88.合格っ!!
建物の外に設置された訓練場。回りから覗けないように、わりと高めの柵で囲われている。
その中央付近で木剣を打ち合っている、ニコと筋肉ダルマ。
いえ、打ち合っていると言うよりも、筋肉ダルマの力任せに振られる木剣を、ニコがいなして舞うように一撃を入れる。
何度も木剣で手や足を打たれて、筋肉ダルマは膝はガクガク、手は力が入りそうもないようで木剣を取り落とす寸前よね。
だけど、これって真剣勝負だったら、手も足も切り刻まれて地べたを這いずってる状態よね。まだ続けさせるつもりかしら?
最後にニコの木剣が筋肉ダルマの腕に一撃を入れ、木剣を取り落とした筋肉ダルマの最後の気力が失われる。膝から頽れ地に這いつくばって叫ぶ。
「クソ―――ッ!! クソックソッ、ここまで鍛え上げたのにっ!!」
う~ん・・・ この筋肉ダルマはスタイルを変えた方がいいんじゃない? 大盾を持って相手に突進してダメージを与えるような戦い方だったら、ニコも苦戦したかも。後で教えてあげようかしら。
「気は済んだか?」
「クソッ、ギルマスはこうなることが分かってたのか。」
「ギルドへの貢献ポイントだけでBランクに上がっただけだな。おまえはもう少し戦い方を考えろ。
おい、ソフィ【治癒】を見せてみろ。」
「あ、はい。」
ソフィが筋肉ダルマに駆け寄って【治癒】を発動、筋肉ダルマが光に包まれる。手や足にできている痣がきれいに消えていく。
「ほう、局所的に癒やすのではなく全身を【治癒】の光で包むか。よし、ニコとソフィも合格だ。」
「私がそんなに簡単に合格でいいんですか?」
「治癒師に関しては戦闘能力は重視しない。【治癒】の能力が優れていれば合格だ。」
「わ、私も・・・ 治癒師に変更しますっ。」
「いや、ヴィヴィは魔法全般そつなくこなすのだろう? おまえは私と魔法での戦闘だ。準備がよければいつでも始めるぞ。」
「ええーっ、私だけ難易度高すぎでしょうっ。エルフって魔法がスゴく得意な種族じゃないんですかっ?!」
「そんなことはないぞ。おまえと一緒でそつなくこなす程度だ。ほれっ、いつまでもそんなとこにいると、回りの者達が迷惑するぞ。」
ギルドマスターの頭上に1mはあろうかと思われる水球が出現し、今にも私に向かって撃ち出そうとしてる。
他の人がいてもお構いなしに撃ち出しそうだわ。慌てて人のいない方角へ走り出せば、私に向かって撃ち出される水球。
走りながら同じぐらいの水球を形成、迫り来る水球に向かって撃ち出す。同じ質量なら威力を相殺できるはずよ、多分。
ドーンと音が響き、水がはじけ飛ぶ。やったわ、相殺できた。
なんて安心してる場合じゃないっ。ギルドマスターの頭上にはさっきの水球と同じくらいの火球!? 火球はヤバいわ。
その場から逃げるように距離を取る。的を絞らせないように左右に振れながら走ってるつもりなのに、後ろを振り向いたら私に向かって火球が飛んで来る。あんなのに被弾したらシャレになんないわよっ!! またもや同等の火球を形成し撃ち出す。
二つの火球の衝突、バーンという破裂音が響き渡り辺り一面火球の残滓がまき散らされる。
「あちっ、あちっ、熱―――――いっ!!」
火球の欠片が降り注ぐ中を走って逃げる。
ギルドマスターを振り返れば?! 今度は風の刃が飛来するっ!!
風の刃に風の刃をぶつけたら危険だわ。大きな竜巻を発生させるかもしれない。目の前に土の壁を形成、地面からモコモコと土が盛り上がり防御する。風の刃が土の壁に激突しながらも、土を削りきることなく消滅。
土の壁の横からのぞいてみれば、ギルドマスターが恐ろしい勢いで迫り来る。
ちょっと――っ、魔法使いが前へ出てくるってありえないでしょう――っ!!
しかも、このスピード、【身体能力強化】を発動してるっぽい。ヤバい、私の【身体能力強化】が間に合わなければ、一発殴られただけで脳みそはじけ飛んじゃうじゃない。
【身体能力強化】発動っ!! と同時に顔面にパンチをもらった。
ハデに後ろに吹っ飛び、バウンドしながら地面を転がる。
間に合ったーっ、【身体能力強化】が間に合わなければ死んでたわよっ!! この人私を殺すつもりなのっ。
すぐにも起き上がったつもりだったけど、目の前に迫るギルドマスターの顔。
笑ってる? 笑いながら蹴り上げられた足をかろうじて避け、軸足に蹴りを入れる。その蹴りは空を切る。ギルドマスターは蹴り上げた足の勢いで飛び上がっていた。
飛び上がったのは失敗よっ。着地点に向かって攻撃ができる私の方が有利になるわ。
着地するときの顔面を狙って渾身の一撃を放つ。両腕でガードしても着地時の不安定な体勢で受けたパンチをこらえられず後ろへ吹っ飛ぶギルドマスター。
地面を転がるギルドマスターに向かって、追い打ちよっ!! 水球の連弾をお見舞いしてやるわ。
私のまわりに浮かんだ無数の水球、大きさはこぶし大、それを連弾で撃ち出し続ける。全てが命中してる。なのに、意にも介さずとでも言うように立ち上がり私に向かってゆっくり歩いてくるギルドマスター。
ギルドマスターが私の前に立った時点で水球の連射を止め、次に来る攻撃を警戒していたところ、その戦いの終了の声が響いた。
「合格っ!! ヴィヴィ、おめでとう。今日からCランクハンターだ。パーティー全員が合格だ。パーティーのランクもCランクだな。」
ギルドマスターが私の頭をワシャワシャする。え? 私のまわりに銀の髪が舞っている?
ぼ、帽子、帽子は何処? メガネもないわっ!! あの殴り合いでどこかへ飛んでった?
『風鈴火山』のみんなが駆け寄ってくる。テオの手にはニット帽とメガネがあった。テオが拾ってくれていたんだわ。
私からもテオに駆け寄りニット帽とメガネを受け取る。メガネをかけて、ワシャワシャと髪の毛を詰め込んでニット帽を深くかぶる。
あ、メガネの色がなくなっちゃってるわ。【ナンチャラマンバリア】発動、黄色のカラーリング。
うん、元通りの黄色のサングラスね。
テオ達の後ろから歩いてきたBランクの剣士とその仲間達。
「あの、すんません。Bランクだからといって調子乗ってました。『風鈴火山』さんでしたか。とても足元にも及ばないと痛感しました。」
「それが理解できたならさっさと消えろ。」
「ちょっと待って、ギルマス、俺は降格ですか?」
「降格はないが最初の約束通り報酬は無しだ。いや、報酬は出してやろう。そのかわりこの場の出来事は口外無用だ。しゃべったらギルドマスター権限で降格させるぞ。」
「は、はいっ。誰にもしゃべりませんっ。
いいかっ、おまえ達も絶対にしゃべるんじゃねえぞっ!!」
仲間達にもしっかり釘を刺してるBランクの剣士。ここで別れる前に私からのアドバイスをしてあげようかな?
「子供の戯言だと聞き流してもらっていいんだけど、あなたは大剣を振り回してるけど、大盾が似合いそうよ。屈強な肉体で大盾を構えて突進されたら、模擬戦もニコが苦戦してたかもしれないわ。」
「・・・・・ヴィ、ヴィヴィ先生っ。ご指導ありがとうございますっ。」
「先生はやめてっ!! 私は子供なのよっ。」
「え? あの美しい銀髪、先生の種族はエルフでしょう? 俺たちよりも遙かに年上なのでは?」
「私は人族ですっ。銀髪の件も含めて口外厳禁ですっ。先生とも呼ばないでっ。」
「は、はいっ、すいまっせんでしたっ。でもでも、的確な助言のお礼はさせてください。ヴィヴィさん、ありがとうございます。俺は盾士になりますっ。」
私のアドバイスでそんな簡単に変えちゃってもいいのかしら? もっと思い悩んだ末に他人の意見を受け入れるものじゃないの。
もしかしたらもうすでに思い悩んでいて、私の発言は単なるきっかけだったのかもね。ま、このBランクさんの将来に幸多かれ、とでも祈っておきましょうか。
「この場は解散だ。おまえ達は模擬戦の報酬を受付で受け取れ。『風鈴火山』は私の執務室だ。」
ギルドマスターがそれだけ言えば、もうここには用はないとでも言うように建物に向かって歩き去る。
解散だと言われても皆行くところは同じなんだから、ギルドマスターの後ろを追いかける。
ギルドの受付で振り返ったギルドマスターが私達に声を掛けてきた。
「ヴィヴィ、パーティーの全員分のギルドの登録証を受付に出せ。
『風鈴火山』全員合格だ。Cランクで登録証を作ってやれ。」
「全員合格って本気ですか!? こんな子供まで『魔の森』に入ったら危険ですよ。」
「私の決定に不服か?」
ヒェッ、とか受付嬢の声が聞こえたような気が?
「い、いえ、滅相もございません。と、登録証でございますねっ。はいっ、ただいま作り直しますっ。」
「それと、このBランクハンターに模擬戦の報酬を出してやってくれ。」
慌てふためく受付嬢をその場に残し、奥へ向かうギルドマスター。私達も置いて行かれちゃいけないと、慌てて金属タグを受付嬢に渡し、後を追う。




