第三十六話 次の塔へ
リノア達は白い光に包まれ、その眩しさがゆっくりと薄れていった。
視界が戻ったとき、四人は見覚えのある森の入口に立っていた。
ラウスリーフ──トラウスの塔へと続く、あの鬱蒼とした森の手前だ。
「え……ここって……」
リノアが周囲を見回す。
「塔の前に移動されんじゃねえのかよ!」
アデルが不満そうに眉をひそめる。
「私も驚きです……塔の中じゃなくて、ラウスリーフの入り口に戻されるなんて……」
ゼーラも戸惑いを隠せない様子で辺りを見渡した。
「……とりあえず、ナハル・ヴィーラに戻ろう。ここに立ってても、仕方ないしな」
ルインの言葉に、三人は黙って頷く。
誰も、塔で死んだ二人の名を口に出せなかった。
そうして、四人は村へ向けて歩き出す。
ただただ足を前に出すだけ。会話はなく、靴音だけが土を叩く。
静寂を破ったのは──アデルの腹の音だった。
「……リノア、お腹鳴ってるぞ」
「はあ? わたしじゃないし! アデルでしょ!」
「ここらで休憩して、みんなでご飯にしませんか? ね? ルイン」
ゼーラが気まずさを紛らわせるように笑顔を作る。
「ん? ま、まあ……そ、そうだな。飯にしようぜ。……って言っても、食べ物見つけないとなんねえけどな」
「そうだよね……食べ物ないし、今回はみんなで探さない?」
「いいですね! 私も狩りに行きます!」
「じゃあ、勝負だな! どいつが一番多く獲物を取るか! まあ、オレの勝ちは確定だけどな!!」
アデルはそう叫ぶと、真っ先に駆け出した。
「おい!! アデル!! ま、待てぇ!!」
ルインも慌てて後を追う。
「ゼーラ! わたし達も行っちゃおう!!」
「はい!! リノアさん!!」
四人は、何かを忘れようとするみたいに、必死で獲物を探しに散っていった。
ーーーーー
「くっそ!! 全然いねえじゃねーか……ん?」
アデルは草むらの向こうに、見覚えのあるシルエットを見つけた。
大きな牙。丸々とした体躯。どこか懐かしくさえ感じる魔物──ビックボアだ。
「懐かしい魔物がいたぜ! 悪いけど、おまえはオレが食う!!」
一瞬で間合いを詰め、アデルは容赦なく飛び込む。
ごぎゃっ。
鈍い音を立ててビックボアが崩れ落ちた。
「よっしゃ! 飯ゲット!!」
アデルは肩にビックボアを担ぎ、集合場所へ戻っていく。
ーーーーー
「もぉ!! 全然いない!! ゼーラ、いた?」
「全くいませんね……見つけるのって大変ですね。……本当、ラセルさんって凄かった……あっ……すいません……」
ゼーラは自分で口にして、はっと言葉を濁す。
「全然いいよ……ゼーラ。ラセルって、たしかに凄かったね。いつも獲物捕まえてきてくれたし……。
ルナも魔法で鳥撃ち落として、鶏肉手に入れてくれて……」
リノアは笑おうとして、うまく笑えない。
胸にせり上がってくるものを、押し込めようとするけれど。
「もう!! ルナ、ラセル! 二人が抜けて大変なんだけどぉ!! 戻ってきてよ!! わたしお腹すいたの!! もど──って……きて……」
言葉の終わりと一緒に、涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「リノアさん……私も……同じ気持ち、です……」
ゼーラの瞳にも涙が溜まる。
二人は森の中で、そっと肩を寄せ合い、互いの涙を支え合っていた。
ーーーーー
「はあ〜……もういねえよな。疲れた……。最初の場所に戻るか」
ルインは獲物探しを諦め、集合場所へ戻る。
先に戻っていたアデルがビックボアを降ろしているのが見えた。
思わず、物陰に隠れる。
「お、俺……なんで隠れてんだ……? ……そうか。俺、アデルに酷い事言ったよな。まだ謝ってなかった……」
ルインは決心して木陰から出ると、真っ直ぐアデルへ歩み寄った。
「ん? ルイン!! おまえも獲物捕まえてきたのか?」
アデルはいつもどおりの調子で声をかける。
「アデル!! ごめん……。塔での出来事で、俺はミノタウロスにやられてずっと寝てた。アデルがどんな状況だったかも知らずに、一方的に責めた。本当に……ごめん!」
ルインは腰を折り、深々と頭を下げた。
「……別に気にしてねえよ。オレは腹減ったから、早く飯にしようぜ」
アデルがあっさりと言うので、ルインの顔から思わず力が抜ける。
「ああ……ありがとう、アデル……」
「とりあえず、解体からだぁあ!!」
「お、おう!」
二人は協力してビックボアの解体に取り掛かるが──。
「へんっ! ラセル、やっぱりあいつ上手いな、解体!」
「俺、やっぱりまだ慣れねえ……」
文句を言いつつも、なんとか形になるまで剥ぎ終える。
すぐさま焚き火を起こし、肉を串に刺して焼き始めた。
しばらくすると、いい匂いに釣られて、リノアとゼーラが戻ってくる。
「あ〜〜っ、いい匂い!!」
「ますますお腹なっちゃいますね!!」
「おまえら、獲物は取れたか?」
「全然だめだった……」
「全くです……」
「今回は、アデルだけだな」
「オレは最強の男になるからな!! こんなん余裕だぜ!!」
アデルは胸を張り、焼けた肉を次々と鉄串から齧り取る。
四人は火を囲み、久しぶりに“普通の食事”を味わった。
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「はあ!! 食った食った!!」
「わたしも食べすぎた〜……お腹パンパン」
「久しぶりに、ちゃんと食べた感じがします!!」
「さあ、出発するか〜。ドゥドゥいねえかなぁ? 村まで遠いんだよな〜」
四人がまた歩き出してしばらくすると、遠くから声が聞こえてきた。
「みなさーん!!」
前方に、見覚えのある鳥車が近づいてくる。
「み、皆さーん!! お迎えに来ました!!」
「わああ!! フカシアだ!!」
リノアの顔がぱっと明るくなる。
四人は駆け足で鳥車まで走った。
「どうして、私達が塔の試練を終わったってわかったんですか?」
リノアが尋ねると、フカシアは涙ぐみながらも笑顔を見せた。
「と、塔が光ったんです! なので、攻略完了したんだと思って……迎えに来ました!」
「フカシア、オレらが死んで、別の奴が攻略したって考えなかったのかよ?」
アデルが少しだけ意地悪く笑う。
「わ、私は“信じてます”ので! 皆さんが無事に攻略できた事に……。あの……ラセルさんとルナさんは……?」
その問いに、ルインが静かに答えた。
「ラセルと、ルナは……死んだ……」
「え……そ、そう……なんですか……。そう……なんですね……」
フカシアの目に涙が一気に溜まり、その場で崩れ落ちるように泣き出した。
アデル達は、涙を堪えるように唇を噛む。ここで泣いたら、フカシアがもっと泣いてしまう気がした。
「……おい、フカシア。行こうぜ……村へ……」
アデルが、静かに声をかける。
「ア、アデルさん……」
フカシアがアデルの顔を見上げると、アデルの頬にも、静かに涙が伝っていた。
一番辛いのは、共に戦い、旅をしてきた四人だ。
フカシアは、涙を拭って無理やり笑顔を作る。
「行きましょう! 美味しい料理、用意してます!」
明るくそう言って、鳥車の扉を開けた。
四人は鳥車に乗り込む。
しばらく揺られたのち、ナハル・ヴィーラの村へと辿り着いた。
村に着くと、村長や村人たちが総出で迎えてくれる。
テーブルには、果物や温かい料理がずらりと並べられていた。
「相変わらず、ぶどううっめえ!!!」
アデルはぶどうを頬張りながら、幸せそうな顔をする。
「ねえアデル!! わたしも食べるから、一気にそんな食べないでよ!!」
「フカシアさん、この野菜、すごく美味しいです! シャキッシャキしてて!」
「あ、ありがとうございます!」
フカシアは、泣いたあとの目を真っ赤にしながらも、嬉しそうに笑う。
「アデルー! 俺もぶどう食べたいから残しといてくれ!」
「ぶどう? もうねえよ!!」
「ふざけんな!! アデルゥ!!」
誰かのツッコミ。誰かの笑い声。
その夜、リノア達は久しぶりに、心の底から笑った。
辛い気持ちを振り払うように、何度も笑った。
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夜。
「なあゼーラ、リノアとアデルは見なかった?」
「ん〜、見てないよ! ……あ、でもアデルくんならさっき、奇声上げながら外行ってましたよ!」
「外か……まあ、いい。リノアはどこだ?」
「なんで二人を探してるの? ルイン」
「今後どうするかの話し合いをしたいんだよ。トラウスの塔を攻略したから、今度はどこの塔を目指すか、決めときたい」
「あ〜確かに! それ、大事だね。私、リノアさんとアデルくん探してくる!」
「待て、ゼーラ。リノアだけでいい。アデルは大丈夫だ。……あいつは今、一人になりたいと思うから」
「……そっか」
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村から少し離れた岩場。
「九百九十七……はあ、はあ……九百九十八……九百、九十……く……きゅう……はあ、はあ……せぇんっ!!」
アデルは、背中に人ひとり分はありそうな大岩を乗せたまま、腕立て伏せをしていた。
最後の一回を終えると、ぐっと腕に力を込め、岩を地面に降ろす。
「っ……ぐ……」
今度は無造作に立ち上がり、前の山肌めがけて拳を叩き込む。
ドガッ。ドガッ。ドゴッ。
アデルの拳が、何度も何度も岩肌を殴りつける。
皮膚はとっくに裂け、血が飛び散っても、止まらない。
「オレは……絶対……仲間を……守る……。絶対だぁあ!!」
血と汗と涙を混ぜたような声が、静かな森に響く。
山肌に拳を打ち込む音だけが、いつまでもいつまでもこだましていた。
ーーーーー
同じ頃。
「マナ集中!!」
静かな森の別の一角で、リノアは目を閉じ、両手を前に突き出していた。
彼女の掌の上には、風のマナを圧縮して作られた淡い緑の球体が浮かんでいる。
以前より色は濃く、球体そのものも一回り大きい。
少し前までなら、ここから暴発して弾け飛ぶのが常だった。
「……ゆっくり、ゆっくり」
リノアは息を整え、少しずつ集中を解いていく。
それに合わせて、球体もゆっくりと小さくなり──ふっと、音もなく消えた。
「ふぅ〜……破裂しないで、出来た……」
額ににじんだ汗を手の甲で拭いながら、小さくガッツポーズを作る。
「リノアさん?」
「わっ! あああ!! ビックリしたぁ!!」
背後から声をかけられ、リノアは本気で飛び上がった。
「ご、ごめんなさい! リノアさん!!」
「なんだぁ、ゼーラかぁ……。わざわざここまで来て、どうしたの?」
「あの、ルインが“今後どうするか決めたい”みたいなので、その……話をしたいと」
「そうなの? わかった。今から行くね!」
リノアとゼーラは、急いで村の広間へ向かった。
そこには、すでにルインが地図を広げて待っており──さらに、アデルの姿もあった。
「なんだ、ゼーラ。アデルも連れてきたのか?」
「いえ、偶然です」
「アデル、こういう時だいたい遅れてくるのに。……話し合いするって、ルインから聞いたの?」
「いや、聞いてねえけど。集中してたら、ゼーラとルインの話し声が聞こえた。だから来たんだ」
「……え?」
三人が目を丸くする。
アデルが修行していた場所は、森のかなり奥だ。それなのに、会話の内容まで聞き取れている。
リノアはふと、クル村でのことを思い出す。
目を瞑ったまま、村長たちの居場所をピタリと言い当てたアデルの姿──。
「そ、そうなんだ……。なら、ちょうどいいわね」
ルインは咳払いをして、広げた用紙をトントンと叩く。
「地図じゃん! いつ買ったよ?」
「おいアデル! これは前にも見せたぞ!!」
「そうだっけ?」
「まあ、いい。……俺達はトラウスの塔を攻略した。
次に向かう塔は、このトーメル諸島から一番近い大陸、“グラマル大陸”にある──この塔」
ルインの指先が、とある塔の印をなぞる。
「“ヘルドレスの塔”にしたいと思う」
「ヘルドレスの塔……」
リノアが小さく呟く。
「変な名前の塔だな!!」
「次に行く塔が、ここなんですね!」
ゼーラが地図を身を乗り出すように覗き込む。
「ああ。とりあえずラバン王国に向かって、そこから舟で大陸へ移動──ってわけだな!」
「しゃああああ!! 気合い入ってきたぁあああ!!」
「アデルゥ! 耳元でうるさいっ!!」
そのとき。
「その地図、ちとばかし違うぞ」
背後から静かな声がして、四人はビクッと振り向いた。
「ええ!? 村長?! なんだよ急に!!」
「村長さん、地図が違うって……どういう事ですか?」
村長はもう一枚、折り畳まれた紙を取り出し、ルインの地図の隣に置いた。
「は? なんだ、この位置……!!」
ルインが二つの地図を見比べる。
そこには同じ“ヘルドレスの塔”の印があるが、村長の地図では、大陸ではなく“海に浮かぶ小島”に描かれていた。
「ええ!! どっちが正しいの!?」
「この小島は、なんですかね?」
「うん! オレはどっちでもいいぞ!!」
「よくねーよ! アデル!! 村長! どういう事だ!!」
「まあ、地図は完璧じゃないのでなあ。わしが持ってきた地図の方が、実際の位置に近い。
ラバン王国から東に行ったところに港がある。そこから“白く霞んで見える小島”があるじゃろ? その島に塔が立っとる」
「塔は遠くから見えないの? 島が見えるなら塔も高いから、確認できると思うんだけど……」
リノアが首を傾げる。
「ふむ……それがのう、その島ちと特殊でな。常に“埃っぽい”のじゃ」
「埃っぽいって、どういう事ですか?」
「そこの島の名は“塵埃の島”。もう一つの名を“埃被りの島”とも呼ばれとる」
「なんじゃそりゃ?! なんか汚ねえ名前の島だな!!」
アデルが顔をしかめる。
「村長! 本当の情報なんだな!!」
「嘘を吐いてどうする?」
ルインは村長の瞳を真っ直ぐ見つめる。
その目に、冗談の影がないことを確かめると──大きく息を吸い込んだ。
「よし、わかった! おまえら! ラバンに到着したら、“塵埃の島”へ向かおう!! いいな!!」
「「「おうっ!!」」」
三人の返事が重なる。
「なら、明日に備えて寝るぞ! いいな?」
「うん! わかった!」
「はいはい、寝る!!!」
「分かりました!!」
こうして四人は、次なる塔・ヘルドレスを目指す旅路に備え──
久しぶりに、静かな夜を早めに迎えたのだった。
本日も見てくださりありがとうございます!




