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14.その話はいい

ロッサマーレに帰港したわたしは、さっそくソニア商会との取引を求めてくださっている皆さんに、招待状を書いた。


ビットのアドバイスをもとに、説明会を開くことにしたのだ。


といってもロッサマーレは辺境。


開催は1ヶ月後に設定したので、リアと入念に準備する。



   Ψ



殺到する商談に応えきれないわたしに、引き締まった表情のビットがしてくれたアドバイスはふたつ。


ひとつ目は――、



「カーニャが、たくさん船を持つことだね」


「そうなるわよねぇ」


「ラヴェンナーノとの交易を独占するカーニャの商会は、巨万の富を築くことができる」


「う~ん……」



浮かない表情をしてしまったわたしに、ビットが微笑む。



「そう、カーニャが考えるとおり、いいことばかりじゃない」


「そうよね」



と、顔を向けると、ビットの微笑みまでが凛々しくて、思わずドキッとしてしまう。


まるで、あの嵐に遭った日、ずっと抱き締めて、励ましてくれてたときみたいに――。


って、いかんいかん。


いまは真面目な交易の話をしてる最中だ。


頭の中から邪念を追い出して、ビットの話に集中する。



「まずは初期投資が膨大に必要になる」


「そうよねぇ……」


「もちろんカーニャの頼みだったら、僕が帝国中から中古船を集めるよ。だけど、それにしたって馬鹿にならない金額が必要だ」


「うん……」


「それに、それだけの数の船を運用して、すべての求めに応じるとなると、どうしても事故に遭うことが避けられなくなる」


「事故?」


「嵐に遭って沈没してしまったり、海賊にすべて奪われてしまったり」


「……そっか」



海賊はともかく、嵐は経験済みだ。


あの大きくて立派なカーニャ号が、木の葉のように頼りなく波に翻弄されていた。


あのときは、船長のルチアさんとビット、それに頼れる女船員さんたちの奮闘のおかげで、なんとか乗り越えられた。


だけど、いつも上手くいくとは限らないのは想像に難くない。


そして、本人を目のまえに、抱き締められてたときの感触を思い出そうとするのはやめろ。わたし。



「船1隻を積荷ごと失う損失がどのくらいなものか、カーニャにはもう分かってるよね?」


「ふふっ。あまり考えたくないわね」


「実際は、経験豊富な船長に任せれば沈没までいくのはマレだよ? でも、嵐に遭って沈没を避けるために、積荷を海に捨てて船を軽くすることもある」


「なるほど」


「つまり、投資の見返りも大きいけど、リスクも高くなる」


「……その通りね」



最初に港町シエナロッソに向かうとき、リアはわたしのことを「勝負師」だって言ってくれてた。


だけど、そんなことはない。


莫大な初期投資を投じても、船が沈んでしまえば、ミカン畑を手放すようなことにもなりかねない。


それは困る。とても困る。



そして、ビットが語るふたつ目は――、



「みんなに船を買ってもらうことだよ」


「みんなに……」


「そう。だけど、それじゃあソニア商会の利益がなくなるって思ったでしょ?」


「あ、うん……、思った」


「だからね、ロッサマーレの港湾使用料を払ってもらう」


「港湾使用料……」


「フェルスタイン王国で唯一の港なんだから、すこしくらい使用料が高くても払わざるを得ない」


「ふふっ。なんだかあくどいわね?」


「そんなことないよ。使用料をもらわないと、港湾施設の整備や維持管理もできない。もらって当然の対価だよ?」


「そうね。わたしもシエナロッソの総督様に納めてるしね」


「お世話になっております」


「こちらこそ」


「これなら、最初に港湾の拡張整備は必要だけど、その後はずっと使用料が自動的にカーニャの懐に収まっていく」


「そして、みんな笑顔に……、って訳ね?」


「そう! さすが美しくて賢いカーニャ! のみ込みがはやいねぇ~」



と、ビットの表情にはいつもの軽薄な笑みが浮かんだ。



――つまり、真面目な話はおしまいってことね。



わたしもいつもの苦笑いを返すけど、なるほど、さすがは海上交易が盛んなラヴェンナーノ帝国の皇太子だ。


港町を賑わわせる方法をよく知っている。



「そして有望な船主の寄港が増えるシエナロッソは、ますます栄えるって寸法ね?」


「ロッサマーレと一緒にねぇ~」


「これはライバルのご兄弟たちとも水をあけられますね?」


「ふふっ。やっぱりカーニャは賢いねぇ~。はやくお嫁に来てほしいなぁ~」



絶妙に喰えないところも、さすがは皇太子殿下。


逆に信用できるポイントだ。



という訳で、集まってくれた支配人たちを相手に説明会を開く運びとなった――。



   Ψ



当然、支配人たちは一様に戸惑った。


ロッサマーレの港に停泊中のカーニャ号の豪華な貴賓室に招き、大型帆船がいかなるものか見てもらった上で開いた説明会だ。


初期投資の規模感も実感してもらえたはずだ。


学園を卒業したばかりだったわたしとはいえ、お母様から受け継いだ領地・商会を含め、現金化できるものはすべて現金にしてシエナロッソに乗り込んだのだ。


おおきな商会にとっても、決して安い投資ではない。



「ただ、無理にお誘いするつもりはないのです」



支配人たちの怪訝な視線がわたしに集まる。



「見ていただいた通り、荷馬車とは比べ物にならないとはいえ、船倉には限りがあります。皆さまから寄せていただくご要望に応えきれないのが心苦しく、ご提案させていただいているだけなのです」



まあ……、考えてみればですよ。


わたしが居並ぶ『おっさん』達を相手にプレゼンしているとは、わたしも変わったものだ。



「皆さまからお寄せいただいた商品は、どれも素晴らしいものでした。けれども、ながく順番待ちをしていただくことになってしまいます」



だけど、わたしの言葉に心動かされてる『おっさん』もいる。



「それならば、いっそのこと共に海運事業に乗り出していただく仲間になっていただいた方が良いのではと考え、本日、遠いところまで足を運んでいただいた次第です」



なるほど、といった雰囲気でうなずく支配人もいることを確認して、


わたしはリアに促した。


貴賓室のドアが開き、なかに入って来る赤髪の貴公子。


端正な顔立ちには凛々しい表情が浮かぶ――、



「ラヴェンナーノ帝国東端の港町、帝国自由都市シエナロッソの総督、ヴィットリオ閣下です」



おお――っ!


という声が湧き上がり、みなが立ち上がって迎え入れる。



「皇太子って言ったら、みんな緊張しちゃうでしょ~?」



というビットの提案で、総督として紹介した。


けれど、そのインパクトは絶大だ。


らしい表情で、らしい振る舞いをしてくれるビット。



――惚れ直しちゃうなぁ。



……ん?


惚れ……直す?


いやいや、そもそも惚れてないし。


そんなこと考えてる場合でもないし。


表情だけは公爵令嬢として満点の笑顔を崩さず、わたしも凛々しいビットを迎え入れた。



「シエナロッソ総督、ヴィットリオです。大変にお世話になっているカロリーナ様のため、本日は場をわきまえもせず、駆け付けさせていただきました」



う~ん、おっさん達、完全に呑まれてますね。


目をキラキラさせてる、おっさん、おっさん、おっさん、、、、。


男の色仕掛けとは、こういうことを言うのでしょう。


なかなか見応えのある景色ですな。


はっは。



「中古にはなりますが、船はこちらで斡旋させていただきましょう。あまり時をおかず、すぐにでも海上交易に参入することができます。また新造するのに比べれば、初期投資を抑えることも出来ます」



ビットの澄んだ声と説得力ある話に、だんだん乗り気になる支配人も出てくる。


ひと言ひと言に、うなずいては真剣に考えている。



「また、いずれはラヴェンナーノの商会から、この新航路を使いたいという者たちも現れるでしょう」



ハッとした表情になって、ざわつく支配人たち。



「そう! 投資は先行者利益が大きい。それは海上交易でも変わりません。船員の手配、ノウハウの提供。協力は惜しみません。なぜならフェルスタインとラヴェンナーノの両国にとって友好と繁栄の礎になるからです」



貴賓室のなかは、水をうったように静まり返る。


だけど、おっさんたちから熱気が立ち昇ってくるのが分かる。


そう! 交易って熱量が要るよね!?


分かるなぁ。


わたしも、お母様のミカン畑を守るって目的がなかったら、ここまで踏み出すことはなかったと思う。



――あー、天然の良港だー、もったいなー。



くらいの感じで、ポケポケと辺境暮らしを楽しんでいたんだと思う。


わたしが支配人たちを心のなかで「おっさん」呼ばわりしてたのは、自分が緊張しないための呪文のようなものだ。


王国各地の陸上交易の最前線で活躍している支配人たち。ここまで昇り詰めるのに、相当な経験を積んでる百戦錬磨の商売人ばかりだ。


その支配人たちの心に火をつけられるビット。



――いや~、惚れ……。



ううん。その話はいい。



もう少し詳しい話をという支配人たちに応えたり、


もう一度、船内を案内してほしいという要望に応じたり、


リアやソニア商会の副支配人たちと忙しく対応し、


わたしの開いた説明会は盛況のうちに終わった。



   Ψ



もちろん、みなさんが下船されたあと、



「どう~? 僕、カッコよかったでしょ~? カーニャ、惚れ直しちゃったぁ?」



というビットには、イッと舌を突き出しておいた。


はぁ~、わたし、まだちょっとドキドキしてるわ……。


きっと支配人たちの熱気にあてられたせいね。


いかんいかん。


と、自分のほっぺたをつねり、ビットには久しぶりになるロッサマーレを案内した――。


本日の更新は以上になります。

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