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第五十一話 置き去り

鳥車の停まる音とともに、女が振り返り、にこやかな声を出した。


「では、鳥車でご案内しますので、どうぞお乗りください」


「歩きじゃないんだ! 歩きだとわたし思ってた……」


 リノアが目を丸くすると、女は楽しそうにクスッと笑う。


「そんな。いきなり歩かせたりしませんよ。

 ちゃんと移動手段も用意しています。どうぞ乗って、村に着くまで休んでください」


「ありがとう! あのー、名前なんて言うの?」


「申し遅れました。わたしはステと申します」


 深々とお辞儀をしてから、ステは鳥車の客車の扉を開ける。

 リノア、ゼーラ、ルインの三人もそれにならって軽く頭を下げ、中へ乗り込んだ。


 ……ただ一人、アデルだけは。


 ステを鋭く睨みつけたまま、お辞儀など一切せず、無言で奥の席にドカッと座る。


 御者席には細身の男性が座っており、ステと何かをこそこそと話していた。

 やがて、鳥車は静かに動き出し、港から離れていく。


「なあ、アデル。そんなに警戒しなくてよくね? 見た目優しそうだしよ」


 ルインが軽く笑いながら言うと、ゼーラも頷く。


「この大陸には、初めて来た人に対して、すごく親切にしてくれる人がいるんですね。

 ルイン、これで悩んでる事、ある程度は減りますね!」


「まあ、そうだな。とりあえず地図が欲しい。

 ヘルドレスの塔の時、村長が地図の間違いに気付いてくれてマジ助かったからな。

 あのまま行ってたらと思うとゾッとするわ」


「でもすごいよね! 地図作るのを専門にしてる人がいるなんて。

 どこまでの範囲が記載されてるのか、わからないけど……」


 会話は明るい。客車の揺れも心地いい。

 だというのに、アデルだけは、ずっと眉間に皺を寄せたままだった。


「アデル、なんでそんな機嫌悪いの? 別に悪い人じゃないのに」


「なんであのババアが善人だってわかるんだよ。

 オレはまだ信用できねえ」


 アデルの声には、はっきりとした警戒心が混じっている。


「アデルくん、ステさんのどこが信用できないんですか?」


「目だ!」


 即答だった。


「あのババア、顔は笑ってんのに、目だけは笑ってねえ。

 そんな奴が善人なわけねえだろ!!」


「アデルー、目が笑ってないってだけの判断も、よくないと思うけどな。

 それに、本当に“目が笑ってない”ってわかるのか?」


「オレにはわかんだよぉ!!」


 アデルは苛立ったように背もたれに体を預け、窓の外を睨む。

 リノアは少し唇を尖らせながらも、静かに言葉を選んだ。


「でも、今はしょうがないよ。金もないし、次の塔への行き方もわからない。

 でっかい街がどこにあるかも分かんない。

 だから、ステの提案が今、一番ありがたいんだよ」


「そうですよ、アデルくん。村にはきっと美味しいご飯もあります。

 お腹いっぱいになるまで、みんなで食べましょう」


 ゼーラがいつものように場を和ませようとするが、アデルの表情は晴れない。


「そう言う事だから、アデル。もう警戒するのはやめようよ。

 せっかく優しくしてもらってるんだから!」


「うるせえ。オレは、あのババアを絶対信用しねえ!!」


「じゃあ勝手にすれば!! わからずや!!」


「はあ? んだとっ!」


「おいおい、ケンカすんなよ……」


 ルインが二人の間に割って入り、場を収める。

 アデルはぷいっと顔をそむけて窓際へ。

 リノアも反対側の窓の景色を見つめて口を閉ざす。


「……はあ〜。ま、とりあえず今は選択肢がねえからな。

 行くしかねえ。アデル、わかってくれりゃいいが」


 ルインが小さく呟く。


 鳥車の揺れは次第に単調になり、外の景色はゆっくり後ろへ流れていく。

 サイクロプスとの死闘の疲労もまだ抜け切れていないのだろう。


 やがて、アデル以外の三人も、いつしか瞼が重くなり――

 客車の中には、静かな寝息だけが満ちていった。


 ……その空間に、白い煙が、ゆっくりと、静かに漂い始めていたことに誰も気づかないまま。



 しばらく進んだ後、鳥車は人目のない、疎らな林の近くで止まった。

 ステが先に地面へ降り、客車の扉をそっと開け、中を覗き込む。


「ナル、見て。みんな寝てる。安眠草の効果、すごいね」


 御者席から降りてきた男――ナルと呼ばれた男が、客車の中を覗き込み、ニヤリと笑う。


「そうだな……。このアデルって生意気なガキだけ、この林に捨てるか」


「そうだね。こいつだけ、ずっと警戒してたしね。

 どうする? 殺しちゃう?」


 ナルの目に、獣のような残酷な光がよぎる。

 だが、ステは首を横に振って、細い指を唇に当てた。


「それはやめた方がいいよ。ナルの殺気で、目が覚めるかもしれないでしょ。

 ここに捨てるのが一番いいの。


 勝手にどっかで死ぬか、運がよければ生き残るでしょ。どっちでもいいわ」


「ふん……好きにしろ」


 二人は、熟睡しているアデルだけをそっと引きずり出す。

 ルインもゼーラもリノアも、安眠草の効果で完全に意識を手放しており、身じろぎ一つしない。


 アデルの身体は軽く、鍛えられた筋肉はあっても、まだ少年の体なのだと改めてわかる。

 二人は一度林の奥まで運ぶと、岩陰の近くにアデルを放り出した。


「他の三人は、お人よしで助かったわね。

 ――おバカでいてくれて、ありがとう」


 ステは口元だけ笑いながら、吐き捨てるようにそう言った。


 そして何事もなかったかのように鳥車へ戻り、客車の扉を閉める。

 アデル以外の三人を乗せた鳥車は、再び林を抜け、道を走り出した。


 まるで、最初から“最初から四人なんていなかった”かのように。



「……ん……んん……」


 アデルが、うっすらと目を開ける。


「ん……? ……ん?」


 頭が重い。体もだるい。喉も渇いている。

 ぼやけた視界で上を見れば、見知らぬ木々の間から、空が覗いていた。


「は? ここ……どこだよ……」


 上半身を起こし、辺りを見回す。

 そこは、木々が生い茂る小さな林の一角。鳥車の気配はどこにもない。


「オレは……なんで……。


 リノア、ゼーラ、ルイン!!

 クソッ!!」


 胸の奥が、急に冷たくなる。

 アデルはとりあえず立ち上がり、周囲を走り回りながら、仲間の名前を叫んだ。


「リノアぁあ!!

 ゼーラぁあ!!

 ルインーーー!!


 どこだぁああ!!」


 林を抜けると、そこは開けた平原だった。

 草原が風に揺れ、空は高く広い。

 ――だが、鳥車も、仲間の気配も、何一つ見当たらない。


「一体……どうなってんだよ……。


 眠くなったことだけは覚えてる。

 後は……記憶がねえ……。


 クッソがぁあ!!


 ……オレがうるせえから、あいつら、オレを捨てたのか?

 ……それは、ありえねえか……。

 ……やっぱ、あのババアか……」


 イライラと地面を蹴る。

 しかし怒りより先に、胸を締めつけるのは別の感情だった。


(リノア達が――危ねえ)


 その時、ふと地面の一部に違和感を覚える。

 しゃがみこみ、指でなぞる。


 ――車輪の跡。


「……鳥車の車輪の跡、か……?


 これがリノア達を乗せたやつかどうかなんて、わかんねえ。

けど、他に手がかりなんざ、一個もねえ……」


 アデルはしばらく跡を追って目を凝らし、進行方向を見定める。


「あの森……であってるのか?

   でも、そこしかねえ!!」


 遠くに、濃い影を落とした森が見える。

 アデルは息を整えることもそこそこに、全力で駆け出した。


 途中、何度か短い休憩を挟みながら――

 それでも足を止めることなく、喉の渇きと脚の痛みを無視して、ひたすら走る。


 そしてようやく、目指していた森の入口へ辿り着いた頃には、アデルの息は荒く、汗で髪は額に張り付いていた。


「クッソ……疲れた……」


 近くの岩に腰を下ろし、肩で息をする。


「水は……ゼーラが持ってんだった……。

 クソ!!」


 舌打ちしつつも、アデルはすぐに立ち上がる。


 ――水の音がするはずだ。


 目を閉じ、耳を澄ます。

 遠くの木々のざわめき、虫の羽音、風の音。その奥に、確かに――


(……そこだ)


「そこか! 見つけたぞ!!」


 アデルは声に出してから、その方向へ勢いよく駆け出す。

 濃い木々の間をすり抜け、枝をいなし、草を踏み分け――


 やがて、木々の切れ目に、小さな川が姿を現した。


「よっしゃ!」


 アデルは膝をつき、両手で水をすくうと、そのままガブガブと飲み込む。


「ぷっはああああ!! 生き返ったぜ!」


 冷たい水が、体の隅々まで染み渡っていく。

 喉の焼けるような渇きが、ようやく少し和らいだ。


 よし、と気合いを入れ直し、再び歩き出そうとした、その瞬間――


 ざわ……ざわ……


 さっきまで穏やかだった森が、急にざわめき始めた。


「……何かが、近づいてる気配がする……」


 アデルは眉を寄せ、即座に川から離れる。

 近くの茂みに飛び込み、身を低くして息を潜めた。


 数秒。

 いや、数十秒かもしれない。


 やがて、ズシャァッ、と木をへし折るような音と共に、何かが川へ向かって突進してくる。


「……はあ? 人か……?」


 そう思った一瞬後、アデルの目は見開かれた。


「……ッ!! なんだコイツ……」


 現れたのは、人ではなかった。


 ――巨大なキノコ、にしか見えない。


 丸く膨れた傘のような頭。

 ぬめりを帯びた肌。

 だが、その“胴”のあたりには、大きな口が横に裂けたように開き、ぬらりとした舌が覗いている。


 そして――


 頭部のあたりに、ギョロリと動く、三つの眼球。


 ぐじゅ、ぐじゅと、何か湿った音を立てながら、その目玉たちが、一斉に周囲を見回した。


 アデルは、思わず息を止める。


 ――森の奥で、何かが始まろうとしていた。

本日も見てくださりありがとうございます!

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