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第二十七話 ブブカット村のもてなし

 リノアはフイフイの仲間を救い出し、そのまま案内されるようにして鎧亀の甲羅の中へと入っていた。


 甲羅の内側は、想像以上に広い。直径十メートルほどの空洞がぽっかりと開き、木で組まれた床や小さな腰掛けが並び、簡素ながら“住処”としての形が整えられている。


「この亀、すごい変な形だね……。真ん中が綺麗に空洞になってて、外から登って入るんだ。ハシゴはブティック族がつけたの?」


 リノアが感心したように見回しながら尋ねると、横で胸を張っていたムイムイが、得意げに頷いた。


「そうカスね! 我々ブティック族のみんながつけるんカスよ! 小さい内から鎧亀を育ててるんカス!」


「へえ~、そうなんだ! 鎧亀って、これ以上大きくならないの?」


「いえいえ、まだまだカスよ! 僕達が乗ってるのは、まだ子供カス!」


「ええっ!? これで子供なの!?」


 甲羅の内側を見渡していたリノアは、思わず目を丸くする。十メートルの巨体で“子供”と言われると、感覚がおかしくなりそうだ。


「そうカスそうカス! もっと大きいのだと三十メートルくらいになるみたいカスよ!」


「さんじゅっ……」


 リノアは想像して、内心で苦笑した。三十メートル級の鎧亀が歩き回る森――エルフの涙どころの騒ぎじゃない。


 外を眺めていたフイフイが、ふいに目を見開き、甲羅の縁から身を乗り出した。


「リノア!! あれ!! リノアの仲間達じゃないか!!」


「ほんとだ!! ムイムイ!! お願い! あそこまで向かって!」


「分かりましたカス!!」


 ムイムイが素早く甲羅の縁に駆け寄り、指笛を鋭く吹く。低く重い振動が甲羅全体に伝わり、鎧亀の巨体がゆっくりと方向を変え始めた。



 ――その頃、地上では。


「もう!! なんなんだよぉ!! この緑色のトカゲみたいな奴!! 何体目なんだよぉおお!!」


 ラセルは、燃え盛る火剣をブンブンと振り回しながら、半泣きで叫んでいた。足元には焼け焦げたトカゲ型の魔物の死骸が転がり、その向こうからは、まだ新たな個体がじりじりと距離を詰めてくる。


「にゃはは〜、ここ、もしかしてこの魔物の巣かなぁ〜?」


 ルナは額に汗を浮かべながらも、どこか楽しそうに笑う。


「分かりません!! ですが――次から次へと出てくるので、その可能性は高いですね!!」


 ゼーラは短く息を整え、前衛の隙を突いて土属性の印を結んだ。


「ソルマ!!」


「アクア・グッタ!!」


 ゼーラの岩塊が飛び、ルナの水滴弾が弾丸のようにトカゲ達に突き刺さる。二人で五体を相手にし、ラセルは二体の相手で手一杯。アデルとルインは、そのさらに倍――十体以上を前線で押し止めていた。


「うっぜ! 一体やってもどんどん増えるぞ!!」


「こいつらなんだよぉお!! ゴブリン並みに増えるじゃねえか!! ルイン!! なんか案ねえのかよ!!」


「ひたすら潰してくしかできねえだろ、これ!!」


 ルインは歯を食いしばり、生成した短剣で次々と喉元を裂いていく。


 アデルの右腕に、ぬるりとした舌が絡みついた。


「っはぁ!?」


 アデルは一瞬だけ眉をひそめると、そのまま腕をぐいと引き、舌ごとトカゲを引き寄せる。掴んだ勢いのまま、頭上で大きく振り回した。


「……らぁあああ!!」


 ぶん回されたトカゲの巨体が、周囲の個体を巻き込み、ボウリングのピンのようになぎ倒していく。数体がまとめて地面を転がった。


「アデルさんすっげ〜……僕じゃ出来ねえ……」


 ラセルは口を半開きにしたまま、ぽかんと眺めていた。


「アデル、最初からそれやれよ!!」


「うるっせぇ! 今思いついたんだよ!」


 荒い息を吐いた瞬間だった。頭上から、何か重いものが「ドサッ」と落ちてくる。


 それは折れた木々が絡み合ったような塊。地に着くなり、無数の根を地面へ伸ばし始める。


「なんだ……?」


 根は近くの死骸となったカメリドゥ――先ほどまで戦っていたトカゲを絡め取り、ずるずると吸い込んでいく。他にも木々や小さな生物までも巻き込み、ぐにぐにと捻じれながら、やがて「人型」に近いシルエットを形作っていった。


「待て待て待て!! またこいつかよ!!」


 ルインの背に冷たい汗が伝う。以前、苦戦した“歩く木の化け物”が再び眼前に姿を現したのだ。


「にゃはは……うそでしょ……」


「皆さん、離れて下さい!!

  ソルマ・マレウス(岩槌)!!」


 ゼーラが誰よりも早く詠唱を終え、巨大な岩槌を振り下ろす。木の肩口を粉砕し、破片が飛び散った。


「フォルマ・ラメナ!! 今度こそ僕がぁあああ!!」


 ラセルも続けざまに飛ぶ火を連射し、焦げ跡を刻んでいく。


「アクア・オルビス(水球)!!」


 ルナの水球が、核と思しき淡い緑光のある部分にぶつかり、木肌を削った。


 皆の魔法が撃ち終わると、前衛に出るタイミングを狙っていたアデルが、堪えきれず飛び出した。


「弱点はわかってんだよぉおお!!

  プグヌス・ディレクトゥス(直進する拳)!!」


 爆音のような衝撃音が辺りに響く。アデルの拳が木の胸部に叩き込まれ、そこにあった核は粉々に砕け散った。


 木の巨体は、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちていく。


「や、やりましたね……」


 ゼーラが肩で息をしながら、安堵の笑みを浮かべた。


「にゃはは……でも、こんな奴がまだまだ沢山いるって考えたら、ルナもういや〜……」


「こいつ、いちいち硬いからさ……僕の剣が折れないか心配なんだけど……」


「気合いで折れないようにしろよ」


「気合いでなんとかなるわけないだろっ! アデルさん!!」


 ラセルが即座にツッコむが、そのやり取りを遮るように――地の底から響くような重い足音が近づいてきた。


 ズンッ……ズンッ……。


 ルインは咄嗟にマナを練り、武器生成の詠唱に入る。


「また魔物なの〜? ルナ、ちょっと休憩したいかも……」


「流石に……魔物ばっかり相手していては、リノアさんを見つけられません!!」


 足音はどんどん近づき、葉の合間から巨大な影がのぞく。その頭部が、木々の向こうにゆっくりと姿を現した。大きさは十メートルほど――。


「デ、デケェー……」


 アデルは反射的に身構え、足を踏み込んだ。


「ラセル、ルナ、ゼーラは休んでろ! ここは俺とアデルで行く! 行けるな? アデル!!」


「まだまだ余裕だぜぇ!!」


 影が完全に開けた空間へ出たとき、アデルとルインは同時に飛び出そうとした――その瞬間。


「みんなぁーーー!! やっと見つけたぁーー!!」


「ん? おい、魔物がしゃべったぞ!」


「オレ、いつの間にユーリと同じ力使えるようになったんだ?」


「なんか僕、この声聞いたことあるんですけど……」


 ルナとゼーラが、ほぼ同時に叫ぶ。


「リノアさん!!」


「リノア少年!!」


「なに!! リノアだと……!!」


 アデルが目を見開く。


 よく見れば、それは魔物ではない。巨大な亀――鎧亀の頭部が、こちらを覗き込んでいただけだった。その甲羅の縁から、リノアが大きく身を乗り出して必死に手を振っている。


 安堵したのも束の間、頭上から、あの嫌な音が聞こえ始めた。ポツ、ポツ、と大粒の水滴が葉を叩く音――。


「エルフの涙がまた来るぞぉお!!」


 ルインが空を見上げながら叫ぶ。


「あああ!! うっぜぇ!!」


 アデルが悪態をついたところに、地面へ飛び降りたブティック族が、ちょこちょこと駆け寄ってくる。


「皆さん!! リノアさんのお仲間カスよね!! 早く鎧亀に乗ってください!!」


「はあ!? なんだおまえ!! しかもカスって!!」


「アデル!! そんな事今どうでもいいだろ!! ゼーラ達はもう鎧亀に向かってるぞ!!」


 ルインの叱責に、アデルはまだ納得していない顔をしつつも、頭上の葉を打ち抜くほど肥大化した水滴を見て、すぐに考えるのを止めた。


「……チッ、わかったよ!!」


「後、あなた達だけカスよ!! 早くしてください!!」


 急かされるまま、ルインとアデルはハシゴへ駆け寄り、順番に登り始める。ルインが先に登りきり、アデルも続こうとするが――先程までの連戦で足に力が入りにくく、腕にも疲労が溜まっているのがわかった。


「っ……くそ、足が……」


 ハシゴの途中で足を踏み外す。視界がぐらりと揺れ、甲羅の縁が遠のく。


「マジかっ……!」


 重力に引かれかけたその瞬間、上から伸びた細い手が、アデルの手首をがっちりと掴んだ。


 顔を上げると、その先には――不機嫌そうに眉を吊り上げたリノアの顔。


「何してるの、バカアデル!! ふざけてないで登ってよ!!」


「うるせぇ!! 今から登るところだったわ!!」


 苦し紛れの虚勢を張りながらも、リノアの腕の力に助けられて、なんとか甲羅の縁へよじ登る。登り切ったあと、アデルは小声で、ほんの一言だけ絞り出した。


「……あんがと」


 リノアは一瞬きょとんとした後、ふっと表情を和らげる。


「もうー! アデルさん、何モタモタしてたんだよー!!」


「にゃはは〜、これで全員揃ったね〜!!」


 ルナが嬉しそうに手を叩く。


 アデルはようやく周囲を見渡した。甲羅の内側は、やはり広々とした空洞になっており、そこに仲間たちが全員居並んでいる。


「ここ、亀の甲羅の中なんだな……。にしても、真ん中だけ空いてる亀って、変な亀だな……」


「ここで子供を乗せて、外敵から守ってるので、こんな変な形なんカスよ」


 いつの間にかアデルの目の前に現れたムイムイが、胸を張って説明を付け足した。


「初めまして! アデルさんカスよね! ここまでの道中、リノアさんから色々とお仲間の事を聞いたんカスよ!」


「リノアから色々聞いただと?」


「……はいそうカス!」


 アデルは「カス」という語尾に全神経が引っ張られながらも、必死に反応しないよう耐える。ラセルの“悪意ある罵倒”とは違う、悪気の一切ない口調であることは、さすがにもう理解していた。


「この亀は今、どこ向かってるんだ?」


「はい! 今から向かう場所は、わたし達の村――ブブカット村にございます!」


「ぶぶ……なんだって?」


「ブブカット村だよ、アデル!」


 仲間たちとの再会を一通り喜び終え、リノアがアデルのところに戻ってくる。


「なんでブブなんとかに行かなきゃダメなんだよ! 直接塔へ行けばいいだろ!」


「この鎧亀の速度だと、塔まで三日かかるの! ブブカット村には、もうちょっと早い鎧亀がいるから、それに乗り換えて向かうの。ムイムイとフイフイがそう言ってくれたんだよ!」


「誰だ? ムイムイとフイフイって?」


「今いるブティック族! “ゴミ”って言うのが最初にアデルと会ったブティック族で、“カス”って言うのがさっきの子!」


「へぇ〜そうか! でも変な名前だな!!」


「そういう事言わないの!! それより!! わたし、はぐれたんだけど!!」


「ああ、はぐれやがったな!! でも、そんなことでくたばるわけねえだろ?」


「あたり前よ!! わたし、アデルより強いから!」


「はっ! よく言うぜ!」


 リノアの売り言葉に、アデルが即座に買い言葉を叩きつける。


「今度、久しぶりに勝負しようよ、アデル!」


「いいねぇ! 叫び島以来になるな!!」


「え!! アデルさんとリノアちゃんって、よく試合すんの!?」


 ラセルが横から割り込んでくる。


「ん? そうだぜ! 旅に出る前とか、よく戦ってボコボコにしてたぜ!」


「はあ? 何言ってるの? ボコボコにされてたのはアデルじゃん!!」


「んだとコラ!! なんならここでボッコボコのボッコボコにしてやるよぉお!!」


「望むところよぉお! へっぽこアデル!!」


 ラセルはあたふたし、どう仲裁すべきかわからず右往左往する。


 その頭上に、ふいに小さな水球がふたつ現れた。


「にゃはは〜、アデル少年、リノア少年、落ち着いたかなぁ?」


 水球が弾け、派手に二人へ水が降りかかる。ずぶ濡れになったアデルとリノアは、一瞬ぽかんとし、それから同時に大きくため息をついた。


「……冷てぇ……」


「……頭冷えた……」


 フイフイがちょこちょこと近づいて、眉をひそめる。


「もう、びっくりしたゴミ!! ここで喧嘩すんなよ!」


「ごめんねフイフイ……つい熱くなっちゃった」


 ムイムイもアデルの方へ寄ってくる。


「アデルさんもカス! ビビりましたよ!」


「悪かったって!」


 少し離れた場所で様子を見ていたルインとゼーラが、ルナに向き直る。


「ルナ、ナイス判断!」


「ほんとヒヤヒヤしましたね……!」


「にゃはは〜、何事もなくよかったよかった〜……あ、そういえばフイフイ少年が『仲間とはぐれて二人といた』って言ってたけど、ムイムイ少年と、あと一人見えないよね?」


 ゼーラが辺りを見回しながら首を傾げる。


「ムイムイさんの話だと、先にブブカット村に戻ってもらって、フイフイとはぐれた事を報告しに行って、捜索部隊を送って貰おうとしてたみたいです。だから大丈夫みたいですよ」


「そうなんだ〜。じゃあ、ルナ達もこのまま村直行だぁ〜!!」


 聖女パーティーを乗せた鎧亀は、ゆっくりと、しかし確かな足取りで森を進み、ブブカット村へと向かい始めた。



 しばらく進んでいくと、前方に巨大な甲羅が見えてきた。今乗っている鎧亀と同じくらいの高さはあるが、その土台となっている葉――ラウスリーフに比べれば、幾分か小さい。それでも「巨大」という言葉が似合う規模だ。


「デッカ〜!! 何あの甲羅〜!! フイフイ少年!!」


「あれも鎧亀だゴミ! ただ今は、骨だけとなってしまったけどな!」


「あの下にブブカット村があるんカス!」


「へえ〜、じゃあもうすぐだね!」


「ブブカット村で、速い鎧亀を無事に貸してくれるといいですね!」


 ゼーラが胸に手を当ててそう言うと、リノアの腹の虫が盛大に鳴いた。


「そうだよね!! それより、わたしお腹すいたー!」


「オレもさっきからグウグウ言ってるぜ!!」


「僕もだよ〜」


「俺も腹減ってるんだよなー。なあフイフイ、村に飯屋あるか?」


「あるよ! ついたら案内してやるよ、ゴミ!」


「なら頼むわ!!」


 その会話を聞いたルナ達は、「どんなご飯があるんだろう」と早速盛り上がる。少しずつ、巨大な甲羅が視界いっぱいに広がっていく。最初は頂上部分しか見えなかったのが、移動に伴い、その全体像が姿を現した。


「はあ? なんだこれ、クッソデケェ鎧亀の骨じゃねえか!」


「にゃはは〜、すっごいね!! 甲羅の中で集落できてるよ!!」


 ルナとアデルは、純粋な子供のようなテンションで興奮を隠せない。リノア達も、今乗っている鎧亀より遥かに大きいことに、ただただ圧倒されていた。


「この鎧亀も、何年かしたらここまで大きくなるんですかね……?」


「どうなんだろね。でも、こんな大きいのがいたって事だよね?」


「僕は絶対勝てないよ! こんなデケェの!!」


「ラセルは戦う前提で考えるんだな。……そろそろ着くぞ! お前ら、忘れ物ないか確認しとけよ」


 ルインの呼びかけとともに、それぞれが荷物の紐を締め直したり、武器の位置を直したりと、準備を始める。


 鎧亀は巨大な骨の甲羅の中へ潜り込み、足を畳むようにして姿勢を低くした。甲羅内部に架けられたハシゴが地面まで伸びると、みんなは競うようにして降りていく。


「皆さん! お待たせしました! ここがブブカット村カス! わたしはこれから村長の所へ行き、速い鎧亀に乗っていいか許可を取ってきます! フイフイ、聖女様達を頼みます!」


「まっかせろ!!」


 ムイムイはみんなに手を振り、そのまま小さな足で村の奥へ駆けていった。


 リノア達は、フイフイにオススメの店を紹介され、村の中心部へ向かう。道中、行き交うブティック族の多くが、聖女パーティーを見ると足を止め、一斉に頭を下げてくる。


「やっぱり聖女ってすごいよね〜」


「なんだラセル、今さら何言ってんだ?」


「だって、ほとんどのブティック族がお辞儀してるからさ」


「まあ、レナウスのマナを授かった存在だからな。しかも塔に近いから、余計に“神聖”なんだろ」


 アデル、ルイン、ラセルが好き放題に話しながら歩いていると、フイフイが立ち止まり、指さした先に、小さな屋台が見えた。


「ここが村一番のお店ゴミ!」


 屋台の前には、串焼きが横一列にずらりと並べられている。香ばしい匂いに思わず唾を飲み込みつつ、ゼーラが興味深そうに串へと顔を近づけ――次の瞬間、悲鳴を上げた。


「ひっ……!!」


「どうしたの!! ゼーラ!!」


 リノアをはじめ、アデル達も驚いてゼーラの元へ集まる。


「おい、どうした?」


「す、すいません! ちょっとびっくりしちゃいました!」


「ゼーラ少年、何にびっくりしたの?」


 ルナが尋ねると、ゼーラは震える指で串を指した。みんなが一斉に視線を向けると、串に刺さっているのは――バッタ、何かの幼虫、羽虫といった、見事なまでの“昆虫尽くし”だった。


 その様子を見て、屋台の店主が豪快に笑う。


「お? 聖女さんなんでぇ。虫食べるの初めてか? これは巨大バッタの子だ! くるみみたいな味だで、一回食ってみろよ」


 店主は一本抜き取り、ゼーラの方へ差し出した。ゼーラは店主の善意を無下にすることもできず、恐る恐る手を伸ばして受け取る。


「お、聖女さん! ガブっといってくれ!」


 店主の真剣な眼差しに押され、ゼーラは意を決して、勢いよくかぶりついた。


 ――ザクッ。


 一瞬、喉奥から吐き気がこみ上げる。だが、無理やり押し込み、必死に咀嚼する。硬い殻、見た目のグロテスクさが余計に気持ち悪さを増幅させるが――噛めば噛むほど、口の中にコクのある風味が広がっていく。


 それは確かに、くるみのような、香ばしくてナッツめいた味だった。


 先ほどまで涙目だったゼーラの表情が、徐々にほころんでいく。二口、三口と噛み進めるうちに、恐怖よりも「美味しい」が勝っているのが、自分でもわかった。


「にゃはは……ゼーラ少年、無理してない?」


 ルナがおそるおそる尋ねる頃には、ゼーラは串に刺さっているバッタをすべて食べ終え、幸せそうに目を細めていた。


「オレも食わせろ!!」


 待ちきれなくなったアデルが一本取って、勢いよく頬張る。


「おいおいなんだよこれ!! 見た目きめぇーけど、クソうめぇじゃねえか!!」


 アデルはあっという間に平らげ、二本目に手を伸ばす。


 リノア達も、恐る恐る一本ずつ手に取り、口へ運んだ。最初こそ嫌そうな顔をしていたが、噛むたびに目が輝き始め、気づけばあっという間に串は空になっていた。


「へええ! どうだ、俺のバッタ串焼き、美味かっただろ!!」


「店長、めっちゃうめぇぞこれ!! オレ、好きだ!! このバッタ!」


「そうかそうか! それはよかった! まだまだあるぞ、じゃんじゃん食べてくれ!!」


 店主の言葉に甘え、リノア達は満腹になるまで、昆虫串を食べ尽くした。


「おれが紹介したお店、美味かっただろ!」


 フイフイが胸を張る。


「はい! とても美味しかったですよ! 私、好きになりました!」


 ゼーラが満面の笑みで答えると、ルナがクスクス笑った。


「ゼーラ少年、最初涙目だったの、おもしろかったよ〜」


「本当だよ〜! あのまま泣き出すかと思ったもん!」


「も、もう〜! ルナさん、リノアさん、やめてください!!」


 ゼーラが頬を染めて抗議する。


「よっしゃあああ!! 腹ごしらえも終わったし、行くぞぉお! 塔へ!!」


「声でけーよ、アデル!」


「元気出たから声デケーに決まってるだろ!! おい、フイフイ! 速い亀、どっから乗れるんだ?」


「お、今から案内するぞ! ついてこい、ゴミ!」


 フイフイが先頭に立ち、聖女パーティを引き連れて亀乗り場へ向かう。


 そこには既に、ムイムイと、見慣れぬもう一人のブティック族が待っていた。


「ああ!! フイフイ、どこ行ってたんクズか!!」


「ハイハイ!! ごめん!! はぐれちゃって!」


「無事見つかってよかったクズ!! あの〜、後ろの方々が聖女様達クズか?」


 ハイハイと名乗ったその小人は、リノアの方へちょこちょこと寄ってくる。


「え、はい、そうだよ! えーっと、ハイハイでいい?」


「はい!! ハイハイクズ!! 皆さん、フイフイを助けて頂きありがとうございます!!」


 ハイハイは深々と頭を下げた。


「ブティック族って、言葉遣い最後いつもおかしいけど、礼儀正しいよなぁー」


「ラセル、見習え」


「ええ!! なんで僕なんだよ!! アデルさんでしょ!」


「なんだと!! 埋めるぞ、ラセル!!」


「おまえら、やめろよな……この先思いやられる……」


 ルインが頭を押さえて嘆息したその時、ハイハイがみんなに向き直る。


「あの皆さん!! 村長が今から来るみたいクズなので、少し待っててもらえませんか?」


「はあ? ざっけんな! もういいだろ!」


「まあいいだろ、アデル。話だけだしよ」


「ちっ……」


 アデルが不満げに舌打ちをした少し後、背丈がアデルとほぼ同じほどの小柄な老人が歩いてきた。


「ルナちゃん、村長ってどんな汚い言葉使うんだろうな?」


「にゃはは〜、確かに気になるね〜。村長だし、結構すごい言葉使うんじゃないかな〜」


 しかし、歩み寄ってきた村長は、丁寧な口調で口を開いた。


「聖女様、わざわざ遠いところから、この村に来てくださり、ありがとうございます」


「いえいえ! そんな事ないよ!!」


 村長は何故か左腕をさすり続けていた。リノアはその仕草に首を傾げ、一歩近づいてその腕をそっと支え、右手をかざす。


「ヒール」


 柔らかな光が村長の腕を包み込む。村長は目を見開き、しばらく呆然とした。


「村長さん、腕の痛み、治った?」


「いや、その……腕は別に怪我してない可愛いです」


(ん? 可愛い?? 雑魚とか言わないの?)


 リノアは心の中でツッコミを入れた。


「それなら、どうしたの?」


「それが……妻との結婚腕輪を、よくわからない鳥に取られてしまったん可愛いよね……」


「どんな形なの?」


「石で出来た腕輪なん可愛いよ!」


「石で出来た腕輪……?」


 リノアの脳裏に、以前、行商人を助けた時の記憶がよみがえる。そのお礼に受け取った、不思議な石の腕輪。


「あの腕輪、確か……ゼーラ!! 前、行商人から貰った腕輪ある?」


「はい!! あります!!」


 ゼーラは急いでカバンを漁り、例の腕輪を取り出して村長の前へ差し出した。


「お……おお……お……私の結婚……腕輪……」


 村長の目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


「一体どこに……」


「以前、行商人を助けたときに頂いたんです。私達には何なのかわからなかったので、とりあえずカバンにしまってたんです!」


「おおおお!! ……聖女様!! ありがとう……ありがとう……」


 村長はリノア達に、地面へ額がつきそうなほど深く頭を下げた。そして顔を上げ、震える声で叫ぶ。


「ハイハイ!! 早速、聖女様達を一番速い鎧亀に乗せるんだ!! お金などいらん!!」


「ええ!! いいんですか、村長!! この鎧亀はブブカット村にとって必要な鎧亀。本当は金貨十枚で乗せるとおっしゃってましたが……」


「私の大切な物を見つけた方々に、それは出来ん!! しかも聖女様が見つけてくださった! これはレナウス様から、この者達に手を貸せという意味だ! だから聖女様達、ここの村に来たら、思う存分この私が使う鎧亀を使ってください!!」


「村長さん、ありがとうございます!!」


 ゼーラが深く頭を下げ、それにつられるように、全員が頭を下げた。


 そして彼らは、村で一番速いという鎧亀に乗り込む。


「聖女様とお仲間さん達! 無事に塔をクリアしてください! 貴方がたはレナウス様が見守っています!! 必ず攻略出来ます!! どうかご無事で……レナウス様の導きがあらんことを……」


 村長はそう言って、両手を固く組み祈りを捧げた。


 鎧亀にはハイハイだけが同乗し、フイフイとムイムイは地上から、思いっきり手を振っている。


「リノア達!! 絶対クリアしろよ!! 絶対だぞ!!」


「皆さんならとても強いので、絶対攻略できます!! だから自信を持って挑んでください!!」


 その声に、リノア達も甲羅の縁から身を乗り出し、それぞれの言葉で応える。


「みんな! ありがとう!! わたしは必ず攻略するからね!!」


「オレは最強になる男だ!! だから塔なんて余裕だぜ!!」


「お前ら、ありがとうな。必ず攻略する」


「皆さんありがとうございます!! またバッタ食べに来ますね!」


「にゃはは〜!! 遂に塔だぁ〜!! 行ってくるね〜!」


「やっべー、緊張してきた!! みんな、ありがとう!!」


 フイフイ達の姿が小さくなるまで、手を振り続ける。その視線の先には――


 霧と光の向こうに、聖女に課せられた“試練の塔”が、静かにそびえ立っているのだった。

魔物図鑑


擬人草


とても綺麗な赤い花を咲かす魔物、植物ではないく魔物、生き物が好む甘い匂いやミツを出しお引きよんせ来た所を食べる


本日も見てくださりありがとうございます!

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