第三十二話 弔えぬ命と、刻まれた証
「……終わったの……? アークは……?」
レリアナのかすれた声が、血と土の匂いの残る広間に溶けた。
最後に作り上げた巨大な氷の壁――ミノタウロスの突撃を受け止めるためにミノタウロスと同じ身長くらいまで立ち上げたそれが、レリアナのマナをほとんど根こそぎ攫っていった。
立ってはいるけれど、足の裏が床を掴んでいる感覚がない。視界の端がじわじわと白く滲む。
「アデル……さん……」
ゼーラも同じだった。
最後に土の壁を一枚、あの巨体の進行方向へ“置いた”瞬間、全身の力が抜け落ちた。
もう、意識の糸は一本しか残っていない。その糸も、今にもぷつりと切れそうだ。
広間の中央――。
ミノタウロスは、中心に埋め込まれた魔石を砕かれ、その場に崩れ倒れている。
太い首は力を失い、舌がだらりと垂れ、白目を剥いた状態で仰向け。巨体の下には、ひび割れた床と血の跡が広がっているが、もう一切動かない。
「姐御……終わったのか……ミノタウロスを倒したのか……」
壁にもたれかかりながら、トンが荒い息の合間に搾り出すように言った。
肩が大きく上下し、握りしめた武器にはまだ血がこびりついたままだ。
「そう……みたいです……わね……」
セレスティアは、崩れ落ちそうになる膝を気合で押しとどめるように、背筋だけはしゃんと伸ばしていた。
だが、唇からは血の気が引き、白くなっている。限界は、とっくに超えていた。
リノアは、倒れているアデルの方へ向かおうとして――身体が動かないことに気づいた。
「……っ」
腕は鉛のように重く、足は床に縫いつけられたみたいに一歩も出ない。
動くのは、胸の中で暴れる心臓だけだ。痛いほどに速く打っている。
「アデル……死んで……ない……よね……アデルッ……」
掠れた声は、ほとんど泣き声の形をしていた。
その時――天井が、白く眩く光る。
次の瞬間、光は“雨”に変わった。
真っ白な光の粒が、静かに、しかし途切れることなく降り注ぐ。
熱くも冷たくもない、不思議な雨。
ただ、世界から“汚れ”だけを洗い流すような、澄んだ感触。
雫が肌に触れると、裂けた皮膚がじわりと閉じていく。
断ち切れた筋肉が繋がり、焼けるような痛みがすうっと引いていく。
血の臭いの中に、かすかな花の香りが混じった。
「姐御……体の傷が……治っていくよ!!」
トンが自分の腕を見下ろして叫ぶ。さっきまであった裂傷が、跡形もなく消えていく。
「なんなんですの……この雨……」
セレスティアの白い指先に残っていた血が、雫に溶けて消えた。
白い雨は、それぞれ戦った者たちの体にだけ、意図的に落ちているかのようだった。
戦場の傷だけを選び取って癒し、じわじわと、彼らの肉体を“元の形”へと戻していく。
けれど、心に空いた穴だけは――どれだけ降り注いでも、埋まらない。
・
・
・
「……あれ……俺は……」
視界にまず飛び込んできたのは、白く汚れた天井だった。
ぼやけた意識が浮かび上がり、瞬きをした瞬間――目の前いっぱいにゼーラの顔が現れる。
「起きたんですね!! よかったぁ!!」
ゼーラの目には涙が溜まっていた。
その涙は堪えきれず、ぽとりとルイン――そう、ここで目を覚ましたのはルインだ――の頬に落ちる。
「ゼーラ……?」
ルインは軽くゼーラの頭をぽんぽんっと叩いてから、ハッとしたように上半身を勢いよく起こした。
「ミノタウロスは……!!」
周囲を見渡す。
広間の中央で、ミノタウロスが舌をだらりと垂らし、胸の魔石を粉々に砕かれた状態で仰向けに倒れていた。巨体は二度と動かない。
「みんなで倒したんですよ……最後の魔石破壊はアデルくんです……」
ゼーラが静かに答える。
「そ、そうか……すまん……俺何も……え……」
ルインは安堵の息を一つ吐き、視線をさまよわせた。その時、横たわっている“何か”が目に入る。
「……?」
一瞬、ただの“影”に見えたそれに、妙な引っかかりを覚える。
ルインはふらつく足で立ち上がり、その影へと歩み寄った。
近づけば近づくほど、その“誰か”の姿が、輪郭が、はっきりしていく。
「なんで……」
顔から、一気に血の気が引いた。
そこに横たわっていたのは――さっきまで一緒に戦い、笑っていたラセルとルナの死体だった。
「なんで……なんで……なんでだよぉ……っ、うっ、うぁああああああ……!!」
喉から絞り出した叫びが、広間に響き渡る。
ルインは膝から崩れ落ち、ラセルとルナの身体を両腕で抱きしめる。
冷たい。
さっきまで確かに生きていた、熱の残っていたはずの身体が、もうどこにもいない。
「嘘だろ……おい、起きろよ……ラセル……ルナ……!」
揺さぶる腕が震える。
返事は返ってこない。
その時――。
抱きしめていた二人の身体が、ざらり、と音を立てて崩れ始めた。
「……え?」
ルインの腕の中で、ラセルとルナの体が、砂のように砕けていく。
指の隙間からさらさらと零れ落ち、床に触れる前に、光の粒になって消えた。
「待ってくれ……ルナ……ラセル……!」
掴もうとしても、掴めない。
腕の中から、二人の“存在”そのものが奪われていく。
同じように、最初の聖女パーティーの亡骸も、静かに光の粒となって崩れ、そのまま消え去った。
そこには、衣服すら残らない。
血も、骨も、墓標にできる何かも。
――弔うことすら、許されない。
ーーーー
「……チッ。死んだ奴らを弔う事も出来ねえのかよ……」
アークが壁に背を預け、低く唸るように呟いた。
怒りとも悔しさともつかない、どろりとした感情が言葉になって零れ落ちる。
「この後あたし達どうなるのかな……」
レリアナは、先程目を覚ましたばかりのリノアに視線を向けた。
リノアの瞳はどこも見ていない。焦点が合わず、ただ空を彷徨っている。
「リノアちゃん……アデル、目ぇ覚めた?」
「まだ……起きないよ……」
リノアの目には力が宿っていなかった。
レリアナは唇を噛む。
どんな言葉をかければいいのか、何一つ思いつかない。
そんな空気をぶち壊すように――。
「よっしゃーーーーー!!」
場違いなほど元気な声が、広間に響き渡った。
「体がめっちゃくちゃ軽いぜぇ! どうなってるんだ??」
アデルが元気よく跳ねていた。
その動きは、さっきまで死と隣り合わせの戦場にいた人間のものとは思えないほど軽い。
「リノア、ありがとうな!! おかげで体が軽くなったぜ!!」
「え……?」
リノアは今のアデルを見て、ぽかんと目を丸くする。
「わ、わたし、何も……」
「さっきヒールしてくれただろ? 多分あれだな! いやー助かった!」
「……うん……」
アデルは笑っている。口角は上がり、声も明るい。
だが――リノアは気づいていた。
アデルの目だけが、まったく笑っていないことに。
「どうだぁ!! オレが最後にあのクソ牛にとどめ刺したんだぜ!! 塔、これで攻略完了したんだよな!!」
アデルは胸を張って言う。
その言葉は誇らしいはずなのに――
どこか空回りしていて、空気の表面だけを滑っていくようだった。
ーーー
「姐御!! あいつさっきまですんげぇー殺気放ってたけど、今全く感じないんだけど、吹っ切れたりしたのか?」
アークが眉をしかめ、小声でセレスティアに尋ねる。
「そうではありませんわ……」
セレスティアは静かに首を振る。
視線はアデルから一瞬たりとも外れない。
それは獣を警戒する目付きではなく、折れかけた子供を見失わないように守る視線だった。
「ヴォイドセンス……あれは強い殺意が芽生える事と、身体能力が優れていないと発動しない感覚ですのよ。
まだ十三歳でその感覚を身につけられるのは、よほど戦いのセンスと、幼い時から戦いに身を投じていた証。
アデルに戦い方を教えた人も、相当ですわね」
「え! そうなの!!」
トンが目を見開く。
「ヴォイドセンスが発動したのはアデルの仲間の死……。だから、そう簡単に吹っ切れられるわけないですわ……」
「じゃあ、なんであんなテンション高いんだ?」
「……あれは、無理にテンション上げてるだけですわ。
そうでもしないと、仲間の死を思い出してしまうから……」
セレスティアの言葉が落ちた瞬間、彼らの周囲の空気が、ひとつ重く沈んだ。
ーーーーー
「よっしゃああああ!! このまま次の塔も攻略してやるぜぇえ!!」
アデルの声が、広間の天井にまで響き渡る。
「……うるせぇ……」
低く、押し殺した声がそれを遮った。
ルインが、ゆっくりと立ち上がる。
足元はまだおぼつかないが、アデルへ向かう歩みは真っ直ぐだ。
「ルイン!! 目覚めたんだな!! オレが最後ミノタウロスぶっ倒したんだぜ!!」
アデルが誇らしげに言った直後、ルインの手がアデルの胸ぐらを掴んだ。
「どうしたルインッ!」
「アデルてめぇ!! なんでヘラヘラしてんだよぉ!!」
ルインの声は震えている。
それでも、その手から力は抜けない。
「ルナとラセルが死んだんぞ!! なんで……なんで……何も感じてねえんだよぉお!!」
涙と怒りと悔しさが、言葉にならない塊となって、ルインの喉から溢れ出る。
「……」
アデルの表情から、ふっと色が消えた。
「黙れ……ルイン……それ以上言うな……」
その瞬間――息が詰まるほどの殺気が、アデルから噴き出した。
肌の上を刃物でなぞられたような冷たさ。
空気が一瞬で張り詰め、広間そのものが“敵”になったかのような圧力。
「っ……!」
ルインは、本能的に胸ぐらを掴んでいた手を離した。
目の前のアデルが、さっきまで自分と笑っていた少年とは別の“何か”に見える。
だが――その殺気は、すぐに霧のように消えた。
アデルは何事もなかったかのように、笑顔を浮かべる。
「ルイン大丈夫だ!! 塔を全て攻略してオレはラセルとルナも生き返らせっから!」
無理やり口角を上げた、貼り付けたような笑顔。
それは希望を語っているはずなのに、どこか危うく、痛々しい。
「……生き返らせる……?」
ルインはアデルの笑顔の裏側にある“違和感”を、確かに感じていた。
だけど、それを言葉にすることも、掴んで引きずり出すこともできない。
その後、ゼーラがルインの元へ駆け寄り、彼が眠っていた間に何があったのかを、丁寧に説明した。
アデルのヴォイドセンスのこと。仲間の死に直面したこと。今の彼の心が、どれほど不安定かということ。
全部を聞き終えたルインの目から、再び涙が溢れ出す。
「アーク……あたし達いつまでこうしてるのかなぁ?
よくわからない雨が降って傷は癒えたけどさぁ〜」
レリアナは、わざと軽い声を出して言った。
だが、その軽さがかえって寒々しい。
「俺にもわからん……」
アークは、壁にもたれたまま低く答える。
レリアナとアーク、二人の視線は、いまだ倒れたままのミノタウロスへ向けられていた。
勝利の象徴のはずの亡骸は、ただ静かに横たわっているだけだ。
ーーーーー
「姐御!! カンとコンが起きた!!」
トンの弾んだ声が響く。
「おお……よかった……ですわ……―――」
セレスティアは言いかけて、喉を詰まらせた。
「姐御泣いてるのか?!」
「泣いてないですわ!! トン! カンとコンに異常がないか見てあげなさい!!」
叱りつけるような声色なのに、指先はかすかに震えている。
「うん……うん……!」
「¥&¥&&」
「二人とも姐御が帰ってきて嬉しいってさ!!」
「……ふふっ、そんな心配しなくても大丈夫ですのに。あら、コンもカンも立てるようになったのね、安心したわ」
セレスティアは胸の中で、仲間が生きていることに心底ほっとしていた。
それでも、“生きている”という事実の影に、奪われた命の影がちらつく。
ーーーー
「アデル……大丈夫……?」
リノアがそっと問いかけた。
「何がだ? オレはずっと大丈夫だ!!」
即答。
その速さが、かえって嘘っぽい。
「……そう、なんだね……」
リノアは少しだけ俯く。
「わたしはまだ……だいじょばない……かも……」
胸のあたりをぎゅっと掴みながら、絞り出すように言う。
「なあ、リノア……塔を全て攻略しような……絶対に……」
アデルの声が震えた。
拳を握る手に、力が入りすぎて白くなっている。
「うん……うん……」
リノアの声も震えていた。目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
その涙の意味を直視したら、アデルはきっと立っていられない。
ーーーーー
「ヴォイドセンス……アデルが……そんな状況に……」
少し離れた場所で、ルインがゼーラからすべての説明を聞き終えた。
「うん……そうだよルイン……だからアデルくん、今すごく心が不安定な状態かも……。
きっと思い出したら、悲しさ、悔しさで押し潰れちゃうかもしれないから……そうならない為に、無理してると……思うの……」
ゼーラの声にも、不安と痛みが滲んでいる。
「俺……アデルに……何て酷い事を……」
ルインは奥歯を噛み締め、握りしめた拳を震わせる。
「後で謝ろう……ルイン……」
「……ああ……」
その時――広間の中心に、いきなり光の柱が出現した。
白く、強く、真っ直ぐに天井へ伸びる光。
床に描かれた魔法陣を軸に、世界の縫い目から漏れ出したみたいに立ち上がっている。
「なんだよ!! あの光!!」
アデルは考えるより先に、光へ向かって走り出していた。
「アデルッ!! まだあれがなんなのかわからない!! だから、近づかない方が……!」
リノアが慌てて止めようとする。
アデルは振り返りもせずに叫んだ。
「うるせぇ!! オレは最強だから大丈夫だぁ!!」
「そういう問題じゃないってば!!」
それでもアデルは止まらない。
光の柱に手を伸ばし、そのまま触れる。
――何も起きない。
「はあ? なんもねえじゃん!!」
触れている感覚すらない。ただそこにあるだけの光。
心配になったリノアも、光の近くまで歩み寄ってしまっていた。
「アデル平気なの? 本当に変わりない?」
「一切ないね!! リノアも触れてみろよ!」
「う、うん……」
リノアは、喉を鳴らしながらそっと光に手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、光の粒子がリノアを包んだ。
「――っ!」
白い粒子が、泡のように身体にまとわりつき、その輪郭を覆い隠す。
次の瞬間、リノアの姿はその場からかき消えた。
「は?……リ、リノア……おい……何処行った……リノアァアアアアアアア!!」
アデルの叫びが、恐怖と混乱でひっくり返る。
追い打ちをかけるように、光の粒子がセレスティア、ゼーラ、レリアナの周りにも現れ、三人を包み込む。
そして、彼女たちの姿も広間から消えた。
「姐御!!! 姐御!!!」
「ゼーラァアア!! 何処行ったぁあ!?」
「レリアナ……レリアナァアア!」
叫んでも、誰も戻ってこない。
聖女たちの姿は、どこにもなかった。
・
・
・
眩しい光に包まれ――リノアはゆっくりと瞼を開けた。
「ここは……何処……? これ一体……」
そこは、先ほどまでいた広間とはまったく違う場所だった。
目の前には、光り輝く石柱が一本。
白い光が静かに脈打つように明滅している。
リノアがしばらくその石柱を見つめていると、再び眩い光が空間を満たし、ゼーラ、セレスティア、レリアナの三人が現れた。
「リノア!? 無事!?」
「リノアさん……!」
「ちゃんと立ってますわね。よかったですわ」
三人とも、一瞬状況が理解できない様子で周囲を見渡し、やがて同じように目の前の光の石柱に意識を集中させる。
「リノア? これは一体なんですの?」
「わ、わからない……」
リノアは首を振る。
「最初リノアが消えた時、本当焦ったよー。アデルなんか、顔真っ青だったからね〜」
レリアナが苦笑混じりに言う。
「私も驚きました……でも、聖女だけがここへ来られるんですかね?」
ゼーラが冷静に状況を整理しようとする。
「アデルが触れても何もなかったから、そうなのかな……?」
リノアがぽつりと呟く。
「あたし達聖女だけが入れる空間かぁ〜。……なんか、ちょっと特別感あるよね!」
レリアナが肩をすくめる。
「で、これから私はどうすればよろしいんですか?」
セレスティアが、若干不機嫌そうに石柱を見上げた。
「分かりません。あと、この石柱はなんなんですかね?」
ゼーラが一歩前に出て、石柱へそっと手を伸ばす。
その瞬間、再びゼーラの体が光の粒子に包まれた。
そして、その粒子は今度は外へ散らず、ゼーラの体へ吸い込まれていく。
「っ……!」
ゼーラが瞬きをする間に、光柱に触れた右手の甲に、ひし形っぽい模様が浮かび上がった。
「そ、それは……塔を攻略した証だぁ!!」
レリアナが思わず叫ぶ。
「塔を……攻略した証……?」
ゼーラは驚きながらも、右手の甲を見つめる。
「じゃ、じゃあ私も!!」
レリアナも石柱に触れる。
同じように光がレリアナの体を包み込み、右手の甲に模様が刻まれた。
それに続いて、セレスティア、リノアも石柱に手を伸ばす。
ゼーラと同じように光の粒子が体に吸収され、右手の甲に塔攻略の証が浮かぶ。
四人全員が石柱に触れた瞬間――空間全体が、急に眩しさを増した。
「ま、眩しいですわね……」
セレスティアが目を細める。
「あはは、これで元に戻るのかな?」
レリアナが目を押さえながら言う。
「かもね……」
「そうだと、ありがたいですね……」
ゼーラが静かに言葉を続ける。
光がだんだんと弱まり、視界が元に戻る。
目を開けると――そこは、再びミノタウロスのいた広間だった。
「リノアァアア!! てめえ!! 何処行ってたんだよぉお!!」
アデルが叫びながら駆け寄ってくる。
目には涙が浮かんでいた。
アデルの拳は、いつの間にか血だらけになっている。
周囲を見れば、さっき光柱が現れていた場所の床が、何かで何度も叩きつけられたように凹んでいた。
「……アデル」
リノアが短く名前を呼ぶ。
「ヒール……」
リノアの手から柔らかな光が滲み出し、アデルの拳を包む。
ひび割れた皮膚が閉じ、血が止まり、元の形へと戻っていく。
「ありがとう……心配してくれて……」
アデルが視線を逸らして呟く。
「は、はあ?? し、心配してねえし!!」
アデルはぷいっとそっぽを向く。
リノアは小さく微笑んだ。
ーーー
「レリアナ!!……」
少し離れた場所から、アークも安心したような声を上げる。
さっきまで険しかった表情が、ようやく緩んでいた。
レリアナは右手の甲をアークに見せる。
「そ、それは……」
「へへへ〜、塔攻略した証〜」
どこか誇らしげな笑みを浮かべるレリアナ。
「あの場所は聖女しか行けない場所だったのか……」
アークは大きく息を吐き、肩の力を落とした。
ーーーー
「姐御!!! 姐御!! よかったぁあ!! 急にいなくなるからぁあ!! おいら心配したぞ!!」
トンが半泣きでセレスティアに飛びつく。
「ふふっ、そんな心配しなくても大丈夫ですのに。あら、コもカンも泣かなくてよろしいのに、、」
「うん……うん……」
「¥&¥&&」
「二人とも姐御が帰ってきて嬉しいってさ!!」
「……ありがとう」
セレスティアは、仲間たちの顔を一人一人見回し、そっと微笑んだ。
ーーーーーー
「ゼーラ!! よかった……本当に……」
ルインが、心底安堵したような声で言う。
「ルイン、見て! 塔を攻略した証の模様」
ゼーラが右手の甲を見せる。
「俺達……とうとう攻略出来たんだな……でも、後十九基残って……」
ルインが言葉を続けようとしたところで、ゼーラの人差し指がそっとルインの唇に添えられた。
ゼーラは「シー」のポーズをとり、小さく首を振る。
「ルイン……先の事を考えるの、やめよう。今だけは……」
「……悪かった……」
ルインは短く謝り、ゼーラはふわりと微笑んだ。
・
・
・
「ねえ〜、これってどうやったら出れるの? セレスティアちゃんわかる?」
レリアナがきょろきょろと辺りを見回しながら尋ねる。
「わかるわけないですわ! どこか出口があるのかしら?」
セレスティアが少しムッとしながらも、真面目な顔で広間を見渡す。
レリアナとセレスティアがそんな会話をしていた、その時――
足元に、白い魔法陣がふわりと浮かび上がった。
「おい、コレって!?」
アデルが慌てた声を上げる。
「塔に入る時に現れた魔法陣!?」
ゼーラが顔を上げる。
魔法陣が強く光り始めると同時に、全員の身体が白い光に包まれる。
次に視界がはっきりした時、彼らはミノタウロスがいた扉の前に立っていた。
「扉が閉まってますわね!」
セレスティアが扉に手を置き、押してみるが、びくともしない。
「姐御!! あそこ!!」
トンに指さされた方を見ると、大きな魔法陣が床に描かれ、白く輝いていた。
「これってもしかして、入ったら外に出れるのかな? どう思うアーク?」
「……かもな……」
アークはボソっと答える。
レリアナは、リノア達のところへ駆け寄る。
「ねえ! リノアちゃん! ゼーラちゃん! ルイン! そしてアデル! ありがとう!!
みんなの協力があって攻略出来た! 本当にありがとう!!」
レリアナは深々と頭を下げた。
「オホホホ! レリアナ? 私にはお礼ないですの?」
セレスティアが腰に手を当てて割り込んでくる。
「別にセレスティアちゃんは後でもいいかなぁーって!」
「全く……。まあいいですわ!」
セレスティアは肩をすくめつつ、どこか楽しげに微笑んだ。
そして、リノア達の方へ向き直る。
「皆さん、感謝しますわ。そしてアデル、また何処かで会いましょう!」
そう言ってセレスティアは魔法陣へ入り、その姿は光に包まれて消える。
トン、カン、コンも後に続いて魔法陣へと入っていった。
「ごめんねー、セレスティアちゃんは昔からあんな感じなんだー」
レリアナが苦笑する。
「レリアナはなんでセレスティアの昔の事知ってるの?」
リノアが首を傾げて尋ねた。
「ん? だってあたしも公爵令嬢だし、よくパーティーで会ってたの!」
「「「「えええええ」」」」
リノア達全員が揃って声を上げる。
「えぇ……そんなに驚くの……がっくし……」
レリアナが肩を落とす。
「そんな風に見えねえわ!!」
アデルが容赦なく言い放つ。
「ああ!! アデルあたしに酷いこと言ったぁー!!
リノアちゃぁあんん!! ゼーラちゃぁあんん!! アデル酷いーー!!」
レリアナは泣き真似をしながら、リノアとゼーラに抱きつく。
「ごめんねーレリアナ、アデルちょっと変だからさ、許してあげてー」
リノアが苦笑混じりに言う。
「おい! リノア!!」
「そうです! レリアナさん! アデルくんは考えて言わないんです……」
ゼーラもさらっと追い打ちを入れる。
「ゼーラ!! ちょっと待て!!」
「じゃーアデル、今回の失言は許すーーー!!」
レリアナがケラケラ笑いながら宣言した。
魔法陣の上で待っているアークが声を上げる。
「レリアナー、行くぞぉー!」
「あ!! アークに呼ばれたから、あたし行くね!!」
「ねえ! レリアナ。レリアナは今度、どこの塔目指すの?」
リノアが問いかける。
レリアナは少しだけ考え込んでから、ぱっと顔を上げた。
「ん〜、わからない! あたし達は行きたい所に行くって感じで旅してるからね!
だから、これで会うの最後かもしれないかも……でも、会った時はまた声かけてね! あたし達友達だから!! じゃあね!!」
「うん!! ありがとう!! レリアナ、死なないでね……」
「ふふっ、ありがとうリノアちゃん! みんなも死なないでね!」
レリアナはそう言って笑い、アークと一緒に魔法陣の中へ消えていった。
最後に残ったのは、リノア、ゼーラ、ルイン、そしてアデル。
アデルはふいに後ろを向き、ミノタウロスのいた扉の前に歩いていく。
扉に、そっと手を添えた。
「ルナ……ラセル……少しの間、そこで待っててくれよ……」
低い声が、石の扉に染み込んでいく。
「オレ達、もう行くな……一緒に旅出来てよかった……また後でな……
まだ先かもしれねえけど、必ず生きかえらせるからな……」
アデルはそう言って、扉に触れた手をゆっくりと離す。
震えないように作られた声が、かえって痛々しい。
リノア、ゼーラ、ルインも、アデルに倣って扉に手を添えた。
「ルナ……ラセル……凄く楽しい旅だったよ……今はゆっくり休んでね……」
リノアは目を閉じて告げる。
「ルナさん……ラセルさん……いままでありがとうございました……
私は……もっと二人と一緒に……いたかったです……」
ゼーラの声は途中で詰まりながらも、最後まで言葉を紡いだ。
「ラセル……ルナ……」
ルインは、泣き笑いのような顔で扉に額を寄せる。
「アデルがおまえらを生き返らせるって!
ルナ、ラセルの性格ちゃんとよくなるように指導しといてな! じゃ……なあ……」
それぞれが、仲間への別れを言葉にしていく。
言葉にしなければ、ここから一歩も動けない気がしていた。
やがて四人は、出口の魔法陣へと向かう。
足元に描かれた陣が、柔らかな光を放ち始める。
白い光が足元から立ち上がり、四人の身体を包み込んでいく。
温かいのに、どこか胸が締め付けられるような眩しさ。
誰も振り返らない。ただ、それぞれの胸の中に、確かに二人の名前を刻んだまま。
――そして、世界は切り替わる。
ーーーーーーーーー
トラウスの塔 踏破
残り 十九基
トラウスの塔編が終わりました!
引き続き、リノアとアデルの冒険を楽しんでください
本日も見てくださりありがとうございます!




