87.おまえの審査は私がやる
テオの御者で馬車が走る。目的地はハンターギルドなんだけど、先に孤児院へ寄ってニコとソフィを拾っていかなきゃね。ランクアップ審査の申し込みには本人がいなければ受け付けてくれないような気がする。
貴族街の門を抜け街中を走る。街中で時折すれ違う馬車は商家の荷物運搬の幌馬車が多い。
何の飾り気もない幌馬車が走っているだけ。荷物運搬のためだけの幌馬車なんだからしょうがないんだけど、きっと私達の幌馬車まで単なる荷物運搬の幌馬車だと思われているんでしょうね。
Cランクになったら幌馬車に看板背負っちゃいましょうか。デカデカと『風鈴火山』を描いて、誰の目にも『風鈴火山』の馬車であることをアピールするのよ。
なんてことを考えているうちに、馬車は孤児院へ到着。テオが馬を繋いでいる間に建物の中に駆け込む。
馬車が敷地内に入ってきた事をいち早く気がついたニコが、玄関先まで出てきていた。
「そんなに急いでどうしたの?」
「ソフィも呼んできて。みんなでギルドに行くわよ。」
「そんな急に・・・ ああ、依頼を達成したのね。待ってて、呼んでくるわ。」
すぐに馬を繋いでいたテオの所まで戻る。
「テオ、すぐに出るわ。準備して。」
「え? あ、はい。」
せっかく馬を繋ごうとしていたところを申し訳ないとは思うけど、すぐに出掛けられそうなんだししょうがないわ。
馬車の向きを変えてるうちにニコとソフィが出てきた。
準備万端、さあハンターギルドへ出発よ。
お昼前のギルド内は人が少なくて静かなものね。併設されてる食堂では早い昼ご飯を摂ってるハンター達がちらほら。
受付カウンターに向かい受付嬢に、侯爵様からいただいた依頼完了伝票を手渡す。もちろん、テオが。私は受付カウンターに頭さえも出ていないんだもの。
見かねたニコが抱き上げてくれたわ。
「クレマンソー侯爵様の指名依頼の件ですね。しばしお待ちください。」
そう言って受付嬢が帳面をめくり始めた。ペラペラとめくっていく先でピタッと手が止まる。
「ああ、ありました。え~っとA判定で満額の200万ゴルビーですね。金貨20枚でよろしいですか?」
「いや、白金貨で頼む。」
「かしこまりました。そのままお待ちください。
この書類ををおねがいします、白金貨二枚ね。」
後ろの席の男性に書類が手渡され、指示される。あまりにも簡単な指示しかしてないと思うんですけどっ、そんなんでいいのかしらっ。
書類をチェックし何かを書き込み男性が席を離れる。簡単な指示でもちゃんと理解して仕事ができてるみたい。みんながそれぞれの仕事を理解してスムーズに廻っていくものなのね。
あ、もう一つ、推薦状よ、と思っていたらもうすでに受付嬢の前に推薦状が提出されていた。
「侯爵様からのCランクへの推薦状があるのだが、受け付けていただきたい。」
「え? あ~、たまに来るんですよね。高位の貴族家と繋がりができたから、実力があると勘違いするハンターが。ここのギルドマスターはほとんど審査でふるい落としちゃいますけど、それでも審査受けられます?」
いきなりの否定的な意見、しかもあまりにも失礼すぎるわっ。
「あなたっ、その言い方は失礼だわっ!! 私達を勘違いハンターなんかと一緒にしないで。」
「この子までCランクの審査受けるんですか? こんな小さな子は無理ですよ。」
「審査が終わった後に、あなたは私達に『ごめんなさい』って言うことになるわ。いまから謝り方の練習をしておく事ねっ!!」
「ヴィヴィ、熱くなってはいけません。交渉は冷静に、穏やかに、ですよ。
それで侯爵家の推薦状を持ってきた我々に審査を受けさせない、と言うならば侯爵様の推薦状は何の意味も無かったと伝えなければいけないが」
「待って! 受けさせないと言ってませんよっ。ほとんど落とされるけどどうします、って聞いただけですよ。えーと、えーと・・・ あ、ありました。ランクアップ審査の申込書です。推薦状には・・・ 『風鈴火山』4名を推薦すると書かれていますね。じゃあ皆さん、申込書にご記入ください。」
手渡された4枚の申込用紙、それぞれの紙に名前年齢を書き込んだら、やっぱりこの欄があるのね、『職業』
テオとニコは剣士、私とソフィは魔法使い。魔法使いには得意魔法の別項目。
ソフィの紙をのぞき見たら、【治癒】【防御結界】うん、いいんじゃない? 攻撃魔法を入れないことによって、審査の内容が戦闘から外されるわね。
私の得意魔法は・・・ 〈全般、そつなく〉 これでいいわ。
書類を受付嬢に手渡せば、確認することもなく推薦状と一緒に束ねられて後ろの席の男性に手渡される。
「書類の確認とかしないんですか?」
「後ろで確認してくれますから大丈夫ですよ。
こちらに白金貨二枚用意できています。受取証をお願いします。」
一応は確認してくれてはいるみたいね。
受取証に私のサインをして白金貨を受け取る。と、そこへ書類をチェックしていた男性が話しかけてくる。
「この得意魔法が、〈全般、そつなく〉とか冗談ですか? こんなの見せたらギルマスのお怒りを買いますよ。」
「ええっ、怒られちゃうんですか。冗談でもウソでもないですよ。」
「・・・・・ウソじゃない?・・・・・ 分かりました。ギルマスにはこのまま書類を通しましょう。ランクアップ審査の日取りは後ほどお知らせいたします。」
「どのくらい先になるんですか。」
「高位貴族の推薦状がありますからね。わりと早く対応はしますが、剣士の審査はAランクかBランクのハンターに依頼を出して模擬戦をしていただきますから、すぐにはできないのですよ。あれ? ちょっと待って、」
食堂に向かって走って行っちゃった男性事務員、どこかのパーティーと何やらお話をしてる。
戻って来た事務員さんが言うには、話してた相手はBランクの剣士を含むCランクパーティーだそうで、Bランクの剣士に模擬戦の依頼を請けてくれるか聞いてきたらしい。
「Cランク以上のパーティーは『魔の森』に出払ってるので、こちらにはめったに来ないんですよ。ギルマスに書類通してくるんで、剣士の審査だけは今日中にやっちゃいましょう。」
駆け足で奥へ消えてっちゃったわ。今日中に審査しちゃうだなんて、面倒事はさっさと済ませましょう、とでも思ってるんでしょうね。
でも、そうするとここから勝手に帰れないわね。待ってなきゃいけないって事だわ。
ニコから提案が。
「そろそろお昼になるわ。昼食にしない?」
「ああ、そうだな。
ヴィヴィ、いかがです?」
「ええ、いいわね、お昼にしましょう。」
食堂のテーブルについてあれやこれやとメニューを見て、テオが言う。
「この後に模擬戦をするのなら、あまりたくさんは食べれません。」
そんなことを言ってサンドイッチとホットミルクを注文したテオに、右にならえでみんな同じメニューを注文した。
ニコだって模擬戦をする可能性はあるし、お腹いっぱいになって動けなくなったら困るものね。
「おまえ達がランクアップ審査を受けようっていう『風鈴火山』か?」
筋肉ムキムキ、テオよりも大きな人が威圧感タップリに話しかけてきた。多分この人が模擬戦の相手だわ。腰にはテオが使っている剣より大きな大剣を帯びている。とっても重そうだけどアレを振り回せる膂力があるって事よね。テオは大丈夫かしら。
「ああ、そうだ。君がBランクハンターの剣士か。模擬戦をするらしいからよろしく頼む。」
「よろしく頼まれたってなあ、上級ハンターとして世間の厳しさを教えてやんなきゃいけねえんだ。おまえが地面に這いつくばっている未来しか想像できねえよ。」
「そうしてくれると助かる。へたに手を抜かれた状態で私が勝ったら、イカサマをしたと疑われかねないからな。」
褒められたのか、けなされたのかが分からないような言い回しに、Bランクハンターの頭に???が渦巻いた状態。
「お・・・ おう? 思いっきりぶちのめしてやるぜ?」
まだ何事か悩んだ様子で自分たちの席に戻っていった。筋肉だけの馬鹿で助かったわ。
って思っておりました・・・・・
ズンズンズンと歩いてくる少女? ち、違うわっ。ギルドマスターがこっちに向かって歩いてくる。
誰を目指してくるの? 私? 私なのっ?
「ヴィヴィ、魔法全般を扱えるそうだな。」
「え? 普通に皆さんが扱ってる魔法ぐらいなら、できますよ。」
「そうか、おまえの審査は私がやる。今すぐ訓練場に来い。」
Bランクの剣士が会話に割り込んでくる。
「ちょっと待てよ、ギルマス。俺が剣士の審査を引き受けたのが先だぞ。こっちが終わってからの話だろう?」
ギルドマスターがテオとBランクの剣士を見定める。
「ふん、テオといったな。合格っ。」
「おいっ、まだなにもやってねーじゃねーかっ!!」
「Bランクにもなって相手の力量も見抜けないようじゃ、降格させるぞ。」
「うぐ・・・ お、俺よりこんな華奢な奴が強いとでも言うのかっ。」
筋肉モリモリに覆われた肉体を誇示しながら、テオの事を華奢だなんて言ってるけど、テオだって鍛え上げられた肉体があるのよ。モリモリに膨れ上がった筋肉ではないけど、しなやかで柔軟性に富んだ肉体よ。筋肉ダルマじゃ動きについて行けないわよ。
「分かった、対戦はさせてやる。ただしこっちのニコとだ。」
「何だって? 女と戦えってか。死んじまったらどうするつもりだ。」
「そんな心配は必要は無い。ついでに言っとくが、負けたら報酬はないぞ。」
「負けるわけがねーだろっ!!」




