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19.ヒロインたるもの

届いた書簡を目にするのが遅れたので、結婚式の期日が近い。


あわてて馬車を飛ばしてもらい、王都に向かう。



――それにしても、あのふたりが結婚ねぇ~。



第2王子のエリック殿下に、ゾンダーガウ公爵令嬢セリーナ。


もちろん、原作にはなかった取り合わせだし、わたしの学園生活中にもふたりが噂になったことはない。


そして、いずれは王弟の〈大公〉として、王家の籍からはずれ、経済的に自立しないといけないエリック殿下。


かたや、あまやかされて育ち、ワガママではあるけど……、


それ以上に、ゾンダーガウ公爵家の爵位も財産も受け継ぐことができない末娘の公爵令嬢セリーナ。



――政略結婚的にも、あまり意味があるようには感じられないんだけどなぁ~?



と、首をひねる。


そりゃ、王家と新たな婚姻関係を結べば、王政において陰に日向に発言力は増すでしょうけど……。


それだけの理由で、年老いてからできた愛娘を経済的に追い詰めてしまう可能性のある結婚を、ゾンダーガウ公爵が進めることがあるかな?


有力貴族の嫁ぎ先なんか、ほかにいくらでも見つかりそうなものだけど……。



――え? もしかして、ふたりは突然、燃えるような恋に落ちた!?



いや~、まさかねぇ~。


飛ばしに飛ばしてくれて、ガタガタ揺れる馬車の中で、扉につかまりながらそんなことを考えていた。


そしてギリギリ、結婚式前日の深夜にシュタール公爵家の本邸に入った。


さすがにクタクタだ。


もう寝ていたであろうお父様が出迎えてくれる。



「おお、間に合ったんだね。……無理なら無理でも良かったんだけどね」



お父様。


それは、書簡に太い字で明記しておくべき事柄です。



   Ψ



かるく仮眠をとってから、本邸のメイドたちにドレスを着せてもらう。


もちろん、眠い。


そして、お父様と正妻である継母フィオナさんと連れだって、結婚式会場の王宮に向かう。


馬車のなかで、



「……カロリーナ様、眠たそうね?」



と、クスクス笑うフィオナさんに、



「なんだか、ふたりは仲良しだねぇ」



と、お父様が目をほそめた。


フィオナさんが、お父様に愛らしい顔をむけ胸を張る。



「ええ、もちろん! カロリーナ様と私は、交易という堅い絆で結ばれておりますのよ? ご存知ありませんでした?」


「ふふっ、よ~く知っているよ。フィオナらしいし、最近知ったカロリーナらしくもあるね」


「あら? 妬いていらっしゃるの? 私、あなたとも堅い絆で結ばれている思っていたのに」


「交易というね」


「ええ、もちろんそうですわ!」



もう少し頭がクリアだったら、ふたりの掛け合いに声をあげて笑ったかもしれないんだけど、


いかんせん、眠い。


縁側で日向ぼっこをするお婆さんのように、コクコクとうなずきながら微笑んでしまった。


ま……、三大公爵家の当主として、正妻が不在では具合が悪いというところもある。


ビジネスパートナーとして仲良くできているのなら、わたしとしては文句はない。



――ん……? ビジネスパートナー!?



寝ぼけ気味のあたまに浮かんだ単語で、ポンっと思い描いたのは……、ビットの笑顔。


急にシャキッと目が覚めて、背筋を伸ばしてしまった。


いやいや……。わたしとビットは……、そういうのじゃないから……。


ビ、ビジネス……な……、パートナーってだけだし……。


お父様とお継母様の仲睦まじい姿をみて、ビットを思い浮かべるだなんて、


わたし、やっぱり寝ぼけてたのね……。



「あら、カロリーナ様? 急にお目覚めになられました?」


「え、ええ……、お、王宮に近づくと自然と背筋が伸びますわ……」



ゆっくりと、なんども頷くフィオナさん。



「素晴らしい忠義の心。さすが王立学園をご卒業なさっただけのことはございます」


「……きょ、恐縮です」


「平民から成り上がった私などとは、王家に対する敬意のありようが、根本から異なりますわね」


「そ、そんなこと……」


「あら? ほほにも赤みが……」


「ええっ!?」



あわてて、両手でほっぺたを押さえる。



「それほどまでの忠誠を、王家に捧げていらっしゃる……」


「ははっ……」


「私も、見習いたいものですわ」



フィオナさんが、お父様のほうを向いて、ふたりで微笑み合うものだから、


あたまの中から、ちっともビットが出ていかない……。



……む、娘のまえですよ?


すこし、はしたなくありません?


そんな、男女で意味ありげに微笑み合うだなんて。



まあ、とりあえず……、


王族も列席される結婚式をまえに、すっかり目を覚ますことはできた。


それで、よしとしておこう……。



   Ψ



王国中の高位貴族が立ちならぶ、王宮の大広間。


あらわれた新郎新婦が……、


あきらかに双方、不機嫌。



――えっ? ……そんな結婚式ある?



と思うのだけど、ふたりは目を合わせようともしない。


かといって緊張しているふうでもない。


ただただ、不機嫌。



それでも神様に〈永遠の愛〉を誓い、



――え? いま、触れた?



と、列席者の全員がおもわず眉を寄せたであろう、


瞬速の〈誓いのキス〉を交わして、



――え? つ、つぎ行っていいのよね?



と、司教様をうろたえさせ、


それでも動じることなく祝いの言葉を述べられる国王陛下への尊敬の念を、みなに深めさせ、


〈無事〉に、結婚式は終わった。



披露宴会場に向かう列席者たち。


さすが高位貴族、なにも言葉にすることはなく静かに移動するけど、



――なんか、すごいもん見た。



という高揚感で満ち溢れていた。



……なんだったんだ、あれは?



   Ψ



王宮内の廊下を移動していると、



「カロリーナお姉様ぁ~!」



と、甘ったるく快活な――、


つまり、ヒロインの声に呼び止められた。


ふり返ると、ピンク髪を揺らし満面の笑みを浮かべた乙女ゲームのヒロイン、



――アマリア・ルツェルヌス、



が、わたしの方に駆けて来る。



「学園での後輩ですの」



と、お父様とフィオナさんに先に行ってもらうように告げ、アマリアを待つ。


正直、走るような場所ではない。


けれど、それをしても周囲に疑問を抱かせないのが、ヒロインのヒロインたる由縁だ。



――いや……、違うな。アマリアは最近、結婚したはず……。



息を切らすアマリアに、丁寧にお辞儀する。



「これは、ヴァレー夫人。お久しぶりにございます」


「もういやだわ、お姉様。昔みたいに、アマリアって呼んでください!」



と、はにかむアマリア。可愛い。


わたしをお姉様と呼ぶのも断ったはずだけど、結婚したということは〈百合ルート疑惑〉は消えたということで、不問としよう。



「お姉様にお会いできるなんて、今日はなんていい日なのかしら!?」


「ふふっ。あいかわらず大げさね、アマリアは」


「そんなことありませんよぉ! 学園でもお姉様に会えた日は、必ずいいことがあったんですよぉ!?」



……わたし、そんなレアキャラ扱いだったのね。


まあ、学園時代は気配を消して生きていたので仕方がない、ということにしておこう。



「ステキな結婚式でしたわねぇ~。さすが王族と三大公爵家の結婚式。とても厳粛でしたわ~」


「そ、そうね……」


「あんなにスッと品のある誓いのキス、私、初めて見ましたわ~」



このポジティブモンスターめ。


苦笑いしてしまうけど、わたしはこのアマリアがキライではない。



――しかし、アマリアが第2王子と結ばれなくてよかった。



と、可愛らしいアマリアを愛でながら、うんうん頷いてしまう。


ゲームなら結ばれて〈めでたしめでたし〉のハッピーエンドでいいけど、その後も生活が続くことを考えるとエリック殿下は、ちとツラい。


いま結婚したばかりのセリーナには悪いけど。



原作アマリアは人のことを絶対に悪くは言わず、悪役令嬢カロリーナからいじめられても明るく振る舞い、攻略対象を次々に虜にしていく――。


もちろん〈ふつうの令嬢〉であるわたしは、いじめたりしなかったので、アマリアは〈ふつうの人気者〉になって、


ふたつ歳上の攻略対象、コンラート・ヴァレーと結婚した。



「お姉様は披露宴にも行かれるのですのよね?」


「ええ、お招きいただいたから……」


「私は副騎士団長夫人として、結婚式に列席を許されただけなので、ここまでなんです」


「そう……」



わたしよりひとつ歳上のコンラートは、学園卒業後、すぐに騎士団で頭角をあらわし、副騎士団長に抜擢されていた。


残念そうに眉をたらすアマリアと、代われるものなら代わってあげたいけど、こればかりは身分上の制約なので、


わたしの一存で勝手なことは出来ない。



「それで、これ……。今日、もしかしたらお姉様に会えるかもって思って、持って来てたんです」



と、アマリアが小さな箱をわたしに差し出した。


あけると、カケラほどの青い瑪瑙(めのう)があしらわれた、可愛らしいイヤリングがはいっている。



「……お姉様、お仕事が忙しくて私の結婚式に来られなかったでしょう?」


「え、ええ。ごめんなさいね」


「ううん、いいんです。……それで、私、自分の結婚式のとき、ご列席下さったみな様に手づくりのアクセサリーを贈らせていただいたんです……」


「……それを、わたしにも?」


「ひょっとしたら、お姉様も来てくださるかなぁ~? って、未練なこと想っちゃって……。お姉様の瞳の色にあわせてブルーでつくらせてもらってたんです」


「あら、うれしいわね」


「……もらってくれますか?」



なんて可愛らしい後輩なんだろう。


正直、瑪瑙は高価な宝石ではない。


ただ、丁寧に磨き込まれたちいさな石はピカピカに光っている。


瑪瑙のカケラを装飾しているのは真鍮だろう。だけど、それも磨き込まれていて、独特の風合いが金より美しくも見えた。


アマリアは学園時代から、安い素材を工夫してつくった自作のアクセサリーで、可愛らしく自分を飾っていた。



――それも、原作どおりなら、お父上の正妻からいじめられてろくに経費も与えられず、それでも家格に傷を入れないようにというアマリアの頑張りだった訳けど……。



「ありがとう、アマリア。大切にするわ」


「ほんとですか! 嬉しい!」



原作で第2王子を〈真の愛〉に目覚めさせた手作りアクセサリーに、わたしの方が心を撃ち抜かれて、すこし苦笑いしてしまった。


だけど、アマリアはわたしを想いながら、夜な夜なキュッキュと磨き続けていたのだ。


しかも、アマリアが商会をひらいたとも聞かない。


決して高くはない夫コンラートの副騎士団長としての給与をやりくりし、わたしに似合う石を探し出してくれたのだ。


恐らく宝飾店ではなく、東方の商人が開くバザールで、足を棒にして探し回ってくれたはずだ。



わたしの笑顔を思い描きながら。



そんなの……、キュンときちゃうじゃない。



「せっかくだから、この後の披露宴につけて出るわね」



と、わたしは外したイヤリングを、ふとアマリアに渡した。



「……え?」


「わたしがつけてたもので悪いんだけど、せっかくだから交換してくれないかしら?」


「そ、そんな……。いいんですか? こんな高価なイヤリング……」



結婚祝いの品は、わたしの経費からリアが贈ってくれているし、その返礼も届いている。


貴族としての礼儀の範囲は完結しているのだけど、


せっかくの再会なので、学生ノリの〈プレゼント交換〉をしたくなってしまったのだ。



「お姉様のイヤリング! 大切に、大切に、一生大切にします!!」



と、アマリアは期待通りの笑顔を見せてくれ、つい先ほど目撃してしまった結婚式の衝撃を、洗い流してくれた。



――ヒロインたるもの、こうでなくては。



きっとアマリアは、コンラート副騎士団長との結婚生活を幸せに送っているのだろう。


せめてヒロインの最高の笑顔を愛でている間くらい、



――セリーナ、大丈夫かな?



とか、



――そろそろ、わたしも行き遅れになるな。



とか、考えないでおこう。


うん。考えないでおこう。


考えないで披露宴に向かおう。そうしよう。


本日の更新は以上になります。

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