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第三十五話 笑顔の街、沈黙の英雄

マルタの斧が砕け散った場所には、何も残っていなかった。


「マルタァアア!! 銀鬣ぉおおお!!!」


 喉が裂けるほどの叫びと共に、カミルが地を踏み抜く勢いで踏み込み、剣を振りかぶる。


「セクス・アクエ(水の断絶)!!」


 カミルの剣から放たれた水の刃が重なり合い、層をなして銀鬣の肩口へと叩きつけられる。

 その直後、さらに後方から、風を裂くような音が迫った。


「ヴォクス・ファルキス(鎌鳴り)!!」


 グリムがシックルを構え、周囲の空気を震わせる。

 風鳴りはやがて衝撃波となり、一直線に銀鬣の頭部めがけて撃ち込まれた。


 直前にエル級魔法〈アネマエル〉を放った反動で、銀鬣の動きは明らかに鈍っていた。

 避けきれず、カミルの水刃が肩を裂き、遅れてグリムの衝撃波が頭部を叩く。


 血飛沫が、銀色の鬣を赤く汚した。


「なんだよぉお!! こいつ!! 前は、あんな体の色してなかっただろぉおお!! なんだよぉおお!!」


 カミルの叫びと共に、銀鬣の全身が視界に入る。


 黒々としていた上半身の毛並みは、今や所々が“銀”に染まっていた。

 鬣だけだったはずの銀色が、肩から胸へ、ひたひたと侵食している。


「グリム……マルタは! まだ生きてるよなぁああ!! なぁ!! グリム!!!」


 カミルの頬を涙が伝う。

 血走った瞳が、グリムを掴むように見つめる。


 グリムは、奥歯を強く噛みしめて言った。


「……マルタは、死んだ。……お前も、見てわかってるだろぉ!!」


 空気を切り裂くような雄叫びが、再び戦場に響く。


「グルァアアアアアアアアア!!」


 銀鬣の咆哮。

 その場に残っていた連合軍の兵たちは、ほとんど動けない。

 ローデルクは辛うじて息があるものの、片腕を失い、血に濡れた布で肩を縛っていた。


 魔獣――銀鬣シルバーメイグリズリー。

 その日、また新たな「恐怖」が刻まれる。


 もう、まともに戦える者は、カミルとグリム、たった二人だけだった。


「――銀鬣は不死身じゃない。見ろ、カミル……アイツも傷だらけだ。俺達だけで……倒すしかない!」


 グリムは、血だらけのシックルを握り直す。


「グリム……何言ってんだよ……もう、無理だ……勝てねえよ……」


 カミルの声は震え、足はすくみかけていた。


「おい!! 何言ってんだよぉお!! 俺達は“銀鬣を殺す為に”クランを結成しただろ!!」


 マルタの村は、銀鬣に滅ぼされた。

 カミルの家族も、銀鬣に殺された。


「だから!! 亡くなったマルタの為にも!! 俺達がやらねえといけねえだろぉおお!!」


 グリムの叫びが、潰れかけた士気を殴りつける。


 だが――カミルは、逆にグリムの胸ぐらを掴んだ。


「じゃあよ……グリム……お前は逃げろ……」


「ああ? 何言ってんだよ!! 俺が逃げたら、カミルだけになるだろうが!!」


 カミルの目が、ひたりと細くなる。


「グリム!! てめえには“大事な家族”がいるだろぉおお!! だからお前は生きろぉお!! 家族の為に!!」


 グリムの手に力が入る。


「……俺の家族は……死んだ。……いや、“殺された”。

 だから帰るところは、もうない……」


「グリム……お前……」


「なあカミル。銀鬣を殺すぞ……俺達の“命”にかけて……」


 銀鬣は、咆哮の反動からゆっくりと回復しつつあった。

 巨体が再び、こちらを睨み据える。


「行くぞ……カミル。気を引き締めろ……」


「ああ……!」


 二人は、ほぼ同時に地を蹴った。


 銀鬣が右腕を横に薙ぎ払う。先ほどと同じ風刃が走る――が、

 二人はそれより早く跳躍し、風刃を飛び越えて頭上から迫る。


 対処が遅れた銀鬣に、二人の技が重なった。


「フラトゥス・ファルキス(風鎌の息吹)!!」


「フルクトゥス・ラメナ(奔流の刃)!!」


 風の鎌が、銀鬣の肩口を荒々しく切り裂き、

 その傷口へ、水の奔流が叩き込まれる。


 今までと違い、はっきりとした手応えがあった。

 肉を裂く感触。骨を軋ませる圧力。血が噴き上がる。


「グルァアアアガアアアアア!!!!」


 銀鬣の悲鳴が、山を揺らすほどの響きで上がる。


「ちっ……ここまで攻撃して、やっとまともに悲鳴をあげやがった……」


 グリムが息を荒げながら吐き捨てる。


「グリム!! 俺が時間を稼ぐ! その間に、銀鬣の肩を吹き飛ばしてくれ!!」


 カミルが剣を構え直し、高く掲げる。


「ミラージュ・ラメナ(幻刃)!!」


 カミルの周囲の空間に、複数の水剣が出現した。

 銀鬣は、立体的に浮かぶそれぞれを睨みつける。


「さあ? どれが本物だ……?」


 カミルは口元を歪めながら、水剣を銀鬣に向けて次々と放つ。

 銀鬣は腕でいくつも叩き落とすが、偽物の剣は当たると弾けて霧散する。


 一本だけ――“本物”が紛れている。


 カミルは再びマナを練り、また水剣を形成する。


「俺のマナが続く限り、一生増えるぜ!!」


 その間に、グリムは静かにマナを溜めていた。

 銀鬣の腕を“切り落とす”ほどの、一撃を放つために。


「……くらっとけよ!!」


 いくつもの水剣が、間断なく銀鬣を襲う。

 一つ一つは小さな傷でも、“本物”だけは確実に深いダメージを与える。


 銀鬣は苛立ったように二本足で立ち上がり、両腕を大きく広げた。


「何しようが無駄だぁあ!!」


 カミルの攻撃は止まらない。むしろ激しさを増していく。


 だが――そのとき、グリムは見逃さなかった。


 銀鬣の両腕の周り。空気が、不気味に震えている。


「カミル!! 何か危険な気がする!! その場から逃げろぉ!!」


「大丈夫だ!! グリム!! あいつはただイライラしてるだけだぞ!! お前は早く、強力な一撃を頼む!!」


「カミル!! “とんでもない技”がくる!!」


 叫びが、咆哮にかき消される。


 銀鬣が両腕を振り抜いた瞬間――

 その場に、巨大な竜巻が発生した。


「――――ッ!!」


 暴風が渦を巻き、地面の岩と土を巻き上げながら、カミルを丸ごと飲み込もうと迫る。


 カミルは、正面からそれを食らう覚悟を決めかけていた。


 ――だが、身体が動かない。


 違う。

 “止められていた”。


「グリムゥウウウ!!!」


 竜巻とカミルの間に割り込んだのは、グリムだった。

 全身で風圧を受け止め、シックルを地面に突き刺して、どうにか踏み止まっている。


 大技を放った銀鬣は、膝をつくほどに疲弊していた。

 ヨダレを垂らし、荒い呼吸を繰り返しながら、前脚を地面につける。


「カミルゥウ!! お前は……に、にげろぉお!!」


「何言ってんだよ!! グリム!! お前はどうするんだよぉお!!」


「俺の事は……気に……すんなぁあ!! はやくぅう!!!」


 風にあおられながら、声を絞り出す。


 だが、カミルは――今の銀鬣の状態を見ていた。


 弱っている。

 ここで攻め切らなければ、今度こそ全員が死ぬ。


「……グリム。悪い……」


「気にするな……はやく行けぇえ!!」


 カミルは一瞬だけ目を伏せ、その場から駆け出す――

 ――ふりをして、円を描くように走り、銀鬣の懐へと再び飛び込んでいった。


 グリムは、竜巻と対峙したまま、奥歯を噛み締める。


「やっと……行ったか……。俺は……これを、なんとかしねえと!!」


 銀鬣が放った竜巻が、容赦なくグリムを襲う。

 前へ進もうにも、風圧が肉体を押し潰そうとしてくる。


「この……ままじゃ……!」


 グリムの背後には、まだかろうじて息をしている兵達がいる。

 竜巻が野放しなら、全員まとめて粉々だ。


「クソ……どうする……は? なんで……」


 グリムは、竜巻の向こう側に“微かな影”を見た。


 ――カミルと銀鬣が、一対一で戦っている。


「カミル……なんで……なんでいんだよぉおお!! おい!!」


 カミルは、弱りきった銀鬣と正面から刃を交えていた。

 剣を振るえば、銀鬣の太い腕がそれを受け止め、爪が反撃として襲いかかる。

 カミルは死線の中で、文字通り「かすり傷ひとつが死」を意味する攻防を続けていた。


(当たったら、死ぬ――そんなこと、嫌でもわかる……!)


 だからこそ、一瞬の気の緩みも許さない。

 呼吸の一拍さえ、無駄にはできない。


「カミル!! 何してるんだ!! 一人だと確実に死ぬ!!」


 グリムは竜巻に向き直り、シックルを握り込む。


「この竜巻……じゃまだぁあ!!」


「テンペスタス・ファルキス(嵐の刈り手)!!」


 全身を軸に大きく振り抜いた瞬間、グリムの周囲に新たな“暴風”が発生した。

 銀鬣の竜巻とグリムの嵐がぶつかり合い、激しい風の轟音が戦場に木霊する。


「消えろよぉ!! クソ竜巻がぁあああああ!!」


 グリムは残っているマナをすべて絞り出し、暴風をさらに強める。

 竜巻同士はぶつかり合い、互いを削り合い――やがて、銀鬣の渦が薄れ、霧散した。


 視界が、ようやく晴れる。


 同時に、グリムの身体から力が抜けた。

 マナの使い過ぎと、今までのダメージの蓄積で、もはや立つことができない。


 膝が崩れ落ち、その場にしゃがみ込む。


「っ……!」


 顔を上げると――その光景が、飛び込んできた。


 カミルが、銀鬣の右腕に“胴を貫かれ”、持ち上げられていた。


 銀鬣は、串刺しにしたカミルをそのまま掲げ、頭から食らいつこうと口を開く。


「カ、カミルゥウウウ!!!」


 グリムの叫びが響く。


 銀鬣の口が、大きく開き――。


「……待ってたぜ……クソカス……」


 血を吐きながら、カミルが笑った。


「グラディウム・フルクス(流動剣)……!」


 最後の力を振り絞り、銀鬣の口の中へと剣を突き立てる。

 そのまま魔法を放つと、刀身が水に変わり、細く、鋭く、伸びる。


 水刃はそのまま銀鬣の口腔を貫き、頭蓋の内側を通って――脳を、一閃した。


 銀鬣の銀の瞳から、ゆっくりと光が消えていく。


 巨体が前のめりに崩れ落ち、その衝撃で、カミルの身体も右腕から弾き飛ばされ、地面に転がる。


「カミルゥウウウ!!」


 グリムはほとんど這うようにして、カミルの元へ向かう。


 震える手で、血だまりの中に横たわる親友の身体を抱き起こす。


「カミル!! おい!! カミルゥウ!!」


「……グリ……ム……お前は……いき……ろ……」


 そう言い残し――

 カミルの瞳から、完全に光が消えた。


「う……うぅ……うぁああああああああああ!!!」


 グリムの慟哭が、静まり返った戦場に響き渡る。


 ――三刃の狩人団、その二人目が散った。



 その後、生き残っていた偵察隊が王国へ伝令を出し、連合軍の救助と、

 “魔獣を討伐した証”として銀鬣の死骸を運ぶ準備が進められた。


 数時間後。


 グリムは、王国内の医務室で目を覚ます。


 瞼を開き、横を向くと――椅子に腰掛けたローデルクの姿があった。

 その左肩から先は、布でぐるぐると巻かれており、腕はもう無い。


「目が覚めたか……グリム。明日、魔獣を倒したって事でパーティーを開くらしいぞ……」


 ローデルクは天井を仰いだまま、乾いた声で続ける。


「魔獣は倒された……お前たち“三刃の狩人団”のおかげでな……本当に……ありがとう……

 俺達は、ほとんど何も出来なかった……何も、だ……」


 グリムは天井を見つめたまま、何の反応も返さなかった。


「なあグリム……お前は魔獣を倒したことで“四つ星プレート冒険者”になる。

 この後どうするんだ? クランは、継続するのか?」


 問いかけても、返事はない。

 グリムは、ぼんやりとローデルクの声を耳に入れているだけだった。


 ――アデルは次、どうするか。

 そんなことを考える余裕すら、今のグリムにはなかった。



〜三日後〜


 グリムの身体は、治癒魔法と薬草により、表面上は完治した。

 ラバン王国の街に姿を現せば、人々は「銀鬣を倒した英雄」として笑顔と拍手で迎え入れる。


 だが――その歓声は、どこまでも遠くに聞こえた。


 ギルドに入ると、マスターが待ち構えていた。


「グリムよ! これが、お前の“四つ星プレート”だ。

 これからも、このラバン王国を任せられる。これからも頼んだぞ!」


 キラリと輝く四つ星プレートを手渡されても、グリムは何も言わない。

 ただそれを受け取り、そのまま踵を返した。


 向かう先は、決まっている。


 ――ラバン王国のはずれ。

 あまり人目につかない、大きな木の下。


 そこには、斧と剣がそっと立てかけるように添えられていた。

 三刃の狩人団が、作戦前や何かあった時、必ず集まっていた場所だ。


「……マルタ……カミル……」


 グリムは、二つの武器の前で立ち止まる。


「銀鬣は倒せたぞ……お前らのおかげで……。

 本当は、三人で生き残って、この場所で……酒を飲んで祝いたかったな……」


 喉の奥が、熱く痛む。


「俺も……必ず、そっちへ行こうと思う……。

 それまで、待っててくれよ……」


 ぽたり、と涙が落ちた。


 グリムは木陰から離れ、しばらく当てもなく歩き続ける。


「マ……マルタ……カミル……」


 足が止まる。

 空を仰ぎ、血の滲んだ声が漏れる。


「ドラン……スーニャ……タタン……サミン……ジート……

 俺は……お、お前らを、守れなかった……

 家族も、仲間も……誰一人……誰一人!! 助けることができなかった……

 俺は……俺はあああ……!!」


 拳を握りしめ、唇を噛みちぎりながら叫ぶ。


「――もう、この島にいるのは、やめよう……

 ここは、俺にとって……“辛い場所”だ……」


 その呟きとともに、グリムはギルドへ戻ることなく、ラバン王国から忽然と姿を消した。


ーーーーーーーーーー


魔獣・銀鬣シルバーメイグリズリー 討伐完了。


生き残っているのは、グリムを含め――わずか十二人だけである。

本日も見てくださりありがとうございます!

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