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98.勝敗は一瞬で決めましょう

 「おお~~、美しいっ。金色の瞳、銀色の髪、確かにヴィヴィアン様だ。大きくなられて、これほど美しいお姿を拝見できるとは・・・」


 帽子とメガネを外した私の姿を見て、涙腺が緩くなってしまった様子のクリストフ神父様。

 涙を流しながら、大きくなったとか? 美しいとか? おっしゃってますが、私自身全く自覚無いんですけどっ。

 私は小さな女の子のままですよっ。


 「こんなに小さいんですけど、神父様はどこを見て大きくなったとおっしゃってるんですか。」

 「ヴィヴィアン様、テオドールやニコレットを、テオ、ニコ、と呼んでいるのだ。私のことも愛称でクリス、と呼んでもらっても構わぬぞ。」

 「私達が名前を短くして呼んでいるのは、平民のハンターとして旅をしているからですよっ。神父様を愛称で呼ぶ必要は無いですよねっ。」

 「そ、そうなのか・・・・・?」


 ショボンと元気なくうなだれてしまう神父様。

 そんなに愛称で呼んでもらいたかったのっ。そんな事になったら『あの神父、小娘に愛称で呼ばれて鼻の下を伸ばしてるぞ。』とか言われたら、ガエル村の神父様としての威厳が地の底まで失墜しますよっ。

 やっぱり、神父様の威厳は保たないといけないわ。私の呼び方は『神父様』あるいは『クリストフ神父様』これに決定よ。

 それ以前に、私の質問がないがしろにされてるわ。


 「私は自分が思うように成長が進まない事に、とってもいらだたしさを感じています。神父様はそんな私を見てどこが成長したとおっしゃいますか?」

 「私はグラシアン様に産まれたばかりのヴィヴィアン様を拝見させていただいた。あの可愛らしい赤子がここまで大きくなられたのだ。驚き、そして感動してもおかしくなかろう。」


 産まれたばかりの時しか見てなければ大きくなったと思うだろうけど、その赤ちゃんが私かどうか分からないでしょうっ・・・ あ、瞳と髪か、この組み合わせは他では無いらしいし、神父様が見た赤ちゃんと今の私を結びつける決定的証拠ね。


 「産まれたばかりの赤子を他人の目にさらすなどありえないことだが、私は信用されていたようだ。『これから目にすることは絶対に秘密だ』と言われてご夫妻の寝室に招き入れられた。

 ロクサンヌ様の腕に抱かれていた赤子の銀髪に驚き、私に向けられた笑顔には金の瞳が輝いていた。」


 なんだか神父様の一人語りが始まったっぽい? 話の腰を折る訳にもいかないし、聞いてなきゃいけないんでしょうね。


 「金銀の赤子が産まれた侯爵家が消滅した記憶も新しいこの時に、グラシアン様のお子様に金銀の子がお産まれになるとは。これは誰にも知られてはならない。

 お二人の話し合いで、ヴィヴィアン様は死産だったと公表されることになった。

 こうして人目に付かない場所でヴィヴィアン様は育てられることになり、ヴィヴィアン様の受け入れ先として、ガエル村に教会をつくることになった次第です。」


 あら? 長くなりそうだと思ってたけど、わりとあっさりお話が終わったみたい。

 ここが私の受け入れ先として用意されたのはいいんだけど、ここには定住はできないわ。


 「みんなが私をとっても大事に思ってくれて、住む場所まで考えていただいたのは本当にありがたいことです。でも私は王都バルバストルでもやるべき事が残っています。ガエル村と行ったり来たりになりますよ。」

 「しかし、グラシアン様とロクサンヌ様がいらっしゃるのだ。家族三人で穏やかに暮らせばよろしいではないか。」

 「それはお父様お母様がここへいらした時に相談するという事でもよろしいでしょう。」

 「王都とガエル村を何度も往復するなど危険ではないか。ヴィヴィアン様の身に何かあってはと心配でならない。

 テオドールも黙ってないでヴィヴィアン様にここで落ち着くように進言してみてはどうだ。」


 突然話を振られたテオ、神父様と二人がかりで説得しにくるかと身構えたら、意外なことに私の肩を持ってくれる。


 「いえ、ヴィヴィの意思は変わらないでしょう。それに王都からここまでの街道は比較的安全です。」

 「魔物だって出るだろう。子供の身には危険すぎる。」

 「私はCランクハンターですよっ。商会の護衛で旅をしたりもするんです。」

 「なに? テオドールにはDランクと聞いていたが。」

 「王都を出る前にランクアップ審査に合格してきました。」


 神父様の目が泳ぎながら、私からテオに視線が移る。頭の中で必死で考え事をしてるとこんな感じになりそうね。


 「テオドール、ハンターとはそんなに簡単にランクアップできるものなのか?」

 「私とニコは剣術の鍛錬はしていましたからね、一般のハンターに比べて剣術の技量は高かったようです。」

 「そうではない、ヴィヴィアン様のような子供がCランクになれるのか、と聞いている。」

 「普通の子供には無理です。しかしヴィヴィは普通ではありません。ランクアップ審査で王都のギルドマスターと戦ったのですが、その戦闘を見て私やニコではヴィヴィにかなわないと実感しました。それはクリストフ殿にも言えます。腕に自信があるからと、ヴィヴィに挑まない事をおすすめしますよ。」

 「・・・にわかには信じられぬぞ・・・

 挑むわけではないが、何合か打ち合えば実力も分かるというもの。ヴィヴィアン様、お手合わせ願えるか。」

 「ちょっと打ち合う程度ならいいですよ。」


 庭への3人での移動に、他の部屋にいたニコが気がついてソフィと一緒に出てきた。

 ソフィが神父様のただならぬ雰囲気に恐れながらも、私を気遣ってくる。


 「ヴィヴィ、何をするつもりなの?」

 「神父様と・・・ 剣術訓練かな?」

 「ヴィヴィなら心配いらないと思うけど、神父様は強いんじゃないの?」

 「エメリーヌさんほどじゃないと思うわ。」


 私の言葉、特にエメリーヌさんが気になったようで、神父様が問いかけてきた。


 「ほう、そのエメリーヌとはどれほどの使い手なのだ。」

 「使い手だなんて、エメリーヌさんは剣士じゃありませんよ。魔法使いです。あ、でも私に殴りかかってきたから肉弾戦も好きなのかも。」

 「ヴィヴィアン様に殴りかかった? そのエメリーヌとやらを私が叩きのめしてやりましょうぞ。」

 「無理ですよ。エメリーヌさんはエルフで魔法のエキスパートですよ。」

 「エルフ・・・ 魔法に秀でた種族なのに肉弾戦とは・・・」


 庭に出たところで無造作に木の棒が数本置かれている所へテオが歩み寄る。一番短い棒を手に取り私に手渡す。


 「これが一番短い棒ですね。長いようでしたら切り詰めましょうか?」


 手渡された棒を振ってみれば、確かに少し長い。けど鉄製の短剣に比べたら、重さは同じくらいかな?


 「いえ、このままでいいわ。

 神父様は準備はよろしいでしょうか?」

 「ん? あ、あぁ、いつでもいいぞ。」


 何事か考え事をしていた様子の神父様、慌てて木の棒を掴んで構える。


 「え? ヴィヴィアン様は魔法使いだと聞いていたが、剣術をなされるのか?」

 「魔法でやり込められたら神父様が納得しないかと思ったので、剣術と【身体能力強化】で神父様を圧倒します。」

 「相手の力量を把握できずに圧倒するなどとは、この私を軽視しすぎてはおらんか。少しお諫めせねばならんな。」


 お諫めだなんて言いだした神父様に向かって、テオがビシッと意見をする。


 「クリストフ殿、忠告しておきます。ヴィヴィを見下すべきではありません。最初から全力で挑まれることをお勧めします・・・・・それでも勝てませんが。」


 最後のボソッとつぶやいた声、聞こえましたよっ。でも、神父様には聞こえなかったみたい。お怒りの様子もなく私に話しかけてくる。


 「全力で挑めとの意見だが、ヴィヴィアン様は私が全力で打ち込んでも大丈夫なのかな?」

 「私は大丈夫ですが、ご老体がハデに動けばケガをする心配があります。私から打ち込みましょう。」


 そうよ、お年寄りに無理な動きをさせたら、どこかしら痛めたりするものよ。運動は少なめに、勝敗は一瞬で決めましょう。

 剣を横に構え、膝を曲げ腰を落とす。誰がどう見てもダッシュして飛びかってくると予想できちゃう構え。

 でも大丈夫、神父様の予想をはるかに超えるスピードで一瞬に終わらせるわ。

 神父様も木の棒を構え、いつでもかかってきなさいの構え?


 【身体能力強化】発動、と同時に神父様に向かってダッシュ。

 神父様の目が見開かれ驚愕に顔が歪む。

 でも凄い、神父様はちゃんと私の動きを目で追って木の棒を振ってくる。その木の棒は私のスピードに合わせるために、振りを小さく素早く私に打ち込まれてくる。

 でも、遅いわっ。神父様の振る木の棒の動きは私の目でしっかりと把握できてる。そこへ私の木の棒を思いっきり叩きつける。

 バキッと音がして双方の木の棒が折れた。

 折れちゃったものはしょうがないわっ。木の棒を投げ捨て神父様に掴みかかる。

 まだ折れた木の棒を手放していない神父様の右袖口を掴んで思いっきり引っ張れば、私の引っ張りに抵抗しながらも腰が折れ左襟に手が届く。襟元を掴んだ私が次にやることは引っ張った袖の力を緩め左襟を下に引っ張る。

 その力に抵抗するように左足はふんばり重心が後ろに傾く。

 ここよっ!! 重心が後ろに寄ったところへ引っ張っていた襟を思いっきり押し出す、と同時に私の右足が神父様の左足を刈る。

 本当は胸をぶつけるぐらいの勢いでいかなきゃいけないんだけど、これだけの体格差があるんだからしょうがないわっ。私の小さな体では手で押し出すしかできなかった。

 でも、見事に神父様の体は後ろへ飛び、背中を地面に打ちつける。


 「ゴフッ・・・」


 一本っ!! 大内刈りよっ!!


 「・・・う、うぅ・・・」


 あ、ケガさせちゃった? でもケガしたフリして私が近づいたところを反撃とか、ないでしょうね。

 残心よっ、ここはしっかり反撃を警戒して近づきましょう。と、思ってたのにソフィが先に神父様の元へ走り寄る。


 「大丈夫ですか?」

 「ウグッ」


 あ、これホントに痛いやつだわ。起こそうとしただけで呻き声を上げてる。


 「今すぐ【治癒】をします。」

 「あ、ああ、ありがとう・・・」


 ソフィに任せちゃってもよさそうね。


 「ヴィヴィアン様、申し訳ない。私は思い上がっていた。テオドールに忠告されていたにもかかわらず、ヴィヴィアン様の幼い外見から見くびっていた。元騎士としてはあるまじき事だ。」

 「気にしないでください。誰しも私のような小さな子供に叩きのめされるなど、想像も付かないでしょう。」

 「確かにそうだ。だが学習はした。小さな子供でも見くびってはならぬとな。」

 「だからといって子供を威圧してたら、泣いちゃいますよっ。」


 でもまあ、私のハンター稼業になんとなく否定的だった神父様も、反対することもなくなるでしょう。

 神父様の【治癒】も終わる頃お屋敷に向かってくる一台の馬車。

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