第六十八話 戒罪の七印
トロールは、舐め回すような視線で聖女レミラの全身をじっくりと眺めていた。
「おまえ……肉付きが、いい体してるなぁ〜……。バッハッハッ!!」
「うわぁ〜、キモ〜い。見られただけで体腐りそう〜。……じゃ、目玉潰すね」
「は? 何言ってやがるおま——」
ブッチャーは言葉の途中で違和感に気づいた。
視界が、暗い。
灯りはそのまま。地下室の松明は揺れているのに、世界から光だけが奪われたような感覚。
同時に、目のあたりから後頭部まで、焼け爛れるような激痛が走る。
「いだァァァァァァ!! いだ、いだいいいッ!! 目がッ!!」
「も〜、うるさいな〜。ちょーっと、黙ってて?」
レミラは、退屈そうに小さく息を吐くと、手にした巨大ハンマーを軽く振るった。
ゴシャ。
鈍い破砕音と共に、トロールの下顎がありえない角度へ吹き飛ぶ。
「ァァァァァァァ!!!」
顎の骨が砕け、歯がばら撒かれ、血と肉片が床へ飛び散る。
——が、それもほんの数秒だけ。ぶよぶよとした肉が蠢き、骨と皮膚が繋がり、目も顎も、何事もなかったかのように再生していく。
「この小娘がぁあああ!!」
再び吠えるブッチャーに、レミラは肩をすくめた。
「はぁ〜……やっぱり再生能力はしっかりあるんだね〜。
ダンピール(半吸血鬼)のくせにさ〜。……やっぱり心臓潰すしかないかぁ。うわぁ〜、面倒くさ〜い。しかもくさ〜い」
「オレはダンピールじゃねぇ!!」
トロールは血走った両目を限界まで見開き、赤黒い舌をねっとりと舐める。
「オレはヴァンパイヤだぁ!! ヴァンパイヤのブッチャー様だぁ!!
聖女の血肉を食って、オレはどの種族にも負けねぇ“最強種”になったんだぁ!! バッハッハッハァァ!!」
「キャハハハハ!! それ本気で言ってるの〜?」
レミラは腹の底から笑った。
「聖女ごときがオレを舐めるなぁあああ!!」
「あ、そうだ、ちょっと待って〜!」
飛びかかろうとしたブッチャーを、レミラが片手を前に突き出して制す。
「……オレに“待て”だと? なんだ、オレにどの部位から食ってほしいかって相談かぁ? バッハッハッ!」
「んー、うるさいから黙ってほしいけど〜……その前に、一つだけ聞きたいことあるんだよね〜」
レミラは首を傾げ、金色の瞳を細める。
「ねえ君。もしかして、“聖骸衆”のメンバーだったりする〜?」
「バッハッハッ!! なんだそりゃあ? 聖骸衆? なんだその変な名前はよぉ!!」
「ふぅん。知らないんだ。
じゃ、いいや〜。てっきり聖女ばっか狙ってるから、その組織の人かと思ったんだけど〜。関係ないならどうでもいいや〜」
「“聖女ばっかり狙ってる”だぁ?」
ブッチャーの口角が吊り上がる。
「バッハッハッ!! 聖女はオレにとっちゃ“デザート”だぁ。
甘ぇし、クセになるし、また欲しくなるに決まってんだろぉ? だから狙うんだよぉ、バッハッハッ!!」
そう言うや否や、ブッチャーは巨大な金棒を振りかぶり、レミラめがけて振り下ろした。
ガゴンッ!!
大地そのものを叩きつけたような轟音と共に、床が陥没する。
だが手応えがない。ブッチャーはそのことに気づくと、なおも狂ったように連打を始めた。
「バッハッハッ!! 潰れろ潰れろ潰れろォォ!! バッハッハァァア!!」
金棒が床を、壁を、柱を、何度も何度も叩き潰す。
石片と砂煙が舞い上がり、視界が白く濁る。
「ふあぁ〜ぁ〜……」
あくび混じりの声が、煙の中から聞こえた。
「ねぇ〜、さっきから何してるの〜? もしかして床と戦ってる〜? やっぱりトロールってバカなんだねっ!」
「なっ……!? いつの間にそこに……クソがぁ!! 今度こそ潰れろぉ!!」
ブッチャーは再び金棒を高く振りかぶる。
レミラの姿がふっと揺れた——と思った瞬間にはもう、その姿がブッチャーの目の前から消えていた。
「こっちだよ〜」
耳元で囁く声と共に、ハンマーが振り下ろされる。
ゴキンッ!
ブッチャーの右足から、嫌な音が響いた。
膝から下が、ありえない方向へ折れ曲がる。
「ギィヤアアアアア!!」
叫び声を上げる暇も与えず、レミラは一瞬で反対側へ回り込み、左足へ同じようにハンマーを叩き込む。
ゴシャッ!
「ァアアアアアア!! 足が! 足がぁあ!!」
「ねえ〜、だからさ。うるさいって言ってるでしょ〜?」
両脚を粉砕されたブッチャーは、自重を支えきれず、その場にどすんと尻餅をつく。
レミラはふわりと跳躍し、巨体の頭上へと舞い上がった。
「じゃ、頭も一回潰しとこっか〜」
振り下ろされたハンマーが、ブッチャーの頭部を力任せに叩き潰す。
グチャッ。
骨と脳と血が混じりあったものが、周囲へと飛び散った。
「うわ〜……きったな〜い……」
レミラが軽く顔をしかめたその時。
ブッチャーの全身が、ぴくぴくと痙攣を始める。
潰れた両足が、消し飛んだ頭部が、ぐちゅぐちゅと音を立てて再生していく。
「オォォォォ!! ゴロスゥウウウウウウゥゥ!!!」
完全に再生しきったブッチャーは、怒り狂った目でレミラを睨みつけた。
そして金棒を掴み直すと、獣のような咆哮と共に殺到する。
「死ね!! 死ね!! 死ねぇえええええ!!!」
地面を砕き、空気を裂くほどの連撃。
それを——
「ん〜やっぱり、心臓潰さないと再生止まらないか〜」
レミラは、面倒くさそうな顔を崩さないまま、全部、右手のハンマー一本で受け流していた。
叩きつけられる金棒。
重さも速度も常人のそれではない。
だがレミラのハンマーは、まるで軽い木の棒をあしらうかのように、金棒の軌道を外し続ける。
「——なっ……!?」
ブッチャーの目に、初めて恐怖の色が浮かんだ。
「な、何だと……!? オレの攻撃を、全部、受けきってやがる……!」
「よし。もう、飽きたし、いいや〜」
レミラはそう呟いた。
——瞬間。
ブチブチブチッ!!
嫌な破砕音が連続して鳴り、ブッチャーの四肢が同時に砕け散った。
両腕も両脚も、関節ごと粉々にされ、巨体が地面へと崩れ落ちる。
「イギャアアアアア!! な、なんなんだよぉお!! おまえは、いったい何なんだよぉおお!!!」
「ん〜っとね〜」
レミラは血まみれのハンマーを肩に担ぎ、無邪気な笑顔で答える。
「もうすぐ死ぬ君には、特別に教えてあげる〜。
わたしは——レナウス聖神国の“裏部隊”、【戒罪の七印】の一人」
金色の瞳が細く笑う。
「レミラ・エルナリア、って言いま〜す」
「な、なんだ……その、そ——」
「うん、もう喋らなくていいよ〜。ウザいし〜」
次の瞬間、ハンマーが振るわれた。
ブッチャーの頭部が、首ごと吹き飛ぶ。
さらにその勢いのまま、ハンマーは巨体の胸部へと叩き込まれる。
ズドンッ!!
心臓のあるあたりが、内側から爆ぜた。
血と肉が破裂し、胸郭の中身がぐちゃぐちゃに潰れる。
「やっぱり、ヴァンパイヤの劣化版でも心臓潰さないとダメなんだね〜」
レミラは、もはやただの肉塊と化したブッチャーの死体を、冷めきった目で見下ろした。
再生は——こない。
鼓動も、気配も、完全に途絶えていた。
「さ、仕事終わり〜。帰ろっと……」
そう呟いて踵を返すと、階段の方へと歩いていった。
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「なあ、ゼーラ……」
屋敷の一階、玄関ホール近く。
壁際に身を潜めたまま、ルインがぼそりと呟いた。
「さっきから、あの謎の聖女が地下に降りてから、やたら鈍い音が聞こえるんだが……。助けに行った方がいいか?」
ズドォン……ゴゴンッ……と、床越しに響く重い振動が定期的に伝わってきていた。
「そうだね……地下に何がいるのかわからないし……確認だけでもしに行こう」
二人は見張りを中断し、レミラが破壊した壁の方へ向かう。
階段を降りようとした——そのとき。
「君たち〜」
聞き慣れた、間延びした声。
ちょうどそのタイミングで、レミラが地下から上がってきた。
「見張り、どうしたの〜? もしかしてサボった〜?」
「ち、違います!!」
ゼーラが慌てて否定する。
「私たちは、あなたが大丈夫か確認しようとして……」
「え〜? そうなのっ?」
レミラはぱちぱちと瞬きをしてから、両手でほっぺたを押さえ、大げさに嘆いてみせた。
「ありがた迷惑〜!! そんなことしなくていいよ〜。
弱い奴らに心配されてたなんて……ショック〜」
「なっ……! 私はただ——」
「ゼーラ!! よせって」
ルインがゼーラの肩を掴み、ぐっと引き留める。
さっき浴びせられた殺気を思い出しただけで、背中に冷や汗が流れる。
レミラはそんな二人をつまらなそうに一瞥すると、踵を返した。
「じゃ〜、君たち。
塔の攻略、頑張ってね〜。くれぐれも死なないようにね〜」
くるりと振り返り、意味ありげに口角を上げる。
「……ま、死にそうだけどね〜」
最後にそんな一言を残し、レミラはひらひらと手を振って屋敷の入口から出ていった。
「おい、ちょっと待てって!!」
ルインが慌てて追いかけ、外へ飛び出す。
だが、さっきまでそこにいたはずのレミラの気配は、跡形もなく消えていた。
「……消えた……?」
代わりに、村の方角で異様な光景が目に飛び込んでくる。
「ゼーラ!! 今の見えるか!!」
ルインが指さした先、夜空へ向かって——
螺旋状の風の渦が立ちのぼっていた。
月の光を受け、薄青く光る巨大な竜巻のような魔法。
「見えます……! あれ……あの魔法は……!」
ゼーラの目が大きく見開かれる。
「リノアさんの……風の魔法!!」
二人は同時に顔を見合わせ、頷いた。
「行くぞ!!」
「うん!!」
二人は階段を駆け下り、屋敷から飛び出すと、村へ向かって全力で走り出した。
近づくにつれ、地鳴りのような音と、何かが吹き飛ばされるような轟音が耳へ届く。
しかし、それも走るたびに少しずつ弱くなり、村の広場へ辿り着いた頃には、ただ静寂だけが残っていた。
そして——
「……っ……」
ゼーラは息を呑む。
広場一面に、村人たちの死体が転がっていた。
身体を切り裂かれた者、風で吹き飛ばされたのか、建物に叩きつけられてぐちゃぐちゃになった者。
血と肉片と、砕けた骨の匂い。
それでも、さっきまで地下で見た“解体場”よりはよほどマシに思えるほど、“敵側”の死体ばかりだった。
その中心に——三つの人影が立っている。
一人は、風をまとったように髪を揺らす白髪の少女。
一人は、相変わらず生意気そうな目をした茶髪の少年。
そして、見慣れない黒髪の青年が一人。
その茶髪の少年が、こちらに気づいて大声を上げた。
「おおおお!! ゼーラァアア!! ルイン!!!
てめえらぁ!! やっと見つけたぞぉおお!!」
「ゼーラ!! ルイン!! 無事でよかった!!!」
リノアも満面の笑みで叫びながら、こちらへ駆け寄ってくる。
「お、おまえら……」
ルインの頬が緩む。
言葉よりも先に身体が動き、二人へ向かって走り出していた。
「俺たちも、お前らを探してたんだよ!!」
「そうです……!! あ、会えて……会えて、よかったです……。う、うぅ……」
ゼーラは堪えきれず、ぽろぽろと涙を零した。
そのままリノアに抱きつき、声を詰まらせながら泣き出してしまう。
「よしよし、ゼーラ。よく頑張ったね……!」
リノアが優しく背中をさする。
ルインは、ふとその場に立つ見慣れない青年へと視線を向けた。
「……で、その黒髪のアンタは?」
「アニキ!! こっち来てくれ!! オレたちの仲間だ!!」
アデルが呼びかける。
「ルインとゼーラは一度会ってるよ。まあ、二人とも気絶してたから覚えてねぇと思うけどな」
「え……? そうなんですか?」
黒髪の青年——グリムが二人の正面に立つ。
「俺の名前はグリムだ。久しぶり……って言っていいのかどうかは微妙だがな」
口元だけで笑いながら、軽く手を上げる。
「お前らがカヒラパでぶっ倒れてたとき、ちょっとだけ顔を見た。」
「えっ……!! グリムさんって、私たちを助けてくれた……!」
「そうだぞ。魔獣も討伐した、すげぇやつだ!」
アデルが胸を張る。
ゼーラとルインは、改めて頭を下げた。
「あ、あの時は……本当にありがとうございました!」
「助けてくれてありがとう......。」
「気にすんな。弟分と、その仲間を守っただけだ」
グリムはそう言って、隣のアデルの頭を軽く小突いた。
ルインはそこでふと気づいたように、アデルへ向き直る。
「でもなんで、グリムさんと一緒にいるんだ? アデル」
「オレが闇獣と戦ってる時に、助けに来てくれたんだよ!!」
「「「ええええ!!?」」」
リノア・ゼーラ・ルインの声が揃った。
「おいアデル!! お前、闇獣と戦ってたのかよ!!」
「おう。まあ、逃げられたけどな!」
「そう、だったのか……」
「アデル!わたしその話し聞いてないよ!」
ルインとリノアとゼーラの表情に、驚きと同時にわずかな安堵が宿る。
アデルは無茶をするが、結局こうして生きて戻ってきたのだ。
「わたしたち、はぐれちゃったけど……こうして、またちゃんと再会できたね!」
リノアが笑う。
ゼーラ、ルイン、アデルは互いに顔を見合わせて頷き合った。
そこへ、グリムも肩をすくめながら加わる。
「……さて」
グリムが、血と死臭に満ちた村を一瞥してから口を開いた。
「ここで長居するのもなんだ。ひとまず村から離れて、落ち着いて話そうぜ。
何があったか……お互いにな」
「そうだな」
「はい……!」
「おう! 行こうぜ!」
五人はそれぞれドゥドゥを引き寄せ、静かに村から背を向けた。
月明かりの下、血に染まった肉の村を後にして——
聖女たちと“塔に挑む者たち”は、ようやく再び肩を並べて歩き出すのだった。
マメ科の植物
ムムナッツ
殻を砕くとパキューンっと音が鳴る実
大きさは大人の手の平サイズ空気に触れると酸化して食べれなくなる、五秒で酸化する、味はバナナにミルクが合わさった味
フタラの木
一週間に一回木の皮が剥ける、全ての皮が剥けると白い木になる、剥けた状態の木は非常に硬くどんな鉱石も砕くと言われているが、未だ伐採された事がない為、真相はまだわからない。
本日も見てくださりありがとうございます!




