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第九十四話 繋がらない光

黒く染まった平原が、いつの間にか白銀の世界へと変わっていた。


祈り子の平原は、何もかもが凍りついている。


草原を埋めていた草も。

左右から吹き続けていた風さえも。

まるで世界そのものが、薄氷を一枚かぶせられたみたいに、音もなく、動きもなく、静まり返っていた。


音が、ない。


さっきまで確かにそこにあったはずの、

爆音も、悲鳴も、風の唸りも、雷の炸裂も、炎の轟きも――

すべてがこの白の下へ埋められてしまったようだった。


「……ぅ……」


かすかな吐息が、凍てた空気の中で震える。


ウリンドラの指先が、ほんのわずかに動いた。


肩から下は、まるで自分の身体ではないみたいに重い。

冷たい、という感覚すら、もう遠い。

ただ、身体の内側まで脆く、砕けやすい硝子に変えられてしまったような感覚だけが残っていた。


まつ毛に張りついた氷を、無理やり持ち上げる。


視界の端で、サリンドルが倒れていた。

片翼は白く凍りつき、斧を握った手も霜に覆われている。

それでも、その胸だけは――まだ、かすかに上下していた。


「……サリンドル……」


呼んだ声は、自分でも驚くほど小さかった。


返事は、ない。


その代わりに。


こつ。

こつ。

こつ――。


凍りついた平原を踏みしめる、靴音だけがゆっくりと近づいてくる。


ウリンドラは凍りつきかけた睫毛を持ち上げ、白の向こうを見た。


白銀の世界の先から、

黒い六翼が、静かに、ゆっくりと現れる。


ルシヴァラだった。


黒涙を流しながら、無傷のまま。

まるでこの凍てついた地獄の中心に立つことこそ、自分の居場所だと言わんばかりに。


その姿を見た瞬間、ウリンドラの背筋を、絶望が這い上がった。


まだ、終わっていない。


まだ、この悪夢は終わっていない――。



〜レナウス聖神国・アルカレナウス宮殿内〜


「そ、そんな馬鹿な……!!

 神影隊含め……ウリンドラとサリンドルとの連絡が途絶えただとぉ!!」


怒号が、石造りの部屋を震わせた。


聖軍卿カストリアン・ヴァルクは、机を叩き割らんばかりの勢いで身を乗り出し、報告に来た神影隊員へ吠えつける。


「どんな状況だったか!! 俺に教えろ!!」


「は、はい!!

 我々の部隊が到着した頃には、祈り子の平原の広い範囲が氷漬けにされていたとのことです!!」


「ウリンドラとサリンドルはどうなったぁ!!」


「え……そ、それは……まだ、わからないです……」


「わからないだとぉおお!!」


カストリアンの怒声が響いた、その時。


部屋の扉が、乱暴に開かれた。


「カストリアン様!!

 ウリンドラ様とサリンドル様が……氷漬けにされているのを発見しました!! お二人とも……もう……」


駆け込んできた神影隊員が、息を切らしながら報告する。


その言葉の続きを、誰も聞きたくなかった。


「そ、そんな……ありえん……」


カストリアンの拳が震える。


「戒罪の七印だぞ……。

 ルシヴァラは、そんなに……強いのか……」


その部屋に、重苦しい静寂が落ちた。


誰も、すぐには言葉を返せない。


ただ、氷漬けにされた二人の姿だけが、そこにいる全員の脳裏へはっきりと浮かんでいた。



黒禁領域ヴェルミナ・フォレスト


「ケイラ!! そっちにポニャルが行ったぞぉ!!

 ぜってぇ逃すなよぉ!! コイツ、クソうめぇからよぉ!!」


黒い森に、場違いなくらい元気な声が響く。


「大丈夫でっす!! アデルさん!!」


黄色い狐耳をぴんと立てたケイラが、獣道を蹴るように走る。

彼女はポニャルの進路を一瞬で読み切り、先回りするように飛び出した。


「アネマ!!」


風のマナが弾ける。


目の前を駆けていたポニャル――尖った耳と長い尻尾を持った豚のような魔物――の身体が、ふわりと一瞬だけ浮いた。


その一瞬を、アデルは見逃さない。


「ナイスだ!! ケイラ!! おりゃあああ!!」


踏み込み。

捻り。

渾身の拳。


アデルの拳がポニャルの頭部へめり込み、鈍い衝撃音とともに魔物はその場に崩れ落ちた。


「しゃあああ!! 肉だぁああ!!」


アデルの顔が、心底うれしそうに輝く。


「ポニャル、もう完全にアデルさんのお気に入りでっすね……」


「うめぇもんは誰でもハマるだろぉ」


アデルは鼻を鳴らし、さっそく解体に取りかかる。


二人は手慣れた動きで乾いた枝を集め、焚き火を起こし、切り分けた肉を木串へ刺していく。

やがて脂が落ち、ぱちぱちと火が鳴き始め、肉の焼ける匂いが黒い森の空気を上書きしていった。


「やっぱクソうめぇ肉だわ、これ!!」


「あはは……すっかりハマってますね、アデルさん!」


アデルは豪快に肉へかぶりつき、ケイラも小さく笑いながら頬張る。


しばらく無言で肉を食べたあと、ケイラがぽつりと呟いた。


「アデルさんとリノアさんが、この森に来てから……あっという間に一年経ちましたね……。早いでっす……」


アデルの口の動きが一瞬だけ止まる。


「クソォ!! こんな長くなるとは思わなかったぞ……!

 まあ、明日、あのクソ竜と決着つけてやるぜぇ!!

 そしたら、とっととこの森、出てやる!!」


ケイラの耳が、少しだけ伏せられた。


「アデルさんと……お別れになってしまうんでっすね……」


アデルは肉を噛みながら、ちらりと彼女を見る。


「ケイラも外の世界に興味あんだろ?

 よくオレとリノアに聞いてただろ、旅の話。

 オレ達の旅に、ついてこいよぉ」


「ワ、ワタシは弱いでっすし……。

 それに、モッカが一人になってしまうので……い、行けないでっす……」


「ふーん。まあ、いいや……」


アデルはそっぽを向いたが、次の言葉はぶっきらぼうな優しさを含んでいた。


「でもケイラ。

 お前、強いぞ」


「そ、そんな事ないでっす……」


「いや、強い。

 お前、ビビりながらちゃんとついてくるし、逃げねえし、魔法もちゃんと使える。

 それ、十分強ぇよ」


ケイラはきょとんとしたあと、照れたように尻尾を揺らした。


二人は肉を食べ終えると、さっさと火を消し、片付けを済ませる。

そのまま並んで、魔女の家へと戻っていった。



〜魔女の家にて〜


「リノアさん、この果物にマナを注いで破壊してください」


「任せて!! モッカ!!」


部屋の中央。

テーブルの上に置かれた白い果実フシパへ、リノアは両手をかざす。


深く息を吸い、集中する。


風のマナ。

光のマナ。

自分の中を流れる“道”を、今は前よりずっと鮮明に感じられる。


じわじわと果実の表面が青く染まり、光を帯び、やがて――


パンッ!


小気味いい音を立てて、果実が弾けた。


「モッカ!! わたし出来たよ!!」


「お見事です!! リノアさん!!」


リノアはぱっと表情を明るくする。

モッカの木の顔には表情がないはずなのに、それでも今は、どこか満足げに見えた。


「マナをコントロールするのに一年ぐらいかかっちゃったけどね……」


「一年でも早い方ですよ。

 マナを“注ぐ”という行為は、案外難しいのです。

 これが出来ないと、マナフィールも成立しませんから」


「モッカ! わたし、もう使えるの?」


「今まで以上にマナロードを感じ取れているので、成功する確率は上がっていると思います」


リノアの顔が少し引き締まる。


「前、アデルと試しにやった時……半年前だっけ。

 あの時は失敗したから、ちょっと心配……」


「お互いの体が爆ぜなかっただけ上出来ですよ!」


モッカがさらりと言ったその物騒な一言に、リノアが「上出来の基準がおかしいよ!」と抗議しかけた、その時。


扉が勢いよく開いた。


「帰ったぞおお!!」


「ただいまでっす!!」


「お二人とも、おかえりなさいませ」


ケイラに続いてアデルが入ってくる。

リノアはすぐに身を乗り出した。


「ねえ! ケイラ! アデル!!

 わたし遂にフルバにマナを注いで爆ぜさせる事できたよ!!」


「何!! マジかぁ!! リノア!!

 オレも早くあのクソ竜、潰さねえと!!」


「リノアさん、すごいでっす!

 これで遂にマナフィールを使えるんでっすか?」


「アデルさん、リノアさんとマナフィールが成功するのか、もう一度確かめましょう」


「おいリノア! ぜってぇ失敗すんなよぉ!」


「失敗しないよ!!

 修行の成果、みんなに見せてあげるから!!」


アデルが左手を差し出す。

リノアは真剣な顔で、その手に自分の右手を重ねた。


手と手が触れ合う。


温度が伝わる。


リノアは目を閉じた。


「アデルのマナと、わたしのマナを繋げる……」


お互いの掌が淡く光を帯び始める。


リノアは自分の中のマナロードを辿る。

その先を伸ばす。

糸のように細く、慎重に、慎重に。

アデルの中を流れる巨大なマナへ触れようとした、その瞬間――


バチィッ!!


「いたっ!!」


「いってぇ!!」


まるで雷に打たれたみたいな衝撃が二人の手を走り抜け、リノアもアデルも反射的に手を離した。


「な、なんで……」


「おいリノア! なんで失敗すんだよ!!」


「もう一回やらせて!!

 今度は確実に成功してみせるから!!」


リノアは悔しそうに唇を噛み、再び手を伸ばす。


だが――


二回目も。

三回目も。

四回目も。


手を重ねるたびに、光りかけては弾かれ、

繋がりかけては拒絶されるように、衝撃が走って失敗した。


リノアの額に汗が滲む。


アデルも苛立ちを隠さない。


「クソッ……なんでだよぉ!!」


「なんで繋がらないの……!

 ちゃんとやってるのに……!」


モッカは静かに二人を見つめていた。

その木の瞳は、まるで何かを考えているように沈黙している。


一年かけて積み上げたものが、あと一歩のところで届かない。


部屋の中に、焦りと悔しさと、静かな緊張が満ちていった。

魔物図鑑

・ポニャル

尖った耳に豚のような鼻、長い尻尾を持つ魔物

大きさは豚と一緒、動きがとても早く中々捕獲出来ないのと

生息場所が黒禁領域の為、市場では出回らない貴重な魔物


植物図鑑

・フシパの実

マナを注ぐと色が変わる果物、なぜマナを注ぐと色が変わるかは謎である

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