85.女の子同士のおたわむれという事で
「終了です。」
「こんな本格的な戦闘だなんて思ってもいませんでしたわっ!!」
「戦闘訓練とはこんなものですよ。デルフィーヌ様も本気で私を打ちのめしに来てましたからね。」
「デ、デルフィーヌ様は?」
後ろの方でうずくまるデルフィーヌお嬢様、と護衛騎士さんが傍らで背をさすっている。
あれ? そんなに強く打ち込んだかしら。
デルフィーヌお嬢様の元へ近づけば、むせび泣く声が。
「うっ、うっ・・・ 僕は・・・ 弱い・・・ あんな小さな子に打ち負かされて」
「そんなことはございません。デルフィーヌ様の動きはいつもよりも速く動けていました。でも、あの子供はデルフィーヌ様を上回る速さと力を持っていたのです。決してデルフィーヌ様が弱かったわけではありません。」
背をさすっていた護衛騎士さんの話では、デルフィーヌお嬢様はいつもの動きを上回る動きをしていたとの事?
レオンティーヌ様も今までの魔法訓練では考えられないような水球の連弾を繰り出してきた。
この二人を組ませて訓練をしたら、もっと上を目指せるんじゃないかしら?
「レオンティーヌ様の魔法訓練に、デルフィーヌ様もお付き合いいただけますか?」
「な・・・ なんだって、ぼ、僕は護衛騎士は失格じゃないのか?」
「え? 私にそのような決定権はありませんよ。侯爵様には『見極めろ』と言われただけですし。」
「それはうれしいですわ。わたくしもデルフィーヌ様との訓練は、水球の魔法がとっても調子よかったんですのよ。わたくしからもお願いしますわ。」
「ぼ、僕もお願いしたいっ。僕もヴィヴィ先生と呼んでもいいだろうかっ。」
「え~」
「わたくしもヴィヴィ先生と呼んでいるのですわ。デルフィーヌ様もそのようにお呼びしてもよろしいのではなくて?」
「僕は嫌だと言われてもヴィヴィ先生と呼ぶよ。」
「そんなことより、お着替えしなきゃ体が冷えてしまいますわ。更衣室に移動いたしますわよ。」
そうよ、3人ともずぶ濡れ状態、はやく着替えないとカゼひいちゃうわ。って、お着替え無いんですけど。
前に干しシイタケを造ったときの【水分移動】を着てる服に発動させたら、人間まで乾燥しそうで恐いわ。
更衣室で全て脱いでからの【水分移動】よね。
更衣室の扉の前で護衛騎士さんにお願いをする。
「誰か入ってこないように、見張っていてください。」
「え? え? デルフィーヌ様のお着替えは私が、」
「一人でお着替えできないほど子供じゃないですよね。」
そう言い捨てた後、有無を言わさずバタンと扉を閉める。
「じゃあ、濡れた服を全部脱ぎましょう。」
「な、何を言ってるんだ。僕は女の子なんだぞ。男の子の前で肌をさらす訳にはいかないだろうっ。」
「デルフィーヌ様こそ何をおっしゃっているんですの? ヴィヴィ先生は女の子ですわ。」
「なんだってっ・・・・・ ぼ・・・ 僕はこんな小さな女の子に負けたのか。これが男と女の力の差なんだと、負けたことを諦めようとしてたのに・・・」
「感傷に浸るのはもういいですから、さっさと濡れた衣類を脱がないと体調を崩しますよ。」
あ、私も脱がなきゃいけないんだけど、先に注意しておかなきゃね。
「私の髪に関して誰にも他言しないようにお願いします。約束していただけますか?」
同意してくれた二人の前でニット帽を取る。長い銀髪が流れるように腰まで落ちる。
「ヴィヴィ先生・・・ う・・・美しいです。」
「まさかっ、君はエルフだったのかっ。道理で子供の姿をしながら魔法も剣術も極めているわけだ。」
「「えっ?」」
「ヴィヴィ先生はエルフだったのでしょうか。」
「違いますよ、耳とがってませんよっ。」
「し、しかし、その銀髪はエルフ特有のものだと、古い書物で読んだぞ。」
エルフは銀髪・・・ 確かにエルフのギルドマスターも銀髪だったわね。他のエルフと会ったことないからなんとも言えないけど、本に記されてたって言うならそうなんでしょうね。
「機会があったらその書物を読ませていただきたいわ。でも今は服を脱ぐのよ。」
あっという間にスッポンポンになった私はレオンティーヌ様の服を脱がしにかかる。
「大丈夫ですわ。一人で脱ぎますわ。でもお着替えが無いのにどういたしますの?」
それで脱ぎ渋っているのね。じゃあ、【水分移動】の魔法を実演すれば安心して脱いでくれるのかしら?
「心配してるのは着替えが無いことらしいので、一瞬にして服を乾燥させる魔法を実演いたします。」
椅子の上に私が脱いだ服がのっている。びっしょりでしずくが床に落ちている状態。そこへ手をかざし【水分移動】発動。
すぐ横の床にバシャッと水が落ち、椅子の上の衣類は完全に乾燥する。
「とまあ、こんな具合に乾燥させます。」
乾いた服を着る前に体を拭かなきゃ。更衣室だしどこかにタオルが置いてありそうよね。
籠の中に洗ったタオルが山積みになってるのを見つけ、二人のお嬢様達にもタオルを渡す。私はもちろんタオルで頭と体を拭くんだけど、服を着たお嬢様達の前で一人裸でいるのって、とっても恥ずかしいものがあるんですけどっ!!
大急ぎで乾いた衣服を身に着ける。
「凄い魔法ですわ。わたくしにもできるでしょうか。」
「そんな魔法があるなら、着たままでも乾燥できるんじゃないのか?」
「着たままで乾燥させると、デルフィーヌ様も一緒に乾燥するかもしれませんよ。一瞬でミイラになっちゃったらどうします?」
レオンティーヌ様、デルフィーヌお嬢様、共にミイラになるのが怖かったのか、青い顔をして慌てて服を脱ぎ、二人ともスッポンポンね。
二人とも恥ずかしそうな仕草で体を拭き始める。
デルフィーヌお嬢様が体を拭いているときに、わずかな呻き声が漏れた。
そうだわ、木剣で胴を叩いちゃったんだわ。痛い思いをしてるはずよ。
背を向けて体を拭いているデルフィーヌお嬢様のおなか側に回り、タオルを押さえた腕をグイと開かせる。
「な、何をするんだ。いくら女の子相手でも恥ずかしいじゃないか。」
案の定、デルフィーヌお嬢様のおなかには、横一閃の剣撃の痕が見るからに痛々しく赤黒い痣となって残っていた。
「ごめんなさい、私が強く打ち込んだせいだわ。」
「僕が弱かったせいなんだ。もっと・・・ もっと強くならなきゃ、今のままじゃ魔法使いの護衛騎士なんてできやしない。」
「そんなことはございませんわ。今日の訓練で、わたくしはデルフィーヌ様に護っていただきたいと、強く思いましたわ。」
「こんな弱い僕を、レオンティーヌ様は選んでくれるのですか?」
「決して弱いだなんて思いません事よ。ヴィヴィ先生が強すぎるのですわ。明日からわたくしと一緒にヴィヴィ先生の教えを乞うというのはいかがでございますか?」
裸のままでデルフィーヌお嬢様に【治癒】をするのも恥ずかしがりそうだし、お嬢様方が話し込んでる間に衣類を乾かしてしまいましょう。
「じゃあ、お二人は体を拭いていてください。チャチャっと乾燥させますから。」
乾燥は一瞬だから、まだ体を拭いてるお嬢様達を堪能できるわ。
ふっくらと丸みを帯び始めた胸やお尻のレオンティーヌ様。引き締まった体に色気を併せ持つデルフィーヌお嬢様。
あと2年っ、あと2年で私の肉体も、このくらいまで成長できるのっ!!
私の胸は膨らんでくる兆しが感じられないんですけど。このまま幼児体型で大人になっちゃったりしないよね。
体を拭き終わり衣類を身に着けたお嬢様方。
「ここへ仰向けに横になってください。」
デルフィーヌお嬢様にベンチを示す。
「治癒魔法ですわね。
ヴィヴィ先生の【治癒】はとっても素晴らしいのですわ。デルフィーヌ様の傷も全て元通りですわ。」
「いえ、レオンティーヌ様に水の【治癒】をお願いします。」
「わ、わたくしがですか? 無理でございますわ。」
「大丈夫です、私が付いてます。レオンティーヌ様の水魔法も進化しました。今ならきっとできます。」
「そうなんですのね。わたくしの先ほどの水の魔法、自分でも驚いておりましたの。ヴィヴィ先生がおっしゃるのなら私もできそうな気がしてきましたわ。」
デルフィーヌお嬢様のおなかを出して、赤黒い痣をレオンティーヌ様にも見えるようにする。
レオンティーヌ様が手を差し出し痣の上にかざす。その手の甲に私の手を重ねレオンティーヌ様に語りかける。
「人の体は半分以上が水です。水の精霊の力で、体内の水に働きかけるのです。治癒能力の活性化を。精霊に祈りましょう。」
「水の精霊様、デルフィーヌ様の傷を癒やしたいのです。デルフィーヌ様の体内の水にお願いしてください。デルフィーヌ様の傷の治癒を・・・」
マナが反応してるわ。レオンティーヌ様の手に集まってきている? デルフィーヌお嬢様のおなかに向かって流れ込んでいく感じ。
「な、なんだか、僕のおなかが温かくなってきてる。これは【治癒】の魔法が効いているのかい?」
「はい、水の精霊の力が反応しています。もう少しこのまま横になっていてください。」
わりと短時間で赤黒かった痣はきれいに消えた。女の子の体に傷跡残っちゃったら、とっても後味が悪いことになってたわね。きれいに治ってホントによかったわ。
デルフィーヌお嬢様にはとっても感謝をされた。
「ヴィヴィ先生、本当に助かった。僕は着替えなど持っていなかったし、濡れたまま屋敷まで帰る覚悟をしていたんだよ。
レオンティーヌ様にも感謝しないと。あの痣をきれいに治してくれたんだ。痛みも全く無くなったよ。」
しゃべりながら扉を開けるデルフィーヌお嬢様。扉の前で待ち構えていた護衛騎士さんと鉢合わせ、護衛騎士さんがデルフィーヌお嬢様の衣服が乾いていることに気づく。
「まさか・・・ いくら子供とはいえ殿方に肌をさらしたのですかっ。
あなたっ、アデラール様の所へ連れて行きます。」
私の腕を掴んでグイグイ引っ張っていく護衛騎士さん。
「待ってっ、ヴィヴィ先生は違うんだ。」
「何が違うとおっしゃるのですかっ。肌を見られたのですよ。この子供を婚約者にしなければ、」
「ヴィヴィ先生は女の子なんだっ!!」
「・・・え?」
デルフィーヌお嬢様が頬を染めもじもじしながら、言葉を続ける。
「ぼ、僕だって、ヴィヴィ先生が・・・ お、男の子だったら、婚約者になりたいなって思うけど、女の子なんだからしょうがないんだ。」
「デルフィーヌ様は何をおっしゃっているんですの? ヴィヴィ先生が男の子でしたらわたくしの婚約者ですわっ!!」
「お二人とも何を言ってるんですかっ!! 私は誰の婚約者にもなりませんよっ!!」
「婚約者がダメでしたらわたくしの妹になっていただければ、とっても可愛がってあげますわ。」
「そ、それなら僕の妹になっておくれ。」
「私は先生ではなかったのですかっ!!」
私を女の子だと認めてくれたみたいで護衛騎士さんのお言葉は、
「ま、まあ、女の子同士のおたわむれという事で、何事もおきなかったということですね。」




