第六十三話 救出
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「リ……っ、き……」
どこか遠くから、声がする。
「ん……? 何……?」
「リノ……っ、きろ……」
「なに……言ってるの……?」
「リノア!! 起きろ!!」
「えっ!? はっ!! お父さん?!」
ガバッと身体を起こすと、視界に飛び込んできたのは、見慣れた木の天井と、懐かしい木造の部屋——そして、ベッドの横で腕を組んでいる父・カルレンだった。
「どうしたんだ、リノア? 変な声出して。朝ご飯の支度できたぞ」
「え……? あ、朝ご飯……?」
「なに寝ぼけてんだ。昨日、モニカと魔法の修業でボッコボコにされて、そのまま気絶して今だぞ? 覚えてねえのか?」
「え?! そ、そうだった……っけ……?」
「はっはっは! タンコブだけで済んでよかったな!」
カルレンは豪快に笑うと、ひょいと立ち上がって部屋を出て行こうとする。
「おとうさん! 待って!」
リノアも慌ててベッドから飛び降り、ふらつきながらも後を追う。
廊下を抜けて食堂に入ると、木のテーブルの上には湯気を立てる料理が並んでいた。
豪快に焼かれたビックボアの肉、香草で炒めたウサギ肉、野菜は申し訳程度。
「……朝から肉だらけなんですけど……」
ぼそりと呟くリノアに、カルレンは胸を張る。
「当たり前だろ! 育ち盛りは肉を食え! 魔力は体力からだ!」
そんな“いつもの父の声”が、やけに胸の奥をくすぐる。
「おとうさん! おねえちゃんいないけど……?」
「モニカのやつ、まだ森の中で修業してるのか?! ったく、あいつは……俺が呼んでくる。リノアはここで待ってろ」
カルレンが入口に向かって歩き出す。
その背中を見た瞬間、胸の奥から、どうしようもない衝動が湧き上がる。
「——待って! おとうさん! わたしが探してくる!!」
「お? 大丈夫か? 迷わねえか?」
「わたし、もう七歳だよ!! 迷わないもん!!」
リノアは勢いのまま、家の戸を開けて外へ飛び出した。
「…………」
外の空気を吸い込んだ瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる。
青い空、土と木の匂い、風に揺れる木々。
生まれ育った家——近くのこの森の空気。
「なんか……この景色と匂い……すごく、懐かしい……
……あれ? 懐かしい、って……変だな。ずっとここにいるのに……」
違和感が一瞬脳裏をかすめるが、リノアは首を振って追い払った。
「とりあえず、おねえちゃん探さなきゃ!」
靴音を弾ませながら、森の中へ駆け込んでいく。
「おねーちゃーん!! どこにいるのーー!?
おとうさんがご飯できたってー!!
今日はおねえちゃんの好きな肉料理だよー!!
冷めちゃうから早く帰ろーー!!」
鳥のさえずりと葉擦れの音に混じって、リノアの声が森に響く。
しばらく進むと、どこかから聞き慣れた声が返ってきた。
「ちょっと待ってろよ、今終わらせるからさぁ!」
その声の方へ駆けていくと——
そこには、大きな爪を持つハンドベアーと対峙する、一人の少女の姿があった。
白い髪を後ろで一束にまとめたポニーテール。
海のように澄んだ青い瞳。
青と白を基調とした服装。
リノアの姉、聖女モニカ。
「おねえちゃん!! 何してるの? ご飯できたから帰ろー!」
「ん? リノアじゃん!! ……って、ご飯!? もうそんな時間?!」
「そーだよ!! 今日はおねえちゃんの好きな肉料理だよ!!
せっかくおとうさんが作ったのに、冷めちゃうよ!」
「それはダメだ!! 早く帰ってたくさん食わないと!!
ってことで——クマ、じゃーねー!!」
モニカがくるりと身を翻した瞬間、背後のハンドベアーが隙を見て飛びかかる。
「おねえちゃん!!」
リノアが叫んだ瞬間——
「フリグス・スパイラ(冷旋風)!!」
冷気を帯びた渦巻く風が一気に発生する。
冷風はハンドベアーを巻き上げ、その巨体を空中で回転させながら、皮膚の表面から一気に凍てつかせていく。
きしんだ音と共に、ハンドベアーはそのまま氷の塊となり——ドサリと地面に落ちた。
「よしっ! はい、片付いた! 帰るか!」
「うん!!」
二人は笑い合いながら、森を抜けて家へ向かって駆けていった。
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「はぁあああ!! 食った食った!!
あたし、これ以上入らないね!!」
テーブルの上に山盛りだった肉は、ほぼ全滅していた。
「おいーモニカ……お前なぁ、女なんだから“食った食った”っておっさんみたいなこと言うな」
「父さん、別によくない? 細かいこと気にしすぎ!
ね、リノアもそう思うだろ?」
「え? えっと……わたしは、どっちでもいいと思うよ……」
「“どっちでもいい”ってなんだよ〜、リノア〜」
モニカが笑いながら頬をつついてくる。
ふと、リノアは思い出したように顔を上げた。
「おねえちゃん、来年、塔の試練受けるんだよね?」
「塔の試練? 何言ってんだ?」
「え……? だって、わたしたち聖女でしょ!? 塔の試練、受けないと……」
リノアの言葉に、カルレンが怪訝そうに眉をひそめる。
「リノア、どうしたんだ? 塔の試練って……
それより、お前、ギアンとニーナとクロンと会う約束してただろ?」
「え?! あ……そう、だったっけ?」
「そうだ。とっとと行ってこい!」
「う、うん! 行ってくる!!」
リノアは椅子から飛び降り、慌てて家を飛び出す。
外の光に目を細めながら、村へと続く道を歩いていく。
「塔……?
なんで、わたし、そんなこと……」
言葉にして、自分で戸惑う。
(わたし、塔に登った……? 誰かと一緒に……?)
曖昧な既視感が、頭の中をぐるぐる回る。
そのとき——
(オレは……アデル……よろしくな!)
「……っ?!」
突然、頭の中に声が響いた。
「ア、デ、ル……?」
聞いたことのある名前。
聞いたことのある声。
なのに、思い出そうとすると、頭の奥がキリキリと痛む。
「んー? 今の……なんだろ。
ま、気のせいか! みんなのところ行かなきゃ!」
無理やり気持ちを切り替え、足を速める。
しばらく歩いていると、後ろから元気な声が飛んできた。
「リノアちゃーん!! ニーナ迎えに来たよ!!」
振り返る間もなく、ふわふわの髪を揺らしたニーナが勢いよく抱きついてきた。
「わっ! びっくりしたー! いきなり抱きつかないでよー」
「えー、いいじゃん別に〜。
それよりね、みんな、海が見えるところにいるから行こ!!」
ニーナに手を引かれ、そのまま海辺へと連れていかれる。
「ねえリノアちゃん! 今日ね、リノアちゃんのお母さん、街の市場で見かけたよ!」
「おかあ……さんが、市場で……?
おかあ……さん……?」
その言葉を聞いた瞬間——
「あ——あああ!! くっ……!!」
「リノアちゃん!? どうしたの!? リノアちゃん!!」
頭の芯を殴られたような激痛が走る。
足から力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。
両手で頭を抱え、必死に息を整える。
しばらくすると、波が引くように痛みが静まった。
「リノアちゃん!! 立てる?? 大丈夫??」
「……あ、ありがとう……ニーナ……。もう平気……」
「どうする? このまま家に帰る?
ニーナ、ギアンたちに言ってくるよ?」
「ううん、大丈夫。行こう」
自分に言い聞かせるように微笑むと、リノアはニーナと共に再び歩き出した。
海が見える丘に着くと、聞き慣れた声が響いた。
「リノアーー!! ニーナーー!! こっちだーー!!」
手を振っているのは、短く刈った黒髪の少年、ギアン。
その隣には、おっとりした少年・クロンもいる。
「おい遅いぞ! どうしたんだよ!」
「実はリノアちゃんが、さっき——」
ニーナが何か言いかけた瞬間、リノアは慌ててその口を手で塞いだ。
「わ、わたしが約束忘れて、遅れちゃったの!」
「お前なぁ! 約束忘れるなよ!!
クロンなんか、全然来ねぇから心配してたんだぞ!」
「ギアンくん、そんなに怒らなくてもいいですよ。
まぁ、心配してたのは事実ですけど……」
「ホントごめんね!」
リノアは苦笑いしながら、ぺこりと頭を下げる。
ニーナがニヤニヤしながらギアンの顔を覗き込んだ。
「ギアンくん、顔赤くなってる〜」
「はぁ!? なってねぇし!! 黙れ!! ニーナ!!」
「あはははは!!」
笑い声が広がる。
「それでさ、なんでここに集まったの?」
リノアが問いかけると、ギアンは得意げに顎をしゃくった。
「それはだな——あの島を見ろ!」
指差した先、海の向こうに浮かぶ小さな島。
どこか不気味に見えるその島は——
「あそこは“叫び島”だ!」
「叫び……島……」
その名を口にした瞬間——
バチンッと何かが弾ける音が、頭の奥で鳴った。
(オレは最強の男になる!!
全員一撃でぶっ飛ばす!!)
耳の奥に、うるさいほど元気な声が響く。
幾度となく聞いた声だ。
「リノアちゃん? どうしたの? まだ頭痛い?」
「リノア、頭痛かったのか?」
「大丈夫ですか、リノアさん?」
三人が一斉に覗き込んでくる。
「わ、わたしは大丈夫だよ!!
それで、叫び島がどうしたの?」
「決まってんだろ! あの島を、俺たちの“基地”にするんだよ!
あそこでこっそり魔法の修業するんだ!」
「えー……あんなとこまで行くの? ニーナやだよー」
「だって他に魔法撃てる場所ねえだろ? な? クロン!」
「まぁ、そうですね……。
でもニーナさん、僕たち、十三歳になったら、ルベルの地下ダンジョンに行って、いっぱい魔道具見つけてお金持ちになるって約束しましたよね?」
「んー、それはそれで楽しみなんだよ〜。
でもその時リノアちゃんいなかったし、リノアちゃんにも、ニーナたちの冒険について来てくれるか確認しないとだよ!」
「そうだな! 確かにいなかったな!!
なあリノア、俺たちと一緒に冒険行こうぜ!
きっと楽しい冒険になる!
だから今からしっかり力つけないといけねー!
どうだ? リノア?」
三人の視線が、一斉にリノアへ注がれる。
リノアは口を開けかけて——
(リノアぁあ!! 起きろぉおお!! 何してんだぁあ!!)
うるさいほどの怒鳴り声が、頭の奥に響く。
(クッソがぁあ!! 邪魔すんじゃねえ!!
クソ木どもがぁ!!)
ムカつく声。うるさい声。
でも——どんな敵にも真っ向から突っ込んで、いつも誰より前に立って、
わたしたちに、何度も勇気をくれた声。
茶色の髪、茶色の瞳。
生意気で、バカで、でも——絶対に折れない少年。
「どうした? リノア? 本当に大丈夫か?」
「リノアちゃん、やっぱ帰った方がいいよ……? 体調良くないでしょ?」
「リノアさんが体調悪いなら、僕たち全員で家まで送って行きます」
偽物のはずなのに。
この世界が“作り物”だと、どこかで分かっているのに。
みんなの優しさは、現実と少しも変わらない。
「……ごめんね、みんな。
わたしは、やらないといけないことがあるの。
だから、一緒にはいけない」
「え?! 何やらないといけないことって……
今やっちゃえばいいじゃん!
ニーナたち手伝うよ!」
リノアは、首を横に振る。
「これは、わたしがやらないと……
違うね。わたしたちがやらないといけないことだから。
……だから、大丈夫だよ」
「そ、そう……なの……」
「ごめんね、ニーナ……」
「なあリノア、それ、今教えられないのか?」
「ボクたちの知らないこと、ですか?」
「ううん。みんな……知ってるよ。
でも、今はここでは言えない……」
リノアは微笑みながら、けれどどこか寂しげに言葉を紡ぐ。
「もしね、わたしの“やらないといけないこと”が終わったら——
今度こそ、本当に、一緒に冒険行こうね。
あ、もう一人“バカ”連れて来ていい?」
「バカ? 誰なの? ニーナ知ってる?」
「俺も知ってるやつか?」
「そこは……どうかな?
でも、めちゃくちゃ頼りになるやつだよ。
今も、わたしを助けるために、身体ボロボロにしながら戦ってくれてる。
だから、わたし、そのバカのところに行くね」
三人は顔を見合わせ、そして同時に笑った。
「わかった!
ちゃんと“やらないといけないこと”やったら、一緒に冒険しよ!
約束だよ!! リノアちゃん!!」
ギアンとクロンも、力強く頷く。
「うん!! 待ってて、みんな!!」
その瞬間——
バリンッ、と空間が割れる音がした。
空がヒビ割れ、その裂け目から腕が伸び、リノアの身体を掴む。
「遅いよ……アデル……」
引きずり込まれながら、リノアは笑う。
『はぁ? 黙れ、アホリノア!!
——うりゃああああああ!!!』
あの、ムカつくほど元気な声が、はっきり聞こえた。
ーーーーー
「はぁあああああ!!! うりゃああああああ!!」
アデルは、人体樹の中心部に張った薄膜に両腕を突っ込み、全身の筋肉を悲鳴を上げさせながら、“中にいるリノア”を現実へと引きずり出す。
びきびきびきっ——!
膜に走った亀裂が一気に広がり、やがて——
バシャァン!!
ガラスが砕けるような音と共に、光の破片が四方へと飛び散った。
「——っ!!」
崩れ落ちる膜の中から、白い髪の少女が飛び出してくる。
アデルはその身体をしっかりと抱きとめ、軽々と抱き上げた。
お姫様抱っこ。
リノアの身体から、まだ薄く甘い香りのようなもの——幻の名残が漂う。
「アデル……」
「遅えんだよ、バカリノア。
どんだけ寝てんだよ」
口では毒づきながら、その腕は驚くほど優しく彼女を支えていた。
「アニキ!!
遠慮なく、その赤い奴ぶっ倒してくれぇえ!!」
アデルが叫ぶと同時に、赤樹胎が咆哮を上げ、再びこちらへ向かってこようとする。
グリムは一瞬、カルガルの倒れている場所へ視線をやり——小さく笑った。
「よくやったな、アデル。
……それから、カルガル。
お前が最後に放った魔法のおかげで、膜に亀裂が入った。
ありがとうな」
静かに呟き、両手に握ったシックルを構え直す。
「——テンペスタス・ファルキス(嵐の刈り手)!!」
左右のシックルに、強大な風のマナが渦を巻く。
振り上げた刃を振り下ろした瞬間、グリムの足元を中心に、巨大な嵐が生まれた。
地面の砂や折れた枝、ヒトガタの残骸を巻き込みながら、黒い風の柱が天へと伸びる。
赤樹胎は咄嗟に腕を交差させて防御の姿勢を取るが——嵐は容赦なくその身体を巻き込み、ツタも枝も幹も、全て細かく切り刻んでいく。
「リノア、しっかり掴まっとけ」
アデルはリノアを抱いたまま、嵐の範囲から外れるように大きく跳び退く。
風圧で髪が煽られ、頬に砂が当たる。
嵐はそのまま人体樹へと到達した。
幹に絡みついていたヒトガタたち、無数のツタ、根。
そして、人を飲み込み、マナを吸い続けていた“樹そのもの”を——
すべて、嵐の中へと呑み込んだ。
巻き上げられた人体樹は、何度も何度も風の刃に削られ、砕かれ、形を失っていく。
最後には、木片すら残らず、ただ黒く焦げた土だけがその場に残った。
風が、ぴたりと止む。
静寂の中、アデルは腕の中のリノアを見下ろす。
「……おかえりだ、リノア」
リノアは、まだ少し夢の名残を宿した目で、アデルと、その向こうに立つグリムと——倒れたカルガルの方を見つめながら、微笑んだ。
「……うん。
ただいま、みんな」
最近遅く投稿してしまい申し訳ないです、、
本日も見てくださりありがとうございます




