94.もっと優しくしてあげてくださいっ
私は止めたのよ。フェリシーちゃんがレオンティーヌ様と魔法対決なんて。フェリシーちゃんがケガしちゃったらどうするのよっ。
もし、フェリシーちゃんに危険が迫ったら即強制終了させなきゃ。
侯爵邸で泊まり込みのお勉強をしていたデルフィーヌお嬢様が、模擬戦での魔法使いの護衛に連れてこられた。いえ、喜び勇んで駆けつけた、が当てはまるわね。お勉強のおかげで死んだ魚の目のようだったのに、今はらんらんと目が輝いてるわっ。
対するフェリシーちゃんの前にはジェローム様。
私がフェリシーちゃんの前衛をやりたいって言ったのに、侯爵様もレオンティーヌ様も大反対。私が護ったらフェリシーちゃんの実力が測れないとか?
ジェローム様の実力も見なきゃいけないし、妹を護るお兄様という事でフェリシーちゃんを頑張って護ってくださいね、ジェローム様。
木剣を構えたデルフィーヌお嬢様とジェローム様。両手で木剣を構えるデルフィーヌお嬢様に対し片手剣で挑むジェローム様。腕には鉄製の籠手がはめられている。腕で敵の剣を受け切りつけるという、変則的な剣術を使うみたい。
だけど、最初から片手剣じゃ私は変則剣術ですよと、相手に教えているようなものだわ。せめて最初の構えは剣術の基本形の構えにして、打ち合ったときに変化すれば相手も驚いて隙ができたりすると思うんだけど。後でそこんとこ指摘しましょうか。
お互いの動きを牽制しながらじりじりとにじり寄る二人。ジェローム様はいついかなる攻撃にも対処できるようにと腰を落とし膝を曲げた状態。対するデルフィーヌお嬢様、膝はわずかに曲げてはいるもののジェローム様を上から見下ろす青眼の構え。
こっ、これはっ、いつでも来い叩き潰してやる、の構えですかっ!!
大丈夫なんですかっ。お兄様の威厳が粉々に砕かれるような事になったら、フェリシーちゃんが攻撃にさらされるんですよっ!!
動きは一瞬、間を詰めた二人の木剣同士が打ち合うのかと思いきや、肩口めがけて振り下ろされたデルフィーヌお嬢様の木剣をジェローム様が籠手で受ける。片手で持つ木剣がデルフィーヌお嬢様を横薙ぎにするけど当たらない。デルフィーヌお嬢様は即座に身を引き強烈な下段からかち上げ。のけぞりながら避けるジェローム様を追撃するデルフィーヌお嬢様、そこへまさかのフェリシーちゃんの水球が飛来。避ければレオンティーヌ様に向かうであろう水球、デルフィーヌお嬢様の選択は切り裂く一択よね。おかげでまたもや水をかぶる羽目になるデルフィーヌお嬢様。
劣勢に陥ってたジェローム様はフェリシーちゃんの援護射撃で体勢を整えデルフィーヌお嬢様を強襲、でもデルフィーヌお嬢様の対応が早い。ジェローム様の木剣を軽くいなし手元に近い所へ思い切り振り下ろす。
自分の持つ木剣の根元を叩かれ苦悶の表情を見せながら両手で木剣を持ち直すジェローム様。左手は痺れて使い物にならないはずよ。
たたみかけるデルフィーヌお嬢様、木剣をジェローム様に叩きつける。ギリギリのところを剣で受け、籠手で受け、誰の目から見ても劣勢に追い込まれているジェローム様。フェリシーちゃんの援護がなかったら、もうすでに叩きのめされているはずよ。
それよりも驚くのはフェリシーちゃんの水球。二人の攻防の隙を狙って正確にデルフィーヌお嬢様を狙い撃つ。
対してレオンティーヌ様は頭上に待機させた水球を撃ち出せずにオロオロしてる。二人の動きについて行けないんだわ。
そんな攻防もフェリシーちゃんの水球をかいくぐり切り裂きながらもジェローム様の肩口に一撃を加えたデルフィーヌお嬢様の勝利かと思われた。
倒れ込むジェローム様の横を走り抜けフェリシーちゃんに襲いかかるデルフィーヌお嬢様。
ああっ、フェリシーちゃんが危ないっ!! と思ったら、【ナンチャラマンバリア】発動?
デルフィーヌお嬢様がその光の防御結界にたどりつく前に、ジェローム様に驚かされる。デルフィーヌお嬢様にとびつくジェローム様、動かせる腕を使って一本背負い?
背負い投げの型しか教えてなかったはずよ。どうして一本背負いを覚えたのよっ!!
ジェローム様も痛みのため一本背負いがきれいに決まることもなく、デルフィーヌお嬢様を巻き込んで肩口から落としてしまう。
フェリシーちゃんに飛びかかって前のめりになっていたデルフィーヌお嬢様は肩を強打したあげくジェローム様の拳の一撃、って、殴るのっ?
よかった、寸止めだったわ。デルフィーヌお嬢様を殴ってたら私がジェローム様をボコボコにしてたわよっ!!
デルフィーヌお嬢様が倒れ込んだおかげで射線が通る状況になったレオンティーヌ様、ここぞとばかりに水球を連射、そのことごとくは防御結界に阻まれフェリシーちゃんには届かない。
フェリシーちゃんの防御結界の外側に、私の拳にも満たないほどの光球が形成される。光の攻撃魔法までマスターしているのっ?!
でも、それはダメっ。攻撃力が強すぎよっ!! 光球が射出される前にレオンティーヌ様を護らなければっ!!
レオンティーヌ様の前面に私の防御結界を展開、撃ち出されたフェリシーちゃんの光球は・・・ 地面を穿つ・・・ フェリシーちゃんも光球の殺傷力は充分に承知していたみたい。水球の狙いはあれほど違えなかったのに、光球はわざと外したんだわ。
これはもう勝負あり、よね。
「それまでっ!! もう決着はつきました。」
「どうしてですのっ。わたくしはまだやれますわっ。」
「レオンティーヌ様の前方の地面がえぐれているのは、フェリシーちゃんが狙いを外してくれたからです。直撃していたらレオンティーヌ様は死んでいたかもしれない攻撃であると気づいてください。」
「そ・・・ そうなんですのね。わたくしの・・・ 負けなのですね。」
「待て、レオンティーヌは凄かった。それにもまして男爵の娘が凄かったのだ。」
「お祖父様、そんな事をおっしゃっても、あんな小さな子に負けるわたくしはクレマンソー侯爵家にいらない子なんですわっ。」
「そんなわけはなかろうっ。」
「侯爵様もレオンティーヌ様もそういうのは後にしてください。レオンティーヌ様も落ち込んでる場合ではありません。デルフィーヌ様の治癒をお願いします。
フェリシーちゃんもこちらへ、私がジェローム様の治癒をします。フェリシーちゃんも一緒に手をかざして。」
痛みに耐えながら脂汗をかき一言も発せない状態のジェローム様。その横にはメソメソ泣くデルフィーヌお嬢様。
「デルフィーヌ様、レオンティーヌ様が治癒をします。どこか痛いところはございますか?」
「ま・・・ 負けたんだ・・・ また僕は・・・」
「負けとは言っても見たことも無い技に不意を突かれましたが、剣術では圧倒してました。デルフィーヌ様は体術を覚えるといいかもしれませんね。」
フェリシーちゃんがジェローム様の横に来たから、まずは【治癒】の伝授ね。
「フェリシーちゃん、ここを触ってみて。」
フェリシーちゃんの手を誘いジェローム様の鎖骨を触らせる。ジェローム様が苦痛に顔をしかめ、うなり声を上げる。
「ヴィ、ヴィヴィ先生、お兄様は大丈夫なのですかっ?」
「大丈夫ではないわ。ここの骨が折れているでしょ? この骨を回復させるように【治癒】の魔法を使うわ。」
フェリシーちゃんの手をジェローム様の肩口にかざし、私の手をフェリシーちゃんの手の上に重ねる。
ジェローム様の鎖骨骨折の修復をイメージして【治癒】を発動。
「ヴィヴィ先生の手が温かいですっ。」
「ええ、【治癒】を発動してるの。この魔力の動きを感じて。ジェローム様の骨折している骨の修復を強くイメージして。」
ジェローム様の苦悶の表情が和らいだように感じる。それにしても、鎖骨骨折で一本背負いってとんでもない痛みがあったと思うんだけど、フェリシーちゃんを護るためのお兄様の意地が痛みに勝ったのかしら。最初に会ったときにはフェリシーちゃんを虐げていたはずなのに、妹思いの優しいお兄ちゃんが芽生えたのね。これからもお兄ちゃんとしてフェリシーちゃんを護ってあげてね。
後ろではしたたかに肩を打ち付け腕に力の入らないデルフィーヌお嬢様に、レオンティーヌ様が水の【治癒】を発動してるんだけど・・・・・
腕がプラ~ンとして・・・ 肩がはずれているんじゃない?
「フェリシーちゃん、この状態で【治癒】を続けてみて。もしできなくても後で私がやるわ。私はデルフィーヌ様の様子を見てくるわね。」
「はいっ、ヴィヴィ先生みたいになれるように頑張りますっ。」
デルフィーヌお嬢様の傍らにしゃがみ込めば、レオンティーヌ様もデルフィーヌお嬢様もメソメソしながら、ごめんなさいごめんなさい、とつぶやいてる。
「う、うぅ、申し訳ございません。またもや僕はレオンティーヌ様を護ることができませんでした。」
「いえっ、違うんですの~、デルフィーヌ様が戦いやすいようにわたくしが相手を牽制しなければいけなかったのですわ。あなた方の動きの速さに何もできなかったわたくしがいけなかったのですわ~・・・」
二人で泣いてるんだけど、それにかかずりあうのも鬱陶しいわね。デルフィーヌお嬢様の肩の具合を見てみましょう。
プランと垂れた腕を持ち上げれば、痛みのあまり悲鳴を上げるデルフィーヌお嬢様。
「ギャ――――――――ッ!!」
「な、なんてことをしますのっ、ヴィヴィ先生っ。やめてくださいまし。デルフィーヌ様が痛がっておりますっ。」
「あ~、これは肩が外れていますね。」
どうしよう、脱臼の治療なんてやったことないわ。まず肩を嵌めなきゃいけないんだけど、素人がやったら骨折するかも、って言われたことがあるわ。【治癒】の魔法でなんとかなるものなの?
でもやらなきゃ後々後遺症が残ったりするかも。
「デルフィーヌ様の肩の【治癒】は私がやります。レオンティーヌ様は見ていてください。」
脱臼した肩の骨を元の位置に戻すイメージで【治癒】を発動。
グリンと骨が動きカクンと肩が嵌まる。その瞬間にも痛みを伴ったようで、も一度ハデな悲鳴が上がる。
「ウギャ――――――――ッ!!」
「ヴィヴィ先生っ。もっと優しくしてあげてくださいっ。」
「ケガをしたのですから痛いのはしょうがないんですよ。
デルフィーヌ様、この後はそんなに痛みは出ないと思います・・・ 多分。」
「うっ、うっ、うぅ~、多分て何なんですか~、ヴィヴィ先生~」
デルフィーヌお嬢様が泣いてるけど放置で、【治癒】を進める。肩はきれいに嵌まったはずだわ。後は筋肉と靱帯の損傷を修復よ。特に靱帯の損傷を放置すると脱臼がクセになったりするしね。
痛みがあるかもとビクビクメソメソしてるデルフィーヌお嬢様、肩の痛みが和らぎ回復に向かうのが分かりようやく安堵した顔になる。
「ありがとうございます~、ヴィヴィ先生~。でも・・・僕はもうレオンティーヌ様にはいらない子なんですね・・・」




