第六十九話 金がないのは罪ですか
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「ラヴィ姉〜、聞こえる〜? 任務終わったよ〜」
昇肉の村を少し離れた高台から見下ろしながら、戒罪の七印のひとり――レミラは、耳につけた魔道具、囁環を指先で軽く叩いた。
耳元に、落ち着いた女の声が届く。
『レミラ。どうだった? 相手はヴァンパイヤだったか?』
「ラヴィ姉〜、それがさぁ、全っ然違ったんだよ〜。ダンピールだった!! もう〜、楽しめると思ったのに〜」
『そうか。……任務を達成できたならそれでいい』
「よくないよ〜。めちゃくちゃつまんなかったんだから〜。
それよりさ、ラヴィ姉の方は? 裏切り者、見つかった?」
『それが全くだ。手がかりが一切ない……』
「ラヴィ姉も大変だねぇ。じゃあさ、わたしも裏切り者探し手伝おっか?」
『いや、いい。私はこれからサリンドルと合流する。そこでまた手がかりを探すつもりだ』
「えっ、サリ姉もいるの!? ずる〜い。わたしも行きた〜い」
『レミラはまだ聖骸衆を追わなきゃならんだろう。
……昇肉の村は、やはり聖骸衆とは関係なかったようだな』
「おお〜、わたしの喋り方でそこまでわかったんだ? うんうん、めっちゃ合ってる〜!」
『……レミラ』
少しだけ、声に殺気が混ざる。
『必ず聖骸衆を見つけろ。そして――皆殺しにしろ』
「ラヴィ姉〜、物騒〜。でも大丈夫だって〜。
そっちこそ、ちゃんと殺してよね。黒涙の聖女【ルシヴァラ・ノクティラ】を」
『心配するな。裏切り者は、必ず処刑する』
そこで囁環から音が消える。
通信が切れたのを確認すると、レミラは立ち上がり、大きく伸びをした。
「さてっと。そろそろ行こっかな〜……あれ?」
ふと視線を下げる。闇に沈む昇肉の村を遠目に眺めながら、村から一本の鳥車が出ていくのが見えた。
ドゥドゥの数と鳥車の形……さっきまで屋敷にいた少年たちの姿がちらりと見える。
「お〜、あの子たち、ちゃんと仲間と合流できたんだ〜」
レミラは小さく笑い、指先でくるりとハンマーを回す。
「まあいっか。塔の攻略、頑張ってね〜?」
その呟きを風がさらっていく。
次の瞬間、レミラの姿は、星空の下から跡形もなく掻き消えた。
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「マジで再会できてよかったぜぇ!! ……だから言っただろ!! あの女、怪しいってオレは!!」
鳥車の御者台で手綱を握りながら、グリムが苦笑いをこぼす。
ゼーラ、ルイン、リノア、アデルの四人は客車に身を寄せ合って乗り、その中でアデルが、グラント湾港で出会った女――ステの怪しさを、改めて力説していた。
「それは……そうだったな。アデル、悪かった」
ルインが素直に頭をかく。
「でもアデルくん……ザイロフォンの塔へ向かうためには、きちんとした地図が欲しかったんです。だから、ルインの気持ちも分かります」
ゼーラがフォローを入れる。
「そうそう。あのままだと、わたしたち道に迷ってたよ、絶対」
「ま、まあ……それはそうだけどよぉ!」
アデルはそっぽを向きながら、頬をわずかに膨らませる。
「でもアデルくん、リノアさんを助けたんですよね? とっても凄いです!」
「わたしも、人体樹に取り込まれてたなんて全然覚えてないんだけど……起きたら助かってた。ありがとね、アデル」
「お、おう……オレだけじゃ無理だったけどな。カルガルも、アニキも居なかったら、リノアを救えなかった」
ふいに真面目な声になったアデルに、リノアが今度はまっすぐ向き合う。
「それでも、わたしを助けてくれたのは事実だよ。
本当に――ありがとう、アデル」
「……んだよ、急に」
「だってあの時バタバタして、ちゃんとお礼言えてなかったからね。こういうのは、ちゃんとしないと」
リノアがふわりと笑う。
その様子に、ゼーラとルインも自然と顔をほころばせた。
「まあ――本当に、全員無事でよかった」
ルインがしみじみと呟く。
その言葉にゼーラは頷いたあと、少しだけ考え込むような表情をする。
「ゼーラ? どうした?」
「……私たちがあの屋敷で会った聖女、あの人はいったい何者だったんでしょうか」
「……あの、死ぬほど怖い聖女か」
「なに? そんな奴いたのかよ?」
「わたしも聞いてない!! どんな人!? ねえねえ!」
リノアとアデルが、同時に身を乗り出す。
「俺たちが、ゼーラの捕まってた屋敷へ行ったときだ。
階段の上から、でっかいハンマー持った聖女が降りてきてな……ムカつくこと言われたから胸ぐら掴んだら……」
ルインの背筋に、あの時の感覚が蘇る。
「――あの殺気だ。立つのもやっとだった」
「わ、私もです……。全身が針で刺されるみたいに震えて、膝から崩れ落ちそうになって……」
二人は同時に腕を擦り、ぶるりと身震いする。
「まあ、オレだったらぶっ飛ばすけどな!」
アデルが、いつもの調子で鼻を鳴らした。
「アデルは逆にボコボコにされるでしょ!」
「はあ!? 誰に向かって言ってんだ、リノア!」
「だって、ゼーラとルインがそこまで怖がってたんだよ!? アデルの拳だけじゃ無理だよ〜」
「ふん、オレはビビらねぇし!! そんなしけた聖女、鼻くそでもくっつけてやるわ!!」
「絶対無理だね、それは。アデルにはムリ!!」
「なんだとぉ!? このアホリノア!!」
「なによ、バカアデル!!」
「ぷっ……あはははは!」
ゼーラが急に吹き出した。
「おい、どうしたんだゼーラ?」
「だって……久しぶりに、リノアさんとアデルくんの喧嘩見たんです。
なんか、すごく“いつも通り”って感じがして……ほっとしちゃって……あはは」
「言われてみれば、そうだな」
ルインも笑いをこらえきれず、肩を揺らす。
リノアとアデルは、途端に喧嘩をやめてそっぽを向いた。
「おい、二人ともどうした」
「う、うるせぇルイン! 黙ってろ!」
「なぁに? 恥ずかしくなったのか、アデル?」
「は!? なってねぇし!!」
「リノアは、なんでそんなに外ばっか見てるんだ?」
「うるさい!! ルインは黙ってて!」
ゼーラとルインは、そんな二人を見てクスクス笑う。
「……お前ら、仲がいいなぁ」
御者台からグリムの声が飛んできた。
「おまえたち、もうすぐレガナリス街に着くぞ!」
「よっしゃああ!! とりあえず飯だ!!」
アデルのテンションが、一瞬で回復する。
「わたしも! すっごい甘いもの食べたい!!」
「お二人とも、食べ物の話になると、すぐ元気になりますね」
「確かにな」
そんな会話をしながら、鳥車は街へと進んでいく。
やがて森を抜け、大地の広がる先に、灯りのともる街――レガナリスが姿を見せた。
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「はあああ!! 食ったぁぁ!! もう一口も入らねえ!!」
「わたしも〜。久しぶりに“ちゃんとしたご飯”食べた気がする」
「私もです……。生きててよかった……」
「俺たち、安眠草だの痺れ粉だので体動かなくて、まともな飯なんてずっと食ってなかったからな」
四人はテーブルに突っ伏しそうな勢いで満腹になっていた。
焼いた肉、煮込み、パンにスープ。甘いデザートまで平らげて、胃袋は限界だ。
グリムは先に宿を探すと言い、アデル達を先に飯屋へ行かせ後から合流すとアデル達に伝える。
ほどなくして、店の扉が開く音がした。
「よーし、お前ら。宿取れたぞ!」
グリムが姿を見せる。
「これで今日はちゃんとベッドで寝られる」
「アニキ!! マジか!!」
「グリ兄、ありがとーー!」
ゼーラとルインも慌てて立ち上がり、深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございます、グリムさん」
「助かった。正直、今野宿は勘弁だった」
グリムは照れくさそうに頭をかくと、ふっと表情を引き締めた。
「……なあ、アデル。
俺は”アデルの仲間を助けるのを手伝う“って約束で、一緒に旅してた」
「あ――そういやそうだった!」
アデルがぽんと手を叩く。
「カルガルのおかげで手がかり見つけて、リノアもゼーラもルインも救い出せた。……なら、俺の役目はここで終わりだな」
「え……」
テーブルの空気が、一瞬で重くなる。
「ちょ、ちょっと待てよアニキ」
アデルは椅子から勢いよく立ち上がった。
「“役目”とか、そういうのはもういいだろ。
他に行くとこねぇならさ、一緒に来てくれよ。オレ、まだまだ弱えし、足んねぇとこだらけだ」
アデルは真っ直ぐにグリムを見つめる。
「オレは塔を全部攻略して、ジートを生き返らせるように願う。
だからさ、そのために――俺たちに力を貸してくれよ、アニキ!」
「アデル……」
グリムは一瞬、視線を逸らす。
だがすぐに笑い、椅子から腰を上げた。
「いいのか? 本当に」
「みんな、いいよな?」
アデルが仲間たちを振り向く。
「もちろんだよ、グリ兄!! むしろ大歓迎!! わたし、最初からそうなると思ってたし!」
「私も、グリムさんがいてくれると心強いです!」
「俺もだ。四つ星プレートは心強い、
……これからも、一緒にいてくれたら頼もしい」
グリムは小さく息を呑むと、静かに手を差し出したアデルを見て――自分も右手を伸ばした。
「……わかった。
お前らが塔に挑むなら、俺の鎌はその背中を守る」
強く握られた手と手。
グリムの瞳の端が、ほんの少しだけ潤む。
「おまえらは、俺が必ず守ってやる。
だから――死ぬなよ」
「アニキ! オレも、アニキを守る!!」
アデルがにかっと笑う。
「よーし、じゃあグリムが取ってくれた宿に行くぞ!」
「「うん!」」
リノアとゼーラの声が、ぴたりと揃った。
「アニキ、どこの宿なんだ?」
「まあまあ、ついてこいって」
そう言ってグリムが先に立ち上がる。
リノアは店員を呼んで会計を頼んだ。
「すみませーん、お会計お願いしまーす!」
「あいよー。ただいま持ってくよ」
店主が伝票を手に近づいてくる。そのタイミングで、ルインは腰のポーチに手を伸ばした。
「……ん?」
財布が、ない。
「……うそ、だろ。金が、ねえ……?」
「はぁ!? ルイン!! どういうことだよ!!」
アデルが即座に食ってかかる。
「まさか、さらわれたときに盗られたのか……?」
「そうかも……。私たち、荷物も全部あの連中に触られてましたし……」
「ど、どうしよう……。このままだと……」
「わたし、聖女が“食い逃げ”で捕まるとか絶対イヤなんだけど!!」
リノアが半泣きになりかけたそのとき、ふとグリムが気まずそうな顔をした。
「……あー、いや、その」
「グリム? どうしたの?」
「実は……俺も、財布どこかで落としたか、すらっと抜かれたかもしれん。
さっき持ってたなけなしの金、全部宿代で消えた」
「……は?」
店主の顔が、じわり、と曇る。
静かに伝票を置き、腕を組んだ。
「あの〜……お客様」
低い声。
さっきまで陽気だった顔に影が差す。
「まさかとは思いますが……今、食べた分のお代を払うお金が――ない、なんてことは、ありませんよねぇ?」
その瞬間、店主から放たれる圧は、
これまで彼らが戦ってきた森の魔物や、塔の化け物よりも――よほど凶悪に見えた。
本日も見てくださりありがとうございます!




