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第九十五話 視えた軌道

あれから、リノアとアデルは何度も何度も試した。


掌を重ね、呼吸を合わせ、意識を研ぎ澄ませる。

だが――結果は、すべて失敗だった。


繋がりかけては弾かれる。

触れたと思えば拒まれる。

光った瞬間に、痛みだけを残して霧散する。


何度やっても、マナフィールは発動しなかった。


 


その夜。


リノアは一人、部屋にこもっていた。


丸い木の家の中は静かで、外の黒い森の気配さえ、遠くに感じる。

机の上には発光石。

白い淡光が、リノアの伏せた横顔をぼんやり照らしていた。


「……アデルのマナロードは、ちゃんと感じることが出来た……」


リノアは膝を抱えたまま、小さく呟く。


「なのに……わたしのマナロードを繋ごうとすると、アデルのマナロードに押し返される感じがして……弾かれる……。どうして……」


思い返す。


アデルの中にある、とてつもなく大きな流れ。

熱くて、荒々しくて。

でも決して濁っているわけじゃない。むしろ真っ直ぐで、乱暴なくらい純粋な流れだった。


そこに自分の糸を通そうとすると、

まるで“入ってくるな”とでも言うように、弾かれる。


拒絶されているような、押し返されているような、不思議な感覚。


「アデルのせい……じゃない。わたしのやり方が悪いんだ……」


そう口にしてみても、答えは出ない。


考え込んでいると、扉がこんこんと控えめに鳴った。

続いて、そっと開く音。


「リ、リノアさん? 大丈夫でっすか?」


顔を上げると、扉の隙間からケイラが不安そうに覗いていた。

黄色い狐耳がぴんと立っているくせに、本人はおどおどしているのが何ともケイラらしい。


「あ、ケイラ! わたしは大丈夫だよ! ちょっと色々、考え込んでただけ」


ケイラは胸をなで下ろしたように尻尾を揺らした。


「それならよかったでっす……!

 リノアさんなら、必ずマナフィールを成功させること出来ます!!」


「ケイラ、わたしが成功するって分かるの?」


リノアが首を傾げると、ケイラはきりっとした顔で頷いた。


「はい! 分かるでっす!!」


「なんで……? まだ全然成功してないんだよ?」


「ワタシの勘でっす!! それだけでっす!!」


「勘って……」


あまりにも真っ直ぐで、あまりにも根拠がなくて。


リノアは数秒ぽかんとしたあと――


「……ぷっ、あははは!!」


思わず吹き出した。


「ありがとう!! ケイラ!!」


ケイラはきょとんとしたあと、つられるように少し笑った。


部屋の重かった空気が、ほんの少しだけ軽くなる。



一方その頃。


アデルは家の外に出て、一人で風を浴びていた。


黒禁領域の夜風は冷たい。

葉擦れの音も少ないこの森で、風だけが静かに頬を撫でていく。


「クッソ……なぜ失敗したんだ……」


アデルは腕を組み、低く唸る。


「まだオレの力不足なのか……。

 リノアは修行の成果で、マナ量がだんだん上がってるのが分かる。

 オレも強くなったから、感じる事が出来たのかもしれん……。

 だけど、オレはこの一年、まだ竜を倒せていない……。

 オレに問題があるのか……」


悔しさが、腹の底でぐつぐつ煮えている。


リノアは前に進んでいる。

マナの扱いも、制御も、以前とは比べ物にならない。


では自分はどうだ。


強くなった実感はある。

前より動ける。

前より見える。

前より殴れる。


けれど――


ヴェルミナドレイクを、まだ倒せていない。


そこが、どうしても引っかかっていた。


「アデルさん、深く考え過ぎですよ」


急に背後から声をかけられ、アデルの肩がびくっと跳ねた。


「んだよ!! びっくりすんだろうがぁ!」


振り返ると、そこにはモッカが立っていた。

相変わらず木で出来た顔には表情がないのに、不思議と穏やかな雰囲気がある。


「マナフィールは、お互いのマナロードを繋げる事で発動する技です。

 リノアさんは、この一年で最初に来た頃に比べて、見違えるほど変わっています」


「そうだろうよ……。オレもなんかわかるからよ……」


「でも、アデルさんもですよ。

 ヴェルミナドレイクとの戦闘で、以前のアデルさんよりも遥かに強くなっています」


「んなわけねぇよ……。まだあのクソ竜、倒せてねえからよ」


モッカはそこで少し間を置いた。


「そうですか。

 ですが、アデルさんはリノアさんのマナを感じる事が出来るようになりましたよね?

 おそらく、わたしとケイラのも」


「マナ持ってる奴は大抵わかんだろ?」


「そんな事ないですよ。

 大抵の人は“なんとなく”です。

 ですがアデルさんは、しっかりマナを感じ取れています。

 それに以前よりも、体も心も、ある程度成長しています」


アデルは言葉を返せなかった。


成長している。

そう言われても、素直に頷けない。

自分の中で“変わった”と認められる瞬間は、まだ来ていないからだ。


「そうかよ……。

 オレが前のオレと変わったと感じる時は、あの竜をぶっ飛ばした時だけだ。

 オレは必ず、明日クソ竜をぶっ飛ばす!」


「アデルさんは、明日確実にヴェルミナドレイクを倒せます」


「なんでわかんだよ!!」


「わたしの勘です!」


「勘って!! なんだよぉ!!」


「勘は勘ですよ!!」


アデルはモッカの発言に呆気に取られた。

なんだこの家の連中は。

人の背中を押す時にまともな理屈を持ってこない。


「……はあ。まあいいわ。寝るわ」


アデルはそう言って数歩進む。


だが、ふと足を止めた。

振り返る。


「モッカ」


「なんでしょう」


「……あんがとな」


短く、それだけ言って、今度こそ歩き出す。


モッカはその背中をじっと見送り、


「いえ。おやすみなさい、アデルさん」


静かにそう返した。


表情はない。

だが、その声はどこまでも優しかった。



翌朝。


まだ朝靄の気配が残るうちから、家の外では騒がしかった。


「ケイラァアアアア!! 準備はいいかぁああ!!」


「はいでっすぅうう!!!」


家の中まで響く大声に、リノアが慌てて外へ飛び出してくる。


「アデル!! 今日こそ倒すんだよね!!」


「あったりまえだろぉ!! 一撃でぶっ飛ばす!!」


「わたしもマナのコントロール、もっと良くする為に修行する!!」


「オレがクソ竜を倒せば、また強くなって、マナフィールが出来る!

 オレはそう思ってるぜ!!」


「ケイラ! アデルが無茶しないように見ててね!」


「はいでっす! リノアさん!」


そこへモッカも家から出てきた。


「アデルさん。あなたなら出来ます。

 私達は、美味しいご飯を作って待ってますね!」


「ぶどう、食いてぇ!!

 だから一瞬で帰ってくるぜぇ!!

 ケイラ、行くぞ!!」


「は、はいでっす!!」


アデルとケイラは、今度こそヴェルミナドレイクを倒すために駆け出していく。


その背中を、リノアは少しだけ不安そうに見送っていた。



「ケイラァアアアア!! 準備はいいかぁああ!!」


朝の静けさをぶち破るような大声が、魔女の家の外に響き渡った。


黒禁領域ヴェルミナ・フォレストの空気は相変わらず重たい。

けれどその重さすら吹き飛ばしてしまいそうな勢いで、アデルは家の前に立っていた。


「はいでっすぅうう!!!」


ケイラも慌てて返事をする。

黄色い狐耳がぴんと立ち、大きな尻尾がばたばたと揺れていた。


その声に反応して、家の中からリノアが出てくる。


「アデル!! 今日こそ倒すんだよね!!」


「あったりまえだろぉ!! 一撃でぶっ飛ばす!!」


朝日も届きにくい黒い森の中で、アデルの目だけがぎらついていた。

一年。

負け続けて、弾かれ続けて、吹き飛ばされ続けて、それでも挑み続けた相手。


今日こそ、終わらせる。


「わたしも、マナのコントロールもっと良くする為に修行する!!」


「オレがクソ竜を倒せばまた強くなって、マナフィールが出来る!

 オレはそう思ってるぜ!!」


リノアは一瞬だけ、何か言いたそうに唇を結ぶ。

それでも最後には頷いて、ケイラの方を見た。


「ケイラ! アデルが無茶しない様に見ててね!」


「はいでっす! リノアさん!」


その時、モッカも家から出てきた。


木で出来た無機質な顔。

けれどその声には、確かに応援の色が混じっている。


「アデルさん、あなたなら出来ます!

 私達は美味しいご飯作って待ってますね!」


「ぶどう、食いてぇ!!

 だから一瞬で帰ってくるぜぇ!!

 ケイラ、いくぞ!!」


「は、はいでっす!!」


アデルとケイラは、今度こそヴェルミナドレイクを倒す為に森の奥へと駆け出していった。



「ここ来るのもよ、百回くらいじゃねえのか?」


「それくらいかもでっす!」


獣道を抜け、ねじれた黒木の群れを越えた先。

二人は、ヴェルミナドレイクの巣の前に立っていた。


無数の大木が折り重なり、半球状に積み上がった巨大な巣。

木と葉と蔦が絡まり合い、それ自体が一つの生き物みたいな威圧感を放っている。


アデルはそれを見上げながら、鼻で笑った。


「ケイラ、離れてろ」


「アデルさん? 何をするんるんでっすか?」


答える代わりに、アデルは地面を踏みしめた。


次の瞬間――


ドゴォッ!!


全身のバネを使った前蹴りが、巣の外壁へ叩き込まれる。


「えええ!! アデルさーーーーん!!」


バキバキ、ミシミシ、と不吉な音が連鎖し、巨大な巣が一気に崩れ始めた。


枝が折れ、丸太が転がり、葉が舞う。

まるで小さな山が一つ崩れ落ちるみたいな轟音だった。


そして、その下から――


「ヴィァアアアアアアアア!!」


空気を震わせる咆哮。


巣の残骸を押しのけて、緑の巨体が這い上がる。


ヴェルミナドレイク。


全身を覆う深緑の鱗。

翼には木の葉のような模様。

七メートルほどの体躯。

森に棲む竜というより、森そのものが牙と翼を持って立ち上がったような存在感だった。


「おいクソ竜!!

 今日こそ決着つけてようぜぇえ!!!」


アデルは叫びながら、地面を蹴る。


「プグヌス・ディレクトゥス(直進)!!」


真っ直ぐ。

迷いなく。

拳一つで、竜へ突っ込む。


まだ巣の崩壊から状況を立て直しきれていないヴェルミナドレイクへ、先制の一撃。


だが――


バンッ!!


拳が届く直前、見えない壁がそこにあった。


スピリトゥス・クストス(守護の風霊)。


竜の周囲を覆う風の最上級防御魔法が、アデルの拳を弾き返す。


「アデルさん!! 大丈夫でっすか!!」


「オレは余裕だぜぇ!!

 ケイラは木の影に隠れてろ!!」


吹っ飛ばされながらも、アデルは着地した瞬間にはもう前を向いていた。


「モッカが言ってたな!!

 クソうぜぇ風の壁も、マナが尽きたら消えるって!!

 クソ竜のマナが尽きるまで、何度も殴ってやらぁああ!!」


そこからのアデルは、もはや執念そのものだった。


突っ込む。

弾かれる。

着地する。

また突っ込む。


拳。

肘。

膝。

踵。

足払い。

体重を乗せた体当たり。


ありとあらゆる打撃を、守護の風霊へ叩き込み続ける。


ヴェルミナドレイク自身は魔法を使わない。

だがそれが、逆に厄介だった。


無駄に動かない。

無駄に怒らない。

ただ、相手の癖を観察し、最も隙が生じた瞬間だけを狙ってくる。


そして、それが来た。


アデルの足が、ほんの一瞬だけ止まる。

呼吸が乱れた、その瞬間。


ビュオッ!!


竜の尻尾が、鞭のようなしなりを伴って横薙ぎに走った。


「―――!? クッソ!!」


咄嗟に両腕を交差させて受ける。

だが重い。


鈍い衝撃が骨まで響き、アデルの身体は軽々と吹き飛ばされた。


追撃は止まらない。


「ヴィァアアアア!!」


竜が前足の爪を振り下ろす。


「うるせえんだよ!! クソ竜がぁあ!!

 パノ・ドラコ(上竜)!!」


アデルは空中で身体をひねり、横回転の蹴りを叩き込んでその爪を弾いた。


「まだまだぁああ!!

 ルーナ・カルキブス(三日月蹴り)!」


返しの一撃。

綺麗な弧を描いた蹴りが、竜の側頭部へ――届かない。


守護の風霊が再び弾く。


「ヴィァアアアアア!!」


ヴェルミナドレイクは翼を大きくはためかせる。

そこから生じた風圧だけでアデルの身体が浮いた。


そして、そのまま一直線に突進。


「こいつ!!」


態勢が整わない。

避けきれない。


ドゴンッ!!


まともに受けた。


「ぐっは……ケッホ……ゲッホ……クソ竜が……」


喉が焼ける。

肺が潰れそうに痛む。

それでも、アデルは膝をつかなかった。


「相変わらず動きがはえー……。

 動きが目で追いつかねえ……。

 どうすりゃいいんだ……ケッホ……ケッホ……クッソ……ん?」


その時だった。


ヴェルミナドレイクの周囲に、青白い“何か”が見えた。


細い煙のような。

薄い光の筋のような。

揺らめきながら、一直線にアデルの方へ伸びている。


「何だこれ……?」


アデルは息を整えながら構え直す。


すると、その青白い線が、急にアデルの身体の後ろ側へ回った。


「何なんだよ……」


次の瞬間。


ヴェルミナドレイクが動く。


今までなら目で追えない速度。

だが今は違った。


アデルには、その動きが“見えた”。


青白い筋が濃くなる。

その軌道と同じように、竜が回り込んでくる。


「まさか!! 後ろかぁ!!

 ヴェルソ・プグヌス(裏拳)!!」


反射的に身体を捻る。

後方から迫っていた竜の鼻面へ、裏拳を叩き込む。


もちろん守護の風霊がある。

だから竜本体にダメージは通っていない。


だが――


アデルの目が、はっきりと見抜いていた。


再びヴェルミナドレイクを見る。


また青白い煙が見える。


竜が少し羽ばたけば、風の軌道が筋になる。

前足を踏み込めば、その重心移動の線が浮かぶ。

翼を開けば、次に来る動きの“予告”みたいに光が残る。


「これって……あのクソ竜の動きか……」


心臓がどくんと跳ねた。


さらに気づく。


さっきまで自分を完全に弾き返していた守護の風霊が、ほんの少しだけ薄くなっている。


「あと……風霊も弱ってる気がする……」


アデルの口元が、ぐいっと吊り上がった。


「勝てる……」


心臓の鼓動が、一気に加速する。

血が熱い。

視界が妙に冴える。

身体の奥を流れるマナまで、ざわついているのが分かった。


一年。


負けた。

吹っ飛ばされた。

腹を裂かれた。

何度も何度も地面に転がされた。


それでも諦めなかった。


だから分かる。


これは、初めて掴んだ――勝ち筋だ。


アデルはゆっくりと拳を握り、ヴェルミナドレイクを睨みつけた。


「いいぜ、クソ竜……」


唇の端が、獰猛に吊り上がる。


「やっと……おまえをぶっ飛ばせる」


心臓の鼓動が、一段強く跳ねる。


殴っても届かなかった壁。

掴めなかった勝機。


だが今、初めて。


その向こう側へ手が届く感覚があった。


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