第五十話 笑わない目
目を開けると――すぐ目の前に、塔と、その前に佇むゴーレムがいた。
「聖女様、塔の攻略お疲れ様でした」
「は、はい……」
リノアは一瞬きょとんとする。
前回のトラウスの塔では、こんな出迎えはなかったからだ。
ルインもゼーラもアデルも、同じように戸惑いの色を浮かべている。
「聖女様達には船を用意しております。
トーメル諸島へ戻られますか? それとも、グラマル大陸へ向かわれますか?」
「わたし達はグラマル大陸へ行く……」
リノアが少し緊張しながらも答えると、ゴーレムは無機質な声で応じた。
「かしこまりました」
その時、背後からも別の声がした。
「では、舟はわたくしがご案内いたします」
振り向けば、さきほどとは別のゴーレムが立っている。
無表情な石の顔が、こちらをじっと見つめていた。
リノア達はそのゴーレムの後ろについて歩き出す。
塔の周囲は相変わらず白い霧に包まれ、先はほとんど見えない。
「船のこと、どうしようって思ってたけど……
用意してくれてることってあるんだね!」
「私も驚きです。てっきり白塵港に転移させられると思ってましたけど、違いましたね」
「まあ、船があるのはありがてえな」
「オレ腹減ったわ! 船に飯ねえのかな?」
軽口を叩きながら、霧の中を抜けていくと――やがて視界が開け、簡素な船着き場が現れた。
そこに、四人だけを乗せるには十分すぎる小型の船が、静かに停泊している。
甲板に上がり、船内に入ると、粗末なテーブルと椅子、それから干し肉と、飲み水の入った壺がいくつか並べられていた。
「干し肉かよ!! まあ、ねーよりマシか……」
アデルは文句を言いつつも、即座に干し肉をつかんで、ガシガシと噛み始める。
他の三人は、ようやく腰を下ろして息をついた。
「あ、船が動き出しましたね……」
「これ、誰が運転してるんでしょう……?」
「知らんなー。でも、ちゃんと俺達の移動手段、用意してくれてんだな」
「だよね……。
あーあ、モルドンに別れの挨拶、ちゃんと言えなかったなー」
「そうですよね……。トーメル諸島から出るんですもんね」
「色々あったな……」
三人は自然と黙り込み、少ししんみりした空気になる。
リノアがふと横を見ると――アデルは、干し肉を食べ終えたのか、いつの間にか椅子にもたれて眠り込んでいた。
「アデル、寝るのはやい!!」
「よっぽど疲れてんだろ。寝れるうちに寝とけばいいさ」
ルインもそう言いながら目を閉じ、そのまま眠りに落ちていく。
「ゼーラは寝る?」
「私は……まだ寝ないですね。まだ、ちょっと寝られません……」
「今回の塔、みんな無事でよかった……」
リノアがぽつりと漏らすと、ゼーラは小さく頷いた。
「その通りですね。
誰一人欠けることなく、攻略できました……」
「次が三つ目の塔だよね。
絶対、みんなで攻略しようね!!」
「はい。絶対に、皆さんで……」
ゼーラの言葉に、リノアは安心したように微笑み、椅子の背にもたれて目を閉じた。
「ゼーラ、わたしも少し寝るね……」
「はい。リノアさん、おやすみなさい」
船室には、アデルの寝息と、遠くから聞こえる波の音だけが響く。
ゼーラは一人、静かに三人の寝顔を見回した。
「……このまま皆さんと、一緒に旅ができますように。
レナウス様、私達をお守りください……」
窓の外に見える空は、いつの間にか群青色に染まり、夜が迫っていた。
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コン、コン――。
船室の扉が叩かれる音に、ルインが最初に目を覚ました。
軽く伸びをしてから扉を開けると、先程案内してくれたゴーレムと同じ顔立ちのゴーレムが立っていた。
「皆さん、お待たせしました。
ここがグラマル大陸にある“グラント湾港”です」
「わかった。すぐ出る」
ルインは振り返り、みんなを揺さぶって起こす。
リノアとゼーラは、欠伸をしながらもなんとか起き上がるが――アデルだけが、全く起きる気配を見せない。
が、次の瞬間。
「鼻くっさーーー!! なんだぁあ!!」
アデルが突然飛び起きる。
「アデル!! 急に驚かすん――え? くっさぁああ!!
俺もなんだけど!!」
「アデル!! ルイン!! どうし――う、臭っ……え、えぇえええ!」
「リノアさん、なにが……くさ……です……」
全員、顔をしかめて鼻を押さえる。
アデルは思いっきり鼻息を吹き出す。その瞬間――
ブシュッ、と音を立てて、鼻に詰めていた濾息茎が飛び出した。
「あ!! クサくねえ!!
この茎のせいか!!」
状況を察したルインも、アデルを真似して鼻から濾息茎を吐き出す。
「本当だ!! 臭いねえ!!」
ゼーラも慌てて取り出すことに成功したが――
リノアだけが、なぜかうまく抜けないでいた。
「くっさい!! もう!! アデル!! ちょっと、どうなってるか見て!!」
「はあ!? ふざけんな!!
なんでオレが見ねえといけねーんだよ!!」
「いいからぁあ!! クサイのよぉお!!」
リノアの恐ろしい剣幕に負け、アデルはしぶしぶリノアの鼻の穴を覗き込む。
その瞬間――
ポンッ!
濾息茎が勢いよく発射され、見事にアデルの片目へクリーンヒットした。
「いってぇえええええ!!!
あああああ!! いってぇえええええ!!
バカリノアぁああああ!!!」
リノアは、鼻の通りが良くなったのか、実にスッキリした顔をしている。
「アデルくん、大丈夫ですかっ!! ヒール!」
ゼーラが慌ててアデルの両目に手をかざし、光の回復魔法をかける。
ルインは、扉の外で待っているゴーレムに「準備できた」と伝え、案内を促した。
「行くぞ!! 早く!!」
ルインの一言で、四人は慌ただしく船内から降りる。
アデルはまだ目元を押さえながら、リノアに対してぶつぶつ文句を言い、リノアは「ごめんってば」と軽く謝る。
「ここがグラマル大陸なんですね……!
この港、人が多いです!!」
グラント湾港の建物は、どれもこれも白を基調としている。
トーメル諸島とはまた違う、清潔で賑やかな空気がそこにはあった。
「オレ達が最初に来た港も、結構人いたけどな!」
ひとまず、四人は近くの食堂に入ることにする。
木のテーブルと椅子が並ぶ、地元民向けの雑多な雰囲気の店だった。
「金が今ねえから、そんな頼めねえ。安い食い物だけにしよう」
ルインがそう言い、安そうなメニューだけを見て注文を済ませる。
「ねえ、とりあえずどうする?
ザイロフォンの塔へ向かうには、どうすればいいのかな?
リナ達は、次に近い塔はザイロフォンの塔って言ってたけどさ……」
「そうですよね……。地図、買わないといけませんよね」
「買いたいけど、信憑性の高い地図じゃねえと意味ねえしな……」
テーブルに肘をつきながら、三人はうーんと唸る。
一方、アデルだけはというと――店内のあちこちで食事をしている人々の料理をじろじろと観察していた。
ふと、アデルは妙な視線を感じる。
顔を向けると、やけにこちらをじっと見つめている人物がいた。
少し年上の女性。
着ているものは地味だが、姿勢だけは妙に整っている。
瞬きもせずに、こちらをじーっと見ていた。
「おい! 誰かあのババアと知り合いか?
クソ見てくる奴がいるんだけど……」
アデルの言葉に、三人もそちらへ目を向ける。
本当に、ミリも動かず、ただ一点、こちらを見ている女性がいた。
「アデル、そんな“お婆ちゃん”ってほどじゃないじゃん。
……でも、わたし知らないよ?」
「俺もだ……」
「私もです……」
「おい、この店から出るか?
それとも何見てるか聞いてくるか? クソイライラして来てんだけど!」
「アデル! ダメだよ!
せっかく新しい場所に来たのに、すぐ揉め事起こすのはよくないよ!!」
「そうだぜ、アデル。
まあちょっと、あの女、気味が悪いから、この店出て、
港にいる人に地図と塔について聞いてみるか!」
「その方が早いですもんね!」
四人は席を立ち、食堂を出て、港の通りを少し歩き始める。
――その時。
「あの〜、ちょっといいですか?」
背後から、さっきの女性の声がかかった。
振り向くと、さっきと同じようににこやかな表情を浮かべた彼女が立っていた。
ただし、その目だけが不自然に笑っていない。
「おいババア! なんだてめぇ!
さっきからジロジロ見て来やがってよ! 潰すぞ……」
「アデル!! 急にそんな事言わないの!!」
アデルは女性を鋭い目つきで睨みつける。
しかし女性は、極めて丁寧な仕草で頭を下げた。
「本当にすみません……。気付かれていたんですね。
不快な思いをさせてしまって、申し訳ありません……」
低姿勢な謝罪。その口調に嘘は感じられない。ただ、目だけは――やはり笑わない。
「それで。なんでアンタは俺達を見てたんだ?
なんか俺達に、気になってることでもあるのか?」
ルインが前に出て問いかけると、女性は顔を上げ、穏やかな声で言った。
「あの〜……聖女パーティーの方々ですよね?」
「はあ? てめえ! 見ればわかるだろ!!」
「もう、アデル!!」
喧嘩腰のアデルを、リノアが慌てて押さえる。
「それで、私達になんで声をかけたんですか?」
リノアが改めて問い直すと、女性は少しだけ微笑みを深めた。
「そうですねぇ……。
あなた方、初めてこの大陸にいらしたんですよね?」
「そうだけど……なんでわかるの?」
リノアが身構えると、女性は申し訳なさそうに言葉を続ける。
「すみません。先ほど隣を通った時、皆さんの会話が聞こえてしまって……。
それで、わたしに皆さんのお手伝いができたらいいな、と思いまして」
「手伝い、だと? なら地図をくれよ。
この大陸に何があるか、わかりやすい“信頼できる”地図をな!」
ルインはストレートに要求する。
「はい、あります。
わたし達の村に“地図職人”がいまして、その方の地図は、
ほぼ完璧にこの大陸のことが書かれているんです。
なので、わたし達の村に来てくだされば、お渡しできます。
ご飯も提供できますよ」
「あの……どうしてここまでしてくれるんですか?
私達、今日あなたに初めて会ったんですよ……?」
ゼーラが首をかしげると、女性は少しだけ誇らしげに答えた。
「それは、わたしの村の村長から教えられているからです。
『初めて来た者には優しくしろ。旅人を困らせてはいけない』――と。
なので、わたしは皆さんのお力になりたいんです」
「皆さん、どうしますか?」
ゼーラが振り向き、三人に視線を向ける。
「俺達は今のところ、この大陸のことを全く知らないし、金もねえ。
どうしようもない状態だからな。
この人の村に行った方が、今後の旅が“楽”になるかもしれない。
……俺は、行った方がいいと思う」
「そうですよね……。ルインの言う通りかもしれませんね」
「わたしも、その方がいいと思うけど……。
アデル、どうする?」
アデルは、未だに女性を睨んだままだったが、やがて舌打ち混じりに口を開いた。
「オレは正直、行きたくねえ。アイツ、なんか気持ちわりぃからな。
だけど、今のオレ達じゃどうしようもねえ。
あのババアの村に行くしか、今は選択肢がねえもんな……」
不承不承だが、反対はしなかった。
「じゃあ、全員の意見がまとまったな。
――アンタ、案内頼む」
ルインがそう言うと、女性はぱっと明るい笑みを浮かべた。
ただ、やはりその目だけは、氷のように静かだ。
「わかりました。
村に来たこと、絶対に後悔はさせません。
では、ご案内しますね」
そうして――
リノア達四人は、謎めいた笑みを浮かべる女性に導かれ、
見知らぬ村へと歩き出すのだった。
サイクロプス
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