気絶したフールの耳元にそう囁きかけると、立ち上がった。
あとは、“作業”だった。
逃げられないように足を失った冒険者たちの前を、一人ずつ順番に歩いていく。叫ぶ者、泣き叫ぶ者、祈る者。リアネスは、その全てに同じ笑顔で手を伸ばした。
胸元に指を突き立てるたび、短い悲鳴が上がる。それが長く続くものもあれば、一瞬で途切れるものもある。
彼にとって、それは血なまぐさい殺戮ではなく、“人形遊び”に近いものだった。
「心地いいなぁ……今日の夜は、最高だよ〜」
昇肉の村の夜空には、月は昇っていない。
代わりに、獣にも似た断末魔だけが、延々と響き渡っていた。
本日も見てくださりありがとうございます!




