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29.そのひと言

「わたしも44年……、いえ、その……、19年も生きてくれば、だいたい自分のことが分かってきました」



ビットからの正式な求婚。


それも、三大公爵家の一角をなすシュタール公爵がひらいた、


フェルスタイン王国とラヴェンナーノ帝国の、今後の外交にも関わりそうな晩餐会の場で申し入れられた、



――カロリーナとの結婚を念願している。



というビットの言葉に、わたしは答えなくてはいけない。



――けど、いきなり、転生前からの通算で言ってしまった……。



と、つまずいた心を立て直し、ビットの瞳を見詰めた。



「ビット……、いいえ、ヴィットリオ・ラヴェンナーノ皇太子殿下」


「は、はいっ!」


「わたしは……、わたしに対する恋や愛の話を、まっすぐにされるのが、とてつもなく苦手なのです」


「…………え?」


「照れると同時に、こう……、気持ちが引けてしまうのです……。ススススス――ッと」


「んんっ?」


「いまもギリギリです。ギリギリ踏みとどまってます」


「あのぉ……」


「はい」


「いままで僕、結婚しようって何度も言ってきたと思うんだけど……?」


「軽口だと思ってました!!!!」


「おう……、なんて誤解を……」


「いえ……、正直に言えば、途中からはビットとの関係が居心地良くて、軽口だと思い込もうとしていました」


「うん……。僕もカーニャといるのは心地よくて……、気持ちは分かるよ」


「……でも、ビットは皇太子。わたしは総督にして公爵令嬢」


「うん……」


「……お互い、答えを出さなくてはいけない時期がきていることも、理解しています」


「……そうだね」


「ビットは、恋や愛をまっすぐには受け止められないわたしに、愛情を伝えてくれる覚悟はありますか?」


「あ、あるよ?」


「信じていいですか?」


「もちろんだよ!」


「それでは、わたしに……」



このひと言を絞り出すのは、ふだんとは違う勇気がいる。


だけど、ここで勇気を出さないと、わたしの口が勝手に断ってしまう。


恋に奥手から一歩前に進むには、きっと今しかない。


わたしの手を引き、海上交易の世界に導いてくれたビットなら、


おなじようにわたしの手を引いて、恋の世界へと誘ってくれるかもしれない。


キ、キスは……、しちゃったんだし……。



「プレゼンしてください!!!!」



わたしが想像した以上の静寂に、その場にいる全員が包まれた。



「…………ん?」



と、まばたきしてるビットさん。聞き間違いではありません。



「プレゼンしてください」


「……えっと、プレゼン?」


「はい」


「なにを?」


「ビットの……、あ、愛を」


「プレゼンするの?」


「わたし……」


「うん」


「恋の話は苦手ですけど、商談は得意なんです!!!!」



プハッと吹き出したのは、侍女としてわたしの背後に控えるリアだった。


それにつられて、フィオナさんはクスクス笑いだし、お父様にいたっては大笑いしはじめた。



――こ、こっちは真剣に考え抜いて、ようやくたどり着いた結論だというのに……。ちょっと笑い過ぎですわよ?



「くぷぷっ……、こ、皇太子殿下。む、娘はこう申しておりますが……、いかがでしょうか?」


「こ、光栄なことです」


「ふぅ~~っ。……ややこしい娘の、ややこしい願いを聞いていただき、父親として深く感謝申し上げまふっ」



ややこしいことは否定しませんが、笑いをこらえてる感じが、すこし気に障りますわよ? お父様。


まふってなんですか? まふって?



「いえ、シュタール公爵閣下。交易において商品の魅力を伝えて購入してもらうのと同じように……、僕の愛を伝えて結婚してもらう」


「ええ……」


「どんなに価値ある商品でも、魅力が伝わらないと購入してはもらえない。……どんなに僕が愛していても、カーニャに受け止めてもらわないと意味がない」



と、ビットはうなずいた。



「実にシンプルで、実にカーニャらしい……、とても素晴らしい提案です。プレゼンの機会をいただけたことを、とても嬉しく思っています」


「なるほど……」



と、お父様は片目をほそめて、ニヤリと笑われた。



「すでに私より皇太子殿下の方が、カロリーナのことをよくご存知のようです。……父親としては、すこし悔しい気もしますが」


「カーニャ」



と、凛々しく怜悧で軽薄――いや、軽やかな笑顔を浮かべたビットが、わたしを見詰めた。



「……はい」


「それでは〈商談〉に入らせてもらいたいんだけど……」


「は、はいっ!」


「プレゼンとなると、僕にも準備する時間をすこしだけもらいたい。……いいかな?」


「もちろんでございます、ヴィットリオ殿下。わたしごときの流儀に合わせていただいたこと、ふかく感謝いたしますわ」



ビットの浮かべた軽やかで柔らかな微笑みは、


たぶん、わたしに初めて見せてくれた、ビットの〈素顔〉なんだと思う。


わたしも公爵令嬢として最高の笑顔で応えた。



第1回プレゼン大会の期日は追って連絡があるものとし、わたしの心が大波乱の晩餐会はお開きになった。


自分の部屋に戻り、背中をマッサージしてくれるリアが、



「絶妙にカロリーナ様らしくて、ステキでしたわ」



と、微笑んでくれた。


だけど、わたしの心の中は、



――第1回ってなに? 第1回って?



と、ざわめきっ放しだった。



――うまくいかなくても1回では諦めないぞぉ~、



と〈商談〉が、最初からビットのペースに持ち込まれたようで、



――絶妙なのはビットの方ね。……やっぱり、絶妙に喰えないわね、ビットって。



と、痛快な思いもさせられる苦笑いが止まらなかった。



   Ψ



激動の冬も終わりに近づいた頃、わたしはようやく王都を離れ、ロッサマーレに戻る馬車に揺られた。


ゆったりとした馬車の旅は久しぶり。



「……それで、コンラート様が『アマリアは俺が一生守る。だから、なにも心配せずに、俺と結婚してほしい』って仰ってくださいましたので……」


「うんうん、それで?」


「私は……、『はい、喜んで』とお答えしました……」


「キャ――っ! ……ステキねぇ~」



リアとふたり、馬車に同乗させたアマリアから、コンラートとの恋バナを根掘り葉掘り聞きだしては黄色い声をあげる。



――はい、喜んで。



わたしの口は、どうしてもそのひと言を発してくれない。


いや人生を振り返れば、その前段階にも問題がある。


男性からの「結婚しよう」はおろか「付き合おう」という言葉でさえ、言い出しそうな本気の気配を察知したら、自然にススススス――ッと気持ちが引けていく。


うん。やっぱり、わたし鉄壁姫だったわ。


だけど、わたしも乙女。


他人の恋バナを聞くのは大好きだ。


そして、乙女ゲームの世界でヒロインの〈ハッピーエンド〉は約束されているのかもしれないけれど、


この複雑な生い立ちを持つアマリアが、幸福をつかんだという話には心温まるものがある。


コンラート、よくやった。



「……私、ほんとうは貴族というものに反感を持っていたんです」



旅の途中、アマリアが恥ずかしそうに笑った。


父親のルツェルヌス子爵は使用人と浮気して、子どもであるアマリアが出来たら領地に隠した。


原作通りなら、生活費もろくに送っていなかったはずだ。


そして、母親を急な病いで亡くしたら、今度は王都に連れ戻された。


アマリアの立場からすれば、身勝手な父親であり、身勝手な貴族だろう。


反感を抱くのは当然で、わたしもプレイヤーとして彼女の人生を生きたとき、明るくポジティブに振る舞いながら貴族の鼻を明かし、攻略対象を虜にすることに、胸のすく思いがしたものだ。


転生前の、もう19年も前の記憶だけど。



「……けれど、お姉様が一緒に泣いてくださって」


「え?」


「カロリーナお姉様は、私のロケットペンダントのなかで微笑む母を見て、一緒に泣いてくださいました」


「……ええ、よく覚えているわ」


「あのとき、スウッと胸のつかえがとれたような気がしたのです。……いまの私がいるのは、ぜんぶカロリーナお姉様のお陰なんです」



照れくさそうに窓の外を見ながら、ほほを赤くするアマリアに、わたしは、



――百合ルートとか疑ってすまんかった。



と、心のなかで手を合わせた。


いや、マジすまんかった。



任命式の前、王国東方のクライスベルク公爵家領から王都に戻ってすぐ、先に新婚旅行から帰っていたアマリアに会いに行った。


ラピスラズリから青色の染料――ウルトラマリンを抽出するアマリアの工夫は、蝋と天然樹脂、それに灰汁を用いた理にかなったもので、


たしかに少ないラピスラズリから効率良くウルトラマリンを抽出できていたし、発色も従来品より良かった。


その場で充分な報酬を約束し、アマリアをソニア商会にスカウトした。


さらに、任命式で使うティアラをつくってもらうように依頼して――、



「こんな高価な素材を使うなんて……」


「アマリア。いつもあなたが使う真鍮とおなじだと思い込んでつくってみて。あなた、真鍮だってすこしも無駄にしないように使っていたでしょう?」


「だけど、お姉様の大切な任命式で使うティアラだなんて、私……」


「ごめんね、アマリア。正直に言うわね……。もし出来が相応しくなかったら任命式には使わずに、アマリアとの友情の証として、わたしのコレクションに加えることになるの。どちらにしても大切にするわ」


「あっ! ……それでしたら」



と、緊張のほぐれたアマリアは、わたしの提供したホワイトゴールドやラピスラズリを使い、見事なティアラをつくり上げてくれた。


宝飾商人たちにも鑑定してもらい、芸術性のたかさも証明され、


アマリアのつくってくれたティアラは、両陛下もご臨席の任命式において、わたしの頭上で輝くことになった。



「田舎といってもロッサマーレは王国東方とは風土が違うし、アマリアに合うか分からないんだけど……」


「いいえ、お姉様のご領地に住まわせていただけるなんて、私、とってもとっても嬉しいです!」



夫のコンラートを海軍提督にスカウトしたのにあわせ、アマリアもロッサマーレに移住する。


そして、ロッサマーレでアクセサリー製作の工房を持ってもらうことにした。


王国東方の幾何学模様に由来する、アマリア独特のデザインは、きっとラヴェンナーノ帝国でも人気になる。


さらに、ウルトラマリンを安定的に生産できるようになれば、ソニア商会にあたらしい主力商品が加わるはずだ。


リアが悪い顔で笑った。



「原料になるラピスラズリの、調達ルートの確保を急がないといけませんが……」


「ええ、お願いするわね、リア」


「ウルトラマリンは、ラヴェンナーノ帝国ではほとんど流通していません。……これは、ボロ儲けの予感しかしませんね」


「ふっふっふっ。あまいわね、リア」


「え?」


「ウルトラマリンの安定生産に成功したら、ロッサマーレにあつまり始めてる若い画家たちの中から、これはという画家を選んで安く提供するのよ」


「な、なるほど! さすが、カロリーナ様です!」


「ロッサマーレで描かれた絵画――、とくにウルトラマリンを大胆につかった大海原の絵なんてステキだと思わない?」


「飛ぶように売れるでしょうね」


「高名な画家たちも、ウルトラマリンを求めてロッサマーレに移住してくるかもしれないわね」


「……必要になるのは、サロンですね」


「ええ。ソニア商会の本館に、芸術家が集えるサロンを設けるわ」



王家直轄の〈王国自由都市〉になったロッサマーレ。


その統治には、総督府の看板をかかげるソニア商会が、引き続きあたる。


もちろん、現代日本の感覚が残るわたしには、王権の地を私物化するような気持ち悪さもある。


だけど、ここは〈そういうもの〉だ。


〈そういうもの〉に流されているのではなく、うまく活用させてもらっているのだと、自分の心に折り合いをつけた。



ビットがわたしのためにひらく〈第1回プレゼン大会〉にソワソワ、ビクビクしているけど、


総督として、ソニア商会主人としてやるべきことも目白押しだ。


いや、むしろそのおかげで、気が紛れているとも言える。


関税を導入するため、お父様のシュタール商会から専門家を顧問として招いた。


総督軍の陸軍と騎士団にも、主にシュタール公爵家から騎士を推薦してもらった。


コンラートの奔走で、海軍に所属してくれるという騎士も8名確保できた。出だしとしては上々だ。


港はひらけているけど、本来のロッサマーレは外敵の襲来を、そこまで気にすることのない王国辺境の地だ。


総督軍は少数精鋭でいく。


さらに、大使であるビットとの間で、ラヴェンナーノ帝国の軍船はロッサマーレに寄港しないことを取り決めた。


形式上は友好国であるヴィンケンブルク王国の軍船が、寄港を求めてくる隙をつくらないためだ。


目の回るような忙しさだったけど、王都でやるべきことを終え、


春が来るまえに、ロッサマーレへの帰路に就けた。



――やっと、王都を脱出できたわ……。



というため息を吐きながら、アマリアの恋バナで楽しませてもらう。


ロッサマーレでの総督就任式を終えたら、いよいよビットからの〈プレゼン〉が待っているはずだ――。


本日の更新は以上になります。

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