96.『風鈴火山』号
ガエル村に向かうに当たって、侯爵様におじいちゃん家令を連れて行くようにと言われたんですけど。
確かにおじいちゃん家令が来てくれる事は心強いわ、でもこの侯爵邸からおじいちゃん家令がいなくなっても大丈夫なの?
「全く問題はございません。私も高齢ですので後継者教育はしっかりやっております。」
「あ、そうなんですか。それなら大丈夫なんですかね。」
「はい、私はガエル村を発展させるために粉骨砕身努力いたします。クレマンソー侯爵領のためになることでしたら何でもおっしゃってください。できうる限りのことをさせていただきます。」
侯爵領の事しかやってくれないんですかっ。というか侯爵様の家令さんだしそれもそうか。
どうしても何かやって欲しいときには、『クレマンソー侯爵領のために』って一言付け加えればいいんだわ。
「ガエル村に出発するにあたって、私達は物資の運搬もします。セレスタンさんは荷物があるようでしたら侯爵家の馬車を出してくれますか?」
「それはもちろんです。こちらで用意する物資や人員を運ぶための馬車が必要ですからね。」
「人員は侯爵領から手配するんじゃありませんでしたか?」
「我々がガエル村へ行くまでの間の護衛の兵士を連れて行きます。」
「Cランクパーティーの私達がいるんですよっ。護衛なんかいらないでしょっ。」
「いえ、その兵士達はガエル村に着いたら、防衛のための兵士として常駐することになります。こちらから大勢は連れて行けませんから、侯爵領からも兵士やメイドが送られてきます。」
護衛をさせながら、現地へ着いたら兵士として使いましょうとか、一粒で二度美味しいみたいな使い方ですっ。
まあ、無駄のない使い方ではあるわね。っていうか、メイドって必要?
メイドよりも畑を耕せる人材が欲しいわよ、と思うのは私だけ?
そのへんの事はおじいちゃん家令にお任せして、私が口出しする事でもないわね。
「出発は五日後、日の出の時刻に王都南門に集合でよろしいですね。」
「はい、かしこまりました。それだけあれば準備期間は充分です。遅れずに伺います。」
別に遅れてもいいんだけどね。おじいちゃん家令の旅には護衛の兵士やお世話をしてくれるメイドさん達が付いてきてくれるんだし、どうしても私達が護衛をしなきゃいけないわけじゃない。
はっきり言えば、あなた達勝手に行ってくれていいわよ、って事ね。その方が私達にかかる負担も軽減されるわね。
厩舎へ向かえば、テオが話してくる。
「看板屋が来てヴィヴィがお願いした絵を幌に描いていきましたよ。」
「え? いつ来たのよ。」
「一昨日ですかね。」
いつの間にか『風鈴火山』の看板が描かれていたみたい。
私は文字と認識してるけど、この文字を読めない人、テオもだけど、絵と認識してるみたい。
絵でも文字でもどのように受け止められてもいいんだけど、この『風鈴火山』が描かれている馬車は、私達『風鈴火山』の馬車だと世間に認知させることができるのよ。
それだけでも盗賊に対しての威嚇効果も期待できそうね。魔物への威嚇は無理だと思うけど。
幌に描かれた『風鈴火山』、私が筆で紙に書き殴ったのを、拡大して幌に描き出されている。その下には『イタチ マサムネ』も入っていた。
いいっ!! これよっ。もう、この馬車を『風鈴火山』号と名付けましょうか。
『風鈴火山』号のお披露目に街中を走れば、多くの人の視線を浴びる事になる。看板を背負って走る馬車が物珍しいんだろうけど、すぐに商店の看板を背負った馬車が走り回るようになるわ。
「ヴィヴィさんの紹介状を持った看板屋が来ましたよ。説明を聞いたらなかなかに面白い着眼だと、我が商会でも取り入れることにしましたよ。」
「私はハンターパーティー『風鈴火山』の馬車であることをアピールしたかっただけですよ。」
「商人にしてみれば、商会の宣伝になるんですよ。やらない手はないでしょう。」
それも最初のうちだけなんですけどね。すぐにみんながまねして看板を背負った馬車があふれかえる事になりますよ、とは言わないでおきましょう。
そんな事よりも今日は物資の調達に来たんだし。
ガエル村へ運ぶ物資の相談を持ちかけたら、私も行きますとの話になってしまう。
「ヴィヴィさんが行くのなら私共も是非ご一緒させていただきますよ。なんなら孤児院の子供達を引き連れて向かいましょうか。」
「生活できる建物もできていないのに、子供達を連れていけるわけがないでしょうっ。」
「ブランシュ商会からテントを持っていきます。しばらくはテント暮らしになりますが問題はないでしょう。」
テント暮らしに問題が無いって何なんですかっ? 問題大ありなんじゃないですか。そんなとこへ子供達を連れていけませんよ。
「アンナも連れて行きますからね。孤児院の子供達全員とまではいかなくても何人かはついてくるんじゃないですか。」
「店もできていない時期にアンナを連れてくって、ガエル村で何をしようと思ってるんですかっ。」
「ヴィヴィさんは商人というものを理解していないようですね。売買する商品さえあれば店舗など無くとも商売は成り立つものです。」
ベルトランさんの行商の護衛をしてきたんだから、そんなの分かってますよ。だからといって、住むところも無いような場所に子供達を連れて行ってテント暮らしをさせようだなんて思っているんですか、ベルトランさんっ。
え? ちょっと待って、子供の基準が私になってないでしょうね。私達が護衛について旅をしていたときは野営もしたけど。
「子供達にテント暮らしをさせるなんて、過酷すぎるんじゃないですか?」
「ヴィヴィさんが思うほど、孤児院の子供達はヤワではありませんよ。私達の行商にもついてこられるぐらいの強靱さは持ち合わせておりますよ。」
え、そうなの? 私が思ってる子供達ってそんな事できない、やらせられない、って思ってたのは私だけなの?
この世界の子供達はもっとしたたかに生き延びてきたって事なのね。状況にもよるとは思うんだけど、孤児院育ちの子供は強く生きている、と思えばいいのかしら。
「分かりました。連れて行く子供達はベルトランさんにお任せします。」
ベルトランさんの都合で子供達を連れて行くんだから、ベルトランさんに全部お任せすればいいのよ。私が気に病む必要はないんだわ。
ただし、ベルトランさん達も子供達も、我が『風鈴火山』が絶対絶対護ってあげるのよ。
ベルトランさんがガエル村へ物資を運んでくれる事になったので、あえて私達が生活必需品や食料を調達する必要はなくなったわけだけど、だからといって空荷で馬車を走らせるのはもったいないわ。
私達用の物資を用意してもらうようにベルトランさんにお願いして、次は孤児院ね。
孤児院の玄関先で迎えてくれたニコとソフィが、エステルお母さんの所へ案内してくれる。
「ようこそいらっしゃいました、テオさんヴィヴィさん。本日はどんなご用件ですの?」
「ガエル村に向かうためにニコとソフィを迎えに来ました。」
「あら、そうなんですか。寂しくなってしまいますわねぇ。特にソフィさんは子供達の大のお気に入りなんですのよ。」
やっぱ、ソフィは孤児達の気持ちがよく分かっているみたい。やっぱり先々の事を考えればハンターとして『風鈴火山』のメンバーでいるよりも、孤児院で子供達のお世話をしていた方がソフィにとっては、幸せなのかも。
「ソフィにはガエル村の孤児院ができあがったら、そこで子供達のお世話をしてもらうようにするわ。」
曇った表情のソフィが、非難がましく問いかけてくる。
「えっ、もう私は必要がないって事なの?」
「必要がないって話とは違うわ。私達が何のために王都まで来たのかって事。」
「ルクエールでラザール様に言われたからよ。」
「そう、ラザール様は王都で護ってくれる貴族家を頼れ、と言う話だったわね。その貴族がクレマンソー侯爵様だったのはソフィも承知してるはずよ。」
「それは、分かってるけど・・・ 貴族家にいると気が休まらないの。」
「そうね、ソフィは貴族家にいるよりも子供達といる方が生き生きしてる。ルクエールにいたときだってハンターをやってるよりも、子供のお世話が好きだったんじゃないの?」
「うん、そう、できるなら私は孤児院にいたかった・・・ でも子供達を餓えさせないためにも、ハンターを続けるしかなかったのよ。」
「もう、ソフィは我が儘言ってもいいの。孤児院にいたいって言ってくれていいのよ。ガエル村はクレマンソー侯爵領として兵士を配置してくれて村の防衛もしてくれる。ソフィに比較的安全な場所だと思うわ。」
「私が欠けても『風鈴火山』は困らない?」
「最初は私とテオとニコ、3人でやってたんだから問題は無いわね。」
「ありがとう・・・ ヴィヴィ。」
涙をこぼし始めたソフィの肩にそっと手をやるエステルお母さん。
「ソフィが孤児院を手伝ってくれるなんて、本当にうれしいわ。」
「お母さ~ん。」
「でも、気を抜いちゃダメよ。まだガエル村と王都を行ったり来たりしなきゃいけないんでしょ?」
「そうよ、五日後日の出の時刻に南門に集合よ。前日に迎えに来ればいいかしら?」
「旅の準備にそれほどかからないわ。2日後に迎えに来て。」
ニコの言葉に納得する。私達は護衛の旅で荷物をすぐにまとめられるようになってるから、旅立ちの準備にそんなに手間はかからない。
日数に余裕を持たせたのは、おじいちゃん家令が連れて行く兵士の選定や物資の準備に時間がかかるだろうと思ったから。
ベルトランさんも行くことになって、今頃慌てて物資調達に走ってるんじゃないかしら。




