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第四十六話 ヘルドレスの塔

 スロウマウの巨体が、地響きを立てて崩れ落ちた。


 白い霧の中に、しばし静寂が戻る。


「……っはあ、はあ……倒した、よね?」


 リノアが肩で息をしながら呟き、アデルが鼻で笑う。


「雑魚グマがぁああ!!」


「倒せた!! たおせたぁ!!」


 リナも槍を掲げて飛び跳ね、三人は勢いのままハイタッチする。


「「「イェーイ!!」」」


 ぱん、と乾いた音が霧の中に響いた、その時。


「おーーーーい!!」


 聞き慣れた声が、白い世界の向こうから飛んできた。


 リノアとアデル、リナは同時に振り向く。

 霧をかき分けるようにして、三つの影がこちらへ向かってくる。


「ルイン! ゼーラ!!」


 リノアはぱっと表情を輝かせ、駆け出した。


「やっと見つけた!! リノア!! アデル!!」


 ルインも手を振り返し、隣でゼーラがほっと胸を撫でおろす。


 そして、そのさらに斜め後ろから、白い髪の聖女が一人――カリスが、控えめに走ってくる。


「カリス!!」


 それを見たリナが、制御を完全に失った勢いで飛びついた。


「もぉ〜!! カリス!! あたし心配したよ!! よかった!! 無事で!!」


「……心配したのは……一緒。勝手に先、行きすぎ……」


 ぶつかるように抱きついてくるリナの頭を、カリスは少し照れくさそうに撫でる。


 くすぐったそうに目を細めるリナを見て、リノアがふっと笑った。


「カリスは、リノア達の仲間と一緒に行動してたんだね!!」


「……うん。二人とも強い……さすが塔を一回クリアしただけある……」


 そう言いながら、カリスはふと、アデルの方へ視線を向けた。


「ん? ……誰?」


「おまえがリナと一緒にこの島に来た聖女か! オレはアデルッ! よろしくな!」


 アデルがずかずかと距離を詰め、ガシッと手を差し出す。

 カリスは一拍置いてから、かすかに指先を震わせつつ、その手を握り返した。


「……リナと行動してくれて……ありがとう、アデル」


「へっ、余裕だっ!」


 アデルがニッと笑ったその時、ルインが全員に向き直る。


「よし! お互い合流できたから、塔へ向かうか! カリス達も一緒に行こう! この島の魔物、俺たち全く知らないからな!」


「……うん。行く」


 こうして六人は、再び白い霧の中へと並んで踏み出した。



「ルイン達が無事でマジよかったぜ! この島、よく知らん魔物多いし!」


 前衛の並びは自然と決まった。

 先頭を歩くのがアデル、その少し横にルイン。二人が歩きながらあれこれ話す。


「俺もだ。本当カリスいて助かった……」


 その少し後ろでは、女子四人が肩を並べて歩いている。


「リナが言ってた仲間、カリスが見つかってよかったね!!」


「本当だよ、怪我なくてよかった……」


「私達、はぐれるとは思いませんでしたね……。本当、気をつけないとですね……」


「……ゼーラの言う通り。ここではぐれると、見つけるのが大変……。だから、お互いの仲間が見つかって……よかった……」


 カリスの小さな声に、リナがにっと笑い、リノアとゼーラも頷いた。


 それぞれ、はぐれていた間に何があったのか話し合いながら進んでいると――ふと、前方の気配が変わる。


 アデルとルインが急に歩みを止め、その場で固まった。


「ねえルイン! アデル、どうしたの?」


 リノアが声をかけると、ルインが振り向き、人差し指を唇に当てて「シー」のポーズ。


 四人は思わず口を閉じ、アデルの背中を見る。


「スゥーーーー……ハァーーーー……」


 アデルは静かに目を閉じ、深く呼吸を整えた。

 霧の向こう、見えない世界に意識を集中させる。


 耳に届くのは、あらゆる方向のノイズ。

 塵華の花粉が擦れ合う微かな音、どこか遠くで落ちる石の音、見えない獣の足音――それらが一気に押し寄せ、思わず意識が弾かれそうになる。


 それでもアデルは耐えた。

 雑音を無理やり押しのけ、その奥へ、その隙間へ、もっと深く耳を沈めていく。


 そうして――音が「一切しない」方向を、一つだけ見つけた。


「ここは怪しいぞぉおおお!!」


 目を見開き、アデルは躊躇なく走り出す。


「お、おい!! アデル待てよぉお!」


 ルインも急いで追いかけ、リノア達も慌てて続く。


「ちょっと! 一緒に歩いて行こうってば!」


「道が途切れる!! 今止まれねえ!!」


 アデルは振り返りもせず、ただ“音のない道”へと全力で駆け続けた。


 どれぐらい走ったのか。

 やがて、白い霧が少しずつ薄くなり――


 視界の奥に、そびえ立つ影が見えてくる。


 巨大な塔。

 天を貫かんばかりの高さを持ち、白い塵に包まれながらも、その輪郭だけははっきりと世界から浮かび上がっている。


 アデルはその眼前で立ち止まり、見上げた。


「アデルゥ! これが……」


 すぐ後ろまで追いついたルインも、同じように顔を上げる。


「ルイン……塔だ。ヘルドレスの塔が……」


 そこへ、息を切らせたリノア達も合流する。


「ヘルドレスの塔……。アデル! よくわかったね、この道!!」


「集中したら、音が全くしない場所があったからな……」


「私達にはわかりませんでしたけど、アデルくんには感じ取れる“何か”があるんですね!」


 ゼーラが感心したように言い、カリスが塔をじっと見上げる。


「……これが、塔……」


「カリス、あたし達は初めてだね。気合い入れて行こう……!」


 リナは手のひらに汗をにじませながらも、無理やり笑顔を作ってみせる。


 リノア、アデル、ルイン、ゼーラは二つ目の塔という緊張を。

 リナとカリスは“初めての塔”という未知への恐怖と高揚を、それぞれ胸に抱いたまま歩を進める。


 塔の真下まで来ると、トラウスの塔と同じように、人形のゴーレムが現れる。


「聖女パーティーの皆様、無事に辿り着けましたね。それでは塔の中へ案内します」


 石の口から、機械的ながらもはっきりとした声が響く。


「え?! 誰、誰なの!!」


 リナが肩をびくっと跳ねさせる。


「あれはゴーレムみたいです」


「ゴ、ゴーレム!!」


 ゼーラが静かに説明を添え、リナは慌てて周囲を見回した。


 その時、リナは気づく。

 自分達以外にも、聖女パーティーがあと二組、塔の前に立っていることに。


 だが、その聖女たちの目は――妙だった。


 焦点の合っていない、虚ろな目。

 何も映していないような、薄い光。


「(今の……?)」


 アデルに声をかけようとした瞬間、足元に白い魔法陣が展開される。


「わっ――!」


 眩しい光が視界をさらい、景色が一瞬で塗り替えられた。



 ――リナが目を開ける。


「ん? ここは?……はっ! カリス!!」


 慌てて周りを見渡すと、すぐ近くでカリスもきょろきょろと辺りを見回していた。


「よかった……一緒だ……。アデル達は?」


 広間のような場所。

 だが、そこにいるのは自分とカリスだけ。リナが唇を噛むと――


「……リナ、見て……」


 カリスが前方を指差す。


 少し先。広間の中央。

 そこに「白騎士」が、無言で佇んでいた。


 真っ白な鎧に全身を包み、顔は兜に隠れて見えない。

 だがただ立っているだけで、空気が凍るような冷たさと“試練”の圧を放っている。


 リナとカリスは互いに頷き合い、警戒しながら白騎士の前へ進む。


「チカラヲシメセ――」


 無機質な声が、鎧の奥から響いた。


 次の瞬間、白騎士の剣が――問答無用でカリスへ向かって振り下ろされる。


「っ!!」


「カリス!!」


 リナが即座に前へ飛び出し、槍を構えて剣を受け止めた。


「くっ……うりゃ!!」


 全体重をかけて押し返し、その反動を利用して槍を返す。

 そのまま相手の頭部を突き上げるように狙うが、白騎士はわずかな体重移動だけでそれを躱した。


「……リナ!! アネマ・レント(遅緩の風)」


 カリスが短く詠唱する。

 柔らかい風が白騎士を包み込んだ瞬間、その動きが目に見えて鈍くなる。


「ナイス!! カリス!! 行くよぉ!!

 アネマ・インペトゥス(突進の風)!!」


 リナが足裏に風を纏い、一気に加速。

 槍の穂先に風のマナが集まり、渦を巻く。


 白騎士の胸元へ、風を纏った突きが炸裂する。


 鈍い衝撃音。

 白騎士の巨体が後方へ吹き飛び、そのまま床を滑って倒れ伏した。


「……倒した……?」


「まだ……わからない。これが塔の試練なの?」


 リナが槍を構え直し、じりじりと距離を詰める。


 白騎士は――ゆっくりと起き上がり、剣を構え直した。


 刃が、淡く白く光る。


 白騎士が剣を横一文字に薙ぐ。

 光が波動となって、カリスへ向かって飛ぶ。


「カリス!!」


 リナが槍でその波動を受け流す。

 だが白騎士は間髪入れず、次々と光の波動を撃ち込んできた。


「はぁっ! くっ!」


「……リナ!……大丈夫?

 アネマ・ヴェーロ(覆いの風)」


 カリスの周囲に、薄い風の膜が張り巡らされる。


 光の波動がヴェールに当たるたび、火花のように霧散していく。

 カリスは風の膜に守られながら、ひとつひとつ波動を受け流し、そのまま前進を続けた。


 そして目の前まで迫ると、そのまま地を蹴る。


「アネマ・ヴォラーレ(飛翔の風)!」


 風に押し上げられ、カリスの身体が高く浮かび上がる。

 さらにもう一度風を噴かせ、白騎士の真上まで到達した。


 落下の軌道に槍を合わせ、穂先を白騎士へ向ける。


「これで串刺しよ!!

 アネマ・インペトゥス!!」


 落下速度と風の推進力、二つのベクトルが槍に重なる。


 一直線に――白騎士の頭部目がけて、槍が落ちる。


 ボンッ、と鈍い破砕音と共に、砂埃が舞い上がる。


「……リナ!!」


 視界を奪われたカリスが、思わず叫ぶ。


「カリス、大丈夫だよ……!」


 砂埃の中から、リナの声が返る。


 やがて白い粉が晴れると――

 そこには、白騎士の頭部から胴体を貫通して地面へ突き刺さっているリナの槍があった。


「……倒したの……?」


「わかんない。でも、白騎士動かないよ!」


 リナが慎重に近づく。

 完全に動きを止めた白騎士を確認した、その瞬間――


 二人の足元に、白い魔法陣が浮かび上がった。


ーーーーーー


 一方その頃、アデル達は――


 巨大な扉の前に立っていた。


「あれ? 白騎士の所じゃねえのかよ!」


「わたしも白騎士と戦うのかと思った!」


 床に描かれた魔法陣から転送されてきた先は、広いフロアと、その先にそびえる大扉。

 白騎士の姿はどこにもない。


「白騎士は、初めて塔を挑む人だけが行うんですかね?」


 ゼーラが首を傾げる。


「でも、ないならないでいいだろ。無駄な体力使わなくて済むし」


ルインはそう告げる。

アデルは大扉へ近づき、その左右の壁を眺める。


「なあこの壁画見てさ。扉の前にいるやつは、この目が一個の巨人か?」


 壁画には、一つ目の巨人が棍棒を振り上げている姿が彫られていた。


「アデル、それみたい。サイクロプスだって……」


「そうか……」


 アデルの目つきが、さっと鋭く変わる。


「リナさんとカリスさん、大丈夫ですかね……」


 ゼーラがぽつりと漏らすと、ルインがすぐに答える。


「あの二人なら大丈夫だろ。アデルが近づいても扉開かないってことは、まだこのフロアに来るって事だからな!」


「他の人もいるんですかね?」


「それはわからない……」


 短い沈黙。

 次の瞬間、周囲がふっと白く光り輝いた。


「あっ!! リノア達、ここにいるんだ!」


 ゼーラが振り返ると、光の中からリナ、カリスが姿を現した。


「……みんなは白騎士倒したの……」


 カリスが静かに問う。


「わたし達は白騎士と戦わずに、急にここに転送されたよ!」


「俺達は一回、トラウスの塔の時に戦ってるからな!」


 そんな会話を交わしていると――


 ぎぎぎ、と重々しい音を立てて、大扉がゆっくりと開いていく。


 アデルは開いた瞬間、躊躇なく一歩を踏み出した。


「リナ、カリス。扉の奥に行くよ」


「うん!」


「……わかった……」


 リノア達もアデルの背中を追い、大扉の奥へ入っていく。


 その先には、再び魔法陣。

 アデルはその中心に立ち、背を向けたまま微動だにしない。


 その背中を、誰もが黙って見つめていた。

 声をかけることができない。アデルがすでに“戦うモード”に入っていると、全員がはっきりと感じ取っていたからだ。


 全員が魔法陣の上に揃った瞬間、光が弾ける。


 気づけば、白い石壁に囲まれた巨大な広間の中央に立っていた。


 そして、広間の中央――

 木の棍棒を肩に担ぎ、一つ目の巨人・サイクロプスが、じっとこちらを見下ろしている。


「あれが……ここの塔の怪物……」


 リノアが息を呑む。


「…………」


 リナとカリスは、その異様な威圧感に思わず一歩だけ後ずさる。

 しかし、その場から誰よりも早く飛び出したのは――


「行くぞぉお!! てめえらぁあ!!」


 アデルだった。


 アデルが地を蹴って一直線に突っ込み、その後ろをリノア、ゼーラ、ルインが当たり前のような顔で追いかける。


 カリスとリナは、その躊躇のない背中に、一瞬だけ言葉を失った。


 アデル達が射程に入ったのを見て、サイクロプスが喉の奥から雄叫びを上げる。


「ウォオオオオオオ!!」


 巨大な棍棒が持ち上がり、まずは先頭のアデルへと振り下ろされる――が。


「ソルマ!!」


 ゼーラの魔法が先に飛ぶ。

 硬い岩塊がサイクロプスの顔面に叩きつけられ、その視線が一瞬だけゼーラの方へ向く。


 その隙を逃さず、背後から風の軌跡が走った。


「ラミーナァア!!」


 リノアの風刃が、サイクロプスの肩から胸にかけて皮膚を裂く。


「ゲネシス・ノワークラ・ドゥオ(武器生成・短剣・二刀)!

 切り刻んでやる!!クイス・オキデレ(回転斬撃)!!」


 ルインが短剣を二本生成し、サイクロプスの足元へ滑り込む。

 低い姿勢のまま、回転しながら足首からふくらはぎへと斬撃を刻み込んでいく。


 サイクロプスは怒りの咆哮を上げる。


「ウォオオオオ!!」


 その叫びが響いた瞬間――

 サイクロプスの腹部の前に、いつの間にかアデルが立っていた。


「おい! 目玉野郎!! 油断すんじゃねえよ!!

倒れろや!!プグヌス・ディレクトゥス(直進する拳)!!」


 渾身のストレートが、サイクロプスの鳩尾を完璧に捉える。


 巨体がぐらりと揺れ、そのまま後方へ大きく倒れ込んだ。


 その光景に、後ろで様子を伺っていたカリスとリナが――思わず同時に声を漏らす。


「「すごい……」」


「おいクソ目玉! さっさと立てぇ!」


 アデルが挑発するように叫ぶと、サイクロプスはゆっくりと身を起こした。


 一つ目をぎょろりと動かし、口の端を――にやり、と吊り上げる。


 その笑みは、まるで「ここからが本番だ」と告げているようだった。

本日も見てくださりありがとうございます!

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