第四十五話 霧の中の再会
灰銀色の狼耳が、白い霧の中でぴくりと揺れた。
「あれ……カリスじゃないじゃん! あんた達だれ?!」
霧を切り裂いて現れた獣人族の少女が、片手に槍を立てたままこちらを睨む。
灰銀の耳、同じ色の尻尾。しなやかな筋肉を感じさせる脚。
戦闘の途中で割り込んできてもおかしくない“前のめりの気配”を全身から放っていた。
「はあ? それはこっちの台詞だぁ!! テメェこそ誰だよ!」
即座に吠え返すアデル。
目つきはいつも通り悪く、声は無駄にデカい。
「君、口わっる! あたしはリナだよ!! で? あんた達は?」
リナと名乗った少女は、アデルを上から下まで値踏みするように見てから、リノアへ視線を滑らせる。
アデルはあからさまに警戒を解かず、睨みっぱなしだ。
仕方なく、リノアが一歩前に出た。
「わたしはリノア。で、こっちの目つきと口悪いのがアデル」
「おいリノア!! 誰が目つきと口が悪いだぁ!!」
いつもの言い合いが即座に始まるが、リナはぷっと吹き出してから、楽しそうに笑った。
「じゃあ、あんた、その髪の色。聖女でいいんだよね? 染めてないよね?」
白い髪を指さされ、リノアはぱちぱちと瞬く。
「聖女だけど……なんで……?」
「まあ、前にさ。白く髪を染めた少女が、泣きながら川で髪を洗ってたからさ」
「ん? リナ、どういう事?」
「あたしもわからない。ただ聞いた話だと――無理やり髪を白く染められたって。同じような子が他にもいて、そいつだけそこを抜け出したって言ってたな」
リノアは眉を寄せる。
「そこ? って、どこ?」
「あたしもわからないよ! その少女、走ってどっか行っちゃったし。まあ、そういう事があったから聞いたんだよね!」
リナはあっけらかんと言って、肩をすくめた。
「ふーん……でも、ここ塔あるからさ。聖女パーティー以外来ても意味ないと思うよ……」
「まあ確かにそうだね!」
リナとリノアは、そのまま自然に会話を続けてしまう。
横でアデルだけが、完全に取り残されていた。
「おぉおおおおいいいい!! オレをぉお忘れんじゃねぇええ!!」
とうとう堪えきれず、二人の間に割り込むアデル。
「あ、ごめん、アデル」
「悪いねー、アデル」
あっさり謝られ、なんだか余計にモヤモヤした。
「まあいい……。リナも、カリスだっけっか? 探してんのか?」
「そうなんだよね!! あたしがカリス、ついて来てると思って先に行っちゃって……。それでいつの間にはぐれて、さっきリノア達と会ったって感じだよね……」
リナは言いながら、心配そうに耳を伏せる。
「なら、オレ達と一緒に行動しようぜ! オレ達もルインとゼーラとはぐれたからな!」
「そうだよ、リナ! 一緒に行動しよう! その方が絶対いいよ!」
リノアはぱっと笑顔になり、勢いよくリナに詰め寄った。
「……まあ、そうだね! 改めて、あたしはリナ! よろしくねっ!」
リナは槍の柄をトントンと軽く地面に打ち付けるようにして、改めて名乗った。
こうして三人は、それぞれのはぐれた仲間――ルイン、ゼーラ、そしてカリスを探すため、一緒に進むことになった。
白い霧の中を歩いていると、リナが不意にリノアの顔を覗き込む。
「ねえ、リノア? さっきからずっと気になってるんだけどさ、その鼻につけてる葉っぱなに?」
「え……こ、これは……」
リノアの顔がじわじわと赤くなる。
恥ずかしそうに目を伏せるが――それを待たずに、アデルが爆弾を投げた。
「茎を鼻の穴に入れたら、鼻の穴がデカくなったから、その葉っぱで隠してんだよ」
「アデルッ!! なんで言うの!!」
リノアの顔は一瞬で真っ赤になり、耳まで熱を帯びる。
すると、リナが「あー、なるほど」と納得したように頷き、ポケットをあさった。
「リノア、これ使って!」
取り出されたのは、細めの濾息茎。
リノアはほぼ反射的にそれを受け取り、慌てて今のものと差し替える。
「……あんまりキツくない!! 細いサイズがあったんだ!!」
ほっと息をつくリノアの横で、アデルもちゃっかりと手を伸ばす。
「おい、オレも!」
「はいはい、はいこれ」
リナから渡された濾息茎を、アデルも鼻に差し込む。
「おお!! 確かに!! いいぞぉ!!」
「アデルは別に変えなくていいじゃん!! 鼻の穴デカくて似合ってたし!」
「はあ!? ふざけんな! 鼻クソリノア!!」
「誰が鼻クソよ!!」
「ねえ……ちょっと二人とも、喧嘩は……」
リナが苦笑しながら割って入ろうとした、その瞬間――
真上を、巨大な“何か”が横切った。
白い地面に、巨大な影がすうっと走る。
霧の向こうで、巨大な翼が一瞬だけ揺れた。
二人の喧嘩が、ぴたりと止まる。
「おい、リノア! 今の……」
「まさか、偽竜!?」
二人は顔を見合わせる。緊張で喉が鳴った。
「違うよ、リノア、アデル。あれは偽竜じゃないよ。今通ったのは、“白蕾喰らい(はくらいぐらい)”っていう魔物だよ」
リナが即座に否定する。
「白蕾喰らい? わたし初めて聞く……」
「その白蕾喰らい、強いのか?」
アデルが眉をひそめる。
リナは少しだけ真剣な顔になり、空を見上げた。
「白蕾喰らいは、偽竜よりは弱いけど――今のあたし達で勝てる魔物じゃない。だから何もしないで、そっとしておいて先へ行こう」
言い切ってから、リナは踵を返し、さっさと歩き出す。
アデルとリノアも、顔を見合わせてから、その背中を追った。
歩きながら、リナがふと思い出したように尋ねてくる。
「そういえばさ。ここに来るまで、どんな冒険してきたの?」
「それはね――」
リノアとアデルは、塔の試練、仲間との別れ、ナハル・ヴィーラ、風化翼王との戦い……これまでの旅路を、少しずつ語っていく。
リナもまた、カリスと共にこなしてきた依頼や、道中の出来事を話してくれた。
「アデルとリノア、ここまで来るのに、色々あったんだね……」
「ああ!! だからオレはサクッと塔を全て攻略して、仲間を生き返らせる!!」
アデルが拳を握りしめる。
「わたしは、お母さんを含めて家族全員と過ごしたいから。塔の攻略の願いは、お母さんを生き返らせる事……だから……」
リノアは少し俯きながらも、まっすぐそう言った。
「あたし達とは、全然冒険の質が違うよ……」
リナは苦笑しながら呟く。
「冒険に質とかねえよ! とりあえず“死なないこと”が大切だからな!」
「アデルの言う通りだよ、リナ!」
二人に言われ、リナはふっと笑う。耳が少しだけ和らいだ。
「二人とも、ありがとうね……。あたし達は、特に願いがないから仕方なく冒険に行ってるだけでさ。でも、冒険を通して願いが見つかるといいなぁ」
どこか寂しそうで、それでいて楽しそうな笑みだった。
「しゃああああ!! とりあえず、まっすぐ行けばルイン達と塔に着くだろぉ!! 一気に走ってくぜぇ!!」
アデルが唐突に叫び、勝手な理論で前方へダッシュする。
「確かに! アデルの言う通りだよ! あたしも行くっ!」
「リナまでぇ!! わたしを置いていかないでょーー!」
リノアも慌てて走り出す。
三人の足音が、白い大地をリズム良く叩いた。
霧で前が見えなくても、アデルは速度を緩めない。
「アデル! どう? 気配とか感じない?」
「全くもってダメだ! 周りがわしゃわしゃしてて気配わからん! 耳も集中しても聞けねえ!!」
アデルは後ろを振り向きながら返事をする。
――その視線が、前方から一瞬逸れた、その時。
ドンッ。
「いって……なんだよ! クソッ!」
目の前にあった“何か”に、勢いそのままぶつかった。
尻餅をつきながら顔を上げたアデルへ――
「アデル!! 避けて!!」
リナの悲鳴が飛ぶ。
反射的にアデルはバク転し、その場を離れた。
その直後、さっきまでアデルの頭があった場所を、白く太い腕が横薙ぎに薙ぐ。
白い霧の中から、そいつは姿を現した。
口が異様に大きく裂け、全身は固まった白塵に覆われたクマに似た魔物。
関節は不自然に曲がり、動くたびに骨が軋む音が聞こえる。
「スロウマウ……!」
リナが低く名を呟く。
スロウマウは周囲の花粉を、ズゥゥと大きく吸い込む。
胸が大きく膨らみ――次の瞬間、口から白い奔流が吐き出された。
「アデル!! これはまずいかもぉお!」
「リナも早く横へ逃げろぉお!!」
白いブレスが地面を削りながら迫る――その直前。
「アネマァアア!!」
リノアの叫びと共に、強烈な風圧がスロウマウのブレスを横へ弾き飛ばした。
ブレスは軌道を外れ、白い地面をえぐりながら遠くへ散る。
「大丈夫? 二人とも?」
リノアが駆け寄り、アデルとリナを覗き込む。
「クッソ!! 油断した!!」
アデルが歯を食いしばり、前へ踏み出そうとした、その横を――灰銀の狼耳のリナが突破した。
「あたしが行く!! アネマ・インペトゥス(突進の風)!!」
リナの槍が風を纏う。
風のマナを槍先に集中させ、そのまま突撃。
スロウマウの胸へ届く寸前――
太い左腕が横から振り抜かれる。
「っ――!」
避ける暇もなく、リナの体がまともに腕を食らい、白い霧の中へ吹っ飛んだ。
木に叩きつけられた音が聞こえ、姿が見えなくなる。
スロウマウの目には、再び二つの影――リノアとアデルだけが映る。
また胸が膨らみ始める。
さっきよりも濃い、圧のあるマナの集まり。
「やらせるかよぉお!! プラーガ・カルキス(踵落とし)!!」
アデルが地面を踏み砕きながら跳躍。
ブレスを吐こうとしたスロウマウの口元へ、渾身の踵落としを叩き込む。
「ギャッ――!」
口がずれ、ブレスは真上へと逸れた。
「アネマ・ラミーナァアア!!」
リノアの風刃が、ノーガードの胸へ集中して撃ち込まれる。
白塵を削り、皮膚を裂く。
その隙に――さっき吹き飛ばされたはずのリナが、いつの間にか再びスロウマウの懐まで戻ってきていた。
「アネマ・アキエス(槍刃風)!!」
槍先から、細長い風の刃が放たれる。
三方向からの攻撃が同時にスロウマウへと殺到した。
踵が顎を叩き、風刃が胸を裂き、槍刃がその奥を抉る。
「ゴギャアアアア!!」
獣の断末魔が、白い霧を震わせる。
スロウマウの巨体がよろめき、そのまま前のめりに崩れ落ちた。
「雑魚グマがぁああ!!」
アデルが勝ち誇ったように吐き捨てる。
「倒せた!! 倒せたぁ!!」
リノアは胸に手をあてながら、その場でくるりと一回転して喜びを表現した。
「リノア、アデル!! いい連携だったよ!!」
リナも笑顔で槍を立て、三人は自然と手を上げ合う。
「「「イェーイ!!」」」
ぱん、と三人のハイタッチの音が、霧の中に響いた――その時。
「おーーーーい!!」
別方向から、聞き慣れた声が飛んできた。
三人が振り向くと、白い霧をかき分けるようにして――
ルイン、ゼーラ、そして白髪の聖女カリスが、こちらへ向かって走ってくる姿が見えた。
散り散りになっていた仲間たちが、ようやく一つの場所へと集まりつつあった。
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