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26.なんだ、気付いていたのか

あけましておめでとうございます。

どうか本年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m

「向いてません」



わたしの言葉に、クライスベルク前公爵閣下がキョトンとされた。



「……向いてない、……とは?」


「前公爵閣下は、わたしが総督職を足掛かりにして、王都政界で重きをなす立場を目指す――と、お考えかと存じますが……」


「ん? 違うのかい?」


「はい。……ここだけの話なのですが」


「……うん」



わたしは声を潜めて、前公爵閣下ご夫妻に顔を寄せた。


怪訝そうな表情を浮かべつつも、楽しげにわたしに顔を近付けてくださる老夫妻。



「……これは、わたしの父にもハッキリとは言ったことのない、わたしの秘密なのですが」


「うん……、なんだい?」


「わたしは、都会が苦手なのです」


「……」


「……」



わたしの言葉に、前公爵閣下ご夫妻は目を見合わせられる。



「なので、辺境の総督職はわたしに〈もってこい〉の天職と言えます。そして、生涯を一総督として王政に貢献し、まっとうしたいと考えているのです」


「はははっ。……これは驚いた」


「前総督閣下のお孫君は、きっとそんな人生に納得されないのではないかと思うのですが……」


「そうだろうね。ははははははっ」



と、前公爵閣下は、気持ち良さそうに笑われた。


息をするより当たり前に政略や謀略の限りを尽くす〈政治モンスター〉にとって、三大公爵家に生まれたわたしの辺境好きは、相当に予想外であったらしい。


エストレラ夫人は鼻で大きく息をして満足気な笑みで胸を張られ、夫である前公爵閣下に顔を向けられた。



「よいではないですか。カロリーナはすでに自分の生き方を定めているのです。若いのに立派なことです」


「ああ、そうだな。儂の孫は、儂の孫だ。それも商いより政道を好んで、王宮文官の道を選んだ孫だ。王都から離れて辺境で暮らせば、しおしおに枯れ果ててしまおう」


「よい機会ですから、あなたも辺境暮らしの楽しみ方を、カロリーナから教えてもらったらどうです?」



と、エストレラ夫人は困ったような笑みをわたしに向けられた。



「この人ったら、せっかく隠居したのに、話すことといったらいつも王都政界のことばかり。……そうそう、カロリーナの始めた海上保険にもいたく感心していたのですよ?」


「それは、光栄なことにございます」


「よく分かったよ、カロリーナ」



と、前公爵閣下も納得顔でうなずかれた。



「カロリーナは総督職に相応しく、儂の孫はカロリーナの婿に向いてない」


「恐れ入ります」


「……ただね、カロリーナ」


「はい」


「カロリーナの始めた〈保険〉という商いは、海上交易だけにとどめておくのはもったいないんじゃないかな?」


「……前公爵閣下のご慧眼に、恐れ入るばかりでございます」


「なんだ。カロリーナも気付いていたのか」



生命保険、火災保険、損害保険……。


海上保険の運営で、ノウハウが蓄積するのを待ちながら、密かに事業拡大の準備を進めているところだった。


お父様にもフィオナさんにも気づかれていなかったわたしの〈次の一手〉を、


前公爵閣下は王都から遠く離れた隠棲地で、いとも容易く見抜いておられた。


しかも一定のノウハウが必要なことにもお気付きで、ご自身の影響下にあるクライスベルク商会にやらせようとはされていない。


まだまだ現役さながらの鋭さを見せつけられた思いに、背筋が伸びる。



「前公爵閣下。わたしから、もうひとつお願いがございます」


「うん。なんだい?」


「ロッサマーレが王権の地となりました暁には、ぜひクライスベルク商会にも進出していただきたいのです」


「……うん、それはいいね」



三大公爵家同士であるシュタール公爵家に属するロッサマーレへの進出は、実はゾンダーガウ公爵家でなくとも、プライドという壁がある。


しかし、王家直轄の地になれば、名目上とはいえ、その壁が消えることになる。



「そして、前公爵閣下……」


「うん、分かってるよ。カロリーナは、ゾンダーガウも誘えって言うんだろう?」


「……はい」



セリーナは「ゾンダーガウの交易はなくなったも同然」と言っていたけど、実際は東方からの交易品を仕入れる商権を維持するため、購入をつづけているはずだ。


そして、ヴィンケンブルク王国に高い関税を払って赤字を積み上げながら、陸上交易をつづけている。


海上交易つぶしの陰謀に失敗すれば、ゾンダーガウ公爵家は完全に追い詰められ、


最悪の場合、王国に叛旗を翻し、フェルスタイン王国が内戦状態に陥ることも考えられた。



「……そうだね、カロリーナの考えは正しい」


「前公爵閣下のお口添えがあれば、ゾンダーガウ公爵といえども、そう簡単にはイヤとは言えないと思うのです」


「うん。……ゾンダーガウはヴィンケンブルクと組んで、なにやらよからぬことを企んでいたみたいだけど、みんなで穏やかに儲けられるなら、それが一番だからね」



フェルスタイン王国の東方、アルアミル王国との交易を安定させても、前公爵閣下はそれを完全に独占するようなことはされなかった。


王政の黒幕といってもよい前公爵閣下。


だけど〈よい黒幕〉なんだと、わたしは思っている。



「クライスベルク商会とゾンダーガウ商会にそろって進出していただきましたら、両商会ともにロッサマーレの港湾使用料を1年間免除させていただきますわ」


「ふふっ。カロリーナは儂に、ゾンダーガウを説得するための土産まで持たせてくれるのかい?」


「ささやかなもので恐縮ですが」


「うん、分かったよ。……それも含めて王都政界への工作を始めよう」


「ありがとうございます」


「……でも、カロリーナ。総督府を設置したら、さすがに関税を創設するんだろ? 王家直轄地だからね」


「ご慧眼の通りです」


「そちらは、まけてくれないのかい?」


「王家にお納めする金額に関わりますので、わたしの一存では……」


「ははははははっ! 素晴らしいな、カロリーナは! 素晴らしい交渉力だ! むしろ、クライスベルク公爵家を、カロリーナに譲りたくなったよ!」


「あら。そんなことを仰られては、エストレラ夫人に叱られますわよ?」



と、わたしが肩をすくめると、ご夫妻はなおのこと気持ち良さそうに笑ってくださった――。



   Ψ



「く、くたびれたわ……」


「見事な交渉でございましたわ。さすがは、カロリーナ様。感服いたしました」



と、ベッドに突っ伏したわたしの背中をマッサージしながら、リアが褒めてくれた。


クライスベルク前公爵ご夫妻から誘われたディナーをご一緒させていただき、山荘を辞して、とっていた宿に入るや否やベッドに飛び込んだのだ。



「……わたし、生まれてから今日がいちばん、公爵令嬢っぽかったかも」


「それどころか、前公爵閣下をお相手にあくまでも対等に渡り合われた交渉ぶり。カロリーナ様には公爵夫人の風格がございましたわ」


「それは褒め過ぎだって~~~」


「いえいえ、ほんとうに」



と、とても公爵令嬢とは思えない、着の身着のままベッドにダイブしたわたしを、リアが労ってくれた。


次の日は宿で、東方の名物料理に舌鼓を打って1日ゆっくり過ごし、緊張の疲れを癒させてもらった。


そして、前公爵閣下から仰っていただいた、



――ゆっくり観光していくといい。



とのお言葉の通り、クライスベルク公爵家領各地の名所旧跡や景勝地を、観光して回る。


いい息抜きにもなったし、東方商人のバザールでは掘り出し物も見付けられた。



「……クライスベルク商会との正式な取引は、ロッサマーレの領有権問題が片付いてからの方がよさそうですね」



と、ふだんは前のめりなリアも、交渉は手控えてリサーチに腰を据えている。


そんないくつかのバザールを巡っているときのこと――、



「カロリーナお姉様!?」



甘ったるく快活なヒロインの声に、呼び止められた。



「あら、アマリア!? こんなところで会うなんて奇遇ね」


「ほんとです! すごいご縁ですわ!?」



というアマリアが、うしろに見上げた偉丈夫。


夫であるコンラート・ヴァレー副騎士団長が、アマリアに微笑みかけていた。



――あら、ごちそうさま。



としか言えない、仲睦まじい新婚夫婦のキラキラとしたやわらかな空気。


わたしとリアは、そろって目をほそめた。



「ごぶさたしております、カロリーナ様。アマリアの夫になりました、コンラート・ヴァレーです」


「ええ、お噂はかねがね。副騎士団長へのご就任、おめでとうございました」


「就任祝いに、結婚祝いと結構な品を贈っていただき、誠にありがとうございました」



コンラートがふかぶかと頭をさげると、アマリアも一緒にお辞儀する。


就任祝いも結婚祝いも、公爵令嬢として果たすべき社交の範囲だ。


しかし、コンラートもさすがは〈攻略対象〉。ながく伸ばした金髪は透けるように美しく、端正な面長の顔立ちに、胸板も厚い。


ピンク髪ふわふわヒロインの〈ハッピーエンド〉に相応しい美丈夫ぶりで輝いていた。



「ようやくアマリアを、新婚旅行に連れてこれたところなのです。随分、待たせてしまいました」


「コンラート様は騎士団のお仕事でお忙しいのですから、当然のことですわ」



と、はにかみ合う新婚カップル。


ま、まぶしい……。


わたしの視線に気が付いたのか、照れたように頬をあかくしたアマリアが、周囲の風景を見渡した。



「王国東方は私が幼い頃を過ごした土地ですから、一度、ゆっくりと回ってみたかったのです」



乙女ゲームのヒロインであるアマリアは、父であるルツェルヌス子爵が使用人の女性との間につくった隠し子だ。


正妻から隠すため領地で育ったけれど、母の死をキッカケに王都に呼び戻された。


王都から子女を出してはならない高位貴族とちがい、子爵家の生まれならではの出自を持つけれど、


当然のように、正妻から疎まれた。


明るく前向きな性格で異母兄を攻略して味方につけ、学園に進学してからも数多くの攻略対象を虜にして、


迎えるハッピーエンドのひとつが、コンラートと結ばれることだった。


くどいようだけど、わたしが転生したこの世界で、第2王子エリック殿下と結ばれるルートにアマリアが進まなくて、ほんとうに良かったと思う。



「お母様と過ごした王国東方を、もう一度だけ目に焼き付けておきたくて……。コンラート様が私のワガママを聞いてくださったんです」


「……本心を言えば、アマリアにはのんびりとした田舎暮らしをさせてやりたいのですが……」


「そんなこと仰らないでください。コンラート様は副騎士団長として王都で立派にお勤めなのですから、妻である私が王都に住むのも当然のことですわ」



〈公開のろけ〉が様になるのも、ヒロインのヒロインたる由縁だ。


うんうん頷いて、生温かく見守る。リアは気に喰わないようだけど。


アマリアが胸にさげた手づくりのロケットペンダントをひらき、ちいさな肖像画を見せてくれる。



「……以前にも申し上げましたけど、カロリーナお姉様のキレイな青色をした瞳、私のお母様を思い出してしまいますのよ?」


「アマリア……?」



ロケットペンダントのなかで優しげに微笑む女性。アマリアの亡くなったお母上だ。


だけど、わたしの目は一点に釘付けになった。



「なんでしょう、お姉様?」


「……肖像画のお母上の瞳。随分、キレイな青色ね?」


「そんな、……恥ずかしいですわ。自分で搾った染料ですのよ?」



ほほう。


ラヴェンナーノ帝国の絵画では見かけない、鮮やかな青色の染料を、アマリアは自分で搾ったと?


その話、もうすこし詳しく聞かせてもらいましょうか?


と、リアが悪い笑顔を浮かべた。


たぶん、わたしもだ。


本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!

本年もどうかよろしくお願いいたしますm(_ _)m


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