第四十九話 強くなる約束
サイクロプスは、ルインの渾身の一突きをその唯一の眼に受けて――
大きく仰け反り、そのまま前のめりに崩れ落ちた。
床がどん、と揺れる。
巨体が石床に沈み込んだ振動が、足裏から全身に伝わってくる。
「はぁ、はぁ……やった……やったぞ……やったぞおおお!!」
ルインは、まだリナの腕の中に抱えられたまま、子どもみたいに歓声を上げた。
「ねえ、ルイン。おろしていい?」
「あ……」
ようやく自分が“お姫様抱っこ”されてる事実に気づいたらしい。
ルインの顔が一気に赤くなり、慌てて地面に下りる。
「クッソ!! オレが最後決めたかった……」
アデルが悔しそうに歯噛みする。
「ルイン!! ナイスだよ!! 本当に!!」
「ルインさん!! お見事でした!!」
リノアとゼーラも、少し息を切らしながらも笑ってそう言った。
「いや、俺だけじゃ到底無理だったよ。
これは……俺たちの“チームワーク”の勝利だな」
ルインがそう言って笑った、まさにその時――
天井のどこからともなく、静かに“雨”が降りはじめた。
ぽつ、ぽつ、と冷たい雫が頬に触れる。
次の瞬間、傷口のひりつきが、じんわりと和らいでいくのを全員が感じた。
「……これは……なに……?」
「体の傷が……癒えていく……」
リナとカリスが、不思議そうに自分の体を見下ろす。
「カリスとリナは初めてだもんね。
塔を攻略すると、何故か“傷を癒す雨”が降るんだよね……」
リノアが二人に穏やかに説明する。
「そ、そうなんだ……」
「……でも……手の甲に模様が出ないんだけど……
どうすればいいの……?」
カリスは自分の右手の甲を不安そうに見つめる。
「大丈夫ですよ、カリスさん。
もうすぐ、広場の中央に“光の柱”が現れます」
「……光の柱……?」
ゼーラがそう言い終えると同時に、広間の中心が眩い光に満たされていく。
やがて、天井まで伸びる一本の光柱が立ち上がった。
「カリスさん、あれが“光の柱”です。
リノアさんと一緒に行きましょう!」
「うん、行こっ!」
ゼーラ、リノア、カリスの三人が光の柱へ歩み寄り、その表面へそっと手を伸ばす。
――す、と。
三人の身体が光に溶けるようにして、そのまま柱の中へ吸い込まれていった。
「ええ!? カリス!! どこ行くの!! 待って!!」
リナも慌てて光の柱に飛び込む――が。
彼女の体は、光をただ“通り抜ける”だけだった。
何の反応も、何の感触もない。
「聖女しか入れない場所だからな。
俺達は、聖女が戻ってくるまでここで待機だ」
ルインが、肩をすくめながらリナに説明する。
「そ、そうなんだ……。
あたし達、いつまで待機なんだろ……」
落ち着かない様子のまま、リナはサイクロプスの死骸の方へ歩いていく。
ルインはそれを視界の端で確認しつつ、少し離れた場所にいるアデルへ目を向けた。
アデルは、サイクロプスの残骸から少し距離をとった場所で、静かに深呼吸を繰り返している。
「アデル。どうしたんだ……?」
「……別に。なんでもねえよ」
アデルは視線をサイクロプスから外さないまま、ぼそりと言った。
「ただ……誰も欠けずに済んで……安心してんだ」
その横顔は、いつもの喧嘩腰な表情ではなく、妙に大人びて見えた。
「……そうだよな。今回、俺達“全員”生きてる」
ルインも同じサイクロプスの亡骸を見つめながら、静かに頷く。
「ルイン。この調子で行くぞ。
どんどん塔を攻略する」
アデルは真剣な目で、ルインを見た。
「あたり前だ。サクッとクリアして、願い叶えようぜ」
アデルは光の柱の前まで行き、その場に腰を下ろした。
まるで、柱から誰かが出てくるのを一秒でも早く捕まえに行けるように。
ルインはその背中を見送った後、リナの方へと歩いていく。
「リナ。そんなにサイクロプス見て、どうしたよ?」
「あ、ルインか。
その……あたし達、塔クリアしたんだよね?」
リナは倒れ伏したサイクロプスの頭部をじっと見つめたまま、問いかける。
「そうだけど。実感ないのか?」
「そ、そうじゃないんだけど……。
ただ、結構塔で死ぬ人が多いって聞くからさ。
ルイン達は、最初の塔でどうだったの……?」
ルインは一瞬だけ目を閉じ、それからゆっくりと答えた。
「……俺達は、最初の塔で仲間二人を失った」
リナの表情が、きゅっと強張る。
「だから今回も、正直怖かった。
“仲間が死ぬかも”って考えが、何度もよぎった」
「……そうだったんだね……」
リナは、何も言えず唇を噛む。
「でも、今回は本当に全員生還できて良かった」
ルインはそう言って、リナに向き直り、ふっと柔らかく微笑んだ。
その笑顔を見て、リナはぐっと拳を握る。
「あたし、もっと強くなる!」
唐突に顔を上げ、ルインに向かって片拳を突き出す。
「今回は、リノア、ルイン、ゼーラ、アデル達のおかげもあって、なんとか倒せた。
あたし一人じゃ絶対無理だった。
だから――もっと強くなって、
“あたしだけでも”塔の怪物を倒せるようになる!!」
「はは。いいじゃん、それ」
ルインも同じように拳を伸ばし、コツンとぶつける。
「あ、ルイン。これって聞いていいかな?」
「ん? なんだ?」
「ルインは、全部の塔を攻略したら――
どんな願い事するの?」
少しだけ間を置いて、ルインは空を見上げるように視線を上げた。
「……俺は、
“みんなが幸せに暮らせる世界にしてほしい”って願うかな」
「理由、聞いていい?」
「俺は元々、孤児院で育ったんだ。
色々あって辛い経験を、弟達までもが味わった。
それに――トーメル王国の貧困街での殺戮。
罪のない人が、山ほど殺された」
「そ、そんな事があったの……」
リナは言葉を失う。
「だからさ。
お金もあって、食べる物もあって、
安全に眠れて――それだけで、争いのかなりは減ると思うんだ。
だから俺は、“そんな世界にしてくれ”って願う。
――リナは?」
「あ、あたしはルイン程すごい願いじゃないけど……」
リナは少し照れたように頬を掻き、それから真っ直ぐに言う。
「あたし、カリスのお母さんの病気を治してもらうように願うの」
「リナは、カリスのお母さんと仲いいのか?」
「うん。小さい時から知ってるし、
カリスともずっと一緒に遊んでた。
でも、カリスは中々“塔の旅”に出ようとしなかったんだ」
「なんでだ?」
「だって、死ぬかもしれない旅だよ?
そんな簡単に『行くね!』なんて言えないじゃん!」
リナは少し怒ったように言うが、その目には不安と優しさが滲んでいた。
「まあ、この世界の決まりでもあるしな。
“聖女は絶対、塔へ挑め”って」
「でも、ある時――カリスのお母さんが急に高熱出して倒れたの。
村の薬剤師に診てもらっても原因がわからなくて、
一応薬はもらったけど、全く効かなくて……。
このままだと危ないから、カリスは決めたんだ。
お母さんの体調が良くなるように塔へお願いするために、
旅に出るって」
「……それは、辛いな」
ルインは小さく息を吐いた。
「なら、なおさら急がねえとな。
塔を早く攻略して――願いを叶えないと」
「うん! なんとしてでも叶えないと!!」
リナは拳をぎゅっと握りしめ、サイクロプスの亡骸を睨むように見上げた。
その時――
広場の中央に立つ光の柱が、再び強く輝き出した。
「みんなぁ!! お待たせ!!
あれ? アデル? なんでそんな近いところにいるの?」
光が収まると同時に、リノア、ゼーラ、カリスが柱の中から姿を現す。
その目の前――本当に“すぐそこ”に、アデルが立っていた。
「はあ? 別にいいだろ!!
何かあったらすぐお前ら助けに行く為だ! ボケェ!!」
「口悪いーー!」
リノアが頬を膨らませる。
その間に、ルインとリナ、カリスの前にゼーラ達も集まる。
「カリス! その模様! やっとだね!!」
リナがカリスの右手を取って、嬉しそうに叫ぶ。
「……うん……。
やっと“スタート”に立った気がする……」
カリスの右手の甲には、薄く光る紋章――
ひし形が少しだけずれたような、独特の印が刻まれていた。
それはリノア、ゼーラの手の甲にも浮かび上がっている。
「これで二つ目の印ですね!」
「だね!!」
リノア達が、お互いの甲を見せ合いながら笑い合う。
――その時。
全員の足元に、白い魔法陣がすうっと浮かび上がった。
「うわ――」
視界が一瞬真っ白に塗り潰される。
次に目を開けた時、彼らは――
最初にこの塔へ足を踏み入れた、あの巨大な扉の前に立っていた。
「……ここに、着くんだ……」
「そうだ。で、あそこに見えてる魔法陣に乗ると、外へ出られる」
ルインが、床に刻まれた魔法陣を顎で示す。
「……ありがとう、ルイン……」
カリスが小さく礼を言う。
「なあ、リナとカリスはさ。今度どこ行くんだ?
俺達は次、この近くの塔に行くつもりなんだけど」
ルインが二人に尋ねる。
「そっか。トラウスは攻略したもんね。
それだったら、今度はグラマル大陸の方に塔があるよ。
今いる“塵埃の島”から近いところにね!」
「そこはなんて塔なんだ?」
「確か……“ザイロフォンの塔”だった気がする」
「ザイロフォンの塔、か。……わかった、ありがとう」
ルインがきちんと礼を言うと、今度はアデルが一歩前に出る。
「なあ、お前らさ。
オレ達と一緒に行かねえか?」
真正面からの誘い。
リナは一瞬目を丸くして、それから少し寂しそうに、でも嬉しそうに笑った。
「アデル、ありがとうね。
仲間に誘ってくれるのは嬉しい。
でも――あたし達は、いったんトーメル諸島の方へ戻るよ」
「はあ? なんでだよ!!
オレ達が次行く塔、お前らまだクリアしてねえだろ?
なら一緒に攻略しようぜ!!」
「確かにそうだけどさ……」
リナは一度目を伏せ、それからはっきりと言葉を選ぶ。
「あたし達、今回の塔の攻略で――
ほとんどアデル達に任せちゃってた。
ゼーラ、リノア、ルイン、アデル。
みんなのおかげで倒せたようなもんだった」
「いや、そんな事ねえよ!!
カリスだって、リナだって、しっかり援護してくれただろ?」
「ダメ。全然ダメなの……。
最初だって、怖くてちゃんと動けなかった……」
「……わたしも……全然ダメだった……」
カリスも小さな声で続ける。
「だから――あたし達は、“強くなる”。
アデル達よりもね!!
あたし達が、お互いに肩を張り合えるくらいになったら――
その時、“あたし達から”仲間に入れてもらうように、頭を下げる!!
そん時が来て、アデル達があたし達より弱くなってたら――
めちゃくちゃバカにしてやるから!!」
「はああ!? 絶対ありえねえし!!
リナ達が強くなった頃には、オレはもう世界に名を轟かせてるからな!!」
「なら、勝負だね!!
アデル達には負けないから!!」
「オレもだ!!」
「アデル、違ぇだろ。俺達“全員”だ」
ルインが割って入り、リノアとゼーラも前に出る。
「みんな、ありがとう。
あたし達も、絶対負けないから!!」
「……またね……」
リナとカリスは、最後にアデルの顔をしっかりと見てから、出口の魔法陣へ向かう。
足元が白く光り――
二人の姿は、塔の中から消えた。
「行っちゃったね。カリスと、リナ。
……わたし達も行こう! 次の場所へ!!」
リノアがくるりと振り向き、手を差し出すように言う。
「グラマル大陸か……。
前にグールの村で会ったノスタと、モルドンが生まれた場所か。
見たことねえ魔物も、山ほどいるんだろうな!!
ちょっと楽しみだぜ!!」
「そうですね!!
美味しい料理も、きっとたくさんありますし!!」
ゼーラの瞳がきらきらと輝く。
「よし!! 俺達も行くぞ!!」
ルインが高らかに宣言する。
四人は顔を見合わせ、同時に頷いた。
そして――
新たな塔と、新たな大陸、新たな出会いを求めて。
リノア達は、外へと続く魔法陣の上へ、力強く足を踏み出した。
本日も見てくださりありがとうございます!




