77.それもそうね
ガラガラと荷馬車は進む。貴族街を抜け平民街の賑やかな通りを走る。
おじいちゃん家令が用意した侯爵家の馬車は、平民街を走るのに似つかわしくない、と大反対をさせていただいたわ。
とりあえずは孤児院よりもブランシュ商会を優先させましょう。
ブランシュ商会の本店に着き、御者のおじいちゃん家令に裏へ回るように指示をする。
「私共がこんな裏口から入るなど、あり得ませんよ。」
「こちらの指示で作ってもらいたい物があるんです。店頭に並んでる物を買いに来てるんではないんですよ。裏口で充分ですよ。」
馬を繋いでいたら私達のことを知っている店員が出てきて教えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました。今日は商会長もジェレミーさんも事務室にいます。ご案内いたしますよ。」
「ありがとうございます。」
テオ、ニコ、ソフィは、『お店を見て回ってくるわ。』と店の玄関口へ歩いて行った。ガエル村再開拓の話には関係ないし、お話はおじいちゃん家令と私だけでいいでしょ。
「ヴィヴィさん、まさか商会長とお知り合いなのですか?」
「王都までベルトランさんの護衛を務めましたからね。あ、ベルトランさんは商会長の名前です。」
「まさか、商会長とお知り合いとは。私共は顔を合わせたこともありませんよ。」
「よく行商の旅に出ているらしいですから。」
「商会長が行商ですか。」
驚いてるおじいちゃん家令はおいといて、店員さんの案内で事務室に着いた。
「失礼します。『風鈴火山』さんがいらっしゃってます。応接室にお通ししましょうか。」
「え、そうですか。私が案内します。」
ベルトランさん自らが立って私達を案内してくれる。後ろからはジェレミーさんも一緒に来てる。
「ヴィヴィさん、ようこそいらっしゃいました。本日はガエル村に関連した事ですか?」
「え、分かるんですか?」
「先日、テオさんがガエル村に向かいましたからね。ヴィヴィさんが今度はガエル村で何かやってくれるのではないかと、ワクワクしておりますよ。
え~と、こちらの方は初めての方ですね。侯爵家の方でしょうか。」
「初めてお目にかかります。クレマンソー侯爵家王都邸にて家令を務めさせていただいておりますセレスタン・ラヴィルニーと申します。」
「いつもご利用いただきましてありがとうございます。私が商会長のベルトランです。」
「商会長補佐を務めておりますジェレミーです。よろしくお願いします。」
おじいちゃん家令とベルトランさん、ジェレミーさんのご挨拶が終わって皆さんご着席。
このメンバーは初めましてだったのね。
まあ、相手が貴族家だったとしても、あれ持ってこい、これが欲しい、だのと呼びつけられて使いっ走りをさせられるのに、わざわざ商会長が動くこともないでしょうね。
ご挨拶の後の口火を切るおじいちゃん家令。
「このたび、ガエル村再開拓がヴィヴィさんの主導で始まります。」
「私の主導って何ですかっ。最初から最後まで全部面倒見るつもりはありませんよっ。」
「ヴィヴィさんが中心でこの計画を動かさなければ、計画の方向性が定まりません。ガエル村再開拓が軌道に乗るまではよろしくお願いします。」
「それならヴィヴィさんに任せれば安心ですね。いりこや海藻類の製造も軌道に乗って出荷されていますし、干しシイタケも社交シーズン前には出荷できると知らせが入ってます。」
「その、いりことか干しシイタケとかは何の話なのです。」
「どちらもヴィヴィさんの指導で製造を始めた物なのですが、試しに少量運んできた物が大好評であっという間に売り切れてしまいましたよ。」
「ヴィヴィさん、それの製造をガエル村でも始めるのですか?」
「いりこや乾燥させた海藻は海辺の町でなければ製造できませんよ。」
シイタケ栽培に手を出しちゃうとムーレヴリエ男爵領の干しシイタケ販売に支障が出そうだわ。しばらくは油製造だけでいきましょう。
「で、今回私共の店をお訪ねくださったのは、侯爵様が後ろに控えているのですから資金繰りというわけではないですね。」
「ガエル村は新たにクレマンソー侯爵領となりました。以降の再開拓にかかる資金及び人材等は、クレマンソー侯爵家が用意いたします。そこで必要となる物資の調達をブランシュ商会にお願いします。」
「ありがとうございます。物資ですか。人が集まれば最初に必要となるのは食料ですね。住居の建築には侯爵領から職人を呼び寄せるでしょうが、材木はこちらで用意いたしますか。」
「材木は現地調達ができるでしょう。」
「そうすると、後は生活雑貨ですね。いっそのこと、ブランシュ商会ガエル村支店を開きましょうか。」
「あ、それいいですね。何もない村らしいですから、村人も喜びますよ。」
「ヴィヴィさん、店を開いても売り上げが伸びなければ店は撤退してしまいますよ。」
「そんな悲観するものでもありませんよ。ヴィヴィさんがガエル村を発展させようとしてるなら、必ず成功すると信じています。私は支援を惜しみませんよ。」
「ありがとうございます、ベルトランさん。お店を作るならそのついでに倉庫も作ってくださいね。ガエル村で製造したものの流通はブランシュ商会にお願いすると思いますから。」
「それは侯爵様に相談してからの話ではないのですか。」
「その件はクレマンソー侯爵家との契約になりますが、生産物の輸送販売をお願いするのは侯爵様もご納得済みです。」
「生産物ですか・・・ 農作物からの生産物という事ですね。さすが、ヴィヴィさん。海では海産物の加工品、山では干しシイタケ、さてガエル村では何を生産していただけるのやら、楽しみですね。まだ私にも秘密なんでしょう?」
何々を作りますよ、と一言も言ってない私を完璧に信頼するベルトランさんに対して、異を唱えるジェレミーさん。
「ちょっと待ってください、父さん。そこを秘密にされたらブランシュ商会で資金を出せませんよ。何を生産してそれがどの程度売れるかの計算の上で商品の仕入れを行うんです。売れない在庫を抱えるつもりはありませんよ。」
そ、そうよね。ジェレミーさんの言ってることが正しいわ。こんな小娘の戯言を信じちゃいけないのよ。
「ほほう、商会長の私に異を唱えますか。」
「どんな商品を取引するのかさえも分からないのに、先行投資にどれだけかかると思っているんですか。」
「商人としてその考え方は正しいですね。普通に考えたら手を出すべきではありません。」
「では、出店など考えずに馬車での行商から始めましょう。今でさえジルバストル支店から行商の馬車をガエル村に走らせているんです。その便が増えるだけですよ。」
「いえ、出店はしますよ。ヴィヴィさんがガエル村を盛り上げようとするんですからね。間違いなく発展するでしょう。それを様子見などしていたら、よその商会に先を越されますよ。」
「ベルトランさん、私を買いかぶりすぎじゃないですか。」
「そんなことはありません。私はまだヴィヴィさんの能力の片鱗しか見ていないと思っています。」
それこそ買いかぶりすぎですよっ。私にそんなたいした能力はありませんよ。
「そこまでヴィヴィさんを信頼していただいているなら、ガエル村出店の件は確定でよろしいですか。」
「はい、出店はお約束します。店舗、倉庫の建築はこちらで職人を送りましょうか。」
「いえ、領の職人に任せます。侯爵家で建てた建物を賃貸でお使いいただくのが、ブランシュ商会さんもリスクが少ないでしょう。」
おじいちゃん家令の、リスクが少ない云々の言葉はジェレミーさんに向けての言葉よね。ジェレミーさんもそれに返事をしてる。
「そうしていただけるとありがたいですね。」
その後は必要物資やら、どの程度の頻度で馬車を向かわせる、などの打ち合わせが進むんだけど、ここに私は必要無いと思うんですけど。
「私はお店で商品観察でもしてきますね。」
「ああ、ヴィヴィさん、退屈させてしまいましたね。店を案内させましょう。
ジェレミー、誰かヴィヴィさんを案内するように店員に伝えてください。」
「あ、買い物するわけじゃないので案内はいりませんよ。ブラブラ見て歩くだけです。」
案内の申し出をお断りする。でも事務所側から店舗に出る扉があったので、そこまではジェレミーさんに案内してもらったわ。部外者が勝手に出入りしていい扉ではないみたいだし。
店内を見て廻ってるはずのソフィ達を探す。まだ午前中だし混んでいない時間帯なのね。人がまばらな店舗内でテオがすぐ見つかった。駆け寄ったらソフィとニコがいない?
「テオ、ソフィとニコはどうしたの?」
「あ、いえ、この奥にいます。」
テオが指を指した先は・・・ 婦人服コーナーね。テオもここには入りにくいみたいね。テオにはここで待っててもらいましょう。
婦人服コーナーへ入れば、ソフィとニコはすぐ見つかった。
「服を選んでいるのね。」
「あら、ヴィヴィ。もうお話は終わったの?」
「まだ、セレスタンさんとベルトランさんが細かな打ち合わせをしてるわ。」
「じゃあ、服を選んでる時間はあるわね。ヴィヴィも何か選びなさい。」
「う~ん、私はいいかな。」
「あら、どうして。」
「この帽子にメガネは可愛らしいお洋服は似合わないかな。私には男の子みたいな格好が似合うのよ。」
「ガエル村でお父様とお母様に会うんでしょ。そのときの可愛らしいドレスが必要よ。」
「それはまだ先の話でしょ。今買ったら私が成長して着られなくなっちゃうわ。」
「大きめのドレスを買っておけば大丈夫よ。」
それもそうね。じゃあ買っていこうかしら。




