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第六十七話 地下で待つもの

 ゼーラとルインは、闇に沈んだ村の方角へそっと歩を進めていた。


 木々の影に身を潜め、村の様子をうかがう。

 家々のあいだを、松明も灯さずに村人たちが走り回っている。


「……おい、アイツら。明かりもなしで探してやがる」


「夜目持ちってことだよね……暗くても見える、っていう……」


 人間の目では到底見えないはずの暗さの中、奴らは平然と獲物を探している。

 その異様さに、ゼーラの背筋がひやりと冷えた。


「とりあえず……ゼーラがさっき村全体を見られた高台って、あそこだよな」


 ルインが顎で指し示した先には、村を見下ろせる小高い丘がある。


「うん。あそこまで行く?」


「そうしよう。この数の村人、正面からやり合うのは無理だ」


 二人は気配を殺し、高台を目指して進んだ。


 耳を澄ませれば、静かな夜気の中に、村人たちの怒鳴り声が紛れ込んでくる。


「おい! 逃げた餌は見つかったか!」


「全然見つからないです! 森の方も見たんですけど、痕跡がなくて……!」


「なら畜舎に向かったやつからの報告はどうなってる!」


「それが、まだ戻ってなくて……どこ行ってるんでしょうか……!」


「だったらお前が行って確認してこい!」


「はい!!」


 村人たちは“餌”と呼ぶ人間を探し出すために、村全体へ網を張るように散っていく。

 腰のあたりには、小さな石がいくつも詰められた袋——発狂石(はっきょうせき)が覗いていた。


 高台に辿り着いたゼーラたちは、そこから村全体を見渡した。


「村人ども、必死に探してるな」


 ルインが吐き捨てるように言う。


「……ルイン。畜舎にいる人たちも、助けられないかな……」


 ゼーラの声には、迷いと罪悪感が滲んでいた。


 ルインは短く息を吐く。


「俺たちだけじゃ無理だ。今はそこまで人を助ける余裕はねぇ。

 ——先に仲間が優先だ」


「……そう、だよね……」


 ゼーラは唇を噛み、悔しさと割り切りの間で揺れる心を、無理やり前へ向ける。


「行くぞ。屋敷へ」


「うん……行こう」


 村人の注意が外に向いているおかげか、二人は村人と鉢合わせることもなく、すんなりと屋敷の前まで辿り着いた。


「ゼーラ。どこから入ればいい?」


「今、魔法で足場を作るね」


 ゼーラは地面に手を置き、マナを流し込む。

 土が盛り上がり、柵へと繋がる緩やかな階段のような足場が形を成す。


「これで、柵を乗り越えよう」


 二人は作られた足場を駆け上がり、静かに柵を越えて屋敷の敷地内へと侵入した。


 中に入ると——妙なくらい、静かだった。


「なあ……静かすぎねぇか?」


「私が逃げたときも、こんな感じだった……とにかく必死で走ってて、あまり覚えてないけど……」


 人の気配が薄い。

 警備の兵も、見張りも、犬の一匹すら見当たらない。


「ここに、本当に人住んでるのかよ」


「わからない……あ、ルイン。こっちから屋敷の中に入れるよ」


 ゼーラが指差した先、少し開いた窓から、屋敷の中の闇が覗いている。


 二人は慎重に窓枠を跨ぎ、室内へと侵入した。


「おいおい。本当に静かだな……気味悪ぃ」


「私も逃げるので精一杯だったから、あんまり……。けど、ここまで静かだったかな……」


 微かな血の匂いが、鼻を掠める。

 靴底が床板に触れる音さえも、やけに大きく感じるほどの沈黙が屋敷を包んでいた。


 警戒しつつ進んでいくと、やがて玄関ホールへと続く広間へ出る。


「おい……あれ……人だよな」


 ルインの声が低くなる。


「……誰が、こんな、ことを……」


 広間の床には、いくつもの死体が転がっていた。

 メイドの服を着た者、鎧を身につけた傭兵らしき者たち。

 そのどれもが、巨大な何かに“叩き潰された”ように、身体の一部がひしゃげ、骨ごと粉砕されている。


 壁や天井には、赤黒い飛沫が乾いてこびりついていた。


「ここで働いてた連中も、きっと俺たち人間を食ってた側だろうな。

 ……もしかしたら、俺ら以外にも脱走した冒険者がいたのかもしれねぇ」


「……そうだよね。きっと、誰かが抵抗して……」


 ゼーラは一度深く息を吸い込み、胸のざわめきを押さえ込んだ。


「……よし。とりあえず階段を上がって、上の階を見てみよう」


「うん。私たちがいる階は静かだし……」


 二人が階段に足をかけた時——。


 コツ、コツ、と靴音が上階から降りてくるのが聞こえた。


 軽い、けれどどこか弾むような足音。


「ゼーラ。いつでも魔法撃てるように構えろ」


「わかった、ルイン」


 ゼーラは両手を前に出し、土魔法の詠唱体勢に入る。

 ルインもまた、手元にマナを集め、いつでも剣を創れるよう備える。


 足音は階段の踊り場まで近づき——そして姿を現した。


「あっれ〜? 君たち、だれ〜? 最初からいたっけ〜?」


 階段の上から現れたのは、白い髪を肩の下まで伸ばした少女だった。

 右頬には、白い龍の翼のような刻印がくっきりと刻まれている。

 右手には、少女と同じくらいの大きさの巨大なハンマー。

 その先端には、まだ乾ききっていない血が黒くこびりついていた。


 なのに、その仕草も表情も、恐ろしく無邪気だ。

 殺気は一切感じない。

 だが——一目見ただけでわかる。


 ((勝てない……!))


 ゼーラとルインは本能的に悟った。

 アデルの放つ殺気とも違う、もっと底の見えない“格”の差が、ひりつくような圧として肌にのしかかる。


「俺たちは、仲間を探しにここへ来た。

 なあ、アンタ。聖女、見なかったか?」


 ルインが一歩前に出て問いかける。


「せい、じょ? ここにいるじゃん!」


 少女は自分の胸を指差し、にへっと笑う。


「わ・た・しが、ね〜!」


「やっぱり……聖女なんですね!」


 ゼーラが思わず声をあげる。


「“やっぱり”って何よ〜。髪の色でわかるでしょ?

 この、綺麗な白髪が〜、ね?」


 自分の白髪をくるくる指に巻きつけて見せる少女。


「それよりもだ!」とルインが遮る。


「アンタ以外の聖女は見たか?」


「うん、見たよ〜」


 少女はあっさりと答え、くるりと視線をゼーラへ向けた。


「ほら、ここにもう一人いるでしょ? ね、わたし以外〜」


 ゼーラを、指差す。


「……てめえ。舐めるのもいい加減に——」


 ルインが思わず少女の胸ぐらを掴んだ、その瞬間だった。


 世界が、凍りついた。


 空気が一変する。

 肌を刺す、どころではない。骨の髄まで凍り付くほどの“殺意”が、爆発的に放たれた。


「ッ……!」


 ルインの全身に、無数の槍が突き刺さったかのような感覚が走る。

 それはルインだけではない。ゼーラの身体も同時に、氷水を浴びせられたように総毛立ち、足から力が抜けた。


 膝が笑う。呼吸が浅くなる。

 アデルが虚無感覚(ヴォイドセンス)を発動したときの殺気とは、質も濃度もまるで違う。

 圧倒的で、理不尽で、抗うこと自体が無意味と脳に思い込ませてくる暴力的な圧。


「……っ、く……!」


 ゼーラは耐えきれず、その場にしゃがみこんでしまう。

 ルインもまた、吐き気をこらえながら、その場に膝をつきそうになるのを、必死に踏みとどまっていた。


 少女の表情は笑ったまま。

 だが、その瞳だけが、氷のように冷たく光っている。


「あのさ〜」


 彼女は、ルインの掴んだ手をぺし、と軽く払いのける。


「気軽にわたしに触らないでくれる〜?

 弱い奴に触られるの、一番“殺したく”なるんだよね〜」


 声は軽い。口調もゆるい。

 けれど、そこに込められた意味だけがひどく重たい。


「ねえ、君〜。謝ってくれる?

 ちゃんと、土下座で、ね〜」


 次の瞬間には、ルインの膝が勝手に折れていた。

 自分の意思とは無関係に、床に額を擦りつけている。


「……すいま……せん……でした……」


「顔あげて〜」


 言われるがまま、ルインが顔を上げた、その瞬間。


 少女の左手がルインの胸ぐらを掴み、その華奢な腕からは信じられないほどの力で、彼の身体を持ち上げる。


「かっ……く……!」


 息が詰まる。足が宙に浮く。


「よいしょ〜」


 そのまま、窓際へと振り回し——投げ飛ばした。


 ガシャーンッ!!


「ルイン!!」


 ゼーラはよろめきながら立ち上がり、吹き飛ばされたルインの元へ駆け寄る。

 ルインは割れたガラスと絡まったカーテンに引っかかりながら、なんとか身体を起こした。


「……っ……だ、大丈夫だ……」


 ルインがカーテンに手を掛けて立ち上がろうとした瞬間、カーテンレールごとガタンと落ち、壁のどこかでカチャン、と小さな金属音が響いた。


「え……なんだ……この音は……」


「何かの、仕掛け……? ルイン、大丈夫……?」


「ああ、大丈夫だ。それより……あの聖女は——」


 二人が視線を向けると、少女は広間の壁をじっと見つめていた。

 その口元が、面白がるようににやりと歪む。


「へぇ〜。この屋敷、仕掛けがあるんだ〜。

 でも、めんどくさいから〜……壊しちゃおっか〜」


 少女——白き刻印の聖女は、持っているハンマーを軽々と振りかぶる。


 ボゴォッ!!


 鈍い衝撃音と共に、分厚い石壁が粉々に砕けた。

 崩れた壁の奥には、地下へと続く階段がぽっかりと口を開けている。


「ねぇ、二人とも〜」


 少女は砕けた壁の前で振り返り、ニコッと笑う。


「君たち、弱っちいからさ〜。

 そこの屋敷の玄関で、“虫”が来たら叩き潰してほしいんだよね〜。お願いしちゃっていい〜?」


 “虫”という単語で、ゼーラとルインの脳裏に浮かんだのは、村人たちの姿だった。


 まともに断れる空気ではない。

 あの殺気をもう一度浴びることを想像するだけで、背筋が冷たくなる。


 二人は、ほぼ反射的に頷いていた。


「ありがとう〜! じゃ、よろしくね〜」


 白髪の聖女はひらひらと手を振りながら、地下へ続く階段を降りていく。


「なあ、ゼーラ……“虫”ってさ……」


「……村人のこと、かな……」


 二人は顔を見合わせ、無意識のうちに喉を鳴らした。

 そして、階段の闇へ消えていく彼女の背中を、ただ黙って見送ることしかできなかった。



「ルンルンルンルン〜♪」


 白い髪を揺らしながら、聖女——レミラは鼻歌まじりに地下階段を降りていく。


「おもしろい屋敷だなぁ〜。

 ……さっきの二人、塔を二つも攻略してたね〜。

 でも見た目からして弱かったなぁ。次の塔、大丈夫かなぁ。死んじゃうかなぁ〜」


 ブツブツと独り言を言いながら、足取りは妙に軽い。


「ま、聖女にはいろいろ頑張ってもらわないと困るんだけどね〜」


 階段を降り切った先には、丸い巨大な扉が一枚、行く手を塞いでいた。


「ん〜〜、また扉〜? 開けるのめんどくさい〜」


 レミラは溜め息をつき、だらりとした動きでハンマーを構えると——


「えいっ」


 ゴシャァッ!!


 鉄と石でできたはずの扉が、薄い紙のようにひしゃげて吹き飛んだ。

 巻き起こった砂埃が、地下の空気を白く染める。


 その向こうから、低く太い声が響いてきた。


「おいー。誰だぁ? 俺の家の扉、壊したのはよー」


 砂煙の中から現れたのは、三メートル近い巨体の男——いや、男“のような”化け物だった。

 ぶ厚い皮膚。膨れ上がった筋肉。

 その姿は、伝承で語られるトロールそっくりだが、身体のあちこちに異様な瘤や骨の突起が生え、普通のトロールとは明らかに異なる禍々しさを帯びている。


 レミラはそれを一目見て、ぽつりと言う。


「うわ〜……やだぁ。トロールの希少個体種じゃん……」


「んん? おお、聖女じゃねえか!」


 トロールは口いっぱいに笑みを広げ、豪快に笑った。


「バッハッハッ!! で? ここに何しに来やがった?

 俺はまだ残りの聖女、全部食っちゃいねえからなぁ。おかわりはまだ取っといてやるよ、バッハッハッ!!」


 涎を垂らしながら笑うその姿は、心底から“人間”を食料としてしか見ていない。


「あのさ〜」


 レミラはあくびを噛み殺しながら、片目を細めた。


「この世界で、聖女殺したり、食べたりするの。

 ダーメ、なんだけど〜?」


 ハンマーの柄を肩に乗せ、軽く首を傾げる。


「やっぱりいくら希少個体種でも、脳みそちっちゃいからわからないかぁ〜」


「バッハッハッ!!」


 トロールは腹を揺らして笑う。


「おい、聖女。俺を舐めるなよ」


「舐める……? やだぁ〜。キモい〜」


「てめえ……一回潰れとけやぁああ!!」


 トロールの巨体がぐわりと動く。

 丸太のように太い腕が振り上げられ、レミラめがけて巨大な拳が振り下ろされた——


 ——が。


 拳は、途中で“消えた”。


「ギィヤアアアアア!!」


 トロールの絶叫が地下を揺らす。


 レミラは、自分のハンマーを軽く振り払い、そこについた血を床へと飛ばす。


「うるさ〜い。

 もうちょっと静かに叫んでよ〜。耳、キーンってなる〜」


 トロールの右腕の先——拳から先が、きれいに吹き飛んでいる。

 骨も肉も、もはや跡形もなく粉砕されていた。


「ギィィィ……!! もう殺すゴロスゥウウウウウ!!」


 怒りに任せて咆哮するトロールの断面から、どろどろと肉塊があふれ出す。

 それは粘土のようにうねりながら形を取り戻し、あっという間に拳が再生した。


「俺は無敵だぁあ!! 無敵だああ!!」


 トロールは背後の壁に立てかけてあった巨大な金棒を掴み、ずしん、と床を揺らしながら構える。


「はぁ〜あ」


 レミラはあからさまに大きなあくびをした。


「せっかく楽しめると思ったのにな〜。

 希少個体種だから、もうちょっと歯応えがあると……

               思ってたのにさ〜」


 その瞳は、完全に相手を“下”と見ていた。

 トロールの巨体も、金棒も、この聖女にとってはただの退屈しのぎに過ぎない。


 地下の闇の中で——

 人を喰らうトロールと、龍刻の聖女レミラの戦いの幕が、音もなく上がろうとしていた。

昇肉の(しょうにくのむら

肉を食すことで位階が昇ると村人全員が思っている


本日も見てくださりありがとうございます!

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