Chapter1 プロローグ
22世紀初頭、世界は深刻な人口増加問題に直面していた。平均年齢は年々上昇し、たちまち人類は食料難による戦争を始めるようになった。平和維持のためのあらゆる世界機関は機能せず、世界は混沌を極めていった。そんな状態が約半世紀続いた時、突如として一人の科学者、赤城拓斗率いる研究グループがある解決策を発案した。その計画の名は『仮想世界移住計画』。責任者である赤城の説明はこうだ。まず、世界各国に大人数が定住できる施設を作り、そこに60歳以上の人(ひと昔前の定年だ)を集める。その人たちを赤城達の作り上げた仮想世界へと送り、現実世界における人口を減らそうというものだ。言うは易し、22世紀が後半に差し掛かった当時でも、仮想世界を作ることができても、人間を仮想世界へ送る技術など確立されていない。成功する確率は極めて低いというのが専門家たちの総意と言ってもいいレベルだった。しかし、この案は各国で次々と承認されていった。戦火の中にいるのが日常の人たちにとっては、暗闇の中に一筋の光を見つけたような気分だったのだろう。たとえ、それが無謀な挑戦だったとしても……。とはいえ、いきなり全世界の60歳以上の人を、ひどく言えば実験に使うほど世界は眼前の希望に盲目になってはいなかった。世界は赤城達の作った仮想世界へ先行する者を全世界から募った。この募集に応えた者たちを世間では、「先行隊」や「テスター」などと呼ぶようになった。
「じいちゃん、ホントに行くの?こんなことあんまり言いたくないけど、死にに行くようなもんだぜ。」
賀摩須美友希は祖父、賀摩須美半蔵の先行隊参加に反対していた。半蔵は、現在75歳。妻は不慮の事故で数年前に他界。本人も持病の喘息で日に日に弱っているのは目に見えているものの、現代の医療技術なら、あと20年は余裕で生きられるだろう。言い方は悪いが、死に急ぐ必要は無いと友希は思うのだ。
「友希、私はただ生きているだけなのは嫌なんだ。どうせこのまま長生きしても、ただ生かされている穀潰しになるのが落ちだ。それにな、私は嬉しいんだ。この年になっても自分が世界のために役に立てるという事実が。このチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。」
「はあーーー、わかったよ。もう、こうと決めたら絶対に意見を変えないんだから…」
このやり取りをしたのはこれで何回目だろうか。孫だからだろうか、友希は半蔵に似て頑固者だった。どちらも自分の意見を曲げたくないのだ。だからと言って、別に仲が悪いというわけではない。似た者同士の彼らはむしろとても気が合った。近所の人達から友希は半蔵の若いころに似ているとよく言われていた。ぶっちゃけ、友希は両親よりも半蔵の方が好きだ。それ故に半蔵には長生きしてほしいのだ。
先行隊、テスト開始当日
「それじゃあ、行ってきます。」
半蔵は担当者の誘導に従い、ゆっくりと我が家を後にする。
「じいちゃん、そっちについたら連絡くれよ。」
友希が返事をする。今日はあまり会話が弾まない。友希は内心焦りだした。
「(違う、こんな別れ方はきっと後悔する)」
おそらく、これが最後の祖父との会話。もっと伝えたいことが、一緒にやりたいことが……
「友希、必ず、また会えるから。」
根拠のない言葉、だが、確かにほっとする自分を友希は感じていた。そのまま、会話のないまま祖父は行ってしまった。目頭が熱くなっているのを感じていたが、気づかないふりをした。だって、また会えるのだから。笑顔で見送らなければ次に会ったときに恥ずかしいではないか。
移動中、半蔵はこれまでの人生を回顧していた。久しぶりに見た外の景色、いつもならその移り行く情景に目を奪われているところだろうが、今はそんな気分にとてもなれなかった。内心、半蔵はとてもおびえていた。これで、死ぬかもしれない。そんなことをずっと考えていると、現実から逃れるように半蔵の意識はゆっくりと睡魔に身を委ねだした。
目が覚めると、そこは田舎の小さな村のような場所だった。新鮮な空気のおかげだろうか、いつもの息苦しさは無く、体は異様に軽い。辺りからはまるで遊具で遊ぶ子供のような若々しいはしゃいだ声が聞こえる。体を起こし、辺りに目をやるとそこには若者達がはしゃいでいる姿があった。その中の一人が半蔵に声をかける。
「あっ、目が覚めたんだ。気づいた?私達、若返ってるんだよ。すごいよねー。」
と上機嫌で仮想世界内で自分が体験して分かった仕様について軽い説明を始めた。しかし、そんなことより半蔵は気になることがあった。
「ちょっと待て、仮想世界ってことは…成功したのか?」
「まあ、そうなんじゃない?現にみんなこうして生きているわけだし。」
軽い返答、しかし内容はあまりに重大なことだった。
この日、赤城拓斗によって『仮想世界移住計画』の先行テストが成功したことが発表された。