第十五話 ランクアップに向けて
リノア、ゼーラ、ルインは、アデルの部屋に集まっていた。
簡素な宿の一室。四人はベッドではなく床に腰を下ろし、散乱した荷物のすき間に円をつくるように座っている。
「俺達はパーティ組むって決めたのにさ、いざ話し合おうとしたら緊急クエストぶっ込まれてよ。結局まだ何にも決めれてねえからな」
ルインが頭をかきながら言うと、リノアがこくこく頷く。
「そうだね!これからどうしていくか、ちゃんと決めておかないとね!」
「てかさ、なんでわざわざオレの部屋なんだよ。ルインの部屋でもいいだろ!」
アデルが不満そうに眉をひそめる。自分のベッドの上には、乱雑に放り出された上着や剣帯が積まれている。
「俺の部屋、アホみたいに狭いんだよ!四人も入ったら足伸ばせねえって!だからおまえの部屋にしたんだ!」
「勝手に決めんな!!」
「皆さん!それよりも話し合いを進めましょう!!」
ゼーラがぱん、と膝を叩いて身を乗り出す。いつもより声が弾んでいるせいか、リノアが首を傾げた。
「ゼーラ、なんでそんなにワクワクしてるの?」
「私、嬉しいんです。今まで友達なんてルインくらいしかいなくて……。こうやって試練の塔の旅に出て、新しい友達ができて、一緒に冒険して。そんなの想像もしてなかったから……だから今、こうして皆さんと話し合って、これからの冒険のことを決めてるってだけで、すごく嬉しいんです」
照れくさそうにはにかむゼーラに、リノアもつられて笑う。
「そっか……うん、わたしも嬉しいよ。二人より四人いれば、出来ることも増えるしね。冷静に判断できる人も増えるし。アデルなんて、考えなしにすぐ突っ込んじゃうから」
「おいリノア!!オレだってちゃんと考えてから突っ込んでるわ!!」
「はいはい」
完全に受け流され、アデルはむっとしてリノアを睨む。しかし当の本人は気にも留めず、ルインの広げた紙へと視線を落とした。
「じゃ、早速今後の方針について話すぞ。とりあえず、これ見てくれ」
ルインが床に一枚の紙を丁寧に広げる。ところどころ擦れているが、線と文字はしっかりしている。
「ルイン、それなに?」
「これは地図だ」
「チズ?」
きょとんとするアデルに、ルインは若干得意げだ。
「まあ、この辺り一帯くらいしか載ってねえ簡易地図だけどな。店にはいろんな地図が売ってるが、信憑性が薄いのが多いんだ。だから何枚も買って、ベテラン冒険者に聞いて位置を照らし合わせて……情報が一番合ってる地図がこれだ!」
「ルインが時々どこか出掛けてたのって、そのためだったんですね」
ゼーラが感心したように目を丸くする。
「ああ、そうだ!」
「アデルだったら絶対こんなマメなこと出来ないからね!さすがルイン!」
「リノアてめえ!!オレだってやろうと思えば――」
「まあまあ、アデル落ち着け。続きいくぞ」
ルインが苦笑しながら制止すると、アデルはふてくされたように口を閉じ、腕を組んだまま地図を睨む。
「まず、俺たちが今いるのがここ――トーメル王国。そして次の目的地候補が、この北側にあるラバン王国だ。鳥車で北に五日って聞いた」
「そんなにかかるの!?お尻痛くなっちゃうよ!」
リノアが頬を膨らませる。すかさずゼーラがフォローを入れた。
「リノアさん、ちゃんと途中で休憩は入ると思いますよ?」
「だよねっ!」
「ねえルイン、ラバン王国からさらに上の方に描かれてる、この塔のマークって……もしかして」
リノアが指先で示した先には、地図上でひときわ目立つ塔のマーク。
「そう。トラウスの塔。俺たちが最初に挑む“塔”だ」
ルインの声が少しだけ引き締まる。その響きに、場の空気が無意識に変わった。
「ラバン王国からトラウスの塔までって、どれくらいかかるの?」
「道の状態にもよるが……七日くらいは見ておいたほうがいいな」
「うわっ、けっこう距離あるんだね!みんなで野営とかもしなきゃだ!」
「まあ、途中に宿屋があれば泊まればいい。でも問題はそこじゃない。ラバン王国までは鳥車移動だから、その分の金を稼がないといけねえ。とりあえず目標、金貨一枚。そこまで稼いだら出発って感じでどうだ?」
ルインの問いに、三人が順番に頷いていく。
「私はそれで構いません!」
「わたしも賛成!」
「オレもそれでいいぜ」
「よし、決まりだな。なら早速、クエスト受けに行くか!」
ルインが手を叩いて締めると、アデルがふと思い出したように顔を上げた。
「なあ、金貨一枚って、オレたちの戦力ならどれくらいの速さで集まりそうだ?」
「んー、正直まだわからねえな。ランクが上がれば一気に稼げるようになるから、とりあえず一つ星から二つ星冒険者になるのを先に目標にするか」
「そんな簡単になれるのか?」
「まあ、クエスト十回受けて達成すれば、ランクアップクエストを受ける資格がもらえるらしい」
「ならちゃっちゃと十個クエストこなして、さっさとランクアップしようぜ!!……あ」
「あ?どうした、アデル?」
さっきまで前のめりだったアデルの表情が、少しだけ曇る。握った拳に力がこもった。
「なあ……ここを出発するの、今から一月後にしねえか?」
「なんでだよ?なんか理由でもあるのか?」
ルインが真剣な目で問うと、アデルは目を細め、膝の上で拳を固く握りしめた。
「ああ。やらなきゃいけねえ事がある」
短く、しかし芯のある声。聞いた瞬間、部屋の空気がぴりっと強張る。
「……わりい。ちょっと外で顔洗ってくる」
立ち上がったアデルは、それ以上何も言わず扉へ向かった。
「おい、アデルッ!」
ルインが呼び止めるも、アデルは片手をひらひらさせるだけで、そのまま部屋から出て行ってしまう。
がちゃり、と扉が閉まる音がやけに大きく響いた。
「……リノア。アデルに何があった?聞いてもいいか?」
ルインが慎重に問いかけると、リノアは少しだけ視線を伏せたあと、決意したように顔を上げた。
「実はね、ここに来る前……」
そして――トーメル王国の貧困街、カヒラパで見た悲惨な光景を、ジートという少年との約束を、騎士団に訴えても相手にされなかったことを、ひとつひとつ、言葉を選びながら二人に話していった。
聞き終えたゼーラは、膝の上で握りしめられた手を震わせる。
「酷すぎます……!」
「ここの騎士には本当に言ったのか?」
「うん。それがね……全く相手にされなかったの」
リノアが悔しそうに唇を噛む。ルインは深く息を吐き、天井を仰いだ。
「血哭旅団……噂では聞いてたが、やっぱり本当なのか……?」
「なにが本当なの?」リノアがすぐ問い返す。
「トーメル王国の国王”ルンファ国王“が、血哭旅団を使って貧困街にいる人間を“消そう”としてるって噂だ」
「――ッ!?」
空気が凍る。リノアの顔から血の気が引いた。
「わ、私も……ギルドの中で噂話として聞いたことがあります。でも、あくまでも噂で……正式な情報じゃないです」
ゼーラが不安げに補足する。
「なんでそんなこと……するの?」
リノアの声が震える。ルインは腕を組み、苦々しげに目を細めた。
「ルンファ国王が貧困街を消したがってるって話は、相当前から囁かれてる。国王自ら貧困街の住人を殺すとなると、対外的にまずいだろ?だから“盗賊”を雇って、表向きは関係ないふりをしながら消してる……って話だ。あくまで噂、だけどな。だから正直、この件に深く関わるのは危ねえかもしれん」
「でも、アデルはそんなの絶対気にしないと思う。カヒラパのジートって少年と約束したから。“盗賊共ぶっ飛ばす”って」
リノアの瞳には迷いがない。ゼーラもきゅっと拳を握りしめる。
「アデルくんらしいですね。……私も、手伝っていいですか?盗賊団潰し」
「え……ゼーラ、本気なの?わたし的には嬉しいけど……」
「ルインはどうします?」
三人の視線がルインへ向く。ルインは頭をかきながら、難しい顔をした。
「そう言われてもなぁ……盗賊共ぶっ飛ばして、その件が国王の耳に入ったらどうする?俺たち、国家ぐるみで狙われるかもしれないんだぞ?」
「でも、国王と繋がってるって、あくまでも噂でしょ?なら、大丈夫だよ!」
「……楽天家だな、おまえ」
苦笑しながらも、ルインの表情には完全な拒絶はない。とはいえ、結論は急ぎすぎないほうが良いと判断したのか、手をひらひらと振った。
「ま、とりあえずこの話は一旦置いておこう。今はランクアップが先だ。さっさとアデルと合流して、ギルド行こうぜ」
「だね!」
「そうですね!」
三人は立ち上がり、部屋を出て外へ向かった。宿の外は昼の賑わいでざわめいているが、その中にアデルの姿はない。
「アデル、どこ行ったんだろ?」
「もう、バカアデル!先にギルド行こう!」
「リノアさん、本当に探さなくていいんですか?」
「大丈夫だよ。どうせどっかでケンカ売ってるか、考え込みながら歩いてるかのどっちかだって。すぐ合流できるよ。ほら、早くギルド行こ!」
リノアがくるりと踵を返し、ギルドの方角へ歩き出す。ルインとゼーラは顔を見合わせ、苦笑しながらその背中を追った。
ギルドの扉を開けると――中はがらんとしていた。
「あれ?人少ない……」
「そうですね。珍しいです」
「みんなどこ行ったんだ?」
首を傾げていると、クエスト掲示板の前にいつも立っている受付嬢・モモが慌てて駆け寄ってくる。
「あっ、リノアちゃん達!今ね、アデルくん、訓練所で冒険者たちと戦ってるよ!他のみんなも、それ見たくて訓練所に行っちゃってるんだ〜」
「ええええ!?なんでそんなことになってるの!?またバカアデルが挑発的なこと言ったの!?」
「ん〜それがね……」
モモが事情を説明しようと口を開いた、その少し前――。
――リノアたちがギルドへ来る前。
アデルは宿を出て、水桶のところで顔を洗ったあと、そのままギルドへと向かっていた。
(オレは、本当に盗賊共ぶっ飛ばせるのか……?
オークには逃げられ、クイーンベアーにもギリギリ。クソが……。ここに来る前までは自分が最強だって本気で思ってたのに。
ガロンには手も足も出ねえ。なんなんだよ、オレは……)
歩くたび、悔しさと情けなさが胸の奥でぐつぐつと煮え立つ。それでも足は止まらず、考え込んでいるうちに、気づけばギルドの前に立っていた。
重い扉を開くと、中にいた冒険者たちの視線が一斉にアデルへと注がれる。ひそひそと囁き合う気配を無視して、アデルはクエストボードへ向かおうとする。が、その途中で一人の男が歩み寄ってきた。
口元と頬に目立つ傷を持つ、いかにも場馴れした冒険者だ。
「おい。グレックから聞いたぜ。おまえ、クイーンベアーを一人で殺ったらしいじゃねえか。しかも、はぐれオークともいい戦いしたってな」
「別に大したことねえよ。猪頭は逃しちまったしな」
アデルが肩を竦めると、男はニヤッと口角を上げる。
「ガキのくせに、やっぱおまえ強えんだな。……なあ、訓練所あるだろ?あそこで、俺と勝負しねえか?」
「はあ?オレがてめえと?」
「そうだよ。正直な話な――まだおまえの強さを疑ってる連中が多いんだ。だからよ、あんたが本物かどうか確かめたくなっちまったんだよ。いいだろ?ガキ?」
男はわざとらしく“ガキ”という言葉を強調し、傷だらけの口元で嗤った。
「……てめえ、オレを舐めてるのか?」
低く、冷えた声。男は面白そうに目を細める。
「よくわかったな、ガキ。舐めてるよ。
ガキの分際で調子乗るんじゃねえ。グレックの兄貴に可愛がってもらってるからってよ、いい気になってんじゃねえぞ?」
「はあ?別にいい気になってねえし、調子も乗ってねえよ。……雑魚が」
アデルは鼻で笑い、ぐっと顔を近づける。
「訓練所、さっさと来い。後悔することになるぞ」
その一言で、周囲の空気がざわっと揺れた。二人はそのまま訓練所へ向かう。ギルド内に残っていた冒険者の多くが、慌てて後を追いかけた。
「まったく、ザキンのやつ……。グレックに気に入られてるアデルに嫉妬してるだけじゃん。ホント女々しいやつだよね〜。あたしがザキンをボコボコにしてやりたいくらいだわ」
観覧側へ回った女冒険者カロンが、腕を組みながら毒づく。
「よく言うぜ、カロン。おまえじゃ絶対ザキンに勝てねえって。あいつ、もうすぐ三つ星プレートだろ。ランクアップに必要な魔物が現れてねえから二つ星で燻ってるだけでさ」
「うるせえ!!でもさ、もしザキンが負けたら――死ぬほど笑ってやる!」
「俺達もついでに訓練してくか!」
ざわめきとともに訓練所に人が集まっていく。
訓練所では、アデルとザキンが左右に分かれ、互いに睨み合っていた。周囲にはぐるりと冒険者たちの輪ができている。
「おいガキ。おまえ、魔法使えねえんだってな?だったら、俺も魔法は使わずにやってやるよ。……手加減はしねえからな!」
ザキンは右手で片手斧をぐるりと回し、構えた。筋肉がぶ厚く盛り上がっている。
「こいよ」
アデルは腕を前に突き出し、指先をくいくいと動かす。挑発的な笑みを浮かべたまま、一切構えを見せない。
数秒の沈黙。先に動いたのは――ザキン。
「喰らえ、クソガキィ!!」
怒号とともに、真上から全体重を乗せた斧が振り下ろされる。観客たちが息を呑んだ瞬間、アデルの身体が、風のように滑った。
ほんの指先一本分だけ。最小限の動きで軌道から外れ、地面に叩きつけられる斧を横目に捉える。
「チョロチョロ逃げんな!!」
ザキンが角度を変え、横薙ぎ、斜め、突き――次々と斧を振るう。だが、そのどれもが紙一重で空を切った。アデルの身体は、完全に斧の軌道を読み切っている。
そして、斧の重さにバランスを崩した、一瞬の隙。
「遅え」
アデルの拳が、きれいな軌道でザキンの顎を撃ち抜いた。鈍い音。ザキンの身体がびくん、と跳ね、そのまま白目を剥いて崩れ落ちる。
「く、口ほどにもねえな……」
アデルは軽く拳を振り払い、周囲の冒険者たちをぐるりと見回す。
「……他にもいんだろ?」
静寂を破る声は、獣のような気迫を帯びていた。
「オレがクイーンベアーを倒せないと思ってる奴。オレの強さを疑ってる奴。――全員、まとめて相手してやるよ。
オレとやろうぜ。全員ぶっ飛ばしてやる。……ほら、かかってこいよ、雑魚共」
その挑発に、訓練所が一気に沸騰する。
「おいルーキー、言葉の選び方には気をつけろよ。あんまり調子乗ってんじゃねえぞ!」
「その通りだ坊主。今謝れば許してやるっての!」
二人の冒険者が前に出てきて、指を鳴らし、首をゴキゴキと鳴らす。
「……ほざけ、雑魚」
「ガキが大人を睨んでんじゃねえ!!」
「二人同時でかかってこい。そしたら、一分はもつだろ」
一瞬の沈黙のあと――二人の堪忍袋は見事に切れた。
「てめえぇぇ!!」
「やっちまうぞ!!」
二人はほぼ同時に飛びかかる。訓練所の熱気はさらに増し、周囲では「どっちに賭ける?」「次オレがやる!」と、賭けと順番待ちの声が飛び交っていた。
「てか、あいつら大人気ないよな〜。あたしならちゃんとタイマンでやるね!」
「まあでも見てみろよカロン。アデル、二人同時の攻撃全部避けてるぞ」
「マジかよ……って、うわっ、今ので一撃かよ!!」
アデルの拳と足が、舞うように二人を打ち据える。そのどの攻撃も、ほんの一撃で意識を刈り取っていく。
「おいカロン、あいつ今何人抜きだ?」
「今……十五人抜きだな!これで確信した。あのガキ、本物だ。なあトッタ、おまえもアデルとやってこいよ!」
「バカ言え!!勝てるわけないだろ!!じゃあカロンが行ってこいよ!」
「あたしさっき足捻ってさ、めっちゃ痛いから今は無理なんだよね!」
「うそつけえええ!!」
最後の一人を倒し終え、アデルは息一つ乱さず、訓練所を見渡す。
「おい!!他にいねえのか!?まだまだ足りねえぞ!!かかって来いやあ!!」
凄まじい気迫に、さすがのベテラン冒険者たちも一歩引く。誰も目を合わせようとしない。視線が合いそうになると、そっと逸らされる。
(……もういい。本気でぶっ飛ばしてたら、練習にもならねえな)
挑戦者が現れないと悟ると、アデルは肩を回しながら訓練所から出て行く。
「おいトッタ、何ビビってんだよ!」
「カロンもだろ!」
「あたしは足捻って戦えねえって言ってるだろ!」
「……今日はいいもん見れたわ。俺もちゃんと練習しねえとな」
「そうだな。……トッタ、クエスト受けに行くか!」
「足は大丈夫かよ?」
「足首回したら治った!」
「今治ったのかよ!!」
そんな会話をしながら、訓練所にいた冒険者たちもぞろぞろとギルド内へ戻っていく。
アデルがギルドのホールに入ると、そこにはリノアたちの姿があった。
「アデル!!!!モモさんから聞いたよ!!ケンカしたんだって!?!」
「ケンカ?ああ。全員、一撃でぶっ飛ばしてやったぜ!」
アデルは久しぶりに、屈託のない笑顔を見せた。クル村の一件以来、どこか影を落としていたその顔に、ようやく光が戻ってきたのを見て、リノアは胸の奥がじんわり温かくなる。
(ああ……よかった。ちゃんと自信、取り戻したんだ)
「そう!なら、早速クエスト受けよう!!」
「おいアデル!ずるいぞ!俺も混ざりたかった!!」
「ルインっ!ケンカはよくありません!」
いつもの調子が戻ってきた四人のやり取り。その最中、二人の冒険者がアデルに近づいてきた。
アデルは反射的に睨みつけるような視線を向ける。二人のうちひとり――カロンが、両手をひらひらさせた。
「おいおい、そんな睨むなよ〜。ただ話したいだけだっての」
「誰だ?おまえ」
「アタシはカロン。そして、この腹出てるやつがトッタだ!」
「トッタだ!さっきの試合、ばっちり見てたぜ。おまえ、すんげえ強いんだな!俺は最初からクイーンベアー倒したって信じてたけどな!」
「よく言うぜトッタ。さっきまで“あんなヒョロガキがクイーンベアーなんて倒せるかよ”って言ってたくせによ」
「カロン!!余計なこと言うんじゃねえ!!アデルは俺がそんなこと一言も言ってないって信じてくれるよな!」
「で?オレに何の用だ?」
アデルが短く問うと、カロンは少し真剣な表情に変わり、顎でギルドの隅を指した。
「あのさ、ちょっと話したいことがあるんだ。人が少ない場所でさ」
カロンが先に歩き出す。アデルは振り返り、リノアたちを見る。
「わたし達のことは大丈夫だから、行ってきていいよ」
「クエストは俺たちで選んどくからよ」
リノアとルインの言葉を聞いて、アデルは無言で頷き、カロンの方へと向かった。
ギルドの壁際、人通りの少ない場所で足を止めると、カロンが振り返る。
「それで、話ってなんだ?」
「あのさ…..血哭旅団って、知ってるか?」
「血哭旅団だと……!!」
その名を聞いた瞬間、アデルの内側で何かが弾けた。カヒラパの住民たちをいたぶっていた盗賊たちの顔が一気に蘇る。ジートの涙も、震える声も。
「そのカス共の話をするために、オレを呼んだのかよ」
声が低く、怒りで震える。
「落ち着けっての。血哭旅団、アタシだって憎くてしょうがないんだから」
「だったらなんだ」
アデルが睨みつけると、カロンは真っ直ぐな瞳で言い放った。
「アタシと一緒に、血哭旅団をぶっ倒してほしいんだ」
「――ッ!」
胸の奥に刺さっていた“やりたいこと”を、真正面から言葉にされた気がした。
「アイツらな……毎月、月の終わりにカヒラパまで金を受け取りに行くんだ。そん時、金を払えない奴は――殺される」
カロンの声が震えた。
「アタシの姉さんは、アタシに金を託して、逃がしてくれた。姉さんはその場に残って……首をはねられて、死んじゃったんだ」
ぎゅっと唇を噛むカロンの目尻が赤い。
「だから、いつか必ずアイツらに復讐するために強くなろうと思ってた。でも現実は甘くねえ。アタシ一人じゃどう足掻いても勝てねえ。だから、一緒に戦ってくれる人を探してたんだ」
「……なんでオレに声をかけた?他にも冒険者はいるだろ。それに騎士とかよ」
アデルの問いに、カロンは即答する。
「ここで一番強いのは、君だ。さっきの訓練所見て、確信した。それと――騎士団にこの話をしても、全部はぐらかされた。貧困街で何人殺されてようが、知らんぷりだよ。
でも、さっき冒険者共を一撃でぶっ飛ばしてるの見てさ。君なら、きっとカヒラパを救ってくれるって……そう思ったんだ。だから、お願いだ」
カロンはその場で深々と頭を下げた。アデルが「頭を上げろ」と言っても、カロンは固く拳を握ったまま微動だにしない。
しばしの沈黙。そして――。
「……足手まといになるんじゃねえぞ」
「……え」
顔を上げたカロンの目に、驚きと希望が一気に広がる。
「いいのか!?本当にいいのか!!」
「別に、てめえのためじゃねえ。カヒラパにはオレの友達がいる。元々助けるつもりだった場所だ。だからオレは――そいつのために盗賊共をぶっ飛ばす。それだけだ」
「一緒に戦ってくれるだけで、アタシは嬉しいよ……!あ、自己紹介がまだだったな。アタシはカロン。一つ星プレートだ!」
「オレはアデル。よろしくな!」
アデルがぐい、と手を差し出せば、カロンも力強く握り返す。
「これでオレ達、友達だな」
「そうだな。友達だ。……盗賊団共を倒す前日、また集まろうか」
「いいぜ。月の終わりが近づいたら、声かけてくれ」
「了解!じゃ、アタシはトッタのところ戻るわ」
カロンは明るい声を残して、トッタの待つ方へ駆けていく。アデルは一度深呼吸してから、再びクエストボードへ向かった。
リノアたちはまだクエストを選んでいるところだった。
「アデル、さっきの人と何話してたの?」
「別に大したことじゃねえよ」
「ふーん。大したことじゃないんだ……」
「なんだよ、リノア」
「べつに〜?」
ぷいとそっぽを向きつつも、耳はちゃんとこちらの会話を拾っている。アデルが苦笑していると、ルインがクエスト用紙をひらひらさせた。
「なあ、このクエスト受けねえか?どうだ、三人とも」
ルインが見せてきた紙には、“幻の花グローヴァを探してほしい”と書かれている。
「ルインが選ぶの、こういうのばっかり!前回の四つ耳うさぎもそうだったし!!本当か嘘かわからないクエストは受けません!!」
ゼーラがぴしゃりと言い放つ。アデルが思わず吹き出した。
「ゼーラって怒るときは怒るんだな。リノアと違って、怒り方が大人だ」
「どういう意味よ!!アデル!!」
リノアががばっと詰め寄る。ルインは「うわっ」と一歩退きつつも、まだグローヴァの花の説明文を未練がましく読んでいた。
ゼーラは大きくため息をつき、自分で掲示板に向かうと、一枚の紙を抜き取って戻ってきた。
「皆さん。このクエストにしましょう!」
ゼーラが差し出した紙には、“ビッグボア三頭の討伐”と書かれている。
「ビッグボア三頭か……ゼーラ、これなら余裕じゃねえか?オレはもっと強い奴と戦いてえんだけど」
「アデルくん!私達はまだ“一つ星プレート”ですよ?このランクで受けられるクエストは、この辺りが限界なんです。ランクが上がるまで我慢しましょう」
「ほんっと面倒くせえな、このランクシステム!!……なら、さっさとクエスト十個こなすしかねえな!」
「はい!そうしましょう!」
ゼーラはクエスト用紙を持って、受付のリンダのところへ向かい、承諾の手続きを済ませている。
「くうう……グローヴァの花、見つけたかった……」
「ルイン、まだ言ってるの?ゼーラにまた怒られちゃうよ?」
「だってよおおおお……」
ぶつぶつ言い続けるルインを横目に、アデルはその場でストレッチをして体を温め始めた。肩を回し、首を鳴らし、軽く屈伸する。
やがてゼーラが笑顔で戻ってきた。
「皆さん、手続き終わりました!早速行きましょう!」
「はいはい……」
アデルとルインは何か言いたげにブツブツ言いながらも、リノアとゼーラにことごとく論破され、しょんぼりしながらギルドを後にした。
―――――
数週間後。
「おいルイン!!なんであそこで土ハンマーで攻撃しなかったんだよ!!」
「ありゃ意外と重いんだよ!!あんなのぶん回したら、アデル、お前まで巻き込んでぶっ飛ばしてたぞ!!」
「オレは絶対避けれてたわ!!」
「いや、絶対無理だったな!」
「二人とも!!いい加減にして!!ほら、料理できたから食べるわよ!!」
「皆さん、どうぞ。早く食べて、ギルドに戻りましょう」
野外の焚き火の上にかけられた鍋から、香ばしい匂いが漂ってくる。四人はそれから何度もクエストをこなし、今しがた十個目のクエスト――ロッドクラブの討伐を終えたところだった。
茹で上がったロッドクラブの殻は、通常のカニと違って濃い青色に染まっている。それを見て、ルインは眉をしかめた。
「うめえええ!!あまあああ!!オレ、この魔物好きだ!!」
アデルは豪快に身を頬張り、夢中で殻を割っては食べ進めている。
「本当かよ……このカニ、美味いのか?」
ルインは青く光る殻を前に、箸を止めていた。しかし、アデルがあまりにも幸せそうな顔で頬張るのを見て、意を決して足の部分にかぶりつく。
「……うっまあああああ!!なんだこれ!!噛めば噛むほど甘味が増すぞ!!ゼーラ!リノア!食ってみろよ!」
振り向いた先では――。
「ゼーラ!すごく美味しいね!ぱくぱく食べちゃう!」
「ほんとですね!あ、リノアさん、こっちも食べてください。ロッドクラブのハサミの部分なんですけど、ものすごく美味しいですよ!」
すでにリノアとゼーラの前には、高く積まれたカニ殻の山ができていた。二人とも夢中で殻を割り、身をほじくり出している。
「……おい、俺の声、聞こえてる?」
ルインがしょんぼりと肩を落としたところへ、アデルが口の周りを光らせながら話しかけた。
「てかよルイン、改めて思うけど、おまえの魔法ってさ、土で武器を作ってそれで戦うんだよな?オレは魔法使えねえからよく知らんけど、その……マナって結構使うのか?」
「そりゃあ使うさ。土槌を生成するときなんて、マナかなり消費するからな。連発なんてできねえよ。
……俺もアデルに対して思うことがある。おまえ、本当にマナ使えねえんだな。マナ使えなくても戦えてるの見てると、なんか勇気もらえるわ」
「オレはマナ使えねえんだけどよ……クル村でクイーンベアー倒した時、覚えてるか?あのとき左腕、あいつの爪の毒で完全に麻痺してた。
でもさ、そのとき妙に全身に“熱い何か”を感じてさ。意識を集中して、右腕にその熱いやつを集めたら、とんでもねえ威力のパンチが出たんだよ。……それ以来、何やっても全然感じねえんだよな。あの熱いのって、マナでいいのか?」
ルインは少し考え込んだ。
「んー、話を聞く限り、多分マナで合ってると思う。俺も初めてマナを感じ取ったとき、身体の中が熱くなったし。でもなんでそのときだけ使えたんだろうな」
「知らねえ。まあ、そのうちまた使えるようになるだろ!
そんなことよりルイン、またギルドの訓練所でオレと勝負しようぜ!!」
「いいぜ!!今度こそ決着つけてやる!!」
四人はわいわい話しながら、ロッドクラブを黙々と食べ進めていく。気づけば殻の山はさらに高く積み上げられ、鍋の中は空っぽになっていた。
「はああ!!食った食った!!オレもう一口も入らねえ!!」
「うぷっ……俺もだ……消化されるまで、しばらく動きたくねえ」
「わたしもお腹いっぱい〜……」
「私もです〜……」
4人揃ってごろりと草の上に寝転ぶ。空は高く、薄い雲がゆっくりと流れている。
しばらく腹をさすりながら休憩していると、アデルが突然むくりと起き上がった。
「……これでクエスト十個、達成したことになるんだよな?」
「そうですね。十個目が今のロッドクラブですから」
ゼーラが指折り数えながら頷く。
「だったら、とっととランクアップしてえんだけど」
「確かランクアップクエストは、ハンドベアーの討伐でしたよね」
「そうだろ?ならオレ、余裕な気しかしねえ。瞬殺だろ、きっと」
「ハンドベアーなら、わたし一人でも十分だしっ!」
リノアも負けじと胸を張る。ルインが立ち上がって腰についた草を払う。
「よっし、そろそろギルドに戻るか!!」
四人は荷物をまとめ、焚き火をきちんと消してから、徒歩でギルドへと向かった。
・
・
・
ギルドの扉を開けると、珍しくギルドマスター・ガロンの姿が一階にあった。受付のリンダと何やら話していたが、扉の音に気づくと振り向き、ニヤニヤした顔でアデルたちへと歩み寄ってくる。
「おお、おまえら。クエスト十個こなすのに、結構時間かかったな〜?」
「そんなかかってねえし!移動距離が短けりゃ、一気に全部終わらせてたわ!」
アデルがムキになって言い返すと、リノアが肘で突く。
「ちょっとアデル!すぐ怒らないの!」
「まあまあ、そんな怒んなって〜」
ガロンは楽しそうに笑いながら、四人を順々に眺めた。
「ちょうどいいところに帰ってきた。おまえら四人に、ランクアップクエストを受けてほしくてな〜」
リノア、アデル、ルイン、ゼーラは顔を見合わせ、小さく「おー」と声を上げる。
「今までは、二つ星プレートになるときに受けてもらうクエスト内容が“ハンドベアーの討伐”だったんだがな。冒険者組合の方針が変わってよ。
これからは“レッジスコーピオン”を倒せばランクアップすることになった。……というわけで、おまえら頑張れよ〜。詳しいことはリンダちゃんから聞け」
ガロンはそれだけ言うと、ひらひらと手を振って二階へ上がっていった。
アデルたちが早速リンダのところへ向かおうとすると、その前に他の冒険者たちがわらわらと声をかけてきた。
「おいおい!大丈夫かよ!!レッジスコーピオンだぞ!?俺も初めて聞いたぞ、クエスト内容が変更になるなんて!」
「前々から噂にはなってたんだよな。冒険者が死にすぎるから、ランクに見合った魔物を倒すようにするってよ」
「にしてもよ〜、二つ星プレートに上がるのにレッジスコーピオンはないよなあ……」
重い名前に、不穏な空気が漂う。リノアが不安そうに口を開いた。
「あの……そんなに危険な魔物なの?はぐれオークより?」
「んー……んんんー……」
問いかけられた冒険者は難しい顔をしながら唸ったあと、ぽつりと答える。
「はぐれオークのほうが、危険だと思う」
「なら余裕だねっ!!」
リノアは満面の笑みで拳を握る。
「じゃ、みんな!さっさと受けに行こう!」
アデルたちはリンダのところへ向かい、カウンター越しに説明を受ける。
「お待たせ致しました。ランクアップクエスト、討伐対象の魔物はレッジスコーピオンとなります。危なくなったら、絶対に無理せずすぐ逃げてくださいね」
「リンダ、ありがと!!」
リノアは元気よく礼を言い、アデルたちの方へ振り返る。そのとき――。
「おい!!おまえら!!レッジスコーピオンって本当か!!」
甲高い声とともに、グレックが血相を変えて駆け寄ってきた。
「なんだ、ツルッツル。久しぶりだな。そんな慌ててどうした?」
「そんな慌てて、じゃねえ!!ランクアップクエストの討伐対象がハンドベアーじゃなくなったって聞いてよ!!レッジスコーピオンになったんだろ!?心配でいても立ってもいられなくなっちまったんだよ!!!」
肩で息をしながら訴えるグレックに、ゼーラが穏やかに微笑む。
「グレックさん、落ち着いてください。私たちは大丈夫です」
「そうだぜ、グレック。さすがに、はぐれオークより強いってわけじゃねえだろうしな」
アデルも腕を組みながら軽く笑う。しかしグレックの表情は晴れない。
「そ、そうかもしれねえけどよぉ……レッジスコーピオンにやられた冒険者、俺は何人も見てきたんだよ……!」
グレックの目に、かつての仲間の姿がちらついているのだろう。
「ツルツル、ありがとう!でも安心して!わたし達、強いから大丈夫!!」
リノアは親指を立てて、ぐっと突き出す。
「リノア!!油断は禁物だ!!多くの冒険者はな、この“油断”って敵を忘れて――」
グレックが語りモードに入り、目を瞑って昔話をし始めたあたりで、彼の肩をぽん、と叩く者がいた。
グレックが振り返ると、そこにはトッタが苦笑いして立っている。
「ど、どうしたトッタ?」
「あの……言いにくいんですけど……その……リノア達、もう行っちゃいましたよ……」
「なにっ!!!!あいつらああああ!!!」
グレックの叫びが、ギルド中にこだました。
―――
一方その頃、リノアたちはすでにギルドを出て王国の門へ向かって歩いていた。
「ツルッツルの話、長いんだよね〜」
「お母さんみたいでしたね!」
「それくらい心配してくれてるってことだろう」
ルインが苦笑しながら肩を竦める。
「ふん!レッジスコーピオンなんて、一撃で倒してやるんだから!!」
リノアが鼻息荒く宣言すると、ゼーラが周囲を見渡して提案した。
「みんな、鳥車に乗って目的地近くまで行きませんか?私たち、体力は温存しておいたほうがいいと思います」
「そのほうがいいな。じゃ、さっさと鳥車乗って、フーランの谷まで行くか!!」
四人は鳥車乗り場へ向かい、レッジスコーピオンの棲むフーランの谷付近まで運んでもらうべく、旅立っていった。
グローヴァの花
蕾の状態だとピンクに淡く光花、花びらが開くと光が消える
強烈な甘い匂いを出す、その甘い匂いに惹かれてドーヴァンって言う魔獣を引き寄せてしまう事がある
魔獣 ドーヴァン
アリクイみたいな見た目、甘い物を常に食べている、右腕だけ爪が異常に発達している、岩も綺麗に切り裂ける切れ味を持つ
戦闘時、相手の筋肉の動きを見て動くため非常に厄介
魔物 攻殻類
ロッドクラブ
黒いカニ、身を茹でると青くなり見た目気持ち悪いが食べるとカニの甘さが口いっぱいに広がりとても美味い、味噌は臭く苦い
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