第二十八話 白騎士の試練、聖女たちの再会
「すごいね、この鎧亀! スタスタ歩くね!」
甲羅の内側から外を覗き込みながら、リノアが素直な感嘆の声を上げた。足下では巨体の亀が、森の大樹の根を踏みしめるみたいに、揺るがぬリズムで大地を進んでいく。足音一つ一つが、甲羅の床を通してじんわりと伝わってくる。
「こんな変わるのかよ……! ほら見ろよリノア、もう塔、すぐそこじゃねえか!!」
アデルが身を乗り出し、指差した先。ラウスリーフの緑の向こう、いつの間にか、遠くに見えていたはずの白塔がぐんと近づいていた。天を貫くように伸びる白い影が、空の青を切り裂いている。
「それよりさ、あの村長。どんな口の悪いこと言うのかと思ったら、まさかの“可愛い”だったよね。やっぱり村長クラスになると、語尾も特別なのかな?」
リノアがクスッと笑うと、ルナも同意するように肩を揺らした。
「確かに〜。“雑魚”とか〜“馬鹿”とか〜言うの想像してたよね〜」
「さすが村長さんですよね。言葉のチョイスからして格が違いました」
ゼーラが真面目に頷く。
「それよりさ、ゼーラ達が村長の腕輪持ってたとはな! 運、来てるよね、僕達!!」
「腕輪がなかったら、金貨十枚にはさすがに驚きましたけどね……」
「にゃはは〜だね〜。ほんっとゼーラ少年達に感謝感謝だよ〜ん!」
ルナがご機嫌に笑い、ふとルインの方を振り返る。
「それよりルイン少年、さっきから目を瞑ってるけど何してるの〜?」
「ん? 俺か? ただ緊張してるだけだ。特に意味はない」
ルインは目を閉じたまま、張り詰めた空気を胸いっぱいに吸い込んでいるようだった。塔が近づくほどに、ここが“本番”だという実感がじわじわと湧き上がっているのだろう。
「なあハイハイ、あとどれくらいだ?」
ルインが問いかけると、甲羅の縁近くにいるハイハイが、外を見ながら声を張り上げた。
「みんなさん、見てくださいクズ!」
先頭側にいたムイムイが合図と共に鎧亀を停止させる。全員が縁まで出て外を覗き込むと——そこには、天まで届きそうな勢いでそびえ立つ白塔があった。
「……」
誰もが一瞬、言葉を失う。白塔は近くで見ると、ただ白いだけではない。どこか骨のような、巨大な獣の骸を組み上げて塔にしたかのような異様さがあった。その白は神々しさと同時に、生々しい何かを含んでいる。
「みんなさん、すいませんクズ。ここから先はもう“聖域”ですので、わたくし達は入れないクズ。だからここから先は、聖女様達がご自身の足で向かわないといけません……本当に申し訳ございませんクズ」
ハイハイがぺこぺこと頭を下げる。リノアはしゃがみ込み、視線の高さを合わせて微笑んだ。
「全然大丈夫だよ。ここまで連れてきてくれてありがと、ハイハイ。フイフイ達によろしくね!」
「はいクズ!」
リノアが先に梯子を降りる。それに続いて一人、また一人と地面へ飛び降りていく。湿った土の匂いと、エルフの涙で抉れた大地の生々しい傷跡が、足裏からじわりと伝わってきた。
全員が降り終えたところで、ハイハイが甲羅の縁から身を乗り出し、声を張る。
「聖女様とお仲間の方々! 絶対に塔を攻略してきてくださいクズ!!」
振り返ったリノアが、胸いっぱいに息を吸い込み、大声で返事をする。
「任せて!!」
その声に背中を押されるように、リノア達は白塔へ向かって歩き始めた。ハイハイは、彼らの背中が森と霧に紛れて見えなくなるまで、微動だにせず見送っていた。
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「塔やべえな……よく見ると、骨みたいな形してやがる」
アデルが見上げながら眉をひそめる。塔の表面には、骨の肋のような湾曲したラインが幾重にも走っていた。
「そうかなぁ? わたしは、神々しく見えるけど」
リノアは同じ塔を見ながら、別の感想を口にする。その白さの奥に、レナウスの気配を感じているのかもしれない。
「俺達以外の聖女、本当に塔にいるのか? 道中、一組も見かけなかったけど」
「もしかしたら、俺達とは別ルートがあるのかもな」
ルインが息を吐きながら呟いた。
やがて、塔の真下へ到達する。見上げれば、首が痛くなるほどの高さ。塔の基部は、まるで巨大な顎を閉じたように、どこにも入口らしきものはない。
「にゃはは〜!! ルナ、ちょっとだけ緊張してきたかも〜」
「でも、着いたはいいですけど……入口が全く見えませんね……」
ゼーラが白い壁を見上げながら、困ったように眉を寄せる。
「これ、適当なとこぶっ壊して入るパターンじゃね? オレ達の試練はそれからってやつだろ」
「そんなわけあるか!! 僕、絶対違うと思う!!」
ラセルが全力で否定した瞬間——
目の前の空間が、バシュンッ、と音を立てて裂けた。眩い光の柱が地から天へと伸び、その中心から、一人の人物が歩み出てくる。額には、はっきりと魔石が埋め込まれていた。
「聖女様達と、そのお仲間さん達ですね……」
どこか機械的で滑らかな声。アデルは眉間に皺を寄せ、指を突きつける。
「誰だ、テメェは!」
「私はレナウス聖神国・塔の管理者として仕えてきた者です」
抑揚の少ない声音で名乗るその存在を、ルナがじっと見つめる。
「ねぇねぇ〜管理者さん、そのおでこに埋まってる魔石って何〜?」
「私はゴーレム(土人形)です。ゆえに、魔石が付いているのです」
“ゴーレム”という単語に、アデル以外の全員が目を見開く。
「ゴーレムって……光闇戦争の頃に、もう失われた魔法じゃなかったっけ!」
「私も、そう習いました……!」
「おい、リノア、ゼーラ! ゴーレムってなんだよ!」
「ええ!? アデルさん知らないのかよ! ゴーレムっていうのはね——」
ラセルが語り出そうとした瞬間、ルインが割って入る。
「その説明はあとだ。今はどうでもいいだろ。それよりも、一刻も早く塔の中に行くのが先だ」
管理者は、そんなやりとりを気にする様子もなく、静かに手を前へとかざした。
その瞬間、一人一人の足元に白い魔法陣が浮かび上がる。眩い光が視界を埋め尽くし——世界が、音ごとひっくり返った。
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「なんだよコレ!! クソッ、ここどこだよ!!」
アデルの怒鳴り声が、よく響く空間に反射する。
周囲は薄暗く、天井は高い。何本もの巨大な白い橋が、空中で交差し合うように伸びており、その中心部は円形の広間になっていた。その広間の中央で、白い鎧を纏った騎士が、無言で中腰に立っている。
「……何、あれ……!」
声の方に顔を向けると、すぐ近くにリノアがいた。どうやら二人は同じ場所に飛ばされたらしい。
「リノアか! ルイン達は見たか!?」
「見てない……わたし達だけみたい。きっと他のみんなも、同じようにどこかに飛ばされたんだと思う」
リノアは不安を飲み込みながらも、目の前の状況を冷静に把握しようとしていた。アデルはあごをしゃくり、中央の白騎士を睨む。
「あの白騎士、見てみろ。どう見ても“試練の相手”ってツラしてやがるな」
「そう……なのかな……」
リノアが白騎士から目を離さないまま呟いた、その時——
「——チカラヲ……シメセ……」
金属が擦れるような、くぐもった声が、鎧の内側からせり上がってくる。
「アデル!! 今の、聞こえた!?」
「ん??」
アデルが聞き返す間もなく、白騎士が一歩踏み出した。
次の瞬間には、すでに目の前にいる。風を裂く音と共に、白い剣がリノアの胸を突き貫こうと迫る——。
「っ!」
リノアは身体をひねり、紙一重で突きを躱す。そのまま踏み込み、空いた腹部に向けて魔法を叩き込む。
「アネマ・フルゴル(瞬風衝撃)!!」
圧縮された風の塊が、うねるような轟音と共に白騎士の腹を直撃した。白い鎧がたわみ、巨体が後ろへ吹き飛ばされる。
「ナイスだリノアァア!! その白い鎧、ベコベコにしてやるよ!
プグヌス・ディレクトゥス(直進する拳)!!」
吹き飛んだところにアデルが追いつき、背中目掛けて拳を叩き込む。鉄板を殴り抜くような重い衝撃音。白騎士は前方に突っ伏した。
「ほらな、余裕だったろ!!」
「ほんとに……? これで終わり?」
「終わりに決まってんだろ! 塔攻略、クッソ余裕だわ」
アデルが鼻で笑った、その時。
倒れていた白騎士の身体が、ギギ、と軋みながら起き上がる。
「……アデル、まだ倒せてないみたいだよ」
「ふんっ、上等だコラ」
白騎士は剣を構え直した。刃先に淡い白光が集まり——
間合いが離れているにもかかわらず、横一文字に剣を振るう。その軌道に沿って、光の刃が何本も生まれ、うなりを上げながらリノアとアデルを襲った。
「うおっ、あぶな!! なんだこいつ、リノアと同じように飛び道具使ってくんじゃねえか!」
「アデル!! 突っ込める!? 援護する!!」
「余裕だぜ!!」
アデルは地を蹴り、前方へ疾走する。ギリギリのところで光刃を身をひねって避けながら、一直線に白騎士へと向かう。
「——マジかよ!?」
避けた先の視界いっぱいに、新たな光刃が迫る。しかし、
「ラミーナ!!」
リノアの風刃が横から進路を断ち切り、光の刃を打ち消した。
「ふんっ! 避けれたわ!!」
「素直に“ありがと”でいいじゃん!!」
文句を言い合いながらも、息はぴったりだった。アデルが白騎士の懐へ潜り込む。
白騎士の動きが変わる。今度は近接戦闘——剣速はさっきよりも速い。斬撃の嵐がアデルを飲み込もうとするが、アデルは髪一筋分の差で全てを躱していく。踏み込み、反り、しゃがみ込み、首を傾け……間合いの支配を、一瞬たりとも手放さない。
「——らぁああ!!」
剣の連撃に、チラリとわずかな隙が生まれた。アデルはそこに拳をねじ込む。腹部への一撃で白騎士の身体がのけぞる。
「アデル! 避けて!! アネマ!!」
リノアの魔法が、ちょうどアデルの拳が入った腹部へ追撃として叩き込まれる。白騎士は大きく仰け反り、そのまま片膝を地面に突いた。
「あのクソ騎士の腹、ぶち壊すぞ!」
「そうね!! 行くよ、アデル!!」
リノアが先に飛び出す。白騎士との距離を保ちながら、風刃を連続で放つ。
「ラミーナ! ラミーナ!!」
白い鎧に風の刃が叩きつけられ、火花の代わりに白い欠片が飛び散る。何発か直撃すると、白騎士もただ防御に徹するだけではなく、風刃に剣撃をぶつけて弾き返そうとするが——さすがに全ては捌き切れない。
「もう、おまえ終わりだなぁあ!!」
いつの間にか、白騎士の真下へ潜り込んでいたアデルが、回し蹴りを真上へと突き上げる。
白騎士の身体が宙に浮く。そのやや上方、待ち構えていたリノアが、跳躍で更に上を取っていた。
「もう……動かなくていいからね。
アネマ・フルゴル(瞬風衝撃)!!」
頭上から叩きつけるように放たれた風の塊が、白騎士を地面へと叩き落とす。ガシャンッという轟音と共に、白鎧が床に叩きつけられ、周囲に砂埃がふわりと舞い上がった。
「「ナイス!!」」
二人は笑顔でハイタッチする。
視線を落としてみると、白騎士の腹部と背中のあたりに大きな穴が空いており、その内部には砕け散った魔石の欠片が転がっていた。
「……これで動いてたのかよ」
「そうかもね。……でも、とりあえず、これで塔の一つ目の試練クリアってことかな?」
言い終わる前に、リノアとアデルの足下に、再び真っ白な円形の魔法陣が浮かび上がる。
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「ゼーラ!!」
ルインの叫びが反響する。
「大丈夫だよ、ルイン。リノアさん達の姿、見えない……私達も、飛ばされちゃったみたいだね……」
二人の周囲も、同じような白い橋と広間の構造をしていた。中央にはやはり、膝をついて頭を垂れる白騎士が一体。
「なあ、あの広間の中心に佇んでるの……やっぱり騎士だよな?」
「うん、そうみたい。……近くまで行こう、ルイン」
二人が広間へ一歩足を踏み入れた瞬間、金属の擦れる音と共に、白騎士がかすれた声を発した。
「……チカラヲ……シメセ……」
白騎士の頭がゆっくりと持ち上がり、青白い光のような眼孔が二人を捉える。ルインは即座に武器生成を行う。
「ゲネシス・グラディウス(剣)!!」
生成された剣を構えた瞬間、白騎士が突進してくる。ルインは渾身の力で剣を振り下ろし、その一撃を受け止めた。
「こ、こいつ……いきなり襲いやがってぇえ!
オキデレ(斬撃)!!」
ルインが斜めに斬りつける。しかし、白い鎧は傷一つ付かない。ガキン、と嫌な音だけが響いた。
直後、足下の地面がぐんと盛り上がる。ルインは咄嗟に跳んでその場を離れた。
「ソルマ・アクス(岩針)!!」
ゼーラが詠唱し、地面から何本もの岩針が突き出す。白騎士の足元から鋭く伸び上がり、その身体を持ち上げるように突き刺さる。
「今だ——ゲネシス・マレウス(槌)!! 鎧ごと潰れろ!!
ヒットォオオオオ!!」
空中に浮かびかけた白騎士へ、ルインが巨大な岩槌を叩き込む。鈍い衝撃が広間に響き、白騎士の鎧がぐしゃりとへこんだ。
白い騎士は、その場で動かなくなる。
「……倒したか?」
「わからないけど……動く気配、ないよ」
その瞬間、ルインとゼーラの足元にも、光る魔法陣が浮かび上がる。
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「こ、ここどこだぁあ!! アデルさん!! ルインさん!! ゼーラさん!! ルナちゃん!! どこぉおお!!」
ラセルが半泣きで叫ぶ。
「ラセル〜、ルナここにいるよ〜」
「ああああ!! ルナちゃん!! よかったぁああ!!」
「もう〜ビビり過ぎだから〜。それより、リノア少年達はいないね〜」
「僕らだけみたいだ……」
広間の構造は、やはり他と同じだ。ラセルが視線を中央へ向けると、膝をついた白騎士が見えた。
「ルナちゃん!! なんかいるぞ!!」
「騎士〜??」
二人は慎重に広間へ足を踏み入れる。
「チカラヲ……シメセ……」
「ルナちゃん? なんか言ったか?」
「にゃはは〜。ルナなんも言ってないよ〜」
膝をついていた白騎士が、ギィ、と音を立てて立ち上がる。剣を構えた瞬間、その刃の周囲に淡い光が集まり——
空を裂く光の斬撃が、二人へと飛ぶ。
「ルナちゃぁん!!」
「アクア・エイジス(水盾)!!」
ルナが両手を前に突き出すと、水の盾が前方に展開される。光の斬撃は水の壁に叩きつけられ、勢いを殺されて霧散した。
「ラセル! 白騎士に攻撃〜!!」
「わかってるぜ!! フォルマ・エンシス(火剣)!!」
ラセルの剣が、炎を纏った剣に変わる。雄叫びを上げながら白騎士に飛び込み、全力で斬りつける——が。
ガチィンッ!
剣は弾かれ、腕に痺れが走る。
「クッソー!! 硬い!! だけどまだまだぁあ!!」
ラセルは歯を食いしばり、再び斬りかかる。白騎士もルナから目を離し、完全にラセルへとターゲットを移した。剣と剣が何度もぶつかり合い、金属音が途切れなく響く。
「くっそ……こいつ……強いぞ!!」
力比べになった瞬間、ラセルは全身の力を振り絞って剣を押し込み、白騎士を後ろへと小さく弾き飛ばした。
「ルナちゃん!!」
「わかってるよ〜
アクア・オルビス(水球)!!」
ルナが放った三発の水球が、間髪入れず白騎士に命中する。鈍く響く衝撃音が重なった。
「まだまだ! 追い討ちだよ〜!!
アクア・グッタ(水滴弾)!!」
「僕も行くぜぇ!!
フォルマ・ラメナ(飛火)!!」
ラセルの飛火と、ルナの水滴弾が遠距離から雨あられのように白騎士へ降り注ぐ。白騎士はそれらをまともに受け続け——
ルナが最大までマナを凝縮したグッタ(水滴弾)が、腹部の鎧を貫通した。その内側に埋め込まれていた魔石までもが砕け散る。一行は魔石の存在を知らない。ただ、直感的に「急所を貫いた」感触だけがあった。
「こ、これだけ撃ち込めば……もう動かないだろ……」
「にゃはは〜……さすがに、これで動いたらルナもちょっとピンチだと思う〜」
とぼけた声とは裏腹に、汗が一筋だけルナの頬を伝う。
次の瞬間、二人の足元にも同じ白い魔法陣が現れた。
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「今度はどこだ!! ボケェ!!」
視界が戻ると同時に、アデルの怒鳴り声が響いた。
「アデル!! ゼーラ達とルナ達、いるよ!!」
広間には、既にルインとゼーラ、ラセルとルナも揃っていた。
「よかったぁああ!! 僕……僕……白騎士と戦ったんですよ!!」
「オレもだぞ!!」
「俺らもだ」
「へ? そうなの?」
「にゃはは〜。みんな、それぞれ白騎士とタイマン(もしくはツーマン)してたんだね〜」
お互いの顔を確認し合い、誰一人欠けていないことに、全員がほっと息を吐く。
「おい、目の前にデケェ扉があるぞ」
アデルが顎でしゃくった先には、白い大扉がそびえ立っていた。先ほどまで白騎士がいた広間の奥。どこか、内側から何かがこちらを見ているような圧がある。
アデルが真っ先にその前へ進む。自然と、全員の足も扉へと向かっていた。
「アデルさん! ここ開けたら、もう攻略完了なんですかね!?」
「知るか! とりあえず開けてみりゃわかるだろ」
アデルが両手で扉に触れようとした——その瞬間。
扉が、勝手に静かに開き始めた。
「えええ!! まだ別の聖女グループがいたんだ!! アーク、お友達になれるか聞いてみようよ!!」
「……別に、いい……」
「アーク、人見知り過ぎ!!」
「オホホホ!! レリアナ、興奮し過ぎですわよ!!」
聞き慣れない声が奥から響いてくる。扉の向こうの広間には、アデル達とは別の聖女パーティが既に待ち構えていた。
「なんだ……テメェら!」
アデルが警戒丸出しで睨むと、白髪を巻き上げた少女が扇子を口元に当て、上品ぶった笑い声を上げた。
「オホホホ!! “テメェら”ですって? まったく、どんな教育を受けてきたのかしら!!」
「ねぇねぇ!! あたし達、友達にならない!? あたし友達が少ないからさ!」
元気いっぱいの少女——レリアナが、両手をぶんぶん振りながら近づいて来る。
アデル達は、状況が掴めず、一瞬反応が遅れる。そんな中、ゼーラが一歩前に出て、丁寧に口を開いた。
「あの、皆さん……ここで何をしているんですか? あー、えっと、私はゼーラと申します!」
「ゼーラさんですのね。私達がここで何をしているか、ですって? 塔の攻略の真っ最中に決まっているでしょう? 申し遅れましたわ。私はユルべル王国・アルヴェリオン公爵家令嬢、“セレスティア・アルヴェリオン”と申しますわ。以後、お見知りおきを……」
「えっ、公爵家の令嬢様なんですか!!」
ゼーラが素で驚きの声を上げる。
「にゃはは〜。まさかユルべル王国なんて名前、ここで聞くとはね〜」
「ゼーラ、ルナ。そんなに驚くことなのか? てかどこだそれ、その王国」
「アデル少年、まあ〜とりあえずね。あのセレスティア様は“かな〜り偉い貴族”ってことだけ覚えといて〜」
ルナが軽く助言すると、アデルは「へぇ」とだけ言って首を傾げる。
と、そこへ今度はレリアナが、我先にと自己紹介を始めた。
「はいはい! あたしはレリアナ!! みんな宜しくね!! それと、こっちの無口くんがアークっていうの。この子も友達少ないから、ぜひ友達になって!! ね! アーク!!」
「……」
無口どころか、返事すらしない。だが、レリアナは全く気にしていない。
「友達か!! オレはアデルって言うんだ!! 世界に名を轟かす存在になる男だ!! よろしくな!!」
「おお!! かっこいいじゃん!! よろしくー!! アデル!!」
アデルはレリアナと力強く握手を交わす。その流れで、アークへも手を差し出した。
「オレはアデルだ。よろしくな!」
アークも一見、何の躊躇もなく握手に応じる——かと思いきや。
握った瞬間、アデルの手をギリリと強く握り込み、耳元で低く囁いた。
「お前みたいな馬鹿が、気安くレリアナに触れるな……殺すぞ」
即座に、アデルのこめかみに青筋が浮かぶ。
「おい、雑魚。誰に向かって“殺す”っつった? あ?」
「こんなのでキレるのかよ……馬鹿猿が……」
今にも殴り合いが始まりそうな空気を、レリアナとリノアが慌てて割って入って止める。
「もう、アーク!! なんでそういうことすぐ言うの!! だから友達できないんだよ!!」
「アデル!! すぐ挑発に乗らないの!! 我慢するの!! 世界に名を知らしめる男になるんでしょ!? こんなことでいちいち怒らないの!!」
リノアに叱られ、アデルは「チッ」と舌打ちしながらも、拳を下ろした。
ゼーラ達も、その場が修羅場にならずに済んで、大きく胸を撫で下ろす。
「オホホホ。全く、ここが塔の中ですのに、仲間割れなんて見っともないですわ!」
セレスティアが扇子で口元を隠しながら、チクリと刺してくる。
「あの、セレスティア様。私達、さっき白騎士を倒してきたんですけど……それで終わりじゃないんですか?」
ゼーラが尋ねると、セレスティアは少し目を丸くし、すぐに呆れたように微笑んだ。
「貴方、何を言っているのかしら? そんなわけないじゃありませんの。あんな簡単なことだけで終わるなら、誰でも塔を攻略できてしまいますわ。私達がここにいる、ということは——まだ試練は終わっていない、という意味ですのよ。
あの扉を開けた瞬間から、“本当の試練”が始まるんですわ!」
「にゃはは〜。えーっと、ってことは〜ルナ達は今ここに来たけど、セレスティア少年はもっと先に着いてたんだよね〜。なんで先行かなかったの〜?」
「少年ですって? まあいいですわ。それはですね、あの先が白い霧のようなもので包まれていて、進めなかったからですの。ですが、貴方達がここに来たとたん、急にその霧が晴れたのですわ」
「ってことは……ルナ達が最後のグループってことなのかな〜」
ルナが首を傾げたところで——
「あねごーー!! あねごーー!! 待たせましたァ!!」
遠くから、体格の違う三人組の男達が駆けてくる。一目見ただけで、小・中・大とサイズがわかる並びだ。
「トン、カン、コン。遅かったですわね……」
「す、すみませんあねご! トンのアニキの糞が長くて……」
「言わんでいいことまで言うな、コン」
「まあいいですわ。それでは参りましょう!」
セレスティアが振り向き、ゼーラに向かって優雅に手を振る。
「ゼーラさんでしたわよね。貴方達も早く扉の前に来てくださいな」
そう言って、セレスティア達は扉の前へ歩き出した。
その背中を見送りながら、ラセルがぼそりと呟く。
「僕さ、さっきあそこの壁際にいる聖女グループに話しかけたんだよね」
「どこの聖女グループだ?」
ルインが目だけで周囲を探る。
「あそこ。壁に寄りかかってるグループ。聖女はいるんだけどさ……なんか目が虚なんだよなぁ。声掛けても返事ないし、挙げ句の果てに聖女の仲間から暴言吐かれるし! 僕、あいつら嫌いだわ」
ルインはそのグループに一瞥だけくれてから、肩をすくめる。
「まあ、色んな奴がいる。気にすんな。それより、アデル達——」
視線を戻せば、すでにアデルとリノアは、先ほどセレスティアが向かった扉の方へと歩き始めていた。
「やっべ! 置いてかれるぞ!!」
ルイン達も慌てて駆け足となり、アデル達の背中を追って、白い大扉の前へと向かっていった。塔の“本当の試練”へ、いよいよ踏み込もうとしているのだ。
ゴーレム
光闇大戦時に作り出された土人形、動力源は魔石だが、どうやって作られているか未だ不明
本日も見て下さりありがとうございます!




