表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/103

第九十六話 竜を越えた日

次の瞬間、アデルは地面を蹴っていた。


さっきまでとは、明らかに違う。


ただ突っ込むだけじゃない。

ただ殴るだけでもない。


そこには、もう無謀さだけで前へ出る粗さはなかった。


迷いがない。

読みがある。

そして――勝てるという確信が、拳の芯まで、熱く、鋭く、通っていた。


「見えてんだよぉ!!」


青白い筋が走る。


それは風の流れであり、マナの軌跡であり、ヴェルミナドレイクが次に通る“道”そのものだった。

空間にうっすら刻まれるその線を、アデルの視線が正確になぞる。


「そこだぁ!!」


踏み込み。


腰を落とし、肩を入れ、全身を一本の杭みたいにまとめる。

拳が、真っ直ぐに振り抜かれた。


今まで何十回、何百回と弾かれてきたその一撃が――


ギィンッ!!


金属でも削ったみたいな甲高い音を立てて、ついに“守護の風霊”をわずかに削った。


「――ッ!!」


初めてだ。


初めて、あの見えない壁に“効いた”。


竜と人間の戦いは、もはや一つの災害みたいだった。

二つの影が駆けるたびに森の木々は薙ぎ倒され、地面は抉れ、土と葉が爆ぜる。


枝が折れる。

石が割れる。

風が悲鳴を上げる。


その中心で、アデルは笑っていた。


「アデルさん……すごいでっす……。

ヴェルミナドレイクと……本当に戦ってるでっす……」


ケイラは巻き込まれないよう、岩陰からそっと顔を覗かせていた。

オレンジと青のオッドアイは、信じられないものを見るように大きく見開かれている。


その時だった。


ケイラの首にかかった、宝石付きのネックレスが――ふっと淡く光る。


「……え……?」


次の瞬間。


忘れていた“何か”が、焼き付いた記憶の破片みたいに、脳裏へ流れ込んできた。


壊れた家。

薙ぎ倒された木々。

赤黒く染まった地面。

転がる死体。

息が詰まるような焦げ臭さ。


そして。


そんな地獄の真ん中で、幼い自分を強く抱きしめてくれている、誰か。


「お姉……ちゃん……?」


ケイラの瞳が揺れる。


「……あれ……ワタシは……何で急に……うぅっ!!!」


頭を割られるような激痛が走った。


こめかみの奥が焼ける。

視界がぐにゃりと歪む。

耳鳴りがして、立っている感覚すら消えていく。


「い、いたい……ア、アデルさん……」


そのままケイラの身体から力が抜け、意識は闇へ落ちた。



「クソ竜がぁああ!! いい加減マナとっとと尽きろやぁあ!!」


アデルの拳が、ヴェルミナドレイクの鱗へ叩き込まれる。


ゴッ!!


守護の風霊が薄くなった今、衝撃は確かに竜の身体へ届いていた。


「ヴィァアアアアアアア!!」


ヴェルミナドレイクが怒りの咆哮を上げる。

翼を大きく羽ばたかせ、風圧だけでアデルを吹き飛ばそうとする。


だが、アデルは空中で身体をひねり、着地と同時に踏ん張った。


「つ、遂に触れたぞぉ!! コイツの体に!!」


いける。

確実に、削れている。


ヴェルミナドレイクの金色の瞳が、アデルを射抜く。


さっきまでの“鬱陶しい虫”を見る目じゃない。

はっきりと、敵を見る目だった。


「てめえはもう丸裸も当然だぜ!! クソ竜が!!

決着をつけるぞぉお!!」


アデルは低く腰を落とし、戦闘態勢を取る。


するとまた、青白い煙――攻路が視えた。


竜の肩から。

翼から。

尾から。

次に動く軌道が、線になって空間を走る。


「てめえの動きはもう余裕なんだよぉお!!」


アデルがその攻路を頼りに先読みし、踏み込もうとした――その瞬間。


ふっと、青白い筋が消えた。


「は? なんだ急に……」


ヴェルミナドレイクの姿も、視界から消える。


消えた――そう錯覚するほど、速かった。


そして次の瞬間、再び攻路が現れた時には――


ドゴッ!!


アデルの腹部へ、竜の尻尾がめり込んでいた。


「くっは……!!」


衝撃で息が全部抜ける。

身体がくの字に折れ、土を跳ねながら吹き飛ぶ。


「見えなかった……!

クソ竜……コイツ、風霊の能力が消えて、本気(マジ)になったのかよ……。

にしても、はえー……」


「ヴィァアアアアアアアア!!」


「動きがはやくなっちまったから、動きが読みづれぇ……。

だけど、ここで潰さねえと!!」


アデルは血の混じった唾を吐き捨て、再び立つ。


ここからが本番だった。


守護の風霊を維持する必要がなくなった分、ヴェルミナドレイクは純粋に速度へ全振りしてきた。

爪、翼、尾、突進。

その全てが、さっきまでより一段階速い。


だがアデルも、もう最初の頃のアデルじゃない。


「攻撃してくる前に、オレが先に動く」


自分に言い聞かせるように呟き、一直線に駆ける。


それを見たヴェルミナドレイクは、予測通りに尻尾を振るった。


だがその一撃を、アデルは待っていた。


「そこぉ!!」


地面を蹴り、跳ぶ。

身体を横にひねりながら空中で回転。


「鱗ごと砕けろやぁあ!!

       カト・ドラコ(下竜)!!」


回転の勢いをそのまま脚へ乗せ、下から叩きつけるような蹴りが、竜の尾へ直撃する。


ゴンッ!!


硬質な音。


続いて、何かが砕ける感触。


ヴェルミナドレイクの尾の鱗が、ついに割れた。


「ヴィァアアアア!!」


竜が苦鳴を上げる。

すかさず前脚の爪を振るうが、アデルはそれを紙一重で躱す。


懐へ。


腹の下へ。


「打たれ弱いんだよぉお!! ボケがぁ!

      ペガルイム・プルス(殴衝撃)!!」


拳が腹部へ叩き込まれる。


バチンッ!!


衝撃が内部で爆ぜ、腹の鱗が大きく砕け落ちた。

露わになった肉が、木漏れ日に濡れたように光る。


「ヴィァアアアアアアアア!!!」


「クソが!! ざまぁねえぜ!!」


これで行ける。

そう確信して、アデルが追撃に移ろうとした、その時。


ヴェルミナドレイクが急に翼を広げ、宙へ舞い上がった。


「逃げんじゃねぇ!!」


空中から足爪を揃え、アデルへ急降下。


「まだだぁ!!」


アデルは横へ飛び、ぎりぎりで回避する。

地面が爪で抉れ、土煙が上がる。


「降りろや!!」


その岩を蹴って、今度はアデルの方が空へ飛ぶ。


ヴェルミナドレイクはすでに上空にいた。


「落ちろぉお!!

プラーガ・カルキス(踵落とし)!!」


踵が竜の頭を狙って振り下ろされる――


だが、届くより先に。


バァン!!


尾が横から叩きつけられた。


「ぐっは!! クッソ……!」


地面へ叩き落とされる。

肺の空気が全部抜け、視界が白く弾けた。


それでも、立つ。


前を見る。


するともう、ヴェルミナドレイクの足爪が目の前まで迫っていた。


「やべぇ、」


倒れ込むようにして回避。

ヴェルミナドレイクは勢いを殺しきれず、そのまま大木へ激突した。


ドガァッ!!


木が大きくしなり、葉が滝のように降る。


「ヴィァア!!」


竜もすぐに身体を起こし、再びアデルを睨む。


「クッソ……体が限界にちけぇ……。

次で決めないと……負ける。

クソ竜もアホだよな……木に激突してなかったら、まだ余裕があっただろな……」


呼吸は荒い。

腕は重い。

脚も痺れている。


でも、終わりは見えた。


アデルは再び、青白い煙を視る。


ヴェルミナドレイクが、今度は一直線に突進してくる。


速い。

だが、もう遅い。


アデルの目には、全部見えていた。


「来たな」


寸前で横に躱す。

突進の勢いそのままに通り過ぎる竜の懐へ、アデルは滑り込む。


顎下。


最も無防備な一点。


そこへ、そっと手の平を添えた。


「これでくたばれやぁあ!!

      ロカ・スパオ(岩壊)!!」


手の平から、内側へ衝撃を送り込む。


殴るんじゃない。

叩くんじゃない。

――壊す。


内部へ直接、破砕の衝撃を流し込む技。


その瞬間。


ドグァアアアアアアアッ!!


ヴェルミナドレイクの頭部の内側で、凄まじい衝撃が爆ぜた。


「ヴィァアアアアアアアアーーーッ!!!」


断末魔。


竜の巨体が地面を滑り、何本もの木をなぎ倒しながら崩れ落ちる。

四肢が痙攣し、翼がばたつき、やがて――完全に止まった。


「はあ……はあ……やったのか……?」


アデルは重たい足を引きずるように、竜へ近づく。


「う、ごいてねぇな……。

はあ……はあ……や、やった……。

クッソだっれが……やべぇ……目の前が……」


限界だった。


緊張が切れた瞬間、全身から力が抜ける。


アデルはその場に崩れ落ち、意識を手放した。



「――――さーーー」


(……ん?)


「アーーーーさん……」


(うるせぇなぁー……)


「アデルさん!!!」


アデルはびくっと目を見開き、上半身を起こした。


「オ、オレは……」


「アデルさーーん!! よかったでっす!! よかったでっす!!」


ケイラが泣きそうな顔で飛びついてくる。

ふさふさの尻尾がぶんぶん揺れていた。


「ケイラか……。

オレは気絶してたか?」


「はい!!

ワタシ、てっきり死んじゃったのかと思ったでっす!!

目が覚めてよかったでっす!!」


「ケイラ!! オレ倒したぞぉ!! クソ竜を!!

見てたか??」


その問いに、ケイラは申し訳なさそうに耳を伏せた。


「アデルさん、ごめんなさいでっす……。

ワタシも、なんか意識が飛んでたみたいで、さっき目覚めたんでっす……」


「ケイラも?! なんでだ!!??

大丈夫かよ!!」


「全然へっちゃらでっす!!

それよりアデルさん!! 早く家に帰ってリノアさんに治療してもらうでっす!!」


アデルは立ち上がろうとして、全身の悲鳴に顔をしかめる。


「そうだな……帰るか……」


ヴェルミナドレイクの死骸を一度振り返る。


一年間、勝てなかった壁。

何度も叩き潰された相手。

何度挑んでも、届かなかった高み。


それを、ついに自分の拳で倒した。


アデルの口元が、疲れたように、でも確かな誇りと一緒に歪む。


「待ってろよ、リノア……」


その声は小さかったが、いつもよりずっと強かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ