特別編 四つ耳ウサギを追え! そのニ
「待てぇええ!!! 四つ耳ぃ!!! 一回触らせろぉおおお!!」
夜の森に、ルインの絶叫が響いた。
黒い影がひとつ。
木々の間を、まるでこの森で生まれた獣のように、枝も根もすべて計算済みと言わんばかりの動きで駆け抜けていく。
ルインはその後ろ姿――そう、“四つ耳ウサギだと信じている黒い謎の影”を必死で追っていた。
「クッソ!! はえー!! 追いつけない!! だけど諦めるかぁあああ!!!」
息は上がっている。足も悲鳴を上げている。
それでも、ルインの目だけは少年みたいに輝いていた。
(いいか、あのまま真っすぐ突っ切るなら――)
ルインは黒い影の進行方向を頭の中でなぞる。
木の配置、地形の起伏をざっと思い出し、道筋を予測する。
「あのまま突き進むなら、ここら辺り来るだろ!!」
彼は木々の間を斜めに突っ切って、影が向かいそうな場所へ先回りした。
あとは、来ると信じて待つだけ。
耳を澄ませる。
――ガサガサッ。
葉擦れの音。枝を弾く音。
月明かりの欠片が揺れて、黒い影がルインの視界を横切る。
「今だぁあああ!!」
ルインは地面を蹴り、タイミングを完璧に合わせて飛びついた。
「らぁあああ!! どうだぁああ!! 捕まえたぞぉお!!―――ん? あれ?」
確かな手応え。
だが、その感触にルインは覚えがあった。
柔らかいけど鍛えられた筋肉。ウサギにしてはあまりにも“人っぽい”。
次の瞬間、黒い影が急ブレーキをかける。
「うおっ!?」
その反動で、ルインは掴んでいた“腕”から手を離してしまい、そのまま前方へ投げ出される。
ドサッ!!
「うっわ……いってぇ……」
地面と盛大にキスしたルインは、顔をしかめながら起き上がる。
服についた土や落ち葉を払いながら、ふと、肌を撫でる冷気に気づいた。
「なんだ……ここ……急に温度が……」
さっきまでとは違う。
空気がぴんと張り詰めて、吐く息が少しだけ白く見える。
その時――。
両肩に、硬く冷たいものが置かれた。
金属。
そして、そこから伝わる、刺すような殺意。
背骨に凍りが這う。
ルインの身体は、その場で硬直した。
背後から、人の気配。
「……あなた……敵?……」
耳元で、冷たい声が囁いた。
氷に触れたみたいな、感情の薄い声音。
「ち、ちがう!! 敵じゃない!!」
反射的に叫ぶ。
ルインはそのまま声に背中を押されるように振り向いた。
ちょうどその時、月にかかっていた雲が、すっと流れ去る。
月光が差し込み、ルインの前に立つ影を照らした。
「……あなた……」
紅い瞳。黒い軽装鎧。冷たい空気を纏う、細身のシルエット。
「――あ、あぁあああ!! あ、朝の黒騎士!!」
ハンドベアーを一瞬で氷漬けにした、“あの”黒騎士だった。
ーーーーー
「ルイーーーーン!!! どこだぁぁあああ!!」
場所は変わって、同じ森の別の場所。
アデルは、はぐれたルインをまだ全力で探していた。
「くそっ!! アイツどこ行ったんだよぉおお!!」
枝を踏み折る音、草を掻き分ける音。
月明かりだけを頼りに走り続けたアデルは、ついに息が上がり、近くの岩に腰を下ろす。
「はぁぁぁ……ルインはどっか行ったし、四つ耳ウサギは見つからねえし……はぁぁぁ、これもうダメだろ……」
額の汗をぬぐい、空を仰ぐ。
さっきまで雲に隠れていた月が、また顔を出していた。
(せっかくの“果てしなく面白そう”クエストだってのによ……)
ため息が止まらないアデルは、やがて立ち上がり、走るのをやめて歩くことにする。
周りを警戒しながら、ゆっくりと森を見渡しつつ進んでいくと――。
ドンッ。
突然、背中に何かが突進してきた。
「いってええええ!! クッソ!! なんだぁ??」
アデルは振り返る。
そこにいたのは――ウサギの形をした、ドゥドゥと同じくらいの体高。
いや、長さで言えば三メートルはありそうな“デカウサギ”の魔物だった。
ふさふさの毛並み。やたら発達した後ろ足。
そいつはアデルの周りをぴょんぴょんと跳ね回り、鼻をひくひくさせて匂いを嗅いでいる。
「こいつ、何してんだ?」
アデルは慎重に距離を測りながら、デカウサギを観察する。
そして――気づく。
「おいおいおいおい……耳が……四つ……?」
頭の左右に、本来の耳が二本。
そのやや後ろに、少し小さな耳がもう二本。
合計四本。
「もしかして!! この魔物が四つ耳ウサギかぁ!!」
興奮で声が裏返る。
四つ耳ウサギはアデルの周りを一通り跳ねたあと、くるっと背を向けて茂みの中へ入っていく。
「おい! 待てぇ!!!」
アデルは、逃がすまいと即座に追いかける。
四つ耳ウサギはアデルより先に少し走ると、ちらっと後ろを振り返る。
アデルがついてきているのを確認して、また少し進む――その繰り返し。
「なんだこいつ? ……何処か案内してくれてるのか……?」
アデルは四つ耳ウサギの後を着いていく。
枝を避け、根を飛び越え、汗をぬぐう間もなくついていくと――。
やがて、巨大な大木が倒れている場所に出た。
「これもクソデッケェ木だなぁ……どうやってこの木倒すんだよ……」
見上げるほどの巨木が、根からへし折られて横たわっている。
周りの木々よりも明らかに太く、高かったであろうその木は、今は無残な姿で地に伏していた。
四つ耳ウサギは、倒れた木の根元まで進む。
そして、その場でぴょんぴょんと跳ねてアデルを振り返る。
「ん?」
アデルは首をかしげつつ、四つ耳ウサギのいる根元まで近づく。
よく見ると、その大木は中身が綺麗に抉られ――まるで巨大なトンネルのようになっていた。
「すっげぇー……」
中は空洞。
所々朽ちて穴が空いており、そこから月の光が差し込んでいる。
淡い銀の筋が、木の内側を照らしていた。
目を凝らすと――。
「うわ……」
木の中に、ウサギたちが何匹もいた。
白や灰色、斑模様のものまで。
みんな、何かの液体に絡め取られ、もがいている。動けない。
その光景を見た瞬間、四つ耳ウサギがさらに激しく飛び跳ねる。
「おい、おまえ……まさか、この中にいるウサギ助けろって事か?」
四つ耳ウサギは、力いっぱい地面を叩く。
――ビンゴだ、と言わんばかりに。
アデルは少しだけ考え込む。
(なんでウサギはこの中でベタベタになってんだ?
罠……か? それとも、あの液体自体が魔物の仕掛けか……?)
疑問は多い。
だが、目の前でもがいている小さな命を放ってはおけない。
「……まあいいや。コイツら助けて、ルインにも手伝ってもらって、一緒に探してもらおうかなぁ!!」
アデルはそう決めて、倒木の中に入ろうと、一歩踏み出した――その時。
ズズズズッ……。
大きな何かが地面を這う音が、森全体を震わせた。
アデルの足が、ぴたりと止まる。
「……今の……」
一瞬、倒木に入るのを躊躇う。
だが、音はすぐに止まり、森は元の静けさを取り戻す。
「……気のせいか?」
そう自分に言い聞かせて、再び倒木へ向き直る。
その瞬間――。
月が雲に隠れ、視界が一気に悪くなった。
「クソ!! 今日は雲が多いなぁ!!」
アデルは何度も、隠れてはまた出てくる月を睨みつける。
「おい!! 月てめえ!! いい加減に―――……ッ!!」
そこで、見てしまった。
月明かりを隠すように、森の上空を横切る――
《それ》の巨大な影を。
太い。
長い。
うねる。
一本の巨大な蛇が、夜空を切り裂くように、木々の上を滑っていった。
ーーーーーー
一方その頃――。
ルインはドゥドゥ(モロウ)を追いかけ……殺されかけ……それでもなんとか誤解が解けて、今は黒騎士と一緒に焚き火を囲んでいた。
炎のはぜる音。
焼ける肉の香り。
冷たい空気と、火の温かさが、ちょうどいい距離で同居している。
「なあ、名前なんて言うんだ?」
ルインが恐る恐る尋ねると、しばらく沈黙が続いた。
その沈黙の間にも、黒鎧の人物は器用に肉を返し、焦げないように火加減を見ている。
やがて――。
「……セラ……」
たった一言だけ告げて、また肉を焼き続けた。
「セラ、ね……」
ルインは、その名を一度口の中で転がしながら、少しでも仲良くなろうと質問を重ねる。
「セラは普段どこで活動してるんだ? ギルド所属か? それとも傭兵?」
「……うん……」
「どっちだよ……」
「さっきの氷魔法、すっげぇ綺麗だったな! あれって自分で編み出したのか? 師匠がいるとか?」
「……そう……」
「どっちの“そう”だよ……!」
「ドゥドゥの名前は?」
「……モロウ……」
「それはちゃんと答えるんだな……」
会話は、基本的に
「うん」「そう」「違う」
この三つで構成されていた。
ルインは心の中で(これは心折れる……)と何度も思いながらも、最後にもうひとつだけ質問しようと決める。
「なあ、セラ。なんでこの森にいるんだ? 何か用事があるのか?」
セラの手が、ぴたりと止まる。
わずかに顔を上げて、炎越しにルインを見る。
「……魔物の討伐……」
初めて、しっかりした答えが返ってきた。
「魔物かよ!! どんな魔物なんだ???」
ルインが身を乗り出すと、セラは一呼吸おいてから口を開いた。
「…………森王蛇……」
「しん……? おうだ!?!」
その名前を聞いた瞬間――。
森の奥の方から、ドンドン、と大きな何かが地面を叩くような音が響いた。
空気が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
セラは即座に立ち上がる。
「モロウ」
ひと言呼びかけると、ドゥドゥ――モロウがすぐに駆け寄ってくる。
セラはひらりとその背に飛び乗り、音のした方角に向かって走り出した。
「お、おい!!」
ルインが慌てて追いかけるも、その足はすぐに置いていかれた。
黒い騎士とドゥドゥのコンビは、森の中を風みたいに駆けていく。
「あっという間に、見えねえ……」
独り残されたルインは、アデルのこと、森王蛇という危険な魔物のこと、色々と嫌な予感を抱きながら、その場から走り出した。
ーーーーーー
「ルーナ・カルキブス(三日月蹴り)!!」
アデルの叫びと共に、彼の足がしなやかな弧を描いて振り抜かれる。
蹴りは、森王蛇の頭部付近に直撃した――が。
「っ……固っ!!」
爪先に伝わるのは、肉を打った感触ではない。
岩を蹴ったような、鈍くて硬い手応え。
森王蛇は、アデルの視界からはみ出すほど巨大だった。
体長――“見えている分だけで”軽く十メートルを超える。
背は樹皮を思わせる茶色。
腹には白い帯鱗が一本、月明かりを反射して“白い道”のように伸びている。
そして頭部には、角ではなく、木の根が絡み合ったような“冠”じみた突起。
森全体を支配するような存在感。
蛇なのに、森そのものが形を成したような異様さ。
森王蛇は舌をチロチロと出し、アデルを威嚇するように首を持ち上げた。
「上等だよクソ蛇……その冠みたいなやつ、ぶっ壊してやるよぉお!!」
アデルはすぐ近くの木に飛び移り、枝を駆け上がっていく。
幹を蹴り、枝を足場にし、森王蛇の頭上よりさらに高く跳躍する。
夜空と蛇の頭の間――その一点に、アデルは自分の全体重と技を叩き込む。
「プラーガ・カルキス(踵落とし)!!」
踵が、森王蛇の頭頂部を正確に撃ち抜いた。
ドンッ!!
森王蛇の頭が、わずかに下がる。
だが、それだけだ。皮膚はひび割れもせず、血も出ない。
「嘘だろ……」
信じられないという顔をするアデルに、森王蛇が反撃を始める。
――ブンッ!!
視界の端から、太い影が薙ぎ払われた。
尻尾だ。
アデルがさっきまでいた木の幹が、その一撃で綺麗に貫通される。
「うわ、マジかよ!!」
“やべえな”と口に出るより早く動く。
アデルは地を這うような低い姿勢で、尻尾の軌道から飛び退いた。
「木が綺麗に貫通してやがる……。あれまともに食らったら、ミンチだな……」
森王蛇の尻尾は、ただの巨大な鞭ではない。
先端は硬く尖り、強度と重量を兼ね備えた“杭”みたいなものだった。
(頭は固ぇ、尻尾は一撃必殺……どうすりゃあのクソ蛇にダメージ通せんだよ……!)
アデルは森王蛇の尻尾に意識を集中させる。
木々の間を縫うように動き、攻撃の軌道をギリギリで躱す。
しかし、森王蛇の武器はそれだけではなかった。
「――ッ!?」
不意に、森王蛇の口元が膨らむ。
次の瞬間、ドロリとした液体が、弾丸みたいな勢いで吐き出された。
「うおっ!!」
アデルは咄嗟に跳ね退る――
しかし、その液体の一部が足にかかってしまう。
「しまった……!!」
すぐに振り払おうとするが、遅い。
液体は一瞬で固まり、足を地面に“接着”してしまった。
「うおお、取れねえ……! 何だこれ、ベッタベタじゃねえか!!」
足が地面に固定され、身動きが取れない。
森王蛇は、そんなアデルに向かってゆっくりと近づいてくる。
舌をチロチロ出しながら、獲物との距離を楽しむかのように。
そして――。
口を、大きく、大きく開いた。
「やべえやべえやべえ!!」
喉奥が見えるほどの大口が、アデル目掛けて迫る――その瞬間。
ひゅうううう……。
冷たい風が、アデルの周りに渦を巻いた。
「カテナ・グラキアーリス(氷鎖)……」
低く、澄んだ声。
アデルの視界の端から、氷で出来た鎖が伸びていく。
鎖は光を反射しながら森王蛇の胴体に巻きつき、その巨体を締め上げた。
ジャアアアアアアッ!!
森王蛇の絶叫が、森に響く。
鱗の隙間から冷気が食い込み、筋肉を凍らせていく。
アデルの足元の液体も、同時に凍ってひび割れた。
粘り気が消え、ただの氷片となって砕け散る。
「おお! しゃあ!! やっと取れたぞぉお!!」
自由になった足を蹴って、アデルは素早く後退する。
森王蛇の方に目を向けると――。
彼の苦戦相手は、すでに誰かと渡り合っていた。
目を凝らす。
黒い軽装鎧。
紅い瞳。
朝、ハンドベアー氷漬けにした黒騎士――。
森王蛇は体を震わせ、氷の鎖を軋ませる。
バキィン!!
力任せに鎖を引き千切り、破片を撒き散らしながら再び動き出す。
標的をアデルからセラへと変え、口をこれ以上ないほど大きく開いて襲いかかる――が。
セラはそれを正面から迎え撃った。
左手に持つ剣を、森王蛇の牙の間へと突き立てる。
剣は楔となって、蛇の口を強制的に開きっぱなしにした。
「フリグス・アウリス(風の冷気)……」
ささやきとともに、冷たい風が剣を伝い、森王蛇の口内へと流れ込む。
それは“風”と呼ぶにはあまりに鋭く、
“冷気”と呼ぶにはあまりに殺意を帯びた魔力だった。
森王蛇の体内を、内側から凍らせていく。
「ジャアアアアアアアアア!!!」
巨体がのたうち回る。
木々が揺れ、地面が震え、土が跳ね上がる。
だが、その暴れ方も次第に弱くなっていく。
動きが鈍り――首の振りも甘くなり――。
その“隙”を、セラは見逃さなかった。
すっと距離を詰め、剣を振り上げる。
一閃。
森王蛇の頭部が、あっさりと胴体から切り離された。
ドサァッ……。
太い幹みたいな首が地面に落ち、やがて全身から力が抜けていく。
「つ……つえ……」
アデルは、自分が全力で挑んでも傷ひとつつけられなかった魔物を、ここまであっさりと葬り去る少女の強さに、ただただ呆然とした。
(何だあいつ……強すぎんだろ……)
セラは、血に染まった剣を軽く振って汚れを払い、その一言を残す。
「……弱い……」
そう呟くと、モロウのもとへ戻り、背に乗ってその場から静かに去っていく。
夜の闇に、黒い騎士の姿が溶けていった。
「おーーーーいぃいい!」
遠くから、聞き覚えのある声がする。
「ルイーーーーン!! テメェ!! どこ行ってたんだよぉお!!
探したらこんな所まで来ちまったじゃねえか!!」
「アデル!! すまん!!! 四つ耳ウサギだと思って興奮しちまって、アデルを置いていっちまって……!!」
ゼェゼェと息を切らしながら、ルインが駆け寄ってくる。
「まあ別にいいけどよ。そのおかげで――ほら、見ろ、あれ!!」
アデルが少し離れたところを指さす。
そこには――四つの耳をぴんと立てたウサギが、一匹。
その周りを、小さなウサギたちが楽しそうに跳ね回っていた。
「おい……これって……もしかして、四つ耳ウサギ……?!」
ルインの声が震える。
「わかんねえーけど、どう思う?!?」
アデルも興奮を隠せない。
「とりあえず! 捕まえてギルドに報告するか!」
ルインが四つ耳ウサギにそっと手を伸ばそうとした瞬間――
アデルが、その前にすっと立ちふさがる。
「ん? どうした? アデル? 捕まえるぞ!!」
「なあ、ルイン。捕まえるの、やめねえか?」
ルインの目が、きょとんと丸くなる。
「へ? なんで??」
「オレ、四つ耳ウサギに連れて来られたんだ、この場所に……」
「アデル、どういう事?」
「それで、あそこに見えてる倒れた大木があるだろ? あの中に、ウサギ達が多くいたんだ。
オレ、今気づいたんだけど――」
アデルは、少しだけ遠くを見るような目をして続ける。
「この四つ耳ウサギ、自分達の仲間を助けてもらいたくて、オレをここまで連れてきたんだと思うんだよ」
ルインは、真面目な顔でその話を聞いていた。
四つ耳ウサギは、まるで話を聞いているかのように、こちらを見上げている。
「だからルイン。そういう事だから、やめねえか?
なんか、あいつら――すっげえ楽しそうだし」
木の陰で跳ねるウサギたち。
四つ耳ウサギの周りをぴょんぴょん回る様子は、“檻に入れる”という言葉から一番遠い姿だった。
「ギルドには、なんて言う?」
ルインの問いに、アデルはニヤッと笑う。
「その魔物いなかったって事にしようぜ!」
「はあ……まあいいか。結果的に俺達は四つ耳ウサギ見つける事出来たしな。
――いいか!!」
ルインはそう言って、四つ耳ウサギをしばらく凝視したあと、そっと視線を外した。
「よし! 帰るか!! ……って言っても、もう夜だし野宿だな!」
「まあ、森にまた入ってルインが消えたら面倒くせぇーからな!」
「だから悪かったって!!」
そう言い合いながら、ふとアデルは思い出したようにルインに尋ねる。
「なあ、あの黒騎士って、結局なんだったんだ?」
「セラって名前らしいけどな。殆ど無口で、何も話せなかった」
「また会えんのかな?」
「それはわからないな……」
二人は周囲を警戒しつつ、互いに交代しながら夜を過ごした。
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・
「……モロウ……」
どこか離れた場所。
セラは、そばにいるモロウ(ドゥドゥ)の首元を、優しく撫でていた。
森王蛇の血痕が、まだ地面に生々しく残っている。
「まだ、私は――弱い……」
ぽつりとこぼれる言葉。
さっき森王蛇を一刀両断した人間の言葉とはとても思えない。
セラは夜空を見上げる。
目を閉じると、かつての仲間たちの姿が脳裏に浮かぶ。
笑っていた顔。
共に剣を振るった背中。
守れなかった影。
瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
モロウは寂しげなセラの様子を見て、そっと歩み寄る。
鼻先を彼女の肩に押し当てるように寄り添うと、セラもモロウの頭を優しく撫でた。
「……行こう……」
小さく呟き、セラは再びモロウに跨がる。
黒い影は、音もなく暗闇の中へと消えていった。
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〜次の日 トーメル王国 冒険者ギルド〜
アデル達は無事に街へ戻り、ギルドの受付カウンターに立っていた。
「モモ! やっぱり四つ耳ウサギいねえわ!! クエスト放棄するわ! これはマジ無理!」
アデルが大きな声で宣言すると、モモはくすっと笑って答える。
「かしこまりました! それでは依頼主にお伝えしますね」
書類上は[依頼失敗]と記される。
だが、彼らの中では――それでよかった。
報告を終えたアデルとルインがギルドから出ると、ちょうど入口付近でリノアとゼーラが待っていた。
「アデル! どうだった? 四つ耳ウサギいた?!」
リノアが目を輝かせて聞く。
「いなかった!! マジで!! クッソ!!」
アデルは即答するが――リノアは、その時、アデルの“とあるクセ”を確認する。
鼻の穴が、わずかに開いたり閉じたりしている。
(あ、嘘ついてる……)
アデルが嘘をつく時の、分かりやす過ぎるサインだった。
「そうなんだ……ならしょうがないね!!
次のクエスト受けよう!!」
リノアは、あえて何も指摘しない。
アデルが“そうしたい”と思っているのなら、それを尊重した。
「ゼーラ、すまん!! 見つからなかった!!」
ルインが深く頭を下げる。
あれだけ言っておいて、結局は達成できなかったのだ。怒られる覚悟をしていた。
しかし――。
「言ったじゃないですか。見つからないよって。
……ですけど――」
ゼーラはふわりと笑った。
「正直、私も……もし見つけたら、見てみたかったです!」
その笑顔は、責めるものではなく、同じ夢を少しだけ共有したような笑顔だった。
「アデル! ルイン! ゼーラ! ギルド一緒に行こう!!
早くランクアップに向けてクエスト受けないとね!!」
リノアが元気よく手を振る。
「しゃああ!! 今度こそ“一撃”で全てのクエスト終わらせる!!」
「その“一撃”ってなんだよ!! 『パパッと終わらす』でいいだろ?」
「二人とも、朝から元気良すぎ!!」
「私、お腹空いちゃいました! ご飯も食べたいです!!」
「飯食ってクエストだぁああ!!」
笑い声と共に、四人はギルドの中へ消えていく。
――四つ耳ウサギという“果てしなく面白そうな夢”を追いかけた一日は、
確かに無駄ではなかった。
そして彼らは、次なるランクアップに向けて、新たなクエストへと歩き出すのだった。
魔物図鑑
森王蛇
十m超の蛇、主にウサギを狙って捕食する
唾液に触れるとくっついてしまう
四つ耳ウサギ
非常にレアなウサギ大きなは三メートルくらい
特別編はこれにて終わりです!
明日からは本編に戻ります!
本日も見てくださりありがとうございます




