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【挿話】着せ替え人形

 二人の戦いが終わったあと、アンヌが唐突にも切り出した。


「ノエル様? そういえば、私との約束って忘れていないですよね?」


 にんまりと笑うアンヌに、ノエルは不思議と寒気を覚えた。

 これは……なんだか悪い予感がする……。

 ノエルがしれっとその場から逃げ出そうとした瞬間、アンヌはあの時の言葉を持ち出して脅迫する。


「ノエル様、()()()()()()()()()()()()って言いましたよね?」

「ああ……そうだな……」


 この城に着いた時。リュシアとの出会いを果たす直前。

 アンヌが言った『ここに師匠がいなかったら、私、ノエル様の言う事を一つだけ何でも聞きますよ』に対抗して、ノエルが交わした約束だった。

 確かに、言った。……言ったのだが。


「あれは、ただ――」

「ノエル様、”絶対”と言いましたよね」


 言い訳をしようとするノエルだったが、さらなる追撃によって封じられた。

 正確にはノエルが「絶対」というワードを使った訳ではないが、アンヌが「絶対ですよ?」と言ったのに頷いたことは事実だ。

 そう言った手前、もはや彼に逃れる手段は残っていなかった。


「ノエル様、大丈夫です。極悪非道なことは行いません。……ですが、約束は約束なので付き合ってもらいますよ」

「…………分かった」


 かくして、約束を取り付けたアンヌは、ノエルの手をがっしり掴んだ。いきなり掴まれて「な、なんだ」と戸惑ったような声を出すノエルをしっかりと無視して、アンヌは城の一室へとノエルを連れ込んだ。


「そこに座っててください」

「なんだ、何が始まるんだ……とてつもなく嫌な予感しかしないが」


 危機察知能力が高いノエルは、どのようなところに危険が潜んでいるのか、予測することは容易だった。つまり、ノエルの予感は見事的中したということだ。

 部屋にあった押し入れから、アンヌはなにか布の塊(・・・)を取り出して、ノエルに見せつけるようにそれを広げた。


「じゃじゃーん! これ、買っちゃいました!」


 ノエルは引き攣った顔で問いかけた。


「アンヌ、それは……なんだ?」

「ノエル様に着てもらうために用意したんですよ?」

「……………………それを、か? 俺が?」


 折りたたまれた布がぴらぴらと広げられると、それはそれは可愛らしいブラウスとスカートが現れた。


「もちろんです。さあ、準備しますので!」

「……………………」


 無言で立ち上がったノエルだったが、アンヌに再び手を握られて、どうも逃げられそうではなかった。

 露骨に嫌そうな顔を浮かべるノエル。彼に拒否権などなかった。観念したノエルは再び椅子に腰掛けると、そのままアンヌによって着せ替え人形にされるのだった。


 上品かつ清楚な真っ白なブラウスに、それに対比する黒のミニスカート。スカートの裾にはふわふわとした白いフリルがあしらわれており、全体のアクセントとして機能していた。

 そしてサラサラとした白銀の長髪は、アンヌの見事な手捌きによって素早く結われていき、ふんわりとまとめ上げられたツインテールが完成した。


「いい匂いですね、ノエル様」

「お前……気持ちが悪いぞ」


 セクハラまがいの言葉に寒気を覚えたのは言うまでもない。だが実際、毎日の入浴によって、石鹸のさっぱりとした香りがするのは事実である。


「できましたよ、ノエル様!」


 ノエルは鏡で自分の姿を見る。

 そこには麗しい令嬢が映し出された。頭には魔族の角があるが、それを無しにすれば、どこぞの金持ち貴族の娘だと言われても違和感すらないだろう。ふりふりとしたミニスカートが、少し動く度に揺れて可愛らしい。

 問題は、当の本人が死んだ魚のような目をしていることか。生気がすっからかんに抜けており、特に激しい運動をしたわけでもないのに、彼の顔は酷く疲れているように見えた。


 はぁ、と大きなため息をついたノエルだったが、ふとドアの外から声が聞こえることに気がついた。


「ノエル? 道が真っ黒に焦げててぐちゃぐちゃなんだけど、なにかやった?」


 ……この声はリュシアだった。彼女が口にするのは、建物の前にできた残骸について。今朝アンヌとノエルが戦った跡のことであろう。

 彼女の両手には山盛りのバゲットと野菜が入った紙袋。塞がった手の代わりに、腕でドアノブを回して開ける。


「えっと…………」


 リュシアは、中の様子を見て困惑した。

 ただ立ちすくんで、紙袋を抱えたまま二人を一瞥するしかできなかった。


「あんたたちって、そういう趣味だったの?」

「………………いや」


 ノエルは、魂がすっからかんになるまで抜けきったような顔で、リュシアをじっと見つめた。

 まるで人間に捕らえられてしまった哀れな小さな子猫のような、助けを求めている表情だった。

 凄腕の騎士団長の面影は、全くない。哀れである。




 なおこれは余談だが、カインはすれ違いざまにノエルに対して「似合ってますよ!」などと言ってしまったがために、その可愛らしい令嬢によってみっちりと剣術を仕込まれることとなった。とんだ災難である。

 数時間にも渡る訓練でメタメタにされたカインは、翌日、筋肉痛によってベッドから動けなくなっていた。

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