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第十七話 約束の叫び

アデル達は村長の家で岩栗を平らげ、任務完了の報告をするためギルドへ戻る支度を始めていた。


「くはあああ!!食った食った!!もう一個も入んねえ……!」


アデルが腹をさすりながら床にひっくり返る。


「美味しかったですよね!アデルくん!私もつい、食べすぎちゃいました……」


ゼーラがお腹を押さえつつ、幸せそうに息を吐く。


「その“つい”の殆どは、オレが剥いたやつだけどな!」


「アデル!いちいち細かいこと言わないの!みんなが美味しく食べられたのは、ちゃんとアデルが剥いてくれたからでしょ?」


「……オレのおかげ、か!」


その一言でアデルの顔がパァッと明るくなる。


「なら良し!そうだよな!全部オレのおかげだもんな!!」


上機嫌になったアデルは、なぜかその場で腕立て伏せを始めた。


「……なんでそこで腕立て伏せなのよ……」


リノアが呆れ顔でため息をつく。


「それよりルイン、帰りの準備は?」


「ああ、もう済ませた。イルバードにもクエスト達成の報告書を括りつけて飛ばした。これで正式にランクアップ確定だな」


ルインが肩を回しながら答える。


「私達、二つ星プレートになるんですね……! こうして振り返ると、クエスト色々と大変でしたね」


ゼーラがしみじみと呟き、リノアも大きく伸びをする。


「ね!めんどくさいのも多かったけど、これでちゃんと稼げるクエストが受けられるー!」


「しゃあああああッ!!気合入ってきたあああ!!とっとと金貯めて塔に挑むぜ!!」


アデルの大声が村長の家に響く。


「アデル!!急に叫ばないの!ユーリが後ろでビクッてなってるじゃん!」


「ん? おお、悪い悪い……って、どうしたユーリ?」


ユーリはプクプク──プク太を抱えたまま、一歩アデルの前に出てきた。


「改めて……皆さんにお礼を言いたくて。その……助けていただいて、本当にありがとうございました!おかげで、僕はまたプク太と一緒に旅を続けられます!」


深く頭を下げるユーリ。


「だから言ってんだろ、別に大したことしてねえって」


アデルは鼻を鳴らしつつも、どこか嬉しそうだ。


「皆さん!!僕はここでお別れです!」


一同の視線がユーリに集まる。


「僕は冒険家として、世界を旅して、世界地図を作らないといけないんです!」


「えー? わたし達も二十基の塔を攻略するために世界旅するんだし、一緒にくればいいのに」


リノアが名残惜しそうに言う。


「そうですよユーリさん!みんなで旅した方が絶対楽しいです!」


ゼーラも目を輝かせる。


ユーリは少しだけ俯き、唇を嚙んでから顔を上げた。


「……僕、本当はすっごく嬉しいです。でも……やっぱり、僕は皆さんとは行けません」


「なんでだよ?」


アデルが眉をひそめる。


「さっきも言いましたけど、僕には“世界地図を完成させる”っていう使命があります。それに……塔の攻略、どれほど過酷かを知っているんです」


ユーリの目が僅かに震える。


「塔の攻略に失敗したパーティを見た事があって……聖女様は亡くなってて、残った人達も腕がなくなってたり、足が動かなかったり……本当に、悲惨な状態で……」


その光景がありありと頭の中に浮かぶのか、ユーリの声が震えた。


「だから、生半可な気持ちで一緒に行ったらダメなんです。僕なんかのせいで、大切な友達を失いたくないんです……!」


「ユーリ……」


リノアが胸元をぎゅっと掴む。


「だから、ここでお別れです。でも、皆さんは絶対に塔を攻略してください。生きていれば、きっとまた何処かで会えます。僕は、そう信じてます!」


そう言うとユーリは、アデルの前に小さな布の袋を差し出した。


「アデルくん、これ……あげます!」


「なんだ? この汚っねえ袋」


「汚くないですよ!これ、“どんなサイズの魔物素材でも一つだけ入れられる袋”なんです!」


「マジか!!」


アデルの目が一気に輝いた。


「ただし、一個だけです。それと一度入れて出しちゃうと袋は破けて使えなくなります」


「なんじゃそりゃ!!使えねーじゃねえか!」


「使えますって!めちゃくちゃレアな魔物の素材入れて換金所に持っていけば、一気に大金持ちですよ!ちなみに……これ、金貨二十枚で売ってます」


「金貨二十枚!? たっっか!!」


「ユーリ、それそんな高いの!?」


リノアとゼーラも驚きの声を上げる。


「なんでそんなに高いんですか?」


「大きさ問わず入るからだと思います。それと、カカラド共和国の“ルベルの地下ダンジョン”でしか取れないそうなので」


「ルベルの地下ダンジョン? 聞いた事ねえぞ」


「ええ!?知らないんですか? 冒険者の間じゃ有名ですよ!珍しい素材がゴロゴロ手に入ったり、さっきのマジックアイテムがドロップしたり……一攫千金狙えるダンジョンなんです!」


ゼーラが興味深げに身を乗り出す。


「あの、その地下ダンジョンがある所ってどんな場所なんですか?」


「ここから南に進んだ先です。船に乗らないと行けませんけどね。着いた先は砂漠地帯で、水分が本当に大事になります。……でも、いずれ皆さんも行くと思いますよ。そこにも塔がありますから」


「砂漠……全部砂ってやつか!!すっげー気になる!!」


「アデル、砂漠はね、見渡す限り砂なの!」


「全部砂!? やべえ、全然想像つかねえ!」


そんな話をしていると、プクプクがユーリの頬に身体を擦りつけてきた。


「どうしたプク太?」


「プクプクーーープク、プクプク!!」


「プク太くん、なんて言ってるの?」


ゼーラが興味津々で尋ねる。


「“ここ飽きたから、早く次の場所行くぞこの野郎”って言ってます」


「口悪っ……!!」


「こんな可愛い顔して、声もプクプクなのに口悪いとか……逆に魅力的だわ……!」


リノアがきらきらした目でプクプクを見つめる。


「何言ってんだアホリノア!!可愛くねえよ!」


「はぁ!?プク太に嫉妬してるの?」


「してねえし!!」


「おいおい、ここでユーリと別れるんだろ。最後くらい穏やかにしろよ」


ルインが二人の頭を軽く小突く。


「ルインの言う通りですよ! ケンカはダメです!」


ゼーラが慌てて二人の間に手を広げた。


それでようやく、アデルとリノアも口を噤む。


「それでは皆さん。どこかでまた会えたら、そのときは声をかけてくれたら嬉しいです。再会できる日を楽しみにしてます!そのときまでには、多少は僕も……凛々しくなってるといいなぁ。それじゃあ……!」


ユーリは深々とお辞儀をし、背を向けて歩き出す。


「ユーリ!!」


背中に、アデルの大声が飛んだ。


「声かけるのは当たり前だろ!!オレ達友達だからな!!絶対死ぬんじゃねえぞ!オレも今よりもっともっと強くなってっからよ!!」


ユーリは振り返り、今度は顔を上げて大きく頷く。


「はい!!アデルくん達も、絶対に生きててくださいね!!」


そう言って、プクプクと共に街道の向こうへ走り去っていった。


誰もいなくなった道をしばらく見つめてから、ルインが小さく息を吐く。


「……さて。俺達もギルド戻って、プレート貰いに行くか!」


四人は村長に改めて礼を述べ、フーラン村を後にした。


  ◇  ◇  ◇


〜トーメル王国・貧困街カヒラパ〜


痩せた少年ジートは、今日も薄暗い家の中で留守番をしていた。外はいつものように陰鬱で、陽の光はほとんど届かない。


「姉ちゃんと兄ちゃん達、遅いなぁ……。昨日アデルからイルバード通じてお金もらったけど、また使わず貯金しねーとな」


テーブルに置かれた小さな布袋を見つめ、ジートはニヤッと笑う。


「アニキからもお金出してもらってるし、いらないってイルバードに手紙出してんのに、それでも送ってくるんだもんな。……ホント、アデルは優しいよ!」


その時、扉の向こうから声がした。


「おいジート、戻ったぞー」


「ドラン兄!!おかえり!!闇市はどうだった!?」


「いや、あんまり物が出回ってなくてな。食いもんは少ねえし、値段も高え。でもまあ、ある程度は買ってきた。今日はこれで何とかなる」


ドランは小さな袋を掲げて見せる。


「本当に……金の心配、しなくていいんだな?」


「大丈夫だよ!約束したもん。アデルが盗賊共ぶっ飛ばすって!!」


ジートの目には、あの日のアデルの背中が鮮明に残っていた。


「なあジート。アデルって奴、お金俺たちのためにわざわざ送ってくれてんだろ?本当に、使わなくていいのか?」


「ダメだよ。アニキからももらってるし、このお金はアデルに返すの!」


「……わかった。おまえがそう言うならそれでいい」


ドランはジートの頭を軽く撫でると、急に表情を引き締めた。


「それよりジート。盗賊共の情報だ。……もうすぐ来るらしい」


「ッ!!」


ジートの喉が、キュッと鳴る。


「しかも、五人や十人じゃねえ。三十人くらい集まってるって話だ」


「三十人!?なんでそんなに……俺達を、また殺しに来るのかよ……!」


恐怖が胸を締めつける。


「まだ目的はわからねえ。だから、他の奴らにも情報聞いてくる。スーニャ、タタン、サミンが戻ったら、いつもの床下に隠れろ」


「いつもの床下だな!わかったよ、兄ちゃん!」


「よし。床下の扉開けてくるから、しばらく見張り頼んだ」


ドランは奥へ消えていく。


ジートは椅子に座り、窓から通りを睨むように見張っていた。すると、血まみれの老人が、ふらふらとカヒラパの通りを歩き、こちらへ向かってくるのが見えた。


「な、なんだよ……なんでこっち来んだよ……!」


嫌な汗が背中を伝う。ジートは慌てて扉を閉め、内側から押さえ込む。


(兄ちゃん……早く戻ってきてくれよ……!)


数瞬の静寂の後──。


ドンッ。


扉に重いものがぶつかる音がした。叩く音ではない。何かが寄りかかったような、鈍い音。


ジートは震える手で扉に耳を当てる。


「……たすけてくれぇ……。ま、まだ……死にたく、ない……」


掠れた声が、扉一枚隔てた向こうから聞こえた。


ジートは恐怖を押し殺して、ゆっくりと扉を開ける。


血塗れの老人が、もたれかかっていた体勢のまま、どさりと家の中へ倒れ込んだ。


「お、おいじいさん!!何があったんだよ!!おい!!」


「……盗賊共が……わしら、カヒラパの住人を……み、皆殺しに…来たんだ……。わしは……おそわれ、ゴフッ……」


老人の口から血が零れ落ちる。


「おい!!じいさん!!」


「はあ……はあ……。は、早く……に、げ……ろ……」


そこで、老人の息は止まった。


ジートの視界が揺れる。


「なんでだよ……!俺達、ちゃんと金納めてただろ!!なのになんで……!」


そこへ、ドタドタと足音を立ててドランが戻ってくる。


「ジート!!まずい!!今すぐここから離れるぞ!!盗賊共が容赦なく皆殺しにしてやがる!」


ドランは部屋の中の老人を見て、目を見開いた。


「ジート、その爺さんは……」


「盗賊共に……殺されたんだ……」


「クソッ……!」


ドランは舌打ちをし、ジートの肩を掴む。


「ジート、今すぐカヒラパから出るぞ!貯めてた金持って表街へ出て、この国から脱出する!」


「床下には隠れないのかよ!?あそこでやり過ごそうよ!!」


「ダメだ。もう盗賊共がこの辺まで来てて、床下にもたどり着けねえ」


「姉ちゃん達も、まだ帰ってきてない!兄ちゃん!!待たないと……!」


ジートは必死に首を振る。


ドランは苦しそうに目を伏せたあと、唇を噛みしめて言った。


「ジート……サミンが死んでた。首、切られて……あいつら、ガキだとか関係ねえ。誰でもやる」


「……ッ」


「だから今は、“全員”は助けられねえ。……お前だけでも、生きろ」


「何言って……んだよ……にいちゃん……俺達、家族だろ……だから待ってないと……」


「……家族だからこそだ。お前を死なせたくねえ。いいな、ジート。“今は”逃げる事だけ考えろ!」


ジートは震える唇を噛んだまま、涙をこぼす。


「にいちゃん……、うう……」


ドランは泣きながらジートの手を掴み、走り出した。


ジートは心の中で、アニキそしてーーーーアデルの名を何度も呼び続ける。


(アデル……約束、覚えてるよな……? 盗賊共ぶっ飛ばすって……!)


  ーーーーーーーー


トーメル王国・ギルド


食堂のテーブルで、トッタがゆっくりパンをかじっていた。


「おいカロン、なんでそんな慌てて飯かき込んでんだよ。今日はクエスト行く予定ねーだろ?喉詰まらせるぞ」


「―――ゴクッ! ぷはーーーっ!!食べた食べたああ!!」


カロンはコップの水を飲み干し、椅子から飛び上がる。


「アタシの喉はトッタと違って太いから詰まらねーの!それよりトッタ!!アデルがギルドに来たら、“カヒラパにすぐ来てくれ”って伝えろよな!絶対だぞ!」


「お、おい。手紙書いていけばいいだろ」


「アタシ字読めねーし書けねーの!!ちなみにアデルもだかんな!だから絶対口で伝えろよ!!」


そう言うと、カロンは全力疾走でギルドから飛び出していった。


「なんでそんな慌ててんだ?」


トッタは首を傾げながらも、残りのパンをもそもそと口に運ぶ。


  ーーーーーーーー


一方その頃、カロンは石畳を蹴りながら走り続けていた。


「なんで盗賊共が三十人も集まってんだよ!!しかも集金は三日後のはずだろうが!!」


肺が焼けるように痛い。でも、止まるわけにはいかない。


「はあ……はあ……。急がねえと、カヒラパが……!」


今朝方、カヒラパから逃げ出してきた住民が、血相を変えて彼女に訴えた。


──盗賊が大量に来て、皆を殺している。


それだけだった。


カロンは一度も立ち止まらずに走り続け、やっとカヒラパの入り口にたどり着く。


「いつも静かな場所だけど……今日は、異様なくらい静かだな……」


嫌な静けさだった。生き物の気配が薄い。カロンは警戒しつつ、剣にそっと手を添えながら中に踏み込む。


路地裏の角を曲がった瞬間──人間の足のようなものが見えた。


「誰か……!」


駆け寄ったカロンの目に飛び込んできたのは、樽に背を預けたまま、首の無い男の死体だった。樽の上には、その首が無造作に置かれている。


「っ……!」


その周囲には、同じように首を取られた死体が五つ、横一列に並べられていた。どの樽の上にも、その持ち主のものと思われる首が並べてある。


「……え……うっ……おえっ……」


込み上げてきた吐き気を、カロンは必死に飲み込んだ。


「なんで……こんな……」


列の中には、まだ幼い少女の小さな遺体もあった。カロンは震える手でボロ布を取り、せめてもの弔いにと死体の上にかけていく。


それでも先に進まなければならない。


奥へ進めば進むほど、無惨に殺された住人の死体が目につくようになる。胸、首、背中……そこら中に血が広がり、鉄の匂いが鼻についた。


涙で視界が滲む。だが、その時。


「やめてえええ!!」


女の悲鳴が響いた。


カロンは即座に駆け出す。声のする方へ飛び込むと、若い女性の首元に、盗賊の刃が当てられるところだった。


「エンシス・フォルマ!!」


カロンの剣に紅い炎が巻きつく。火の剣が一閃した。


盗賊の首が宙を舞い、地面に転がる。


「大丈夫!?」


「は、はい……ありがとうございます……。え……あなた、冒険者さん……?」


女性は震えながらその場に崩れ落ちると、堰を切ったように泣き出した。


カロンは思わず彼女を抱きしめ、背中を撫でる。


「大丈夫、大丈夫だから……もう大丈夫だ」


しばらくして、女性の震えが治まってきた。


「落ち着いたか?」


「……はい……」


「なあ、一体何があったんだ?どうして盗賊共は、カヒラパの住人を殺しまわってる?」


「わ、わからないです……。でも、さっき私を殺そうとした人は……刃物を突きつける時、『もうここに用はねえ』って言ってました……」


「“もうここに用はない”……?」


カロンは唇を噛む。


(浄化……ってやつか? 本当に、あの噂通り……?)


「アンタ、とりあえず今は隠れてろ。また盗賊共が来るかもしれない」


「わ、わかりました……。その……お名前、教えてもらってもいいですか?」


「アタシはカロン。ここらのギルドに所属してる冒険者だ」


「カロンさん……助けていただいて、本当にありがとうございました!」


もう一度深々と頭を下げる彼女を見て、カロンは「生きろよ」とだけ言い残し、その場を後にした。


「……あのクソ野郎共。全員ぶっ殺す」


カロンは、カヒラパの中心となる広場へ向かう。


そこで目にした光景は、地獄だった。


老若男女、年齢関係なく、山のように積み上げられた死体。その周りで、十人ほどの盗賊が死体を引きずり、山に投げ入れている。


「ったくよ、こいつら結構命乞いするよな。ゴミが一丁前にさあ」


「はっはっは。だよな。殺さねえふりして近づいてから殺すと、いい顔するぜ」


「俺もやっときゃ良かったなー。ガキなんて声うるせえから、ついすぐやっちまったわ」


「バカ言ってねえで、さっさと死体集めろ。まとめて燃やした方が楽だろ」


「はいはいっと……おい、誰か近づいてきてるぞ?何だ、助からねえのわかってて自分から殺されに来たか?」


「にしちゃ、身なりが少し綺麗だな。……女だぜ」


「おお、じゃあアレだな。散々遊んでから殺そうぜ」


盗賊達が下卑た笑いをあげる。


一歩、広場に足を踏み入れたカロンは、目の前の惨状に奥歯を噛み締めた。


「おいおい、いい女じゃねえか。よー、嬢ちゃん。俺達と──」


盗賊が肩に手を伸ばした瞬間、右腕が肘から先ごと宙に舞った。


「……え?」


そのまま、カロンの炎を纏った剣が盗賊の首を払う。血飛沫がカロンの顔にかかるが、彼女は一切瞬きしない。


「汚ったねぇ……」


血が肌を伝って落ちる。


「おい、何だあの女……冒険者か!?」


「バカな、冒険者は俺たちには“手出し出来ねえ”って話だろ……!」


「エンシス・フォルマ」


カロンは淡々と呟き、炎の剣で盗賊達を次々と切り刻んでいく。十人いた盗賊は、ほとんど反撃の暇もなく倒れ伏した。


「ま、待ってくれ……!もう殺さねえから、命だけは……!」


最後の一人が尻餅をつき、手を伸ばして命乞いをする。


「アンタ達、命乞いされても平気で殺してたくせに……自分がされる側になったら、急にこれ?」


カロンは軽蔑の視線を盗賊に向ける。


「お前らに、命乞いする資格なんてねえよ。死んどけ」


一閃。盗賊の首が地に落ちた。


静寂が戻る。


(……やっぱり、噂は本当だったんだ……)


──王が“街の浄化”のために、盗賊を使ってカヒラパの住人を消している。


カロンは唇を噛み締める。


「クソが……なんで、こんな……」


まだ生き残りがいるはずだ。そう思って歩き出した瞬間。


背後から、妙に軽い男の声が響いた。


「おいおいおいおい……これはどういう事だ?」


「……!」


カロンが振り返る。


そこには、肩まで伸びた蓬色の髪の男が立っていた。肌は病的なほど白く、痩せた身体をだらりとさせながらも、口の端には不気味な笑みが貼り付いている。


男は、カロンがさっき切り捨てた盗賊達の死体を、まるで本当に“絨毯”のように踏みつけながら近づいてくる。


「なんで俺の、大切な大切な――大切な仲間が、こんなに死んでるんだ?」


声色は穏やかなのに、その目だけが氷のように冷たく光っていた。


「大切な仲間のはずなのに、アンタ、平気で踏んでるじゃん」


カロンは一歩も引かずに、睨み返す。


「何を言ってる。俺の靴が血で汚れないようにしてやってんだぁ、この大切な仲間を使って、だぞ?」


「普通、大切だったらそんな扱いしねえよ」


「俺にとってはこれが普通なんだよ」


男は笑う。その笑いは、どこか壊れていた。


「で? お前が──俺の大切な大切な大切な仲間を、殺したのか?」


さっきまで軽かった声色が、急に底冷えするような低さになる。殺気が、空気をねっとりと覆った。


全身に鳥肌が立つ。だが、カロンは剣の柄を握り締めた。


「そうだよ。アタシがやった。アンタもあいつらの仲間なら、アタシの手で殺してやる」


「……殺す? “誰”が?」


男は一瞬黙った後、肩を震わせて笑い出した。


「ケッ、ケッケ……ははっ、ハハハハハ!! おいおいマジで言ってんのかよ! ケッケッケ……!」


「何がそんなに可笑しいんだよ! エンシス──え……?」


カロンが魔法の詠唱を始めようとした瞬間、右腕に激痛が走る。


「っ……!」


見ると、肘の後ろあたりから、ぱっくりと血が噴き出していた。


「おいおいおいおい!嘘だろ!?今の見えなかったのかよ!?」


男は楽しそうに目を細める。


カロンは左手で剣を持ち替えようとするが、その左腕も、同じように肘の後ろを斬り裂かれた。


「どうして……」


腕がぶらりと垂れ、力が入らない。


「何をそんなに怖がってんだよ。別に怖がる要素なんか、どこにもねーだろ?」


男は、ゆっくりとした足取りでカロンに近づいてくる。


カロンは本能的に、背を向けて逃げようと走り出した──が、数歩で地面に崩れた。


踵の辺りを斬られ、足首がうまく動かないのだ。


「へえ。そんなに生きたいんだ。まあ、死ぬけどな」


男は鼻歌交じりにナイフを取り出すと、くるくると指の間で弄び、そのまま空へ放り投げた。


「頼むぞー、ちゃんと真ん中に刺さってくれよー」


「や、やめ──」


悲鳴を上げる暇もなく、ナイフはカロンの腰に突き刺さる。


「おーっと、外したか。クソ……まあ、じっくり遊ぶか」


男はナイフを引き抜くと、もう一度空へ。


しばらく、悲鳴と笑い声だけが、カヒラパの空に響き続けた。


  ーーーーーーー


トーメル王国・ギルド前


「なんだかんだ言って、ここ最近ギルドが一番落ち着く気がするぜ」


アデルが大きく伸びをしながら言う。


「アデルの言うこと、なんとなくわかるかも」


リノアも同じように伸びを返した。


「それにしても、岩栗本当に美味しかったですね。また食べたいです……!」


ゼーラが夢見心地で両頬を押さえる。


「おいゼーラ、それ言うとオレもまた食いたくなるだろ!」


「えへへ……すいません、アデルくん」


「にしても、これで俺達二つ星プレートだもんな!」


ルインが誇らしげに胸を張る。


「そうね! 長かったー! プレートもらったら、早くラバン王国へ向かいたい!」


「じゃ、とりあえずリンダさんにクエスト報告してくるか!」


四人はギルドの扉を開けて中に入る。そのまま受付カウンターへ向かうと、リンダが温かく迎えてくれた。


「おかえりなさい! 無事にランクアップクエスト完了ですね。こちらが新しいプレートです。二つ星プレートになります」


四人はそれぞれ金属光沢の増したプレートを受け取り、首にかける。一つ星プレートはギルドに返却だ。


「おおおお!! ついに二つ星だああああ!! 強えクエスト受けまくってやる!!前のクエストなんて全部一撃で終わらせてやる!!」


「はぁ〜〜長かった〜。宿のベッドで時間気にせずごろごろしたーい」


「私も体を綺麗にして、ふかふかのベッドでぐっすり眠りたいです!」


「二日後くらいにここを出発して、ラバン王国へ向かうか。それまではゆっくり過ごそう」


ルインが提案する。


「オレはとりあえず飯!!腹減った!!」


「わたしとゼーラは体洗いたいし、寝たいから先に宿に戻るね。ルインは?」


「俺も宿戻って休むわ。さすがにちょっと疲れた」


「なんだよルイン、一緒に飯食おうぜ!」


「お前と飯食ったら、絶対そのまま寝ちまうからパス」


「ちぇっ。まあいいや。オレだけで全部食ってやる!!」


ルイン、ゼーラ、リノアは宿へ向かい、アデルはギルドの食堂へと向かう。注文を済ませ、料理が来るのを待ちながら、ぼんやりとテーブルに突っ伏していると──。


バンッと肩を叩かれた。


「おおおい!!アデル!!」


驚いて振り向くと、満面の笑みを浮かべたグレックが立っていた。


「ツルッツルか。どうしたんだよ、そんなニヤニヤして」


「どうしたもこうしたもねえよ!無事に帰ってきたって事は、ランクアップしたんだろ!?」


「あたり前だろツルッツル!レッジスコーピオンなんて一撃だったぞ!」


「本当に全く苦戦しなかったのかよ!あいつ、敵見つけると体からネバネバした液体出してくんだぞ。あれ触れるとマジで取れねえくらいくっつくから、よく武器捨てて逃げる奴多いんだ。……まあ、お前らのパーティはほとんど魔法だし、あんまり関係ないかもな」


グレックは悔しそうに頭をかいた後、にやりと笑う。


「何はともあれ!ランクアップおめでとうな!飯、奢ってやる!!」


「マジか!!ツルッツル!!ごっそさーん!」


グレックの“奢る”という言葉を聞きつけた他の冒険者達が、ぞろぞろとテーブルに集まってきた。


「おい、グレックが奢るってよ!」


「うおーー!太っ腹かよグレック!!」


「うっせえ!!なんでお前らまで奢らなきゃなんねえんだ!!俺はアデルのランクアップ記念で奢るっつってんだ!!」


「アデル、ランクアップしたんだってな!」


「ついに俺らと同じランクかー」


「俺達もなんか奢るぞ。何食いたい?」


「マジかよ!じゃあ、お前らが普段食ってる一番うめえやつ!」


そんなこんなで、グレックを筆頭に、ギルドの先輩冒険者達が順番にアデルに飯を奢ってくれた。笑い声と茶化し合いが入り混じる、楽しい時間が流れる。


やがて、日が傾き始める頃には、クエストに向かう者たちが次々とギルドを後にし、食堂は少し静かになっていた。


アデルは満腹になった腹をさすりながら、テーブルに肘をつき、うつらうつらとし始める。


「……ねみ……」


まぶたが落ちかけたその時。


「アデルッ!!」


名前を呼ぶ声と同時に、肩をガシッと掴まれた。


「うおっ!? ……なんだよ、トッタか。ビビらせんなよ」


トッタは、血相を変えてアデルを見つめていた。


「カロンから伝言だ。“カヒラパにすぐ来てくれ”って」


「カロンから……!?」


アデルの表情から、一瞬で眠気が吹き飛ぶ。


「今、カヒラパが酷い事になってるらしい。盗賊共が住民を殺しまくってるって、逃げてきた住人が言ってた」


「……ッ」


「ただ、おかしな事に、騎士は“知らん”の一点張りなんだ」


アデルは椅子から飛び上がった。


「……行く」


短くそれだけ言うと、すぐさまギルドの外へ走り出した。


  ーーーーーーー


カヒラパへ続く通路は四つある。その全ての入り口に、騎士が二人ずつ立ち、道を塞いでいた。


「カヒラパ方面は立ち入り禁止だ。引き返せ」


どの入り口でも、同じ言葉。剣の柄に手を置いた騎士達は、アデルを通す気がない。


「なんでだよ……!中で何が起きてんだよ……!」


アデルは唇を噛み、拳を握り締める。


(騎士ぶっ飛ばしてでも入るか……? いや、そんな事したらリノア達にまで迷惑かかる……クソッ!)


ふと、視界の隅に屋根瓦が映った。


「……そうだ。上から行きゃいいんだな!」


アデルは近くの建物の壁に飛びつき、身軽に屋根へとよじ登る。そのまま屋根伝いに騎士達の頭上を飛び越え、強引にカヒラパの区域へと侵入する。


「よし……!」


だが、周囲は異様なほど静かだった。かつて見た、汚れていても人の気配があった通りが、今は……死んだように静まり返っている。


「なんだよこれ……。とりあえず、カロンとジートを探さねえと……」


アデルは走り出す。視界の端々に、血溜まりと倒れた人影が映るたび、胸がざわつく。


(間に合え……間に合え……!)


ジートの家の前にたどり着いた時には、すでに通りに人影はなかった。


そっと扉を押し開ける。


「……!」


鼻をつく鉄臭い匂い。床に広がった赤い色。


部屋の真ん中には、アデルと同じくらいの年齢の女の子が倒れていた。背中には三本の剣が刺さっている。その下には、小さな背丈の少年が、守られるように抱き込まれていた。


二人とも──すでに、動かない。


アデルの胸の奥で何かが、ボキッと音を立てて折れた。


その時、部屋の奥から複数の足音が聞こえた。


「おい、物音がしたって言うから戻ってきたけど……なんだ、まだガキがいたのかよ」


「またガキ?さっさと殺して、溜め込んでた金だけ頂いてくか」


「カヒラパの連中のくせして、まあまあ持ってやがるからムカつくよな。女買いてえ」


奥から四人の盗賊が現れ、その内の一人がナイフを片手にアデルへ近づいた。


「よぉガキィ〜。お前、泣かねえのか?」


男はナイフの切っ先をアデルの首元に押し当てる。


「この家のガキ共は、全員顔ぐっしゃぐしゃにして泣き叫んでたぞ〜。『助けて』とか『やめて』とかよ。特にこの女、ムカついたなぁ。“弟には手を出さないで”だとよ。雑魚が何生意気な口きいてんだって話だよな?だからよ、弟庇った瞬間に後ろからぶっ刺してやったんだ。最高だったぜ〜」


盗賊が楽しげに語ると、仲間の三人もゲラゲラと笑い出す。


「それでよぉ、ガキ。お前は泣かねえのか?つまんねえぞ。泣けよぉおお!!」


アデルはゆっくりと目を伏せ──そして、口を開いた。


「……聞きてえ事があんだよ。てめえらクズ共に」


「んあ? なんだガキ。口の利き方に気をつけろよ? まあ聞いてやるけどな」


「てめえらは、なんでカヒラパの住人を殺す?前にも殺してただろ。なんでだ?コイツらに殺されそうになったのか?」


一瞬の沈黙の後、盗賊達は腹を抱えて笑い出した。


「かはっはっは!!お前、何わけわかんねえ事言ってんだよ!!」


一人がアデルの頭をポンポンと叩く。


「殺されそうになったから? 違う違う。楽しいからだよ。人間ってのは、殺される前に色々足掻く。泣いて、叫んで、土下座して、なんでもする。で、結局殺される。……面白えだろ?」


男の顔に浮かんだ笑みは、心底から歪んでいた。


「だから俺は殺すんだよ。なあガキ。お前も足掻けよ。もっと楽しませろよ」


アデルは、静かに何かを見下すような目になった。


「……もうわかったわ」


その声は氷のように冷たい。


「てめえらみたいなクズ共は、生きてる意味ねえな」


次の瞬間、アデルは首元のナイフを持つ腕を掴み、そのまま関節を逆方向に折った。


「ぎゃっ──!?」


悲鳴を上げる暇もなく、アデルの足が盗賊の首を蹴り抜く。男は壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。


「……!」


他の盗賊三人は、何が起きたのか理解できないまま後ずさる。


「ただ“面白い”って理由だけで人を殺す……オレには、マジで理解できねえ」


アデルの声には怒りもあったが、それ以上に冷たい侮蔑が滲んでいた。


「自分が殺されそうになって、必死に生きようとして戦って……その結果、殺すのはわかる。けどよ。何の罪もねえ奴を、遊びで殺すのは許せねえ」


アデルは一歩踏み出す。


「だから。てめえらみたいなクズは──生きる資格がねえ」


言葉と同時に、アデルの姿がふっと消えたかと思うと、残り三人の胸と首に、衝撃が走った。


「っ……!」


三人はその場に崩れ落ち、二度と動かなかった。


一人だけ残った盗賊が、その光景を見て膝をつき、顔面蒼白で震え出した。


「ひ、ひぃっ……!ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


「待つ?」


アデルは首を傾げる。


「何言ってんだ? バカか、てめえ」


「か、金が欲しいんだろ!?ほら、ここの隠し場所に、こんなに……!」


盗賊は慌てて隠していた金を取り出し、アデルの足元へと置く。


「こ、これやる!だから、見逃してくれ!!頼む!!」


額を床に擦りつけて土下座する盗賊を見下ろしながら、アデルは金貨の入った袋を足で蹴り飛ばした。


「てめえら、本当に汚ねえな」


そのまま、盗賊の頭を踏み抜く。


骨が砕ける音が響き、動きが止まった。


部屋に再び、静寂が落ちる。


アデルは深く息を吐き、床に伏した少年と少女をもう一度見つめた。


「……ジート……」


今にも叫びそうになる喉を押さえ込み、アデルは踵を返す。


「どこだ、ジート……カロン……」


アデルは名前を叫びながら、血の匂いに満ちたカヒラパを、走り出した。

本日も見ていただきありがとうございます!!

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