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第七十話 無一文クエスト

五人は、グリムが押さえてくれた宿へ向かった。

木造二階建ての素朴な宿で、外壁には旅人たちの刻んだらしい小さな傷や、手すりに結ばれたお守りがいくつもぶら下がっている。


中へ入ると、受付の親父が気の抜けた声で「へい、二部屋ね」と鍵を二つ放り投げてよこした。


男子部屋と女子部屋を一つずつ。

荷物を置き終わると、自然と男子部屋に全員が集合することになった。


アデルのベッドの上に、なぜか全員。



「よし、それじゃあ――三つ目の塔に向かうための道順、確認しようぜ」


広げられた地図の上に、グリムが指を滑らせる。紙は何度も折り畳まれた跡があり、その分だけ冒険者たちの手汗と砂を吸い込んで、いい具合にこなれていた。


「ルイン。この地図なら、だいぶ信用できるぞ。

 ザイロフォンの塔まで、ちゃんと記されてる」


「本当に大丈夫か、グリム? この地図……」


ルインは眉間にシワを寄せて覗き込む。慎重な性格が、そのまま顔に出ていた。


「だって見てみろよ」


グリムは苦笑しながら、地図のあちこちをトントンと叩く。


「おまえらが誘拐されたグラント湾港。アデルが捨てられた境風の森。

 このデカく記入されてるのがアルセディア森都。……全部、位置が合ってる」


「……なるほどな。なら信用していいか」


ルインはようやく頷く。


「で、このちっこい家のマークがレガナリス街ってわけか。

 こう見ると、俺たち、ずいぶん上の方へ移動してきてたんだな」


「そういうことになるな。森嶺山をまだ越えてないだけ、まだマシってとこだ」


グリムが肩をすくめると、アデルがベッドの上で正座したまま顔をしかめた。


「ならここから塔へ向かうには、東に進むしかないってわけだな。

 リノアたちも、それでいいよな?」


「うん! 全然大丈夫!!」


「私も……異論ありません」


「任せる!」


三方向から賛成の声が飛ぶ。


グリムが満足げに頷いた瞬間――


「おい、アデルもちゃんと地図みろよ。せっかくグリムが用意してくれたんだぞ」


「そうだよ、アデル。グリ兄が用意した地図なんだからさぁ、見てあげよな!」


ルインとリノアが、左右からプレッシャーをかけてくる。


アデルは、ぎぎぎ……とロボットのように首だけ動かして、三人を睨んだ。


「……あ・の・よぉ……。

 この部屋さ、男子部屋でベッド三つあるじゃん? それで真ん中に広い空間あるよなぁ!?

 なんでぇ! “オレのベッドの上”で作戦会議してんだよぉ!!」


怒りの矛先はそこか。


「なんで硬い床で作戦会議するんだよ。ベッドの上なら柔らかいだろ」


ルインが当然のように返す。


「じゃあ! ルイン!! なんで“オ・レ・の”ベッドの上なんだよ!!」


「三つあるうちの真ん中だからに決まってるだろ!!!」


即答。


グリムも「それだな」と言わんばかりに腕を組んで頷いた。


「アデル、これは仕方ない。ルインの言う通り、真ん中にあるからだ」


視線がゼーラとリノアに流れる。二人はなぜか、こくこくと同意の頷き。


『その通りだ』と顔に書いてあった。


「く、クッソ……! 絶対もう真ん中選ばん!! 端っこだけ選んでやるぅ……!」


アデルが頭をわしゃわしゃと掻きむしっている横で、グリムが咳払いを一つ。


「よし、話は脱線しまくったけど――本題に戻るぞ」


指先が、地図の東側をなぞる。


「ザイロフォンの塔に向かうには、まずここから東へ進む。

 最初のエリアが、この《赤砂の残照原せきさのざんしょうげん》」


赤く塗られた広大な平原の絵が、地図の中央に広がっている。


「次が《亀裂のきれつのたに》、そして最後が《共鳴樹海きょうめいじゅかい》だ。

 この三つのエリアを越えないと、ザイロフォンの塔には辿り着けない」


「へっ!! 任せろってんだよ!」


アデルが胸をドンと叩き、ぐっと前のめりになる。


「オレがいれば全部、ちゃちゃちゃっとピョンピョンピョンってサクッと越えてやるぜぇ!!」


「アデル!! 俺もいるからな!!」


今度はグリムもノッてきた。


「俺が一緒ならチュンチュン、ピッピッピで余裕だぜ!!」


「何その擬音! 意味わかんない! 二人ともバカすぎる!!

 自然相手に“ピョンピョンピッピッ”って何!? しかもグリ兄まで乗っかるし!!」


リノアがテーブルを叩いてツッコむ。


「わ、私も……その、“チュンチュンピッピ”の意味……気になりました……」


ゼーラまで小声で参戦しそうになったところで――


「おい! 話が脱線しすぎだ!!」


ルインがバンッと地図を押さえた。


「アデル、グリム、リノア!! 馬鹿な会話はやめろ!!」


「え? ちょっと待ってルイン!! なんでわたしまで“アホ二人”と一緒にすんの!?」


「ゼーラ!! 今『私も会話に入りたかったなぁ』って顔するな!!」


「な、なんでわかるんですか!? ルイン!!」


ゼーラの頬が真っ赤になる。


「と、とにかくだ!!」


ルインは深呼吸して感情を抑え込むと、指で三つのエリアを順に叩いた。


「さっき言った三つのエリアを越える。それが先だ。

 ……その前に、クエストを片付けよう。店主に頼まれた、あのクエストをな」


昨夜。

彼らはレガナリスの食堂で腹いっぱい食べたあと、財布が空っぽだと判明し――危うく“食い逃げ犯”として人生に汚点を刻まれるところだった。


そこを、店主が提示した条件はひとつ。


『ある食材を持ってきたら、今回の飲み食い代はチャラにしてやる』


ルインは即座に飛びついた。背に腹は代えられない。


「金がもらえねぇクエストだろ? これこそちゃちゃっと終わらせようぜ……!」


アデルが面倒くさそうに言いながらも、やる気はあるらしい。


「えっと……ローバンエスカルゴに寄生してるボッペンって魔物と、

 もう一つがウッドオクトパス、ですよね?」


ゼーラが指折り数える。


「そうそう! そうだったね!!」


リノアが手をえううっ叩いた。


「じゃあ、わたしとゼーラはウッドオクトパスの方へ行く!!」


「なら俺もリノアとゼーラについて行くかな」


グリムがひょいと片手を挙げる。


「グリムさん、ついてきてくださるんですか?」


「まあな。女の子二人だけだと、いろいろと心配だから」


そう言って、ゼーラとリノアに親指をぐっと立てて見せる。


「ならアデル! 俺とローバンエスカルゴを探しに行くぞ」


「おう!! ルイン!!」


アデルが勢いよく跳ね起きる。


「サクッとエスカルゴ見つけて店主に届けてやるぜぇ!!

 待ってろよォオ!! エスカルゴォオオ!!」


「ちょ、アデル!! 待てって!!」


部屋から飛び出していくアデルを追いかけて、ルインも慌てて駆け出した。


残された三人。


「なあ、アデルってほんと元気だよな……。ルイン、苦労人だな」


グリムがしみじみ呟く。


「アデルはバカだから元気なのっ!」


リノアがきっぱりと言い切った。


「ルインは時々、頭でっかちになるので……アデルくんとケンカしないか、心配です……」


ゼーラが胸の前で指を絡めながら、不安そうに言う。


「ははは。……でも、そういうのも含めて、楽しい旅だな」


「全然楽しくない!!」


「全然楽しくありません!!」


リノアとゼーラの声が綺麗に揃った。


「お、おう……はは……そ、そうか……」


グリムはちょっとだけ肩を落とした。




「ルイン!! モリハク乗って行くぞ!!」


宿の隣にある鳥車舎で、アデルの声が響く。


昨日まで鳥車を引いていた二羽のドゥドゥたちは、鳥車に繋がれるのがよほど嫌だったのか、柵の中でクエッ、クエッと訴えるように鳴いていた。


グリムの判断で、今は鳥車から外してやり、鳥専用の柵の中で休ませている。


アデルが柵に近づくと、一羽――濃い緑の体に、雪のように白い尻尾を持つドゥドゥが、ぴょんぴょんと跳ねながら駆け寄ってくる。


「モリハクはオレとルインの相棒だ!!」


柵を開けて、その一羽だけを外へ連れ出す。


もう一羽――全身が黒っぽいドゥドゥは、じっとこちらを見ていた。


「モリクロは留守番だ!!」


いつの間にか、そちらの名前まで決まっているらしい。


「よっしゃああ!! ルイン!! 早くモリハクに乗れよぉ!」


アデルが誇らしげに背を叩くと、モリハクはクエッと短く鳴き、胸を張るように首を伸ばした。


「わかったよ、わかったよ……」


ルインも苦笑しながらその背にまたがる。


こうして二人は、モリハク一騎に二人乗りで、ローバンエスカルゴ討伐――というか捕獲クエストに向かうことになった。



街を離れ、しばらく草原を進む。

朝の空気は冷たく澄んでいて、モリハクの足音と、時折鳴く声だけが耳に心地よく響いた。


「ルイン!! こっちで合ってっか?」


モリハクの頭を撫でながら、アデルが前方を指差す。


「ああ、大丈夫だ」


ルインは腰のポーチから店主が貸してくれた簡易地図を取り出す。


「店主がくれた地図通りだ。倒れてるデカい大木も記されてるし……ほら、あの先に、岩場が見えてきた」


「お! ルイン!! あそこじゃねえのか? でっけぇ岩がめっちゃある!!」


「そうだ、そこだ」


二人と一羽は岩場の手前で速度を落とした。


「ここからは、モリハクをゆっくり歩かせながら探すぞ。

 ローバンエスカルゴは“殻が岩と同じ色”で、“ほとんど動かない”らしいからな」


「“動く岩”を探せってことだろ?」


「そう。じっと見てないと見逃すらしい」


「任せろ!!」


アデルは胸を張った――その直後。


「……なあ、このへんに“岩魚(いわな”とかいねえのか?」


「今は魚のことなんてどうでもいいんだよ!! 早くエスカルゴ探せ!!」


ルインの遠慮ないツッコミが飛ぶ。


「なんだよぉ!! 魚食いてぇんだよ!! 焼いて塩ふってよ!!」


「だったら、エスカルゴ見つけたあとで岩魚を探す! それでいいか!?」


「……よしっ! それならいいだろう!!」


単純に機嫌が直る。


「じゃあ、動く岩を探すぞ。アデル、“動く岩”な。魚じゃないぞ」


「わかってらぁ!! サクッと見つけてやるよ!!」


そんな会話をしながら、二人は左右に散って岩場を歩き回り、モリハクはその後をちょこちょこと付いていく。


……が。


三時間ぶっ通しで探しても、一匹も見つからなかった。



「どぉぉぉぉおおおお!!」


アデルの叫び声が、岩場に虚しく反響する。


「クソォオオオオ!! ぜんっぜん!! 動く岩なんてねぇじゃねえか!!! ボケェ!!」


イライラが限界を突破したらしい。

アデルは探すのをやめて、ドカッと地面に座り込み、仰向けに空を見上げた。


青空の真ん中で、雲がだらしなく伸びている。


「ああー……疲れたぁー……クソッ……!」


ガバッと起き上がり、近くにあった、ちょうどいいサイズの岩を見つける。


「クソ!! ローバンエスカルゴどこだよぉおお!!」


そのまま、感情のはけ口のように、その岩へ拳を叩き込んだ。


ゴガンッ。


拳にずしりとした感触と同時に、岩の上半分があっけないほど簡単に砕け散る。


「――アデルーー!!」


少し離れた場所から、ルインの声が響いた。


アデルは拳をぶんぶん振りながら、声のする方へ走る。


「どうした!! 見つかったのかよ!!」


駆け寄った先で、ルインは岩陰を指差しながら、にやりと笑った。


「アデル!! 見つけたぞ!!」


そこには――

ゆっくり、ゆっくりと地面の上を移動している、“岩”があった。


よく見れば、それは“岩”にしてはあまりにも不格好で、ちょっとだけズリッ、またちょっとだけズリッと、確かに“生き物の動き”をしている。


「……こいつか?」


イライラがまだ抜けきらないアデルは、一歩で間合いを詰めると、その「動く岩」に容赦なく拳を叩き込んだ。


「動くならよぉ!! もっとしっかり動けやぁああ!!」


ガァンッ!!


岩が半分ほど吹き飛び、中身が露出する。


そこにいたのは――


手足のない、全長一メートルほどの、“巨大なエビ”のような生き物だった。

むき出しになった柔らかそうな体を、砕けた岩殻が半分だけ覆っている。


「おい!! ルイン!! これって!!」


「店主のじいさんが描いてくれたイラスト、そのまんまだな。

 ローバンエスカルゴ本体……そして中に寄生してるボッペン。二つまとめて一匹、ってわけだ」


ルインが満足げに頷く。


「よっしゃあ!! これで任務達成だぜぇ!!ほしい素材はこのボッペンだからな!!」


アデルの顔に、さっきまでのイライラはどこへ行ったのかというほどの笑みが広がる。


「オレたち、先に店行って待ってようぜ!!」


「そうだな。ここにいてもしょうがねえし、店主に食材を先に届けるか」


ルインは持ち運べそうなボッペンを縄で縛り、モリハクの背に括りつける。


モリハクは「また変なの背負わされてる……」と言いたげにクエッと鳴いたが、アデルに首を撫でられると、諦めたようにすました顔に戻った。


「帰るぞ、モリハク! 帰ったらたらふく肉食ってやるぜ!!」


「クエッ!!」


鳴き声が合図のように響き、二人と一羽は岩場を後にする。


こうして、アデルとルインは上機嫌のままモリハクの背に揺られ、レガナリス街への帰路についた。

本日も見てくださりありがとうございます

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