第二十四話 銀鬣の影
フカシアの鳥車は、尖り山の黒い稜線を背景に、きしきしと車輪をきしませながら進んでいた。
「あ、あの、、もうすぐ尖り山に入ります!!」
御者台のフカシアが、緊張で少し裏返った声を上げる。
鳥車の屋根の上では、アデルが全身で風を受けながら寝転んでいた。
ルナとラセルがパーティに加わったせいで客車は満員。ゼーラ、ルイン、リノア、ルナが客車に詰め込み、ラセルはフカシアの隣の御者席。そしてアデルは自ら「屋根行くわ」と宣言し、今そこにいる。
「遂に、尖り山かぁあ!! かかってこいや!! クソゴブリンどもがぁあああ!!」
「アデル!! あんまはしゃがないでよ! 屋根が落ちるっ!」
客車の窓から身を乗り出してリノアが怒鳴ると、ルナがくすくす笑った。
「にゃはは!! リノア少年! アデル少年のお母さんみたい!!」
「ち・が・う・か・ら!!!」
「おいおい、いつどこから攻撃されるかわからんから、あんま油断するなよ」
ルインが声を出して注意を呼びかける、御者席からラセルが鋭く周囲を見渡す。
ゼーラは手綱を握るラセルに視線を向けると、真剣な眼差しで続けた。
「ラセルさん! フカシアさんをしっかり守ってくださいね!」
「は、、い、、」
「声が小さいですっ!!」
「はぁぁぁい!! 命にかけてフカシアさんを守ります!!」
昨日、ラセルはアデルにボコボコにされた挙句、自分の性格の悪さを聖女三人に総攻撃で説教され、一時間ものあいだ回復魔法もかけてもらえず、全身の痛みにのたうち回った。
その時間で、ラセルは心の底から悟ったのだ――「このままじゃ本当にヤバい」と。
(もう二度と、あんな真似はしない……あれは、心も体も死ぬ……)
ラセルは心の中で固く誓い、フカシアの横で背筋を伸ばす。
「アデル少年のおかげでラセルのひん曲がった性格治ってよかったよ〜。ルナが言ってもその場限りだったし〜。アデル少年には感謝だね!」
ルナが楽しげに笑いながら客車からひょいと顔を出す。
「にしてもアデル少年強過ぎない? ラセルが一方的にボコボコにされるの初めて見たんだけど〜」
それを聞いた瞬間、なぜかリノアが胸を張った。
「それはアデルだからね!! アデルはホーネットクイーンベアーを一人で倒すくらいだし、だからっ!」
「えええええ!! アデル少年すっご!!
確かクイーンって三つ星プレートクラスだったはずだよ! 爪と尻尾の毒で、それくらいのプレートの冒険者じゃないと対抗出来ないみたいだから〜」
ゼーラも思い出したように口を開く。
「でも、その時アデルさんボロボロでした……あの時は心配しましたね!!」
「アイツ、マジで一人で突っ込むからな。そこを治れば、言うことなしなんだが……」
「アデル少年みんな好きなんだね!」
ルナの一言で、客車の空気が一瞬あたふたと揺れた。
「べ、別に好きってわけじゃねーし!」
「た、ただ大切な仲間だからね!!」
「アデルくんはアデルくんです!」
最後に、リノアが照れ臭そうに笑いながら、きっぱりと言う。
「大切な仲間だもん!」
その言葉に、ルナは胸の奥がじんわりあたたかくなるのを感じた。
このパーティに入れてよかった――と心から思う一方で、
(……ラセル、あんたは本当に、とんでもないことしてくれたけどね〜)
という若干の恨みも、ちゃっかり忘れてはいなかった。
そのとき――。
カラカラカラカラカラ――。
外から、妙な音が鳴り始める。乾いた何かがぶつかり合う音が、耳に広がる。
屋根の上のアデルが、ぱっと顔を上げた。
「ラセル!! フカシアを守れ!!」
叫び声と同時に、空が暗くなる。
矢だ。
空の一角が黒く染まるほどの矢の雨が、フカシアの鳥車めがけて降り注いでくる。
「なに、、この量の矢、、」
リノアは思わず息を呑む。
次の瞬間には、客車の扉を蹴り開けて外へ飛び出していた。
「ここはルナにまかせて!!
「アクア・ヴァル」
ルナが腕を振り上げると、鳥車の周囲に巨大な水の膜が生まれた。
透明な水の盾が、頭上から降り注ぐ矢を次々と受け止め、弾き、飲み込んでいく。矢が突き刺さるたび、水の膜が波打ち、光を反射して煌めいた。
「私も行きます!!ソルマ・パリエース」
ゼーラが大地に手をつくと、鳥車の前方に土の壁がせり上がる。
次の瞬間、パシパシパシッと甲高い音を立てて、矢がその壁に突き刺さり、折れ、跳ね飛んでいく。
だが矢の雨はそれで終わりではなかった。
同じ量、それどころかさらに多いのではないかと思うほどの矢が、間髪入れず空を覆う。
「見つけたぞぉおお!! クソゴブリンがぁ!!」
アデルが、矢がまだ降り続く中、躊躇なく飛び出した。
「え、ウソ!! アデル少年!!?!」
ルナが目を見開く。
「んもぉお!! また一人で突っ込む!!アルマ(風鎧)! わたし、アデルに着いてく!」
風の鎧を纏ったリノアがその背を追う。
「ええ!! 大丈夫なの〜!?!?」
「大丈夫だ、ルナ!」
ルインが剣を抜きながら、短く告げる。
「アイツらを信じろ。俺達も油断でき無いぞ。木陰にゴブリンが潜んでる。この矢が止んだ瞬間、出てくる。――戦闘体勢に入るぞ!!」
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アデルは前方の丘の上、ひときわ赤い肌をしたゴブリン――レッドゴブリンを視認していた。
周囲には、剣を構えたゴブリン達が幾重にも取り巻いている。
「あの赤いクソゴブリンが指揮役ってわけかよ!! 上等だ!!」
地面を蹴った瞬間、足元の土が爆ぜた。
アデルの姿が風を裂き、矢の軌道を縫うように前へ飛ぶ。
だが、その進路に緑色の影が踊り出た。
「チッ、邪魔だ!!」
グリーンゴブリン達が、四方八方から群がってくる。
黄ばんだ牙を剥き、汚れた刃を振りかざし、ニヤニヤと笑いながら――。
(おせぇ……)
アデルの体が、勝手に動く。
飛びかかってきた一体の顎を跳ね上げ、別の一体の腹を蹴り飛ばし、振り下ろされたこん棒を肘で受けてへし折る。
一撃一撃で、確実に“沈めて”いく。
だが――。
(数が多すぎる……ッ)
背中に一筋、鋭い痛みが走る。かすった刃が皮を裂いた。
「あああ!! うぜぇ!!」
苛立ちの叫びが漏れた、そのとき。
「――ラミーナァア!!」
刃の奔流が、横から吹き込んだ。
リノアの風刃が、アデルを取り囲んでいたゴブリン達の胴体を綺麗に二つへと裂いていく。
血飛沫が風に乗って散り、ゴブリンの断末魔が重なる。
「アデル!! あれほど“突っ込まないで”って言ったじゃん!!」
リノアが地面に着地しながら、睨みつけてくる。
「なんだリノア!! オレ一人で十分だったわ!! 勝手についてくんな!」
「どこがぁ? 全っ然余裕じゃなかったと思うけどぉ!! わたしがきた事に感謝してよね!!!」
「はぁあああ?? 誰が感謝する――」
言い終わる前に、地面が揺れた。
巨大な影がふたりに覆いかぶさる。
ドォン、と鈍い音。
アデルの目の前に、分厚い拳が叩きつけられる。辛うじて退いて、土煙が顔をかすめた。
「……このデカ物が……!」
そこに立っていたのは、他のゴブリンより一回りも二回りも巨大なゴブリン――ホブゴブリン。
ぎょろりとした目でアデルを見下ろし、ニタリと笑う。拳を握るたび、筋肉が盛り上がった。
「リノア! 雑魚共は任せた!! オレはコイツを潰す!」
「わかったわよ! さっさと終わらせてね!!」
アデルは地を蹴り、一気に距離を詰める。
ホブゴブリンの拳が、風を裂いて飛んできた。
「ルーナ・カルキブス!!」
アデルの脚が唸りを上げる。
だが、硬い。ホブゴブリンの皮膚は岩のように分厚く、衝撃でアデルの足の骨にも痺れが走る。
(ちっ、こいつ硬ぇな……!)
ホブゴブリンは構わず拳を振り回す。連撃。連撃。連撃。
アデルはギリギリのところで見切り、身をそらし、拳が地面を砕くたび、石片が飛び散った。
「うざってぇえ!! ――このタイミングで、飛ぶ!!」
振り下ろされた拳をまるで踏み台のように踏みつけ、その反発を利用して空高く跳ぶ。
月を背にしたアデルのシルエットが、ホブゴブリンの真上に重なる。
「脳天カチ割れろぉお!!
プラーガ・カルキス!!」
踵がホブゴブリンの頭蓋に叩き込まれた。
ゴンッ、と骨の割れる鈍い音が響き、ホブゴブリンの体が膝から崩れ落ちる。
「っと……よし、着地成功だぜ!」
アデルは軽やかに地面へ転がり出る。
「リノアは――」
その頃リノアは、別の場所で風の嵐を起こしていた。
「もう! もう!! うっとうしい!! なんでこんなに沢山出てくるのよ!!
ラミーナ!! アネマ!! ラミーナ!!」
風刃が幾重にも重なってゴブリンの群れを切り裂いていく。
だが、それでも群れは減らない。ニヤニヤ笑う顔が次から次へと湧いてくる。
「そのニヤケ面、腹立つ!! なら――新しい魔法、試してみる!! アネマ!!」
リノアは足元に風の魔法を叩き込み、その反動で空中へ跳び上がった。
空中からゴブリンの群れを見下ろし、風を両手に集めて叫ぶ。
「まとめて吹っ飛んで!!
アネマ・イクトゥス!!」
巨大な風の塊が地面めがけて落ちていく。
着弾と同時に、凄まじい衝撃と共に風圧が爆発し、周囲のゴブリン達がまとめて吹き飛んだ。砂煙が轟音とともに巻き上がる。
「っぶねぇ!! なんだよリノアの野郎!! 砂埃で周り見えねぇ!!」
アデルは目を細めながら前方を見る。
砂煙の向こう――レッドゴブリンの周囲には、五体の盾持ちゴブリンが固く陣形を組んでいた。
「なんだありゃ、赤いゴブリンの周りに盾構えてるゴブリンがいるじゃねぇか!! 盾ごとぶっ飛ばす!!」
アデルは地を蹴り、一気に突撃する。
「うりゃ!!」
だが、盾の重ねられた壁が想像以上に分厚い。拳がめり込む手応えはあるが、陣形そのものはびくともしない。
「くっそ硬ぇ!! しかも体勢崩れねぇ!! こんな奴があと五匹いんのかよ!! だっる!!」
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一方その頃、前線へと駆け出したルインとラセルは、ゴブリンの大群の中を切り開いていた。
「リノアとアデル、大丈夫か?」
「ルイン少年!! 今その二人心配してる暇ないよ〜!!」
ルナが後方から応援しながら叫ぶ。
「おい、ラセル!! 突っ込めるか?」
「は、はい!! 行けます!!!」
「よし。ルナ、ゼーラ! フカシアを守りつつ、俺達の援護を頼む!
あの奥に構えてる鎧纏ったゴブリンが指示出してる可能性が高い!! 俺とラセルでアイツ目がけて突っ込む!! いくぞぉ!! ラセル!!」
「はい!! 全力でやります!!」
ラセルとルインは、ゴブリンの群れへと真正面から飛び込んだ。
(僕はここで活躍しないと、みんなから“性格やばい奴”のままだ……!)
ラセルは心の中で拳を握る。
剣に炎を纏わせ、叫んだ。
「フォルマ・エンシス!!
くたばれ!! ゴブリン共!!」
火剣が閃き、前方のゴブリン達が炎の線に沿って真っ二つに斬られ、燃え落ちる。
ちらりと視線を横にやると、ルインが土魔法で次々に武器を生み出していた。
剣、ハンマー、短剣――敵に応じて武器を切り替え、まるで踊るようにゴブリン達を薙ぎ払っていく。
(ルインさん……すっげーー……!)
感心したのもつかの間、目の前にホブゴブリンが現れた。
「ちっ、邪魔だ!!
フォルマ・ラメナ!! 連続だぁあ!!」
火の弾丸がホブゴブリンの体に次々と突き刺さり、焦げ跡を増やしていく。
それでも、ホブゴブリンは一向に怯まず、巨腕を振り上げて殴りかかってくる。
「っぶな!!」
ホブゴブリンの一撃は重く、そこに周囲のグリーンゴブリンからの追撃も加わる。
ラセルは息を荒げながら、必死に回避を続ける。
(だめだ、このままじゃ押し切られる……!)
ラセルは歯を食いしばり、剣を振りかぶった。
「ああ! もううっとしい!! まとめて消し炭になれ!!
フォルマ・スキント!!」
剣が横一線に振り抜かれた瞬間、周囲に小さな爆発が連鎖した。
火花の爆ぜる音とともに、近くのゴブリン達の体が断片となって吹き飛ぶ。
「よし!! スッキリした!!」
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後方では、ゼーラとルナがフカシアの護衛を担っていた。
「ゼーラ少年! ゴブリン達がくるよ〜!」
「はい! 大丈夫です!!
ソルマ・クラヴィス!!」
ゼーラが放った土魔法から、無数の岩の釘がゴブリン目がけて飛び出した。
その一本一本がゴブリンの脚や胸を貫き、地面に縫い止めていく。
「ゼーラ少年すごい〜。威力が桁違い……」
脇からひそかに忍び寄ったゴブリンが、ナイフを構えてゼーラに飛びかかろうとする。
「ここならルナの射程距離〜!
アクア・グッタ!!」
放たれた水滴は、ただの水には見えないほどの速度で一直線に飛び、ゴブリンの頭蓋を綺麗に貫通した。
穴の空いた頭から血が吹き出し、そのまま前のめりに倒れる。
「よっ! よっ! はい! 全く隙がないね〜」
ルナは軽い調子で笑いながら、次のターゲットに指先を向ける。
「中々ゴブリンの数、減らないですね!!」
ゼーラが額の汗をぬぐいながら言う。
「私も、リノアさん達と一緒に練習した技を見せてあげます!」
ゼーラは地面に両手を押し当てる。
「ソルマ・ルーガ!!」
地面に細かい亀裂が何本も走り、ゴブリン達の足元をすくった。
足を取られ、体勢を崩すゴブリンが次々に転ぶ。
「さっすがゼーラ少年!! ルナもこのままの勢いで魔法ぶち込むよ〜!
アクア・オルビス!!」
ルナの周囲に、三つの水球がふわりと浮かび上がる。
それを指先で弾くようにして、体勢を崩したゴブリン達へと撃ち出した。
水球が直撃したゴブリンは、骨の砕ける音と共に吹き飛ぶ。
水飛沫と血煙が混じり合い、地面を濡らした。
「ふうー! ここら辺だいぶ減ったね〜ゼーラ少年!」
「そうですね! ルイン達はどうでしょう?」
視線を前線に向けると、ラセルとルインが鎧を纏ったゴブリン――アーマードゴブリンと対峙していた。
「このゴブリン! 鎧頼りで動きは遅いけど、中々致命傷が入らない!!
フォルマ・ラメナ!!
いい加減くたばれよ!!」
ラセルが火の弾を連打しながら後ろを振り向く。
「ルインさん、お願いします!!」
「任せろ!」
ルインは土魔法で巨大な槌を作り出し、背後からアーマードゴブリンの頭上めがけて振り下ろした。
「ヒットォオオオオ!!」
鈍い音とともに槌も鎧も粉砕され、その隙間からラセルの火剣が喉元を貫く。
ゴブリンは呻き声を上げる暇もなく崩れ落ちた。
それを見ていた周囲のグリーンゴブリン達は、明らかに怯えて後退していく。
「やりましたよぉお!! ルインさん!!!」
「よくやった、ラセル!! ……後はアデルとリノアだな」
・
・
・
「このクソ盾ゴブリン!! 一匹ぶっ飛ばしても、体勢整えてもう一匹が援護――全然赤いゴブリンまで辿りつかねぇ!!」
アデルは盾を踏みつけ、高く跳ぶ。
「もうウゼェーから、これで終わらす!!
プラーガ・カルキス!!」
バコンッ、と大地が震える。
衝撃波が地面を走り、盾を構えていた五匹のゴブリンがまとめて吹き飛んだ。
隙を見たレッドゴブリンが、背を向けて逃げ出そうとする。
だが足元で風が爆ぜる。
「――っ!?」
風の突風が足を払うように吹き付け、レッドゴブリンが転倒する。
立ち上がろうと前を向いた瞬間、そこにはアデルがいた。
「もう逃げれねぇぞ!!
ルーナ・カルキブス(三日月蹴り)!!」
アデルの回し蹴りが、レッドゴブリンの首に深々とめり込んだ。
ごきり、と嫌な音がして、レッドゴブリンの首が不自然な角度に折れ、そのまま動かなくなる。
それを見た残りのグリーンゴブリン達は、戦意を喪失し、一斉に森の奥へと逃げ散っていった。
「……やったかぁ?」
「アデル!! ナイス!!」
砂煙の向こうから、リノアが笑顔でピースサインをして駆け寄ってくる。
アルマの風鎧はほとんど消えかけている。その額には汗がきらめいていた。
「リノア! 最後助かったぜ……あれがなかったら逃げられてたかもな」
「でしょ〜!! ちゃんと感謝してよね〜!!」
「るっせぇー! 感謝してるわボケッ!」
「ボケッってなによ!! バカ!!」
ふたりはいつもの調子で言い合いながら、フカシアの鳥車へ戻る。
そこには、同じようにゴブリンの死体が山のように転がっていた。
ゼーラ達も相当激しい戦いをしていたのが、一目でわかる。
「戻ったぞぉお!! 大丈夫だったかおまえら!!」
「アデル少年とリノア少年!! 無事だった〜!!」
「アデル! おまえはいっつもすぐ突っ込むなぁ! 少しは落ち着いてから行動を――」
「ルイン! うるさいです!
結果的にリノアさん、アデルくんが無事に戻って来れてよかったじゃないですか」
ゼーラがぴしゃりと言い切る。
「……まあ、そうか」
「ゼーラ達も無事でよかったぁ! フカシアは?」
ゼーラが土魔法を解くと、前方の岩壁が崩れ落ちる。
その陰から、震えながらも目を見開いたフカシアが顔を出した。
「え、は、、もう終わったんですか!?!」
「終わったよー、フカシア!」
「みなさん!! 助かりましたぁああ!! 本当に、ありがとうございますぅう!!」
涙目で叫ぶフカシアに、皆の緊張が少し解ける。
ラセルがアデルの前に小走りで近づいてきた。
「アデルさん!!! いや!! アデル様!! 僕は今日、とても活躍しました!!」
勢いよく頭を下げて報告するラセル。
尖り山の戦闘を通して、自分の愚かさを悔い改め、せめて行動だけでも示そうと必死なのだ。
「ラセル〜、アデルの顔見てみ〜」
「なんだよ! ルナちゃん、アデル様がどうしたって――」
アデルは、鼻をほじっていた。
「ええ!! アデルさま!! 僕は、その……」
ラセルが泣きそうな顔で見上げると、アデルは肩をすくめた。
「頑張ったなら、いいじゃねぇか。
――よっしゃぁあ!! フカシア、早くこの山抜けてナハル・ヴィーラ行こうぜ!!」
「あ、あのぉ!! アデル!! あの、その……」
歯切れの悪いラセルの頭に、アデルのゲンコツが落ちる。
「いってぇ!! ひぃい!! す、すいま――」
「別にもう気にしちゃねぇーよ。
いつも通りに接しろ」
そう言い残して、アデルは鳥車の屋根にひょいと乗り、豪快に横になった。
「ラセル〜よかったね〜! にゃはは〜」
リノア、ゼーラ、ルインが次々とラセルのもとに歩み寄る。
「よかったじゃん、ラセル」
「先程の戦闘、とてもよかったですよ!!」
「ナイス援護だった。これからも頼むぞー」
ラセルは、胸がじんと熱くなり、思わず目頭を押さえる。
その横で、フカシアがハンカチ代わりの布を差し出した。
「ど、どうかこれを使ってください!!」
「ありがとう……フカシアさん……」
こうして、リノア達を乗せた鳥車は再び前へと進み出した。
・
・
・
〜ラバン王国 冒険者ギルド〜
ギルドの扉が、バァンッと音を立てて開いた。
酒をあおっていた冒険者達が、一斉に入口へ目を向ける。
「おい! おまえ!! 急にどうしたんだよ!!」
土埃まみれの男が、肩で息をしながら叫んだ。
「でででで、、でたんだょぉぉぉ!!」
「落ち着け!! 何がだ――」
「銀鬣が出たんだよ、、!」
その名を聞いた瞬間、ギルドの空気が一変した。
椅子を蹴って立ち上がる音が、あちこちで響く。
「シルバーメイグリズリーが、だと……どこで出たんだ!!」
「ナハル・ヴィーラ村に向かう前にある、グロウの丘だぁあ!!」
「前もそこで目撃情報あったよな!!」
「グロウの丘って事は、蒼泉をこえて、風見野を過ぎたところか……なんでそっちに出んだよ!! 隣の尖り山に出てこいや! クソ!!」
「尖り山のゴブリンもやたら強いからな。
互いにやり合ってくれた方がよかったのによ……」
別の男が苦々しげに吐き出す。
「これで同じ場所での目撃情報が出たって事は……」
「ああ、あそこに銀鬣の寝床があるってとこだ……」
「なら、早速討伐に出るか……?」
「バカ言え!! 三刃の狩人団がいなきゃ意味ねえだろ!!」
「でもよ、そいつら今、“赤芥子旅団”の件で忙しいだろ!!」
「いや、大丈夫だ。あいつが合流した」
「まさか! グリムか!!
だってあいつ、トーメル王国行ったっきりどうなったか情報なかったけどな……」
カウンター奥の職員が腕を組み、静かに告げる。
「ちょうどカミルとマルタと合流したのを見た。
赤芥子旅団のアジトでも見つけたんじゃねえか? そろそろ決着つきそうだ」
「国からの依頼だから断れねえし、途中で投げ出すこともできないからな。
赤芥子旅団の件が終わったら、遂に動くんだな……銀鬣狩りを……」
「それまで俺たちも装備を整えておくか。
おい、銀鬣討伐に参加する同士達を集めるぞ!」
「ええ! もう募集すんのか!? 三刃の狩人団がすぐに討伐参加してくれるか??」
「おまえ、何も知らんのな。
三刃の狩人団は“銀鬣を討伐するため”にあるクランだぞ。
アイツらだって、喉から手が出るほど狩りに行きたいはずだ。
だから先に、こっちで有志を集めておくんだよ!! さっさと募集始めろ!!」
その声に呼応するように、周りの冒険者達が次々と立ち上がる。
魔獣討伐――それが成功すれば、冒険者としての名誉と箔が一気について回る。
命を賭ける価値が、そこにはあった。
「これからもっと増えるぞ〜!!」
ざわめきが渦を巻き、銀鬣討伐の輪が広がっていく。
まもなく、“銀鬣討伐戦”が幕を開けようとしていた――。
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「やっと山抜けたか……って、あ? なんだあのクソデケェ〜木はよぉお!!」
尖り山を下りきった瞬間、アデルが屋根の上で上半身を起こした。
視界の先には、山よりも高く伸びる、緑色の“柱”のようなものがいくつも生い茂っている。
「デッケェー!! 近くまで行ったら腰抜けそう……」
ラセルも御者台から目を丸くする。
客車からルナがひょこっと顔を出した。
「どれ〜? にゃはは!! 本当だ〜おっきい〜」
リノア達も次々と窓から身を乗り出す。
「す、、すごい……」
「葉っぱも、とても大きいですよ!!」
「……あれって木か? 全体的に緑っぽくないか?」
ルインの疑問に、フカシアが慌てて説明する。
「あ、あれはですね……木ではなく、大きな葉柄です。
あのエリアをラウスリーフって言います」
「ようへいってなんだ?」
アデルがきょとんとした顔で尋ねると、ラセルが得意げに答えた。
「アデルさん、葉柄っていうのは、デカい葉っぱを支えている茎のことを言うんだよ」
「へぇ〜物知りだな、ラセル!!」
「ま、まあね、、、」
アデルに褒められ、ラセルの頬が緩む。
「俺達は、あの多く茂るラウスリーフを越えなきゃいけない……」
「ルイン? どうしたの急にカッコつけた?」
「いや、気にすんなリノア……」
「ルイン少年〜もしかしてビビってる〜??」
「はぁ?! ビビってねえし!!」
「にゃはは〜」
「何ごともなく塔へ行ければいいですね……」
フカシアがそっと呟く。
鳥車は尖り山を越えてから、魔物との遭遇もなく順調に進み続けた。
日が傾き、空が茜色へと染まり始めた頃、野宿の準備をすることになった。
「ねえ、フカシア。明日にはナハル・ヴィーラ村に着くんだよね?」
「は、はいリノアさん! 明日には着きます!!」
「にゃはは〜なんかあっという間だったね〜」
「まあ、ここまでくるのに色々ありましたからね」
アデル、ラセル、ルインの三人は、獲物を探しに付近の草原へと歩いていく。
「クッソ!! ここ、湖もねえし! 川もねえじゃねぇかよ!!」
「アデルうるさいぞ!! 獲物が逃げる!!」
「アデルさん! ルインさん! ミツ耳うさぎがいたよ!!」
ラセルが小声で呼びかける。
「どこだぁ!! ラセル!!」
「二人とも、ついてきて!!」
ラセル先導で茂みを抜けると、その先の草地に十匹以上のミツ耳うさぎが草を食んでいた。
「おおお!! どうする!!」
「アデル! 落ち着けって!!」
「ちょっと二人とも、少しうるさいよ!!」
ラセルが注意した、その瞬間――
大声でもないのに、ミツ耳うさぎ達が一斉に耳を立て、次の瞬間には四方へと散り逃げていった。
「おい!! ラセル!! てめぇ!! 何してんだ!!」
「ラセル、それはないわ〜。一番声でけーし!」
「ちょっと待ってよ!! それはないって……ええぇえ!!」
ラセルが慌てて振り返る。
「おいなんだラセル? そのうぜぇ反応やめろ」
「アデルさん! ルインさん、後ろ!!」
振り返った先――そこには、巨大な熊の姿があった。
「……ホーネットベアー!!?」
背中に蜂の巣のような殻――ホーネット特有の模様が見える……ような、気がした。
アデルとルインは即座に構えを取る。
アデルは地面を蹴り、一拍で熊の頭上へと躍り出た。
「プラーガ・カルキス!!」
踵がクマの頭部に突き刺さり、そのまま地面へめり込む。
一撃で、熊はぐったりと動かなくなった。
「なんでコイツここにいるんだよぉ! クイーンもいるかもしれねぇぞ!!」
ルインも慌てて辺りを見回す。
「アデル、今度こそ一緒にクイーンぶっ倒すしぞ!! ラセル、行くぞ!! ついてこい!!」
だがラセルは、ぽかーんと口を開けて固まっていた。
「おいラセル!! てめぇ! 何腑抜けた顔してんだ! 行くぞ!!」
「ちょっと待ってよ!! アデルさん! ルインさん!! なんか勘違いしてない?」
「は? 何言ってんだよラセル! 俺とアデルが何勘違いしてるって!?」
「よく見てよ!! 暗いから分かりづらいかもしれないけど、この熊――ホーネットじゃなくてハニーベアーだよ!」
「「なんだってぇええええ!!」」
「色がホーネットベアーより明るくない?」
「……確かに、明るいぞぉ!!」
「これは分かりづらいわー。アデルなんてすぐ勘違いするのも納得だなぁー」
「おいルイン!! おまえも勘違いしてただろぉ!!」
「あの!! 二人共! 喧嘩する暇あったら手伝ってよ!!」
三人でハニーベアーを解体場所まで運ぶことになり、最終的にアデルが背負い、ルインとラセルが支えながら野営地へ戻る。
野営地に戻ると、女性陣が何やら籠を抱えていた。
フカシアがこちらに気づき、アデルの背中の“熊”を見て、キャァアアッと悲鳴を上げる。
「ど、どうしたの! フカシア!!――――ホーネットベアー!!」
「リノアさん!! フカシアさんを!!」
「うん!! ルナ、戦うよ!!」
聖女達が一斉に立ち上がり、戦闘態勢を取ろうとした、そのとき。
ルナだけが、クスクスと笑っていた。
「ルナ!! どうしたの!! ホーネットベアーだよ!!」
「早く動かないと攻撃されてしまいます!!」
「もう〜、リノア少年! ゼーラ少年! よく見てみて〜」
ルナに促され、リノアとゼーラが目を凝らす。
月の光に照らされて浮かび上がったのは――
両脇に立つルインとラセル、そして真ん中でハニーベアーを担ぐアデルの姿だった。
「ええええ!! アデル達だったの!! ルナはすぐに気づいたの??」
「にゃはは〜一瞬で気づいちゃったよ〜!」
「いきなりホーネットベアーが現れたと思いました……」
「す、すいません!! 私が驚いたばっかりに……」
フカシアが真っ赤になって頭を下げる。
アデルはハニーベアーを地面に降ろし、聖女達が持っていた籠の中を覗き込んだ。
「なんだ? この茶色くて丸いもんは? 魔物のう◯こみたいだなぁ!」
すかさずリノアが噛みつく。
「う◯こじゃないし!! 立派な木の実!! 一回食べてよ! すっごく美味しいから!!」
アデルは籠から一つ取り出す。
続いてラセルとルインも一つずつ手に取った。
「アデル少年、このササボツの実は、中身の種が美味しいだよね〜。
だから割って中の種、舐めてみて〜」
ルナに言われるまま、アデルとルインは実を割る。
中から、一口サイズの黄色い種が顔を出したそれを、そのまま口に放り込む。
――甘い。
「「うっめぇえええ!!」」
「でしょ〜」
ルナが満足そうに頷く。
ラセルは既にササボツの実が食べられることを知っていたのか、気づけば十個ほど平らげており、その頭にリノアのチョップが炸裂していた。
「こら!! みんなの分も考えなさいラセル!!」
「いってぇ!! ごめんなさい!!」
ルインの合図で、それぞれが夕食の準備に取りかかる。
「ラセルはハニーベアーの解体お願いね〜。いいよね〜?」
「えぇ……僕かよ……」
「だって〜、ルインとアデルがカラバオの解体手伝った時、結構グロかったから〜」
リノアとゼーラの視線がじっとラセルに向けられる。
「……わかったよー……」
渋々引き受けたものの、ラセルの手際は意外なほど手慣れていた。
一方その頃、アデルとルインはフカシアのもとへ向かい、到着時刻を改めて確認していた。
「フカシア、明日には村に着くって言ってたけど、どれくらいなんだ? 夜か?」
「ち、違います。ここまで来てるので、明日朝から出発すれば昼頃に到着予定です」
「おお! マジか! 遂にナハル・ヴィーラ村か〜」
ふと、アデルが真面目な顔でフカシアに尋ねる。
「フカシアは村戻る予定って言ってたよな? なんでだ? ギルド辞めんのかぁ?」
「そ、そうですね……アデルさんの言った通り辞めます……」
ルインも眉を寄せる。
「なんでだよ。何か理由あるのか?」
「わ、私は強くもないですし、マナ量も少なくて……ソルマ一回撃っただけで体が重くなっちゃうんです。
一つ星プレートまではなんとかなりましたけど、どのクエスト行っても失敗続きで……なので村に戻って畑仕事でもしようかと……」
フカシアは、自嘲するように笑った。
「フカシア、いいじゃねぇかよ。魔法撃てるなら! オレなんて魔法撃てないんだぞ!!」
「ア、アデルさんは凄いです! 本当は、魔法撃てない人が頑張ってるなら私も頑張らないとって思ってました。
でも、尖り山での戦闘を少しだけ見て……住む世界が違うんだなって、思っちゃったんです……」
アデルは少し黙り込んだあと、ぽつりと尋ねた。
「じゃあなんだ。なんで冒険者なんか、やろうと思ったんだよ?」
「ぼ、冒険者って、カッコいいなって思ったから……ですかね」
フカシアはニコッと、今までで一番自然な笑顔を向けた。
「……そっか」
リノアから「ごはーん!」と呼ばれ、二人はそこで話を切り上げ、支度へと戻っていく。
フカシアはドュドュ達に餌を与え、明日の準備に取りかかった。
夕食を終え、それぞれが寝床の準備を整えると、明日への体力を温存するため、早めに眠りについた。
◇ ◇ ◇
〜翌日〜
「ふぁぁぁ〜〜。うう、眠い……」
鳥車はナハル・ヴィーラへ向けて再び走り出していた。
客車の中でリノアが大きな欠伸をする。
「リノアさん、昨日も私達が寝た後、マナの制御練習してました?」
「うん……ふぁぁぁ〜……してたよ〜。早く強くなりたいからね」
「にゃはは〜。リノア少年、頑張ってるね〜」
ルナが楽しげに笑う。
「とりあえず、ナハル・ヴィーラに着いたらそこに泊まって、明日塔を目指そう。それでいいか?」
ルインが客車から、そして御者席のラセルにも聞こえるように声を張る。
全員から賛同の声が返ってきた――ただ一人、屋根の上のアデルを除いては。
「はあ? 泊まる? なんでだよぉ! そのまま塔行こうぜ!」
「アデル、塔行く前にラウスリーフ抜けないといけないだろ?
そのための“最後の休憩場所”で、体力を回復させておかないといけないんだ!」
ルインの言葉に、ラセルもすぐ乗っかる。
「ルインさんの言う通りだよ! アデルさん! せっかくだから村で休もう! 美味しい料理出るかもしれないから……!」
「うまい料理出るなら泊まってやってもいいが……フカシア、ナハル・ヴィーラに美味い飯って出るのか?」
「は、はい! 出ますので! 是非寄ってください!!」
「よしっ!! なら村に泊まる!!」
アデルは屋根の上で、お腹をぐぅぅ〜と鳴らしながら再び寝転がった。
「にゃはは〜。アデル少年はご飯に弱いんだなぁ」
「ですねっ! ふふふ」
「まあ、アデルだからねっ」
鳥車の中は、笑い声でいっぱいになった。
その先に待つ、ナハル・ヴィーラ村と塔の試練――そして、銀鬣と呼ばれる魔獣との邂逅が、まだ誰にも見えていないまま。
魔物図鑑
グリーンゴブリン
ダンジョン内でよく見られる魔物、基本集団行動
繁殖率も高く一体入れば五十体ぐらいいるらしい
レッドゴブリン
他のゴブリンよりも頭がよく主に指揮官の役割を果たす。ただ、戦闘能力は全くない為やばくなると逃げる
ホブゴブリン
硬い筋肉を全身に纏ったゴブリン大きさはニ、三メートルぐらいゴブリン隊としての特攻隊長的な役割、知能は著しく低い
アーマードゴブリン
鎧を纏ったゴブリンちょっとした指示を出す
シールドゴブリン
主にリーダーゴブリンを守る精鋭部隊
ササボツの実
見た目が丸くて茶色少し力を加えると綺麗に真っ二つになる中身は黄色い種が入っており、種の周りには果肉がついている、一口サイズの為そのまま口に入れる事ができる、味は甘酸っぱい
マジムリ草
葉っぱに触った瞬間体内のマナを限界まで吸い取る草
オッカナ草と一緒のエリアに生えている
本日も見てくださりありがとうございます




