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15.それだけは自信がある

空が茜色に染まり始めるなか、ミカン畑をビットと一緒にのぼる。


すこし離れたところでは、ヤンとエリカがミカン畑の冬支度を始めていた。


ミカンの樹の状態を一本ずつ確認して、必要なら〈こも〉を巻き、伸びすぎたり勢いのよすぎる枝を落としていく。



「あっ! カロリーナ様ぁ~!」



と、両手を大きく振ってくれたエリカに、こちらも手をふり返して応える。



「精が出るわねぇ~!」


「カロリーナ様はデートですかぁ~!?」


「デ……」


「そうだよぉ~~~!」



と、ビットがにこやかに手を振った。



「ち、違うわよ~! こ、この方、すぐ口説いてくるから、エリカも口説かれないように気を付けてねぇ~~~!」


「そんな方には、私たちの領主様をあげませぇ~~~んっ!」



ペチンとエリカをはたいたヤンが、苦笑いしながらちいさく頭をさげた。



「カーニャは領民から愛されてるねぇ~」


「ふふっ。この領民との近さが辺境暮らしの醍醐味だと、わたしは思うのよ」


「そうかもしれないねぇ~」



そういって気持ち良さそうに空を見あげるビットも、エリカの軽口にイヤな顔ひとつしない。


大帝国の皇太子なのに、偉そうぶらないところは、ビットの優れた美点だと思う。



中腹までのぼって、ヤンがわたしのために設置してくれたベンチに、ビットと並んで腰を降ろした。


ミカン畑も港も一望できる、わたしのお気に入りポイントだ。



「あの港に、たくさんの船が並ぶと壮観だろうねぇ~」



ビットの軽やかな声が、


夕陽に染まり始めた港にならぶたくさんの交易船を、想像させる。



「ビット、今回は……、いえ、今回もありがとう」


「いやいや、シエナロッソの発展にもつながる話だからね~」


「ビットのお陰で、支配人たちも真剣に考えてくれると思うわ」


「だけど、ドアの向こうでカーニャの立派なプレゼン聞いてて、惚れ惚れしちゃったなぁ~。カーニャは度胸あるよねぇ~」


「ええ~っ? それは、どうかなぁ?」



わたしに度胸があるとは、自分では思わない。決断にも時間がかかる方だ。


それに、日本でのわたしは、大失敗をしたと思っている。


大学を卒業したとき〈そういうもの〉という思い込みで、なんとなく都会で就職してしまったことだ。


その上、たいていの問題はガッツと工夫で乗り越えようとするところもある。


都会が合わないんじゃ……、と思いながら、なんとか工夫を重ね、


故郷に戻ると決めた頃には、メンタルがボロボロだった。


だから、なんで転生してしまったのかは分からないけど〈そういうもの〉に流されないようにだけは気を付けて生きてきた。


そして、決断に時間のかかるわたしが、


母ソニアを亡くしてから時間をかけて、ひとつだけ大きな決断をくだしていたのが、



――ミカン畑を守る。



ということだ。


度胸があるように見えるなら、それはいつも〈ミカン畑を守るのにプラスかどうか〉を判断基準に置けてるからなんだと思う。


わたしはベンチのすぐ横に立つ、一本のミカンの樹を指さした。



「このミカンの樹ね、お母様がご自分の手で植えられたものなの……」


「へぇ~~~~」


「ハッキリ仰られてたわけじゃないみたいだけど、ご自分が病気だって分かってから植えられたみたい」


「じゃあ、若い樹なんだ?」


「そうね。……だいたいミカンの樹の寿命は30年か、40年。少なくともこの樹が実をつけてる間はね……、わたしこのミカン畑を絶対、守りたいのよ」


「うん! カーニャなら絶対絶対、大丈夫だよ!!」


「ええぇ~~? また、いい加減なこと言ってぇ~~~」



わたしが茶化すように笑うと、ビットは軽薄な笑みのなかにも真剣な眼差しを返してきた。



「そんなことないよ? だって、カーニャは全部を自分でやろうとしないでしょ?」


「……それはそうね」


「なんでも自分でやろうとするタイプは結局、商いがちいさくなっちゃうし、器もちいさくなるものだよ。守りたかったはずの大切なものを、ちいさな器からこぼしちゃうこともある」


「そうなのかもね」


「……カーニャはきっと、大切なミカン畑を守り抜けるよ」



突然転生したわたしは、突然日本で目覚めるかもしれない。


さすがに転生生活が18年も過ぎ、そこまで深刻ではなくなったけど、その思いはいつも頭の片隅にある。


わたしがいなくなってもソニア商会が繁盛し、お母様のミカン畑が守られるようにとは、いつも考えてる。



「それに、商いっていうのは守りに入ると意外に守れないものなんだよねぇ~。侍女だったリアを支配人に抜擢して全部任せてるし、副支配人の登用も大胆。カーニャは人の使い方が上手だよねぇ~」


「ふふっ。……わたしもリアも若くて経験が足りないのよ」


「そう?」


「リアが前面に立ってくれてるけど、大きな商談の最終決断はいつも一緒にやるの。『持ち帰って、カロリーナ様の意向を確認します』ってね。それで、決断を二段階にして、補い合ってどうにか回してるのよ。もちろん、すごく楽しいんだけど♪」



もうすぐ新造船が竣工するけど「すぐにも3隻目をつくりましょう!」という、リアの提案にはストップをかけた。


資金的には充分な余裕ができてたけど、リアの業務がパンクするんじゃないかと懸念したからだ。


おかげで、ほかの商会が海上交易への参画を決めてくれたら必要になる、港湾拡張にかかる費用の捻出には困らないわけだけど……、


もとはと言えば、わたしの保険をかけたがる性格のせいだ。


前のめりにグングン引っ張ってくれるリアと、わたし。


いまのソニア商会はまだ、ふたりで成り立っている。


夕陽に染まり始めたビットの顔に、うらやむような笑みが浮かんだ。



「そっか~」


「なに?」


「カーニャとリアは、いいコンビなんだね?」


「……ビット」


「あれ? 僕、また何か間違えた?」


「ううん。ビットは間違ってない。それだけは確かな自信があるわ!」


「ふふっ、そうだね」



夕陽がミカン色に照らすビットの微笑みが、妙に誇らしかった。



   Ψ



ミカンの花が3回目にひらく初夏――、


ロッサマーレのソニア商会本館で、リアとふたり、



「ボロ儲けじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



と、ささやかに雄叫びをあげた。


凛々しいビット総督の演説もあって、冬の間に、6つの商会が海上交易への参画を決めた。


もちろん支配人たちの一存ではない。主人である貴族たちの許可を得てのことだ。


そして、彼らを帆船カーニャ号でシエナロッソへと送り届けた。


ビットの斡旋してくれた中古船を、真剣な表情で見て回る支配人たち。


その間に年が明け、待望の新造船がついに進水式を迎えた。


港町シエナロッソの住民がこぞって集まり、華々しくお祝いしてくれるなか、


ドックの傾斜路をゆっくりと降りていく新造船カーニャ2号。


やがて水辺にたどり着き、おおきな水しぶきをあげて海へと飛び込む。


海面に浮かび、悠然とゆらめくカーニャ2号の雄姿!!


船首を飾るのは、ミカンの花を掲げる女神像だ。



わぁ――っ!!



と、集まってくれた皆さんの歓声があがり、わたしにお祝いの言葉を次々に投げかけてくれる。


船主は集まってくれた街の人みんなに、葡萄酒をふるまうのが習わしだ。


次第に街全体が上機嫌な、お祭り騒ぎのようになってゆく。


その景色を眺めて胸いっぱいになるわたしの隣に、ビットが並んだ。



「ああ……、船の進水式って、こんなにも感動的なものなのね」


「うん。いいものでしょ? みんなで新しい船の、まさに船出をお祝いして、この先ずっと、安全に航海できますようにって祈るんだ」


「ほんとに素敵な慣習ね……」


「まるで結婚式みたいでしょ~?」


「待って、ビット」



と、わたしは眉間にしわを寄せた。



「え~? なに?」


「そこから先は、いまは言わなくていいわ」


「ん~、そうかもしれないね」


「ふふっ。ありがと」


「惚れ直した?」


「……それ言ったら、同じじゃない?」


「あれ? そう?」


「もう……。でも、こんな風景を見られたのもビットのおかげ」


「やっぱり、惚れ直した?」


「惚れ直した、惚れ直した! あ~、惚れ直しちゃったな~」


「え~? なに、その投げやりな感じ~?」


「ふふっ。みんなの所に行って、もう少し楽しみましょう?」



と、意地悪な笑いを返し、わたしが駆け出すと、



「ちょっと待ってよ~。いま、ちょっといい感じだったよね~? もう少し、ふたり切りで話さない?」



と、ビットも追い駆けてくる。


年が明けたばかりの、寒い冬空の下だけど、なんだか心はポッカポカだ。



翌日は、カーニャ号の甲板に内輪だけが集まり、船長の引き継ぎ式が行われた。


緊張した面持ちの新船長アウロラさんに、ルチアさんから羅針盤と航海日誌が贈られる。


羅針盤は、航海術の継承と、いつも正しい航路を進むようにという願いを込めて、


航海日誌には、カーニャ号がルチアさんとともに歩んだ過去の経験と教訓が詰まっている。


どちらも象徴的なものだけど、女船員さんたちみんなの温かい拍手に包まれて、わたしもウルっときてしまった。



それらを全部見てもらった支配人と商会主人。


ますます海上交易への期待を高めてくれたようで、中古船選びにも熱がはいった。



そして、わたしのソニア商会も含めた7つの商会の8隻の帆船が就航し、


なかなかの額の港湾使用料が、定期的に入ってくるようになった。


そして冒頭の、



「ボロ儲けじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



という、わたしとリアの、ささやかな雄叫びにいたる。



ちなみにだけど、ビットが目を丸くしたことがひとつある。


ビットの表現を借りると「諸侯国連合」のような体制をとるフェルスタイン王国では、


自分の領地の関税を、領主が自由に決められる。



「関税まで自由なんだ~」



と驚くビットをさらに驚かせたのは、わたしが関税をゼロにしたことだ。



「だって……、税関の整備とか大変じゃない」


「いや、そりゃそうだけど……」


「その分、港湾使用料を高く設定させてもらってるの」


「あ……、なるほど」


「積荷に関わらず、船の大きさだけで決まるから、損か得かはケースバイケースだけど、計算が楽だって喜んでもらってるわよ?」


「ふぁ~、カーニャもやるねぇ~」


「あら、褒めてくれるの? 素直に嬉しいわ」



海上交易に参画してくれた商会の皆さんも、順調に利益をあげているようで、ひと安心。


そして、彼らが支払ってくれる港湾使用料のおかげで、わたしとリアの老後まで心配がなくなった。



「ええっ!? ……わたしもですか?」


「もちろんよ、リア。それともソニア商会を辞めちゃう予定でもあるの?」


「いえそんな、とんでもない。カロリーナ様のおかげで、とても充実した日々を送らせていただいていますのに、辞めるだなんて……」


「ふふふっ。頼りにしてるわよ、わたしの支配人様っ」


「はいっ!!」



と、ポニーテールにまとめた黒髪を揺らし、感激した表情をみせてくれるリア。


実際、リアの手腕は素晴らしい。


ふたりで成り立つソニア商会といっても、日常業務は完全にリアとリアの選んだ副支配人たちだけで回っている。


交易品の仕入れから販売、販路の新規開拓といった交易の実務はおろか、ロッサマーレの港湾管理まで、


大きな案件を除き、ふだんの業務はわたしの手から完全に離れた。


それでもシエナロッソとロッサマーレを船で往復しているのは、もはやほとんど趣味だ。


カーニャ号とカーニャ2号に交互に乗っては、船旅を楽しみ、大好きなふたつの街を楽しんでいる。


うん。控えめに言っても、最高の日々だ。


今年も山一面に咲き誇る、真っ白なミカンの花を見上げて、おおきく息を吸い込む。



「お母様のおかげよ……」



ちいさく呟いたのは、どこかで聞いているかもしれない、


原作カロリーナに聞かせるためだ。



――きっと貴女も愛していたミカンの花が、今年も咲いたわ。



たまたま都会の合わないわたしが、たまたまカロリーナの身体に宿り、


鉄壁姫とあだ名されるほどに人との関わりを避けた学園生活を送ったから、


ソニア商会の運営にもノータッチで、


冷徹経営者、継母フィオナさんの目にとまることもなく、


お母様がわたしに見せたいと最期まで仰られていた、ミカンの花を目にすることが出来た。


郷土教育で習ってた北前船のわずかな知識と、日本の両親が手掛けていた伝統漆器販売をヒントに海上交易に乗り出し、


ミカン畑を存続させることにも成功した。



――原作カロリーナの人生リベンジとしては大成功なんじゃない?



と、わたしの乙女ゲーム転生人生に、勝手に〈Fin〉マークをつけたのだけど、


もちろん、まだまだ大きな波乱が待ち受けていた。


お父様から突然、わたし宛ての書簡が届いたのだ――。


本日の更新は以上になります。

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