第二十九話 赤く吠える牛頭
アデルとリノア、そしてレリアナとアークが、それぞれ巨大な扉の前に並んで立っていた。
アデルはずっとアークを睨みつけている。
対するアークは、壁にもたれかかり、目を閉じたままピクリとも動かない。まるで隣から突き刺さる殺気など風ほどにも感じていないかのように。
先に到着していた令嬢――セレスティアの甲高い愚痴が、静かな広間に響き渡った。
「皆さん揃わないと開かない扉ってなんなんですの!! ……まあ、いいですわ!!」
白髪を揺らし、扇子で口元を隠しながら振り返る。
「トン、カン、コン! 扉が開いた瞬間、私達だけでミノタウルスを仕留めますわよ!!」
「へい! あねご!!」
「うん……うん……」
「&¥&¥¥¥¥」
「良い返事ですわ! オホホホ!!」
筋肉ダルマ三兄弟のバラバラな返事すら、セレスティアの耳には上々の返答に聞こえるらしい。
リノアは隣のレリアナにひそひそ声で尋ねた。
「ねえレリアナ。セレスティアは、どうして扉を開けたらミノタウロスがいるってわかるの?」
「えっとねリノアちゃん、このおっきい扉に描いてある絵が見える?」
レリアナは扉の中央を指さす。
そこには、剣を構えた一人の人間と、巨大な牛頭の魔物がぶつかり合う姿が刻まれていた。石に刻まれたその構図は、今にも動き出しそうなほどの迫力がある。
「この“トラウスの塔”ってさ、ミノタウロスと戦った英雄トラウスのお墓なんだよ。だから試練で出てくるのは、トラウスの因縁の相手――ミノタウロスだろうって、セレスティアちゃんは思ったんだと思う!」
「へぇ〜、そうなんだ。じゃあこの英雄トラウスって、そのミノタウロスを倒して英雄になったんだ!」
リノアが素直に感心していると、甲高い笑い声が会話を割り込んできた。
「オ〜ホッホホホホ! あなた、何も知らないのね」
靴音高く近づいてきたセレスティアが、ふわりとスカートを広げる。
「このトラウスという英雄は、大戦時代の“モーゼル防御戦”で活躍した英雄ですの。その時現れた闇人の眷属がミノタウロス。それを討ち倒したのが英雄トラウス……というわけですわ」
「へえ〜。物知りなんだね、セレスティア様!」
「“様”なんて要りませんわよ。セレスティアと呼んでちょうだい!」
「わかった、セレスティア! じゃあ、もう一個聞いていい? 扉に描いてある、この耳の長いのってエルフだよね? なんでトラウスと戦ってるの?」
リノアが指さした先。
そこには、長い耳の戦士――エルフと思しき姿が、トラウスと剣を交えるように描かれている。
セレスティアは大げさに肩をすくめた。
「あなた、本当に何も知らないのね……。あれはダークエルフ。光側についていたエルフが、途中で闇人側に寝返った、と本には書かれていましたわ」
「本? そんなの、私が昔読んだ本には書いてなかったけど……」
「あなたが読んだのはきっと、子供向けの簡単な本ですわ。私達が読んでいるのは、光闇戦争の実情を掘り下げた専門書。めったに置いてない本ですもの。知らなくて当然ですわね!」
「え〜〜!! そんなのあったんだ! レリアナは知ってた?」
「え、あたし? も、もちろんだよ! そういうのもあって、エルフは今すっごく少ないって話だしね!」
(絶対いま取り繕った……)
リノアは心の中でつっこみながらも、それ以上は言わなかった。
「闇人……か……」
アデルは相変わらずアークを睨みつけたままだ。
アークがその視線を感じ取ったのか、薄く片目を開く。
「……なんだ?」
「……あ? 別に」
アデルは、こいつとは絶対に友達にならない――と静かに胸の中で誓う。
しばらくして、ルナ達も合流してきた。
「遅かったですわね。まあ、いいですわ!」
セレスティアが扇子をパチンと閉じる。
「リノアちゃん、お互い死なないように頑張ろうね!!」
「うん、レリアナもね!」
そして――
重々しい石の軋む音とともに、巨大な扉がゆっくりと開いていく。
ラセルは落ち着きなく周囲を見回し、あるパーティの姿を認めて顔をしかめた。
「うわ……あいつら、またいる。不気味だわ〜……」
先ほどラセルが話しかけて、虚ろな目と暴言で返された聖女パーティだ。
「どうしたラセル! 行くぞ」
「ええ……あ、うん!!」
「にゃはは〜、ゼーラ少年!! なんか緊張するね〜!!」
「ルナさんは怖くないんですか……?」
「んー? だってさ、うちのメンバーみんな強いじゃん! だから“恐い”より“心強い”って気持ちの方が大きいかな〜?」
「……確かに、そうですね!」
一行は扉の向こうへ足を踏み入れる。
先ほど白騎士と戦った広間よりも、さらに広く、天井は高く、空気は重い。
その中心に――それは、いた。
全身が漆黒の毛で覆われた巨躯。
右腕には、人間ならば家ごと両断できそうな巨大なナタ。
手首には重々しい鎖が巻きついている。
そして、鈍く光る牛の頭部――燃え立つような赤い瞳が、侵入者達を射抜いた。
見ているだけで、肌が粟立つような殺気が、広間全体を支配していた。
「オ〜ホッホホホホ!! トン! カン! コン!! 私達があの牛頭、一瞬にして灰にしてあげますわよ!!」
セレスティアが炎のマナを集めようと両手を掲げ――
その瞬間、彼女の背後から、別の聖女が飛び出した。
虚ろな目をした、あの聖女だ。その後ろから、彼女の仲間である二人の男も駆け出す。
「ああ!! 目が虚だった聖女パーティだ!!」
ラセルの叫びが響く。
セレスティア、レリアナ、リノア達は、予想外の行動に目を見開いた。
虚ろな聖女が詠唱を始めようとした――その瞬間。
ミノタウロスの巨体が、稲妻のように動いた。
黒い影が一瞬で間合いを詰め、
鋭く反った角が、まるで槍のように聖女の胸を貫く。
「――っ!!」
言葉より先に、赤が弾け飛んだ。
さらにミノタウロスはナタを振り上げ、そのまま横薙ぎに一閃。
聖女の仲間二人の胴体が、紙切れのように真っ二つになり、壁際まで吹っ飛んだ。
刺さったままの聖女の体を、ミノタウロスは頭を振って振り落とす。
血まみれの聖女が、崩れ落ちながらも震える腕で地面を掴み、立ち上がろうとした刹那――
巨体の足が、上から降ってきた。
ぐしゃり、と。
嫌な音が、はっきりと聞こえた。
「ヴォオオオオオオオオオ!!」
雄叫びと共に飛び散る血しぶき。
その凄惨な光景に――
「う、うそでしょ……」
リノアの膝が震えた。
ここまで辿り着けた聖女パーティだ。弱いはずがない。
それなのに、ミノタウロスの前では、ただの雑草のように踏み散らされていく。
喉が焼けるように乾く。
吐き気と、恐怖と、悔しさが一気に込み上げてくる。
レリアナも、セレスティアも、言葉を失い、ただ息を呑んだ。
悍ましい雄叫びが広間に響く中、一同の足は本能的にすくんでしまう。
だが――その沈黙を破ったのは、いつもの男だった。
「おい、牛頭。腹のそれ――魔石だろ」
いつの間にか、アデルがミノタウロスの懐に入っていた。
「アデル!?!?」
リノアの悲鳴に似た声が飛ぶ。
アデルは、ミノタウロスの腹に埋め込まれた、異様に黒く光る魔石へと人差し指を当てた。
ミノタウロスが気づき、ナタを振り下ろす――が。
「おせぇ……
ペガルイム・プルス《殴る衝撃》ッ!!!」
振り下ろされるより早く、アデルの拳が魔石を打ち抜く。
衝撃が爆ぜ、ミノタウロスの巨体が、牛のように大きく吹っ飛んだ。
「おいクソ牛! 大したことねえな!! ボケッ!」
その傍若無人な一撃と叫びが、張り詰めていた恐怖の空気を、一気に吹き飛ばす。
「オ〜ホッホホホホ!! 面白いですわ!! あの子!!」
セレスティアが目を輝かせた。
「まったく……。相変わらず突っ込むの早すぎる。ラセル!! 俺達も行くぞ!!」
「お、おう!!」
ルインが剣を抜き、ラセルは火剣を握り直す――が、その二人より先に動いた影があった。
ミノタウロスがゆっくりと立ち上がる。
鼻息を荒く鳴らし、ナタを旋風のように振り回す。
「どうしたクソ牛。来いよ」
アデルは手招きしながら、ニヤリと笑う。
その挑発に乗って、ミノタウロスが一直線にアデルへ突進した、その瞬間――
アデルの頭上を、黒い影が通り過ぎた。
「カルキス・イグニス(火の蹴り)!!」
燃え上がる槍のような飛び蹴りが、ミノタウロスの腹へと一直線に突き刺さる――はずだった。
だがその足は、左手一本でがっちりと受け止められる。
「……チッ」
アークは舌打ちし、すぐさま後方へ跳躍。着地と同時に、別の魔法の詠唱へ入った。
ミノタウロスの頭上には、氷で形成された何本もの氷柱が出現する。
「グラキマ・ルプトゥラ(氷柱)!」
「氷魔法……だと!?」
ルインが目を見開く。
「牛ちゃん、これで串刺しだよー!!」
レリアナの魔法が続く。氷柱が一斉に落ち、ミノタウロスの頭部へと突き立つ。
「イグニ・プグヌス(火拳)!!」
アークの拳が燃え上がり、ミノタウロスの巨体に連撃を叩き込む。
炎と氷が交互に炸裂し、黒い毛並みから血と焼けた匂いが立ち上る。
「俺も行くぜ!!
ゲネシス・マレウス(槌)――ッ、ヒットォオオ!!」
「僕だってやれるんだよぉお!!
フォルマ・ラメナ(飛火)!!」
ルインの巨大な土槌が背中を打ち、ラセルの火球が追撃する。
炎と衝撃が重なり、ミノタウロスの背中で爆ぜた。
「やったの……?」
リノアは、舞い上がる砂埃の向こうを凝視する。
これだけの総攻撃だ。誰もが、相当なダメージが入ったと確信していた――が。
「ヴォアアアアアアアアアア!!」
雄叫びとともに砂埃が吹き飛ぶ。
姿を現したミノタウロスは、あちこちから血を流してはいるものの、まだまだ健在と言わんばかりに立っていた。
「あちゃちゃ! 今のくらって、それだけなの!!」
レリアナが思わず顔を引きつらせる。
遠くから、ヴォンッという重い音が響いた。
振り向けば、セレスティアが扇子をしまい、両手を前にかざしていた。
彼女の周囲に、膨大な火のマナが渦を巻きながら集まってゆく。
「オ〜ホッホホホホ!! 皆さん、おどきなさい! 私の魔法で、あの牛を消し炭にしてさしあげますわ!!」
セレスティアの足元から、空気が震え始める。
「(す、すごい……このマナ量……。それに、このマナの集まり方……)」
リノアの脳裏に、幼い頃の記憶がよぎる。
――お父さんが見せてくれた、あの魔法。
「(アネマエル……)」
セレスティアは詠唱を終え、手を突き出した。
「フォルマエル!!」
彼女の掌から、ミノタウロスと同じくらいの巨大な火球が解き放たれる。
灼熱の塊が一直線にミノタウロスへと飛び、直撃した。
轟音。爆炎。熱風。
セレスティアは勝利を確信し、胸を張る――が。
炎の中から、黒い影が歩み出てきた。
「そ、そんな……!」
ミノタウロスは、火傷こそしているが、まだ立っている。
口元をわずかに歪め、嘲笑うように。
「ヴォオオオオ!!」
再びセレスティアへ向け突進――
そのとき、小さな水の塊が、ミノタウロスの腹部の魔石へと飛来し、命中した。
「にゃはは〜、命中〜!
アクア・グッタ(水滴弾)!」
ルナの水弾が当たった瞬間、ミノタウロスの動きが一瞬止まる。
「ソルマ・アクス(岩針)!!」
ゼーラが地面に手をつく。足元から岩の針が数本せり上がり、魔石めがけて突き上がる。
だがミノタウロスはナタを振り回し、その全てを粉砕した。
「グラキマ・フラゴル(氷爆)!!」
レリアナの氷爆が頭部で炸裂し、氷と衝撃が弾ける。
その隙にリノアが詠唱を重ねる。
「アネマ・フルゴル(瞬風衝撃)!!」
風の衝撃波が、ミノタウロスの腹部――魔石のあるあたりに叩き込まれた。
リノアは目を凝らして魔石を確認する。
「まだ壊れないの!? ラミーナ!!」
鋭い風刃が連続で魔石付近を切り裂く。
「リノアちゃん!! あたしも行くよぉお!!
グラキマ・ランケア(氷槍)!!」
レリアナも前線へ飛び込み、空間に複数の氷槍を生成して連射する。
だがミノタウロスはナタを振り回し、そのほとんどを叩き落とした。
そして――反撃。
レリアナへ向けてナタが振り下ろされる、その瞬間。
彼女の体が真横へ吹き飛ぶ。
「きゃっ!」
「レリアナは下がってろ……
アルド・プグヌス《灼熱拳》」
アークの炎をまとった拳が、ミノタウロスの頭部へ連続してめり込む。
殴るたびに火花が散り、毛が焦げる匂いが広がる。
しかし、ミノタウロスは怯むだけで、倒れる気配はない。
アークは蹴りで距離を詰めようとするが、足首を掴まれ、そのまま床へ叩きつけられた。
「ぐっは……!」
「アーク!!」
レリアナが悲鳴を上げる。
その左右から、ミノタウロスを挟むように、ラセルとルインが斬り込む。
「フォルマ・エンシス(火剣)!! ぶった斬れろぉお!!」
「ゲネシス・ノワークラ・ドゥオ(短剣二刀流)!
クイス・オキデレ(回転斬撃)!!」
ラセルの火剣が脚を狙い、ルインの回転斬りが背中を抉る。
二人の攻撃は確かに命中し、血が散った――が。
ミノタウロスはルインの攻撃を完全に無視し、ラセルへ前脚を向けた。
「こ、こいよ!!」
ラセルが火剣を構えた瞬間、ミノタウロスの突進が直撃する。
防いだにも関わらず、火剣ごと吹っ飛ばされ、床を転がる。
「ラセル!!」
続けてルインへと突進。ルインはギリギリで横へ飛び退く。
「っぶねぇ……!」
だがミノタウロスは急ブレーキをかけ、すぐさま方向転換。
ルインめがけてナタを横薙ぎに振るう。
「やべぇ……避けきれな……!」
視界いっぱいに迫る刃――
その瞬間、地面から岩壁が隆起し、ナタの一撃を受け止めた。
「大丈夫ですか!! ルイン!! ……え」
ゼーラは岩壁越しにルインの無事を確認した――が。
すでにミノタウロスは、ゼーラの目の前まで来ていた。
「ゼーラァアア!!」
リノアが叫ぶ。
だがミノタウロスのナタは、その悲鳴より早く振り下ろされた。
ゼーラの細い体を斜めに裂き、鮮血が噴き出す。
「ゼーラァアア!! テメェェ!!
コンパンクション(刺す)――ッ……ぐあっ!!」
怒り狂ったルインが魔法で反撃しようとするが、ミノタウロスに上半身を掴まれ、そのまま床へ叩きつけられる。
「かっ、は……っ……!」
ミノタウロスの周囲に、再び氷柱が出現するが、全てナタで粉砕される。
少し離れた場所。
レリアナは距離があるからと、ほんの一瞬だけ気を抜いてしまった。
ナタが手から離される。
ミノタウロスは鎖の片端だけを握ったまま、レリアナへ向けて突進する。
「あの牛、何してるですの!?」
後方で見ていたセレスティアは、その奇妙な動きに首をかしげる。
次の瞬間、彼女は鎖が伸びていることに気付いた。
勢いのまま、右腕を振り上げる。
鎖の先につながれたナタが、遠く離れたレリアナ目がけて弧を描いた。
「グラキマ・ムルム《氷壁》!!」
レリアナは咄嗟に氷の壁を張るが――
勢いを乗せたナタの質量は、その防御を易々と砕き、そのままレリアナへ直撃する。
「っっ……!!」
ギリギリで身を捻ったため即死は免れたものの、肩を深く斬り裂かれ、制服が血で染まった。
ミノタウロスは止まらない。
鎖を引き戻しつつ、今度は広い横薙ぎでナタを振るう。
伸びきった鎖が、まるで死神の鎌のように横一文字に走り――
油断していたリノアの目の前に、その刃が迫っていた。
「よけ……きれない!! わたし、もう――」
視界を埋め尽くす銀色。
(ここまで……?)
脳裏に浮かんだのは、笑っていた仲間たちの顔――
「油断すんじゃねぇ!! バカリノア!! うらぁあ!!」
刹那。
ナタの側面に凄まじい衝撃が走り、その軌道が斜めに逸れる。
刃はリノアの頭をかすめ、背後の床に食い込んだ。
アデルが、回し蹴りでナタを弾き飛ばしていた。
「アデル……ありがとう……」
「礼はいらねぇ! おい、オホホホ!! ルナ! リノア! 今ヤバい奴らの回復してやってくれ!!」
「“オホホホ”とは、私のことを指してまして?」
セレスティアが眉をひそめる。
「あたり前だボケ!!」
「あなた、ほんっとうに口が悪いですわね……。でも、いいですわ。それで、あなたはどうするんですの?」
「おまえらが仲間を回復し終えるまで、あの牛、一人で相手してやるよ!!」
「アデル、大丈夫なの……?」
「アデル少年! ルナも手伝うよ〜!」
「いらね。オレに任せろ!」
「貴方、なんで魔法を使わないのかと思っていましたけれど……」
セレスティアが不思議そうに問う。
「使わねぇんじゃねえ。使えねぇんだよ」
「そんな! まさか……魔法が使えないって、ここへ来て冗談を言ってるようには見えませんし……。失礼しましたわ。そんな方は初めて見まして……」
「そろそろ、あの牛野郎が鎖を巻き終わる。頼むぞ、聖女達!!」
アデルはそれだけ言うと、ミノタウロスの方へと駆け出した。
リノアとルナは、ポーションとヒールを手に、それぞれ負傷者のもとへと走る。
「おい牛野郎……。正直、おまえ弱いわ。今度こそ一撃でぶっ飛ばしてやるよぉお!!」
アデルはいきなり魔石めがけて飛び蹴りを放つ。
ナタでガードされるが、そのまま空中で体勢をひねり、拳へと繋げていく。
「ヴェルソ・プグヌス(裏拳)!!」
回転の勢いを乗せた裏拳が、ナタ越しにミノタウロスの腕を痺れさせる。
それでも、ミノタウロスはまだ耐える。
だがアデルも、攻撃の手を一切止めない。
蹴り、肘打ち、拳、体当たり――攻撃のパターンを変え続け、読ませる隙を与えない。
「(あの少年、中々やりますわね……。トン、カン、コンをここまで連れてきてくれて助かりましたわ)」
セレスティアが小さく呟く。
「いえ!! めっそうもない!!」
トンが胸を叩いて答える。
「ゼーラ!! ポーション飲んで!! ヒール!!」
リノアがゼーラの傷口に手をかざし、神聖な光を流し込む。
聖女同士の治癒は効きづらいが、それでも血は少しずつ止まり、顔色が戻っていく。
「にゃはは〜。やっぱり聖女同士だと、ヒール効きづらいね〜」
ルナはラセルの傷をヒールで塞ぎながら苦笑した。
ラセルも、痛みに顔をしかめながらも何とか立ち上がる。
リノアはレリアナとアークのところへ駆け寄り、次々とヒールをかけていく。
その時――
「ヴァアアアアアアアアアア!!」
ミノタウロスの雄叫びが広間を揺らした。
腹部の魔石を見ると、そこにははっきりとヒビが入っている。
アデルが再び腹部に攻撃を叩き込もうとした、その瞬間。
ミノタウロスが、口いっぱいに溜めた唾をアデルへ吐きかけた。
「っ――!?」
べっとりと顔にかかる感触に、アデルの動きが一瞬止まる。
その一瞬の隙を逃さず、ミノタウロスはアデルを掴み上げた。
体がぶん、と振り回され――
アデルは、そのまま壁へと叩きつけられる。
「クッソ……マジかよ……ぐ、はっ……」
肺から息が抜け、意識が遠のきかける。
ミノタウロスは、再び天へ向けて雄叫びを上げた。
「ヴァアアアアアアアアアア!!!!」
その咆哮と共に――
ミノタウロスの全身が、じわじわと赤く染まっていく。
黒い毛並みの間から、赤い光がにじむように漏れ出す。
血管の一つ一つが燃え上がるかのように、皮膚の下で脈打っていた。
「にゃはは……なに、あの姿……」
ルナが思わず後ずさる。
「全身が赤い……」
ゼーラが震える声で呟いた。
「全く……なんなんですの、あれは……」
セレスティアの喉も、さすがにごくりと鳴る。
燃え上がるような赤のオーラを纏ったミノタウロスが、獣じみた呼吸を繰り返すたび、魔力の圧が広間を押し潰していく。
次の瞬間が、誰にとっての“生”で、誰にとっての“死”になるのか――
誰にもわからないまま、悍ましい雄叫びだけが、いつまでも響き渡っていた。
塔の怪物
ミノタウロス、全長は三メートルぐらいある、
塔の怪物はコピーの為、当時いた時代の強さ程ない、どうやって、再現されてるかわ不明




