第六十四話 初心者フリ作戦
グリムの魔法で人体樹は跡形もなく吹き飛び、さっきまで無数に襲いかかってきていたヒトガタたちは、糸の切れた人形のようにバタバタとその場に崩れ落ちていった。
嵐が去った後には、ねじ曲がった枝と黒く焦げた地面だけが残る。
少し離れた場所には、アデルの腕の中でぐったりとしながらも息をしているリノア。
さらにその向こうには——地面に静かに横たえられたミゾラの遺体があった。
上半身こそ人の形を保っているが、腰から下は、木の根のように細く乾ききっている。
マナも血も、すでに吸い尽くされた後だということが、一目で分かった。
この場に駆けつける前、アデルはまずリノアを取り戻すより先に、カルガルの仲間——聖女ミゾラを人体樹から引きずり出していた。
だが、それでも間に合わなかった。
「リノア!! すまねえけど!! カルガルを救ってくれ!!」
アデルが叫ぶ。
「ええ?? 誰、カルガルって……」
リノアはまだ状況を飲み込めていない様子だ。
アデルはリノアを抱えたまま、血の匂いが強くする方へと駆け出す。
「カルガル!! おい!! カルガル!!」
地面には血だまりが広がり、その中心でカルガルが仰向けに倒れていた。
腹部には深い傷。服は血で黒く染まり、土がこびりついている。
アデルが揺すっても、カルガルの瞼は重く閉じられたままだ。
リノアは一目見て理解した——この命は、もう風前の灯火だと。
「リノア!! どうしたんだよぉお!! 早くヒールを!!」
焦るアデルに、リノアは歯を噛み締めて首を横に振る。
「アデル……ヒールしても、もう……助からない……」
「なんでだよ!! まだ……!」
アデルが食い下がろうとしたそのとき——
「ア……デル……さん……」
かすれた声が、自分の名を呼んだ。
カルガルが、血に濡れた睫毛をかすかに震わせ、ゆっくりと瞼を開ける。
濁り始めた瞳で、まっすぐアデルを見上げていた。
「どうか……フールを……助けてほ……しい、です……
おねがい、で……きます……か……」
震える唇から、切れ切れの言葉がこぼれる。
アデルはカルガルの顔を覗き込み、拳を握りしめた。
「ああ、任せろ!!
必ず助け出す!! おまえが仲間だって言うなら、絶対だ!!」
カルガルの硬くなりかけていた表情が、少しだけ緩む。
「あ、りがとう……ア……デル……さん……」
そう言って、カルガルはゆっくりと目を閉じた。
二度と開くことのない、終わりのまぶた。
森に、静寂が降りた。
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その後——
ミゾラとカルガルの遺体を丁寧に埋葬し、簡素ながらも二つの墓を並べて作った。
名を刻んだ木の墓標が、風に揺れる。
「……よし」
土をならし終えたグリムが、立ち上がる。
アデルとリノアも、土まみれの手のひらをぎゅっと握り締めながら、その場に黙って立ち尽くしていた。
やがて、アデルがグリムへ向き直る。
「あの……グリムさん。助けてくれてありがとね。
グリムさんに助けてもらうの、これで二回目だけど」
「別に気にしなくていい。
弟の仲間は、俺の仲間だからな」
「ん?……弟? アデル、どういうこと?」
ぽかんとするリノアへ、アデルが胸を張って答える。
「グリムはオレのアニキだ!! だからオレはアニキって呼んでんだ!!
リノアはアニキの妹だ!!」
「えぇ!! 急に!! えええ!!」
「まぁ、俺が勝手にそう思ってるだけだけどな……」
「全然いいよ!! じゃあ、わたしは“グリ兄”って呼ぶね!」
「グリ兄、ね……悪くない。
よろしくな、リノア」
軽く笑ったあと、グリムは表情を引き締めてアデルに問う。
「なあリノア、ゼーラとルインはどこ行ったんだ? 一緒じゃなかったのか?」
アデルが真顔に戻る。リノアは眉を寄せて首を傾げた。
「わたしもね、意識がはっきりしてなくて……よく覚えてないんだ。
だけど、鳥車がもう一台来て、一緒に移動して……
急に鳥車が破壊されて、このヒトガタっていうのに襲われたところまでしか……。
ごめん……」
「安眠草の影響だな……。
ならアデルたちの仲間は、もう一台の鳥車に乗ったまま、別の場所に連れて行かれた可能性が高い」
グリムの言葉に、アデルのこめかみがピクつく。
「クソがぁ!! アニキ!! さっさとやろうぜ、“初心者フリ作戦”!!」
「ん? アデル、なにそれ?」
リノアがきょとんとする。
「カルガルもオレたちみたいに騙されたらしい。
それで、初めて冒険に出るやつとか、このグラマル大陸に初めて来たやつを狙って誘拐してるらしいんだ!
だからよ——初心者のフリして、逆に捕まってやる!」
「……ああ、そういうこと。
わたしたちがエサになるってこと?」
リノアが苦笑いすると、アデルは「そうだ」と頷き、ポケットから何かを取り出した。
「あとリノア、これ渡しとくわ」
「え……これ濾息茎じゃん!! わたし、これつけたくない!!」
鼻の穴に差し込む、あの地味にダサくて不快な茎である。
「これつければ安眠草の煙、耐えられるんだよぉ!!
眠らされるフリだけして、実際は起きてなきゃ意味ねえだろ!」
「うぅ……またこれつけるんだね……」
「お、細いのあったぞ」
アデルが細めの濾息茎を見つけて差し出すと、リノアは一瞬でそれをひったくった。
「……ありがと」
ぶつくさ言いながらも、ちゃんと鼻に装着し確かめるあたり、なんだかんだで従順だ。
「よし。じゃあお前たち——今から俺たちは、わざと人さらい共に捕まるぞ」
「おう!! わかったぁ!!
で? アニキ、どこで捕まる?」
アデルが食いつくように身を乗り出す。
「んー、そうだな……リノア、どこがいいか分かるか?」
「え、わたし?! 全然知らないよ!
アデルたちと一緒に初めてこのグラマル大陸に来たんだよ!!」
「あ、そうだったな!!」
グリムが腕を組んで考える。
「アルセディア森都はどうだ? あそこで捕まるのは……」
「いや、あの都市はある程度慣れた冒険者や商人が多い。
“右も左も分からない初心者”って条件からは外れるな」
「グリ兄! グラント湾港はどう?
わたしたちが連れ去られた場所!」
「遠い。今から出発したら、一週間以上かかるかもしれん」
「じゃあどうすんだよぉ!! アニキ!!」
焦れるアデルを横目に、グリムは目を閉じて数秒黙り込む。
「……よし。確か、森嶺山の手前に“レガナリス街”って街があった。
あそこは初心者冒険者もそれなりに集まる。
そこで“初心者の振り”をする」
「おお!! いいじゃんか!!」
「俺はカルガルが乗ってたドゥドゥに乗る。
アデルはモリハクに乗ってくれ」
「おう!! 任せろ!」
リノアとアデルはモリハクに跨り、グリムはカルガルが使っていたドゥドゥの手綱を取る。
三人は最後にカルガルとミゾラの墓を振り返り、それぞれ短く言葉をかけたあと——静かに背を向けた。
「アデル! 俺の後についてこいよ!」
「余裕だぜぇ!!」
三人と二羽のドゥドゥは、レガナリス街を目指して森を駆け出した。
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「ねえ、アデル……」
モリハクの背の上で、リノアは落ちないようにアデルの腰にしがみつきながら、ぽつりと問いかける。
「アデルは……わたしを助けるまで、どうしてたの?」
「オレか?」
アデルは少し前を見据えたまま、短く息を吐く。
「オレはよ……あのクソババア共に森の中へ捨てられた。
必死にリノアたちを探そうとしたけど、マジで手がかりなくてよ。
森を彷徨ってたら、ルーズ爺さんとコルクってガキと出会ったんだ。
それで、アルセディア森都に行けば何か分かるかもって聞いて、そこを目指すことにした」
「アデル……そうだったんだね……」
「それで色々あってよ、三つ目闇獣と戦ったんだよなぁ」
「アデル!! それ本当なの!?
闇獣って……あの闇獣!?」
「ああ。結局逃げられたけどな。
そいつと戦ってる時に、グリムが助けに来たんだ。
それで一緒に戦って……今に至るってわけだ」
「じゃあグリムさんは、一緒に来てくれてるって事はゼーラとルインも助けてくれるの?」
「当たり前だろ?
じゃなきゃ、ここまで付き合ってくれねえよ」
「うわ……すごく頼もしいね……。
四つ星プレートだよ! 本物だよ!」
「アニキはマジでつえぇ。
でも、いつか必ずアニキに追いつく!」
そのやり取りに、リノアはくすりと笑う。
そうして彼らは、野宿し、起きてはまた出発し——それを三日繰り返した。
やがて、木々ばかりだった視界の先に、ぽつぽつと家々の屋根が見え始める。
「着いたぁあああ!!」
「やっとだね!!
ああ〜ゼーラの土の家で寝たぁい!!」
レガナリス街——森嶺山の手前にある、中規模の街。
獣人族と人族が半々ほどの、そこそこ賑やかな場所だ。
森都より人口は少ないが、冒険者の出入りは多い。
「よし、とりあえずブラブラしながら鳥車のとこに行こう」
グリムが提案し、三人は街の中を歩きながら、鳥車が集まっている場所へと向かう。
「森都よりは小さいけど、けっこう冒険者いるね」
「そりゃ、山越えとか周辺ダンジョン目当てだろうな」
鳥車が並ぶ広場に着くと、グリムが二人を振り返る。
「よし、リノア、アデル。
“困ってる顔”をしろ。
決してキレるなよ」
「アニキ、余裕だわぁ!」
「わたしも準備完璧!」
三人はわざとらしく困った表情を作り、鳥車周辺をうろうろと歩き始める。
手持ちの金が少なく、路頭に迷っている“初心者冒険者”の演技だ。
案の定——
「あのー、冒険者さん。どうしました?」
声をかけてきたのは、にこやかに微笑む女性だった。
だが、その目の奥の光を見て、グリムは内心で警戒を強める。
「え? あ、俺?」
「はい……! そうです……!どうしましたか?」
「いやー、アルセディア森都へ行きたいんだけどさ。
お金が無くて……」
「あ! そうだったんですか!!
でも、これは運命かもしれません」
「運命?……だと?」
「はい! 冒険者さん、お仲間はいますか?」
「ああ、あと二人いる。その内一人が聖女だ」
「まあ、聖女様ですか!?
それなら、聖女パーティーの方ですね!
ぜひ、あなた方に協力したいです!
わたくし達は“困っている方々”を助けたいと思っておりまして……
ですから、是非、わたしの鳥車へお乗りください!!」
やけに押しが強い。
(ビンゴだな……)
グリムは心の中で呟いた。
「乗るよ。ただ、仲間たち呼んでくるから、少し待っててくれ」
「はい! もちろんです!!」
グリムはその場を離れ、すぐ近くで様子を窺っていたアデルとリノアのところへ戻る。
「おい、リノア、アデル。声かけられたぞ。
あいつ、やたらと乗せたがる」
「これでルインとゼーラがいる場所に行けるな!」
「グリ兄! アデル! 濾息茎、忘れないでね!!」
「オレはここに来た瞬間からつけてる!」
「うわ、抜かりない……。
わたしも、ちゃんとつける……」
「よし。行くぞ」
三人はそれぞれ濾息茎を鼻にしっかり装着し、先ほどの女性のところへ向かう。
「ああ……お待ちしてました!!
では、こちらへどうぞ。是非お乗りください!!」
女性は満面の笑みを浮かべ、客車の扉を開けた。
三人は何食わぬ顔で客車に乗り込み、席に座る。
外から扉が閉まる音がして、鳥車はレガナリス街を出発した。
ガタゴトと車輪が揺れる音。
一定のリズムに、眠気を誘う振動。
そして——車内に、どこか甘ったるい煙の匂いが漂い始める。
(来たな……安眠草の煙)
三人は目で合図を交わし、タイミングを合わせて、わざとゆっくりと瞼を閉じ、眠りに落ちたふりをする。
「止めて」
しばらくしてから御者に声がかかったのか、鳥車が短く揺れて停止する。
客車の窓から、先ほどの女性がそっと中を覗き込んでくる気配がした。
「……寝たね。
ふふふ……さあ、集落に連れて行くよ」
女のくぐもった笑い声。
そのまま御者に何かを告げ、鳥車は再び動き出す。
だが、その進む方向は——
アルセディア森都へと続く大通りではなく、森の奥へ続く、別の道だった。
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