97.お嬢様っぽくない
夜明け前の暗い道を【ライトボール】の魔法で照らしながら、南門へ向かう。
南門の前にはもうすでに馬車が数台止まっている。近づけば幌にはデカデカと『ブランシュ商会』の文字の入った馬車が6台も並んでる。
さすが商人、時間前行動ね。
「やあ、ヴィヴィさん、おはようございます。お早いですね。」
「私より早い人に、お早いですねって言われたくないですよっ。一体いつからここにいたんですかっ。」
「ヴィヴィさんが来るちょっと前ですよ。待ってたわけではありませんから気にしないでください。」
うう~ん、ベルトランさんの主張は信用するかどうかの判断ではなく、まあいいか、で済ませればいいのよ。
商人達の馬車が通り過ぎ次々と門を出て行く。
彼らは『風鈴火山』『ブランシュ商会』の描かれた幌を二度見三度見しながら通過していく。きっと次に会うときには幌にそれぞれの店名が描かれているんじゃないかしら。
そんな中、私達の集団を目指してくる馬車群。先頭にはおじいちゃん家令が手綱を握る馬車。『風鈴火山』号に横付けした馬車の御者台からおじいちゃん家令が挨拶をしてくる。
「やあ、ヴィヴィさん、お待たせいたしました。皆さんおそろいのようでしたら、このまま出ましょうか?」
「商隊の隊列の相談とかはしなくてもいいんですかっ。」
「そうですね、
ファブリスさん、馬車隊の隊列をどうしましょう。」
ええっ? ファブリスさん? 侯爵家騎士団長じゃなかったっけ? 侯爵家ほっぽってこんな所に来てどうすんのよっ。
「騎士団長の仕事はいいんですか?」
「ああ、私は往復で護衛に付くからすぐに王都に戻ってくる。その程度の不在は問題にはなるまい。」
「そうなんですか。じゃあ、隊列の編成はファブリスさんにお願いしていいんですか?」
「我々が先頭2台、その後ろをブランシュ商会の馬車と我々の兵士を乗せた馬車を交互に配置、最後尾を『風鈴火山』にお願いしたい。異議があれば言ってくれ。」
「いえ、ありません。」
さすが、騎士団長。鉄壁の布陣ね。何も文句は言えないわ。
ガラガラと動き出す馬車、全てを見送った最後尾、『風鈴火山』号出発よ。
ガエル村へ向かう馬車の列、私達の『風鈴火山』号は一番後ろを走る。
馬車の後衛を任されて最後尾を護っているんだけど、これだけの馬車群になるなんて聞いてませんでしたよっ。
侯爵様が出した馬車が8台、侯爵家にはそんなにたくさんの荷馬車はなかったからどこかの商会の荷馬車を手配して、物資もその商会で揃えさせたとか。
ブランシュ商会からは6台、幌にはブランシュ商会の文字がデカデカと書き込まれて、侯爵様手配の馬車よりはるかに目立っていた。
私達の『風鈴火山』号の前には14台の馬車が連なっている・・・はず。先頭を走る馬車がどのあたりを走ってるか見えないのよっ。
今回の旅には侯爵家の兵士だけでなくムーレヴリエ子爵家の兵士も同行してくれているから、護衛のためにハンターを雇う必要はないとのことで、ハンターは私達だけだった。
ベルトランさんは私達に、護衛をしてくれるのだからギルドへの指名依頼を出します、と言ってくれたけど、今回の旅ははっきり言って私の我が儘でガエル村に向かうんだからハンターの仕事ではないのよ、って断ったのよ。
これは断って正解だったわ。侯爵様が手配した馬車には全てに兵士が配備されて、ブランシュ商会の馬車の間へ配置され商隊全体を護っている。私達の出る幕は全く無いと言ってもいいぐらいね。
これだけの大きな商隊を襲おうとする盗賊などいるはずもなく、私達は何事もなくガエル村に着いた。
たくさんのテントが並び、そこかしこで立ち働く人々が見受けられる。侯爵領から建物を建てるために来てくれている職人さん達だわ。職人さん達に交じって兵士さんらしき人達も一緒に働いているみたい。
もう本格的にガエル村再開拓計画が進んでいるのね。
侯爵様手配の馬車群が列を離れてテントが立ち並ぶ方へ向かう。ベルトランさんは村長さんに挨拶に行くと言ってたから、一緒に北へ向かう。
ベルトランさんはここに来たことがあるらしいから、村長さんの家も知ってるみたいね。
テオもここへ来ているから、村の変化が分かっているみたい。
「ガエル村を南の街道に向かって拡げているんですね。」
「え? テオが来たときはどうだったの?」
「もっと北に畑があって、民家はまばらでしたね。そうそう、あの民家が一番南の民家です。」
示された民家のまわりには野良仕事のお年寄りの姿が見えるから、あの家は空き家ではないのね。
その後もいくつかの民家を見かける。明らかに空き家っぽい荒れた家には、職人さん達が修理に入っている様子。
「ヴィヴィさん、村長宅はこちらですので私達はここで一度失礼いたします。後ほど神父様にもご挨拶に伺います。」
前方に大きなお屋敷が見えてきた頃、ベルトランさんがそう言って離れていった。
「あの屋敷が我々の目的地です。」
「あそこが教会なの?」
「いえ、前の代官の住んでいた屋敷を修理してクリストフ殿ご夫妻が住んでおられます。教会はあの屋敷の裏手になります。」
あんな大きなお屋敷って、ここの代官はどんだけ贅沢してたのよ。しかも開拓がうまくいかずに村民を放置して自分だけ逃げ出すとか、ありえないわっ。
「大きな屋敷ですので、グラシアン様ご夫妻がいらっしゃっても不自由なく暮らせるでしょう。」
「そうね、テオとニコも一緒に住んでも問題は無さそうね。」
屋敷から少し離れた所に、その屋敷に匹敵するような大きな建物が建築途中で、職人さん達が働いている様子が見える。
「あれは何を建てているのかしら?」
「私も分かりかねます。クリストフ殿に聞いてみますよ。」
お屋敷の玄関先を迂回して裏口へ廻る馬車、玄関から出てきた初老のおじさんが手を振って馬車を止める。
「テオドールではないか、来てくれたのか。今回は皆で一緒に来たのか、お嬢様は、お嬢様はどうされた。中に乗っていらっしゃるのか?」
御者台に座るテオの横、目の前に私がいるにも関わらずヴィヴィアンだと認識されてない。これは私がご挨拶するしかないわね。
御者台を飛び降りておじさんの前に立ち・・・ カーテシーができない?
そうよ、カーテシーはスカートをつまんで片足のつま先を後ろへチョンとすることで、可愛らしさが引き立つのよ。
今の私には可愛らしさを引き立たせるスカートがないわっ。しょうがないから普通にご挨拶ね。
「お初にお目にかかります、クリストフ神父様。わたくしがヴィヴィアン・ライオネットでございます。」
「何だって? ヴィヴィアン様は女の子だったはずだ。」
またですか、やっぱりこの格好は男の子に見えるんでしょうね。
「いえ、クリストフ殿。その方はまごうことなくヴィヴィアン様です。」
「そ、そうであるか?」
まじまじと私の顔をのぞき込む神父様。
「無理だ。私はお嬢様の生まれて間もない頃のお顔しか拝見しておらぬ。この私に判別はできぬ。テオドールがそうだというのならそれを信じるしかない。」
「クリストフ殿には帽子を取った姿を見せれば、ヴィヴィアン様だと認識できるでしょう。」
「そうであったな。
人目をはばかるための帽子でしたか。お嬢様、ご苦労をされましたな。」
「いえ、それほどの苦労はありませんよ。自由を謳歌する旅でした。」
「そ、そうでございますか。ま、まずは旅の疲れもあるでしょう。こちらで体をお休めください。」
「そうですね、ヴィヴィは休んでいてください。私は馬車の荷を下ろしてきます。」
「そうか、私も手伝おう。」
神父様が玄関先に出てきたご婦人を手招きしてる。上品そうなご婦人、きっと奥様ね。
「ジネット、私は馬車の荷下ろしをしてくる。お客様方の応対を頼むぞ。」
「あら、お客様ですのね。かしこまりました。
さあ、皆さんこちらへどうぞ。」
通された応接間でソファーに腰掛ける。
「今、お茶の用意をしてきますからね。少しお待ちになって。」
「それなら私もお手伝いいたします。」
「あなたのお名前を伺っても良いかしら?」
「ニコレット・フラヴィニーと申します。」
「あらっ、あなたがニコレットさんなのね。主人からお話は伺っていますわ。」
ちょっと待っててね、みたいな感じで奥様とニコが出て行っちゃったわ。
ソファーに隣り合って座るソフィが言葉を発しない。なんか気まずい雰囲気だわ。
「ソフィ、あのね、」
「言わなくても分かってます。私、薄々気づいていました。ヴィヴィ様はどこかのお嬢様なんだろうと・・・ 私なんかが近くにいていい人間じゃないってことも。」
「そんな事言わないでっ。私はルクエールに行くまで、本当に限られた人としか会うことがなかったの。ルクエールでソフィと出会って・・・ ソフィと旅に出て・・・ お姉ちゃんがいるみたいに安心できた。だから、そんな他人行儀な話し方しないでっ。」
「そんな事言ったってっ、ヴィヴィと私は住む世界が違うのよっ!!」
怒ったソフィの口から出た言葉は、歯に衣着せぬ言葉だった。
その言葉は私を突き放すようでいてその反面、他人行儀の言葉遣いが無くなった親近感のある言葉だと思う。
「住んでる世界は変わらないし、ソフィはこれからも『風鈴火山』の仲間よ。たとえ『風鈴火山』を離れて孤児院での仕事を選んだとしてもね。」
「・・・だけど・・・ あなたはお貴族様、私は孤児・・・」
「私は貴族家から逃げ出してきたんだし、ライオネット家にいるときだって塔の中で誰とも会わずに生活してきたのよ。貴族として扱って欲しくないわ。」
「そんな事言ったって、貴族家の血筋なのは変わらないわ。」
「それを言い出したら、孤児院のエステル院長だって貴族家の血筋よ。貴族家に産まれたからと言って全員が貴族でいられるわけじゃないの。これから先、私は平民として生きていくわ。だからソフィには、平民としての私と一緒にいて欲しいわ。」
「そ・・・ そうよね、ヴィヴィはいつだってお嬢様らしくなかった。だから私も一緒にいられたんだわ。」
お嬢様らしくないなんてはっきり言われちゃうと、それはそれでツラいものがあるわね。
でも、その理由は分かっているわ。私の前世の記憶は、完璧な庶民だったのよ。お父さんお母さんに愛され、沙姫ちゃんを愛してやまないお姉ちゃんだったのよっ。
ヴィヴィアンとしての記憶より美姫としての記憶に引っ張られちゃってるのよっ。
「ごめんなさい、私はお嬢様っぽくないヴィヴィが好き。」
今までもこれからもお嬢様っぽい事はできないわっ。でもそれでソフィと友達でいられるなら・・・
「う・・・・・ うぇ~~~~ん、 ソフィ~」
ソフィが抱きしめてくれる。私よりもふくよかな胸で・・・・・




