95.ムーレヴリエ流格闘術
「ありがとうございます~、ヴィヴィ先生~。でも・・・僕はもうレオンティーヌ様にはいらない子なんですね・・・」
「何をおっしゃいますのっ。わたくしはデルフィーヌ様をわたくしの護衛から外しませんわっ。」
デルフィーヌお嬢様に掴みかかったレオンティーヌ様、痛みのあまり呻き声を上げるデルフィーヌお嬢様。
「まだ【治癒】が終わってませんっ。レオンティーヌ様も優しくしてあげてください。」
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですの?」
「大丈夫です。でも、でもっ、僕は弱いっ、レオンティーヌ様を護れないっ。」
「いえ、私はそうは思いません。剣術ではデルフィーヌ様が終始ジェローム様を圧倒していました。あの変則的な剣術にも対応できていました。」
「そうだな、ヴィヴィの言うとおり、素晴らしい剣さばきであった。あの剣術を磨けば将来は騎士団への入団も問題なかろう。」
まさかの侯爵様のお墨付き出ましたっ。さぞかしお喜びになるのでは、とデルフィーヌお嬢様の顔を伺う。
曇った表情のまま笑顔も見せないデルフィーヌお嬢様。
「しかし・・・ アリステイド様、またもやレオンティーヌ様をお護りすることがかなわなかったのです。ぼ・・・僕をっ、レオンティーヌ様の護衛の任から外してくださいっ!!」
「お待ちなさいっ。デルフィーヌ様はわたくしを護れなかったとおっしゃいますが、わたくしがデルフィーヌ様をお護りできなかったのですわ。フェリシー様の援護射撃に匹敵するような援護がわたくしにもできていたら、きっと結果は変わっていたはずですわ。わたくしは学園でもっともっと鍛錬いたしますわっ。デルフィーヌ様っ、このわたくしの隣から逃げ出す事は許しませんわっ!!」
「レ・・・ レオンティーヌ様・・・ 僕は・・・まだ、レオンティーヌ様のおそばにおいていただけるのですか。」
「そばに置くのではありませんわ。わたくしこそが未熟者、お互いが未熟者でございます。共に肩を並べ高みを目指すのですわっ。」
「うっ、うっ・・・ありがとうございます。僕は強くなります。レオンティーヌ様のために必ず強くなりますっ。」
「そうだな、奢ることなく切磋琢磨し、学園ではさらなる高みを目指せるよう訓練に励みなさい。」
それまで沈黙を守ってきた・・・ いえ、全く言葉を発せずにいた子爵様と男爵様。ラザール様がフロランタン様に問いかける。
「フ、フロランタン殿の・・・ む、娘御・・・ あれほどとは思いもよらなかったぞ。」
「あ・・・ い・・・ いえ、私も承知しておりませんでした。」
「なんだ、父親の知らぬ間にこれほどの魔法使いが育っていたというのか?」
「ア、アリステイド様、ヴィヴィ先生が我が屋敷を旅立つときに聞いたのは、木桶一杯程度の水を出す程度だと告げられました。よもやこれほどの魔法を見せ付けられるなどとは思ってもおりませんでした。」
そ、そうね、そんな事を言ったような・・・・・ 気がするわ。
ジェローム様の【治癒】を終え私の横に来たフェリシーちゃん。私もデルフィーヌお嬢様の【治癒】が終わってフェリシーちゃんに向き直る。
デルフィーヌお嬢様は護衛騎士さんに連れられて更衣室へ。水球を切り裂いてびっしょり濡れちゃってたものね。今回はちゃんと着替えを持ってきてたみたい。
フェリシーちゃんがにっこりと私に話しかける。
「ヴィヴィ先生、私頑張りました。いっぱい褒めていただきたくて。」
私に褒めてもらいたくてこんなに頑張っちゃうなんて・・・ フェリシーちゃんをぎゅう~っと抱きしめる。
「凄かったわ、とっても練習したのね。」
「はいっ、ヴィヴィ先生みたいになりたくていっぱい練習しました。」
向こうでは父親と話すジェローム様の声が聞こえてくる。
「父上っ、僕がいつも森でツノウサギを狩ってきたのを覚えていますか?」
「あ、ああ、毎日食卓に肉が並ぶようになったのはジェロームのおかげだと感謝している。」
「実は、ほとんどがフェリシーが仕留めた獲物です。僕が護衛に付きフェリシーが魔法を実行する実戦形式での狩りをしていました。」
「なぜ、そんな事を。教えてくれたら私も護衛に付いたのに。」
「ヴィヴィ先生から魔法を使えることを人に知られないように、と言われていたようです。父上でさえ水を少し出せるとしか教わっていなかったのでしょう?」
確かに言ったわっ、だからといって人知れず魔物を狩りに行くとか、危険すぎでしょうっ。
「なんてことをするのっ? フェリシーちゃんはまだ小さい子供なのよ。そんな危険なことはしないで。」
「ご、ごめんなさい。でも、魔法をいっぱい覚えればヴィヴィ先生が褒めてくれると思ったんです。」
「魔法なんか覚えなくても、い~っぱい褒めてあげるんだから。フェリシーちゃんは私のかわいいかわいい妹なんだから。」
「えっ!! い、いもうと・・・・・ ヴィヴィ先生、お姉様と呼んでもいいのですか?」
「呼んでくれるの? 私は大歓迎よ。ホントの妹みたいに可愛がってあげたいっ。」
「ヴィヴィ先生、フェリシー様を独占なんてズルいですわ。
フェリシー様、わたくしの事もお姉様と呼んでいただきたいですわ。」
私の後ろに隠れちゃったフェリシーちゃん、顔を半分出してレオンティーヌ様に申し上げる。
「うぅ、嫌です。私のお姉様はヴィヴィ先生だけです。」
ガ~ン、と擬音が聞こえそうなほどのショックを受けその場に膝を突くレオンティーヌ様。
「な、なぜですの、わたくしもフェリシー様と仲良くしたいだけなのに・・・」
「そんな動揺なされずとも、フェリシーちゃんは仲良くしてくれますよ。」
「そうでしょうか。わたくしはフェリシー様めがけて水球を撃ち込んだり、怒ったフェリシー様が光球を撃ってきたりと、きっと嫌われてしまったのですわ。」
私の後ろから出てきたフェリシーちゃん。膝を突いたレオンティーヌ様の手を取る。
「そんな事はないです。私はヴィヴィ先生の一番の生徒なんです。負けるわけにはいかなかったんです。」
「え? ソフィさんが一番ではございませんこと?」
勢いよく私を振り返ったフェリシーちゃん。
「さっき私が一番って言ってたのに・・・」
「一番よっ。私を先生と呼んだ初めての子がフェリシーちゃんなのよ。だから私の一番弟子と言っても過言ではないわ。」
「そ、そうなんですね。これからはヴィヴィ先生の一番弟子を名乗ります。」
「それではっ、わたくしは二番弟子を名乗らせていただきますわっ。」
ど、どうでもいい事よね、この件に関してソフィが異を唱える事はないし、これ以上私を先生と呼ぶ人達を作っちゃいけないわ。
「ヴィヴィ先生っ!! フェリシーが一番なら二番は僕じゃないんですか?!」
「ジェロームよ、それを言い出したら私が二番でおまえが三番だ。」
「あ・・・あ、あなた達を弟子だと認めませーんっ!!」
「なんだと? 私はヴィヴィ先生の美しい技に惚れ込み、それを継承すべくジェロームと努力をしておる。弟子を名乗っても問題はないはずだ。」
「私が教えた技はスポーツとしての技です。技を磨き競い合い、お互いを高め合うための技なのです。フロランタン様はその技を、敵の肉体を破壊するための技に昇華させようとしてます。その考え方がすでに私の理念から外れています。私の弟子を名乗ってもらいたくありません。」
「そうか、ヴィヴィ先生の理念に反するか。弟子を名乗れないならどうするか。」
「フロランタン様を開祖として新しい流派を作っちゃいましょう。『ムーレヴリエ流格闘術』なんてどうですか。」
着替えを終えたデルフィーヌお嬢様が戻ってきて、私の言葉が聞こえたみたい?
「『ムーレヴリエ流格闘術』? さっきの僕が受けた技はその格闘術だったのですかっ。」
「う・・・・・ い・・・・・ いや」
私の突然の命名、その名をデルフィーヌお嬢様に問い詰められて歯切れの悪いフロランタン様。
フロランタン様ではデルフィーヌお嬢様が納得できる説明はできそうもないわ。
「そうです。『ムーレヴリエ流格闘術』開祖フロランタン様です。元は私が教えた技ですが、フロランタン様が独自の考え方から改善を重ね、新しい流派となりました。デルフィーヌ様もこの技を体得したいのならフロランタン様に師事してください。」
「本当ですかっ、フロランタン様。是非僕を弟子にしてくださいっ!!」
「いや、待て。
ヴィヴィ先生、アレの基本はヴィヴィ先生だ。それを私が開祖として広めてしまうのにはいささか抵抗がある。」
「いささかって何なんですかっ!! 非常に抵抗がある、とかじゃないんですかっ。ちょっとだけごめんなさいみたいな言い方しないでくださいっ。私が教えた基本の投げ技から殴る蹴るを組み込んだんですよねっ。その時点で私の理念から大きく逸脱しています。ムーレヴリエ流でもフロランタン流でも好きなようにやってくださいっ。」
「待て、すまなかった。ヴィヴィ先生にそれほどの思い入れがあったとは考えもしなかった。で・・・では、殴る蹴るは封印しよう。」
「私が言いたいのはそういうことではありません。フロランタン様の格闘術に私の名をいっさい出さないこと、私を先生と呼ばないこと。これを守っていただけるなら好きなように殴ったり蹴ったりしても構わないということです。」
技が広まっていくのは全然構わないんだけど、それが殺人技として広まるようなことになったら、そこに私の名は絶対使って欲しくないわ。ついでに言えば私の名が出ていなければ私の許へ教えを請いにくる人もいないでしょうし。
「それでいいのか? ヴィヴィ先生が開祖として道場を開けば、門弟もずいぶんと集まりそうだが。」
「そんな事やりませんよ。ムーレヴリエ流で門弟をたくさん集めてください。私の名前さえ出さなければ、何も文句は言いません。」
「そうか、分かった。門弟が集まるかは分からぬが、『ムーレヴリエ流格闘術』として始めてみよう。」
「それなら門弟一号はデルフィーヌ様ですね。デルフィーヌ様に稽古をつけてあげてください。」
「僕もヴィヴィ先生と呼べないのですか?」
「ジェローム様もムーレヴリエ流です。私ではなくあなたのお父様を先生とお呼びください。ついでに言っちゃいますけど、ジェローム様のあの変則的な剣術は、最初は正攻法で責めながら突然変化すると効果が大きいと思います。デルフィーヌ様に正攻法の剣術の基本を教わるといいかもです。」
これでわずらわしい事が一つ減ったわ。後はレオンティーヌ様ね。
「レオンティーヌ様にはこれ以上あれこれと私からの魔法の指導をせずに、自ら考えながら魔法と向き合ってください。」
「わたくしはヴィヴィ先生にはもう教えていただけないという事ですの?」
「そういう事ではございません。フェリシーちゃんは私が教えていない魔法を自ら考えそれを発動しました。レオンティーヌ様もできるはずです。」
「分かりましたわ。わたくし一人でもフェリシー様に勝てますように頑張ってみますわ。」
これでレオンティーヌ様もフェリシーちゃんのように、自分で考えて魔法の練習をするようになるんじゃないかしら。
そしたらガエル村へ向かうわよ。エメリーヌさんが何か言うかもしれないけど、無視よ、無視っ。




