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第三十七話 ハラビ村の沈黙


 ──翌朝。


「よし。フカシア、準備は整った。ラバンまで頼む」


 まだ空気に朝靄が残る時間。

 ルインは一足先に起き、ドゥドゥたちの様子を見ていたフカシアに声を掛けていた。鳥車の綱はすでに整えられ、荷もくくりつけられている。


「フカシア! ありがとう!! なんか懐かしく感じるね!!」


 寝ぼけ気味だけど元気だけは満タンのリノアが、いつもの調子で笑いかける。


「リノアさん、私たちフカシアさんと離れて一週間も経ってないですよ?」


 ゼーラが苦笑混じりにツッコむ。

 そのゼーラの視線を受けたフカシアの顔は、どこか「不思議そう」だった。


「あ、あの……ゼーラさん。私と別れて、二週間経ってます……」


「はあ? おいフカシア、それ本当か?」


 ルインが眉を寄せて身を乗り出す。


「は、はい。聖女様たちが塔の試練をしている間に、魔獣シルバーメイグリズリーが倒されたんです」


「魔獣だと……しかも倒された……!?」


「そんなことになってたの!」


「びっくりです……!」


 リノアとゼーラの声に、鳥車置き場の空気が一瞬だけ重くなる。

 “時間のズレ”と“外で起きていた現実”。それが胸にじわりと広がった、そのとき。


「おい? おまえらどうした?」


 寝癖だらけの髪をガシガシとかきながら、今さら感満載でアデルが合流してくる。


「もうアデル!! 起こしたのになんで遅いのよ!!」


「あんなの起こすって言わねえわ!! 唇つまむのやめろぉ!!」


 アデルが口元を押さえながら抗議する。どうやら起こされ方がひどかったらしい。


 ルインはそんな二人のやり取りを見て、ふっと息を吐いた。


「……とりあえず、出発するぞ」


 その一言で気持ちが切り替わる。

 四人は村長や村人たちに挨拶を済ませる。フカシアは最後までドゥドゥの脚や嘴の状態を確認していて、ゼーラと何か小さく言葉を交わしていた。


 そして――鳥車はきしむ音とともに動き出し、ナハル・ヴィーラを後にした。



 〜鳥車内〜


 荷台に積まれた荷物の隙間に座り、それぞれが揺れに身体を預ける。

 鳥車の車輪が地面を噛むリズムが、思いのほか心地いい。


「やっぱ思ったけど、地図って大事なんだな! ユーリ早く世界全部見て、完璧な地図完成させてくれねぇかな? で、さっきオレが来るまで何話してたんだ?」


 アデルが退屈を持て余したように口を開く。


「わたしたちが塔に入って、二週間経ってるんだって……」


「二週間? そんなにか!!」


 素で驚くアデルに、ルインが続ける。


「あと、魔獣シルバーメイグリズリーも、俺たちが塔に行ってる間に連合軍が結成されて、その間に倒されたってよ」


 ゼーラがフカシアの話を補足する。


「フカシアさんが言うには、その中でも最も活躍したのが“三刃の狩人団”、マルタさん、カミルさん、グリムさんです」


「グリム……! 生きてたんだな……」


 アデルの声は、安堵と別の感情が混ざっていた。

 カヒラパで見たあの背中がよみがえる。


「私も、聞いてほっとしました……。ラバン王国の英雄になったみたいですけど、そのあと突然姿をくらませたみたいです」


「姿を消した……だと? 他の仲間たちは!!」


 ルインの問いに、フカシアは少しだけ視線を落とす。


「それが……亡くなったみたいです。討伐戦で。百五十人参加して、生き残ったのが十二人だけだったみたいです」


 鳥車の揺れと、車輪の音。

 しばし、誰も口を開かなかった。


「魔獣ってさ……塔の怪物と、どっちが強いのかな……」


 リノアがぽつりと呟く。


「それは……私も分かりません……」


 ゼーラが手を握りしめながら答える。


「俺たちも、いつか戦う日が来るかもな……」


 ルインが呟く横で、アデルは何も言わず、荷台の隙間から流れていく外の景色をじっと見ていた。

 握りこぶしに込められた力だけが、いつもより強い。


「み、皆さん。グロウの丘を通って行きますけど、いいですか?」


 御者台からフカシアの声が届く。


「うん! そっちでお願い、フカシア!」


「分かりました。それではグロウの丘を通るようにしますね!」


 鳥車はルートを変え、緑の丘陵地帯へと入っていく。

 野宿を一度挟み、朝と夜の風を浴びながら、彼らを乗せた鳥車はひた走った。


 やがて――ラバン王国の城壁が見えてくる。



「二日間、フカシアと一緒にいられて嬉しかったよ! 本当にありがとう!!」


「私もです! いろいろとお話しできて、私も楽しかったです!」


「そ、そんな……私も聖女様たちといろいろお話しできて嬉しかったです!!」


 鳥車から降りたリノアとゼーラは、フカシアの手をぎゅっと握る。


「フカシア! 本当にここまでありがとうな!」


「ル、ルインさん……」


 ルインも少し照れくさそうに頭をかく。


「なら、フカシアはもうナハル・ヴィーラに住むんだろ? オレ達ともう会うことないのか?」


「そ、そうですね……」


 フカシアの表情に、さみしさが差す。


「会えるよぉお!! また会える!!!」


 リノアが胸を張って叫ぶ。


「リ、リノアさん……」


「フカシア!! わたしたち、必ず全ての塔を攻略したら、また戻ってフカシアに会いに行くから!! だからそれまで待ってて!!!」


「そうですよ! フカシアさん。その時またナハル・ヴィーラでご馳走してください!」


「フカシア、そんときぶどうをたっくさん用意してくれよ! アデルがすぐ全部食っちゃうからな」


「フカシア!! 次会った時は、オレは最強の男になってるからなぁ!!」


 四人がそれぞれの言葉で“また”を約束する。


「わ、私はその時まで待ってますね! ずっと待ってます!! だから、絶対死なないでください!!」


 フカシアの瞳は潤んでいた。けれど、最後は笑顔で。


「うん! わたしたちは死なないよ。だから、また会おうね、フカシア!」


「はい! 皆さん、ありがとうございました! 少しの時間でしたけど、楽しかったです!! またその時まで!!」


 フカシアは大きく手を振り、ドゥドゥたちの手綱を引き、鳥車は村の方角へと帰っていく。


 リノアたちは、その背中が見えなくなるまで見送った。


 そして振り返る。

 目の前には、ラバン王国のギルドへと続く賑やかな通り。


「塵埃の島、だっけ……。どうやって行くか分かんないし、とりあえずギルド行こっか」


「ああ、情報集めだな」


 四人は人混みをかき分け、ギルドへと向かった。



「ギルド久しぶりだなぁ! 相変わらずワチャワチャしてるわ!」


 アデルが扉を開けた瞬間、酒と汗と革の匂い、冒険者たちの笑い声や怒鳴り声が一気に押し寄せる。


「誰に聞けばいいんですかね? とりあえず手当たり次第に聞きますか?」


 ゼーラは周囲を見渡しながら提案する。


 そのとき――

 ゼーラの視線が一点で止まった。


「あの、皆さん。あの人、誰か知ってますか?」


「ん? 誰だ?」


 ルインもつられてそちらを見る。


 カウンターの端の方。

 こちらをじーっと、妙に落ち着かない視線で見続けている男がいた。


「なあアデル、あいつって俺たちがボコボコにした奴だよな?」


「へ? 全然知らん!」


「なんでだよ!!」


 ルインがツッコミを入れつつ、男の方へ歩き出す。

 男はそれに気づくと「やべっ」という顔をしてそっと席を立とうとするが――


 すでに、その先にはアデルがいた。


「おい……てめえ。なんでオレ達を見てんだ? あん?」


 真正面から睨みつけられ、男はビクリと肩を跳ねさせる。


(アデル、おまえコイツのこと覚えてないのによくその態度取れるな……)


 ルインは心の中で呆れた。


「す、すまねえ!! つい、つい見ちまってよ……」


「はあ? 何言ってんだてめえ? 一発いっとくか?」


 アデルが拳を鳴らした瞬間、リノアが慌てて腕を掴む。


「アデル! 他の冒険者が見てるよ!」


 周りの視線がかなり集まってきている。

 男はリノアの右手の甲に刻まれたひし形の紋章に気づき、目を大きく見開いた。


「お、おまえらは……塔を攻略したのか……?」


「うん、したけど。なに?」


 リノアがあっさり答えると、男の顔が一気に真っ青になる。


 そして――勢いよく土下座した。


「あ、あの時は調子に乗ってすまなかった!! だから、殴らないでくれぇ!!」


「ん? おまえ、オレ達がまた殴ると思ってビビってたのか?」


「そ、そうに決まってるだろおお!!」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら叫ぶ男。

 周囲からクスクス笑いが漏れる。


「別に私たちはそんなことしませんよ。あの、お名前なんていうんですか?」


 ゼーラがしゃがみ込み、目線を合わせて優しく訊ねる。


「俺は……ハロルドだ」


「ハロルドさん! 少しお聞きしたいことがあるんですけど、“塵埃のじんあいのしま”にはどうやって行くんですか?」


「おまえら、今度はそこに行くのか……。それなら“白塵港はくじんこう”に行けば、そこに行く船が出てる」


「それはどこにあるんですか?」


「ラバン王国を出て、東の街道を行くと着く」


「ありがとうございます! みんな、いつ行きますか?」


 ゼーラが振り返ると、ルインは頷きかけ――そこでハロルドが口を開く。


「あのよ、あそこへ行くのに、普通の鳥車は出してくれんと思う……」


「ん? なんでだ?」


「白塵港の手前あたりから埃が舞ってるからな。吸い込むと咳き込むし、息がしづらくなるんだ」


「はあ? じゃあどうすんだよ?」


 アデルが即座に噛みつく。

 ハロルドはビクッとして、思わず一歩下がった。


「ひいぃぃいい!!」


「アデルぅ!!」


 リノアが頭を小突いて黙らせる。


「お、俺の知り合いで、金さえ払ってくれればどこまでも連れてってくれる奴がいる! そいつに頼み込んでやるよ!!」


「ならオレもついてくわ!」


「え?! なんで!??」


「アデル? 俺たち全員で行こう!」


「ってことで全員で行くから、早く案内しろ」


 アデルの一言で話が強引にまとまる。

 ハロルドはため息をつきつつも観念したように頷き、鳥車舎へ案内することになった。



 〜鳥車舎〜


 ドゥドゥたちの鳴き声と、干し草の匂い。

 鳥車舎には何台もの鳥車と、逞しい脚を持つドゥドゥたちが並んでいた。


「こっちだ」


 ハロルドは奥へ奥へと進んでいく。

 そこには、丸い椅子にふんぞり返っている髭面の男がいた。腰にぶら下がった鍵束が、動くたびにジャラリと鳴る。


「おい、モルドン! 起きろ!!」


「ふへ? なんだ? お、ハロルドじゃねえか。どうした!」


 半分寝ていたのか、目をこすりながらモルドンが顔を上げる。


「なあ、この四人を白塵港に連れてってほしいんだ。いいか?」


「白塵港か……」


 モルドンは四人を一人ずつ舐めるように見回す。

 聖女の紋、武器の質、立ち姿。ひと通り値踏みしたあと、ニヤリと笑った。


「別に構わんが、そうだな……金貨三枚だな!」


「金貨三枚!? 高すぎだよ!!」


 リノアが思わず叫ぶ。


「私たち、どれくらい持ってましたっけ? ルイン?」


 ゼーラがルインに視線を送る。

 ルインは腰の袋を開け、中身をざっと確認した。


「金貨二枚と、三千バルだ……」


「だめだな。金集めてから来な……」


 モルドンはあっさりと言い放ち、背もたれに寄りかかる。


「はあ? おい髭面、あまりにも高ぇだろ!!」


 アデルが一歩踏み出す。


「あの坊主よ。あの埃を吸うとドゥドゥがやられ俺も息が苦しくなるんだよ。だからそれくらいが妥当な金額なんだよ。いやなら他当たれ」


 吐き捨てるような口調だが、目は本気だった。

 塵埃の島周辺が本当に“危険”なのだと、嫌でも伝わってくる。


 その時――ハロルドが一歩前に出て、モルドンの前に紙袋を差し出した。


「なんだこれ?」


「金だよ。五千バル。聖女たちはあと二千バル払うだけで済む。……すまねえ。これくらいしかできねえ」


「なんでこんなことするんだ?」


 ルインが思わず問い返す。


「詫びだよ!! 詫び!! ただそれだけだ!」


 ハロルドは顔をそむけながら叫んだ。

 あの時、ギルド内で彼らに喧嘩を売り、叩きのめされた自分。仲間の一人が禁止スパイス夢胡椒を渡した、少しでも責任として、その借りを少しでも返したかった。


「……よし。さっさと二千バル稼ぎに行こう!! ギルドに戻ってクエスト受けるぞ!!」


 アデルが勢いよく宣言する。


「そうですね。そうしましょう!」


 ゼーラも頷き、リノアとルインも同意する。

 一度ギルドに戻り、手早く金を稼ぐ。それが今やるべきことだ。



 ギルドに戻ると、クエストボードの前にはすでに人だかりが出来ていた。

 その隙間を縫うようにして前へ出ると、ちょうど受付嬢が新しい依頼書を貼り出しているところだった。


「あの、その依頼ってどんなのですか?」


 ゼーラが声をかける。


「ええっと……ハラビ村までの護衛ですね!」


「報酬金は何?」


「二千バルです」


「それ受ける!」


 リノアは即答だった。今日の目的と額がぴったりすぎる。


「えっ、あ、はい? それでは依頼主にイルバードを飛ばして連絡しますね。数時間したらまた来てください」


「はい、ありがとうございます」


 ゼーラがお辞儀をする。

 四人は一旦ギルドのテーブル席に腰掛け、依頼主からの返事を待つことにした。


「塵埃の島って、わたしあまり想像できないんだけど……」


 リノアがジュースをちびちび飲みながら呟く。


「私もです。モルドンさんが“あの埃吸うと息が苦しくなる”って言ってましたけど、どうすればいいんですかね?」


「気合でなんとかなるだろ!」


「さすがにならねえだろ……そこも調べる必要があるな。とりあえず、このクエストをサクッと終わらせるぞ」


 ルインが地図をテーブルに広げながら言う。


「移動は鳥車だよね? 違うかな?」


「依頼主と合流してから分かりそうですね!」


 そんな話をしていると、受付嬢が早足で近づいてきた。


「あの、依頼主様と連絡が取れまして、すでに外でお待ちになっているみたいです」


「行くぞ!」


 ルインの一言で、四人は揃って立ち上がる。

 ギルドの外へ出ると、鳥車のそばにひとりの青年が立っていた。


「あの、君たちが僕を護衛してくれる人たちですか? まさか聖女パーティーとは……」


 青年はリノアとゼーラの右手の紋章を見て、驚きで目を見開く。


「君たちは塔の攻略者なのか!! ものすごく心強い。よろしく頼む! 僕はノスタと言う。よろしく!」


「ありがとうございます、ノスタさん。それでは、さっそく行きましょう!」


 リノアが笑顔で答える。


「ああ、鳥車まで向かうから、護衛を頼んだ!」


 ノスタは御者席に登り、手綱を握る。

 四人は荷台に乗り込み、鳥車は静かにハラビ村へ向けて走り出した。



 街道は穏やかだった。

 草を食む獣、遠くの森。風は柔らかく、空にはいくつかの雲が流れている。


 盗賊の影もなく、魔物に襲われることもない。

 時折、すれ違う別の鳥車と軽く手を振り合う程度だ。


「ノスタさんは、なんでハラビ村に?」


 ゼーラが荷台から御者席の方へ声をかける。


「母さんが、そこに住んでいてね。久しぶりに会いに行きたくてさ。仕事もようやく一段落したし」


 ノスタは照れくさそうに笑いながら答えた。

 家族の話に、リノアとゼーラの表情も自然と柔らぐ。


「いいですね……。お母さん、喜びますよ」


「えへへ、いいなぁ。わたしも帰ったら、父さんにいっぱい話すんだー。塔の中のこととか!」


「俺は……まあ、戻る家もねえしな」


 ルインが肩をすくめる。冗談めかしているが、その奥にあるものは皆知っていた。


「オレは世界最強になったら、叫び島をでっけぇ家だらけにしてやるぜ!」


「アデル、その“でっけぇ家”に風呂付きで頼む」


「任せろ!! なんなら風呂の中で飯も食えるようにしてやるわ!!」


 くだらない話で、車内の空気が少し軽くなる。


 やがて、ノスタが振り返る。


「あの、すみません! もうすぐ着きます!」


 視線の先には、こじんまりとした村の輪郭が見えてきた。

 低い木の柵、いくつかの家屋。煙突からは――煙が上がっていない。


 鳥車は村の入り口で止まる。

 ノスタは御者席から飛び降り、そのまま走り出した。


「おーい!! 母さん!! みんなぁあ!! どこ行ったんだぁああ!!」


 喉が枯れそうなほどの叫びが、静まり返った村に響き渡る。


 リノア達も鳥車から降り、村の中へ足を踏み入れた。


「ねえ、この村……扉、開きっぱなしだけど。あれ、無理やり壊した感じがするんだけど……」


 リノアが一軒の家の戸口を見て顔をしかめる。

 木の扉は蝶番ごと曲がり、外側に向かって裂けていた。


「確かに何か変ですね……。人の気配が、ほとんどしません」


 ゼーラは周囲を見渡しながら、小さく首を振る。


 風が一本の干し縄を揺らし、カラカラと空っぽの桶が鳴る。


「おおお!!」


 不意に、ノスタの声が上がった。


 四人は一斉にそちらへ駆けだす。


「パーモ!! そこで突っ立って何してるんだよ〜! 久しぶりに帰ってきたぞ! パーモ!」


 村の中央付近。

 井戸のそばに、一人の男が立っていた。背丈も体格も、ノスタとそう変わらない。


 男――パーモは、ゆっくりと振り返る。


 その瞬間、ノスタの顔色が変わった。


「…………っ!」


 濁った、焦点の合わない瞳。

 肌は土のような色にただれ、ところどころ裂けて内側の肉が見えている。唇は破れ、牙のように変形した歯が覗く。


「うぁああああああ!!」


 ノスタは悲鳴を上げ、その場で尻もちをついた。

 腰が抜け、足に力が入らない。


「グ、グールだぁああ!!」


 ノスタの震える声が、現実を突きつける。


「アァアアアアア……」


 パーモだったもの――グールが、だらりと腕を垂らしたままノスタに向かって歩み寄る。

 足音はぎこちないのに、一歩一歩が異様に重い。


「く、来るなぁあ!!」


 ノスタは必死に後ずさるが、石畳に足を取られ、うまく動けない。


 その瞬間――


「アネマ・フルゴル(瞬風衝撃)」


 リノアが一歩踏み込み、拳を突き出す。

 空気が一瞬だけ圧縮され、次の瞬間、鋭い突風となってグールの身体を横から殴りつけた。


 グールの身体が地面から浮き、隣の家の壁に叩きつけられる。

 鈍い音を立てて崩れ落ち、口から腐った液体を吐き出す。


「大丈夫?!」


 リノアはノスタのそばに駆け寄る。


「せ、せせ聖女様!! ぼ、僕の友達が……グールに、グールに!!!」


 ノスタは顔を歪め、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら叫ぶ。

 その視線の先には、かつての友の面影など微塵もない“化け物”だけがいた。


「おいおい、マジかよ……」


 ルインは奥歯を噛みしめながら低く呟く。


「こんなにいるんですね……」


 ゼーラの声は小さいが、震えてはいなかった。

 彼女の視線の先――路地の影、家々の隙間、開け放たれた扉の向こう。


 そこかしこで、同じような“人の形をした何か”が、ゆらり、と動いた。


「うっわ……数、ヤバない……?」


 ルインの言葉に、アデルが一歩前へ出る。


「はっ! 全部一撃でぶっ飛ばしてやるぞ!!」


 拳を握り、ニヤリと笑う。その背中には、いつもの調子と、いつも以上の殺気が宿っていた。


 皆が視線を向けた先――


 村の通りの奥から、三十体ほどのグールが、うめき声を漏らしながらゆっくりと、しかし確実にこちらへと歩いてきていた。

グール(屍鬼)


黒雪に触れてしまった人間の姿、皮膚は爛れ、人を襲う魔物になる、噛まれた人は同じグールに変わってしまう



本日も見てくださりありがとうございます!

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