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76.約束はできませんが

 食堂で味見した後の侯爵様はとても不機嫌で、ズカズカと大股で執務室に向かって歩いて行ってしまう。私の歩幅では駆け足でないとついて行けないわ。

 執務室の扉を開けた侯爵様、私が扉を通り抜けるのももどかしい様子でバタンと閉める。


 「あの油はお気に召しませんでしたか?」

 「違うっ。あれの生産が軌道に乗るまでにどれほどの期間がかかる?」

 「今からですと来年の秋以降でしょうか。」

 「大豆さえ仕入れられれば、すぐにでも生産に取りかかれるのではないのか。」

 「今ある大豆は食用や飼料として生産されたはずの大豆です。それを買い占めるような動きをしたら、突然の値上がりが始まって、大豆を必要としてる人達が困ります。」

 「そ、そこまで考えるのか。では値動きが起きない程度で買い集めれば良かろう。」

 「その買い集めた大豆を何処で搾油しますか? 秘密が漏洩しないようにこの侯爵邸の敷地内に搾油工場を作りますか。ガエル村を発展させるために考えた事が、侯爵様の目先の利益を得ることに変わってしまっていたら、それこそ本末転倒ですよ。」

 「う・・・ そうであるな、うむ、その通りだ。

 わかった。ガエル村の件はヴィヴィに任せよう。明日にでもガエル村再開拓を進言しておこう。書類の受付は数日かかるかもしれぬが、問題なく受理されるはずだ。」

 「書類が通り次第、お知らせください。わたくしも人員確保に孤児院をまわってみます。他にも搾油機の製造依頼は王都の商会に依頼しましょう。アリステイド様には、住居の新築修繕のできる職人の手配、油樽の製造、これらをクレマンソー領にて手配をお願いします。さしあたっての人員の食料及び生活必需品等は、商会に依頼すれば全てそろうでしょう。」

 「商会は何処を使うのだ?」

 「ブランシュ商会と懇意にしておりますのでそこへ依頼する予定ですが、アリステイド様おすすめの商会があればそちらでも構いません。」

 「いや、ブランシュ商会なら信用できる。私も取引がある。請求はアリステイド・クレマンソー宛てに出せと伝えてくれればいい。」

 「かしこまりました。」

 「ガエル村再開拓の件に関しては、ヴィヴィの命令でセレスタンを自由に動かせるようにしておこう。セレスタンにライオネット家の事も伝えておくが、構わぬか?」


 おじいちゃん家令なら口も硬そうよね。あちこちでしゃべられる事も無いでしょうね。


 「はい、セレスタン様だけなら大丈夫でしょう。ただ、その件を大勢に知られたくはないので、秘密にしてほしいですね。」

 「それはもちろんだ。他国の貴族を住まわせるなど、間諜でも引き入れたのか、と疑われてもおかしくはないからな、口外はせぬように口止めはしておく。」




 侯爵様との会談を終えた次の夜、またもや執務室にお呼びだし。今日は執務室にはおじいちゃん家令も一緒だった。


 「来たか、さっそく書類は受理された。国王陛下のサインもいただいた。いつでもガエル村再開拓にとりかかってもよいぞ」

 「ええーっ、昨日書類提出の話をしてましたよね。受理されるまで数日かかると伺いましたが、」


 提示された書類を手に取りサイン欄を見てみれば、真っ赤な文字で大きく承認、と印が押されていた。その下に国王のサイン? 『グレゴリオ・ジョフロア・ブルダリアス』

 長過ぎよ。覚えられないわよ。真ん中いらないんじゃないのっ。まあ、王様なんて会うこともないでしょうし、覚える必要も無いわね。

 で、その下にももう一つサインが? 『宰相アリステイド・クレマンソー』??

 宰相様でしたかっ。これって自分で書類作って自分でサインして、直接王様の机に置かれた書類の一番上に乗せたって事ですよね。

 書類の束の順番待ちを、ぜーんぶすっ飛ばして承認をもらっちゃうなんて、究極のズルですよっ。

 しかも、ガエル村再開拓の計画書には免税期間が10年となっている。私には5年が限界とか言いませんでしたか?


 「あの、免税期間10年になってますが、」

 「ああ、国への申請は10年だが、再開拓にかかる費用はクレマンソー領からの出資となる。その出資分を回収するためにも国への納税を先送りしてある。だからクレマンソー領がガエル村から徴税を始めるのは6年目からだ。」


 ちゃっかり利益上げるつもりの計画ですか。でもそれに異を唱えることができない。侯爵様の支援を受けなければできない計画だし、その計画が順調に進んで、ようやくお父様お母様の居場所が確保できるのよ。


 侯爵様に代わっておじいちゃん家令が後を続ける。


 「農村での徴税には普段は穀物での徴税になるのですが、その穀物を加工して売るとなると、現金での徴税が適切だと考えました。6年目の最初の徴税には、売り上げの利益の1割、7年目8年目は2割3割と引き上げさせていただきます。それ以降はガエル村の状況を鑑みながら、3割の徴税を維持できるか、下げざるを得ないかの判断をいたします。」

 「3割の税金は普通なのですか。」

 「いえ、安いですね。領主によってそれぞれ差はありますが、普通は4割程度は徴収されます。酷いところは5割以上の重税を掛ける領主もいるようですね。」

 「分かりました。それまでに少しでもたくさんの税金を納められるように努力いたします。」

 「いえ、ヴィヴィさんが頑張らなくてもヴィヴィさんのお父様に頑張っていただければよろしいのです。私共としましても、さすがにこのような小さなお嬢様に村の運営を丸投げなどできかねます。お父様がいらっしゃるまでの間はこの私がヴィヴィさんの補佐として村の運営を手伝います。」

 「セレスタンは今でこそ家令に退いているが、優秀な執事としてクレマンソー家を切り盛りしてくれていた。ガエル村再開拓にはきっと頼りになる。」

 「アリステイド様、ありがたきお言葉です。

 ヴィヴィさん、何でもおっしゃってください。手始めにブランシュ商会をここへ呼び出しましょうか?」

 「いえ、侯爵様にはお伝えしたんですが、建築職人の手配を大至急お願いします。ガエル村に人が集まっても、住むところが無いのは困ります。商人の泊まる宿も欲しいですね。搾油工場も欲しいのですが、これは収穫までに建てていただけるとありがたいですね。」

 「かしこまりました。大至急手配いたしましょう。ブランシュ商会はいつ呼び出しましょう。」

 「いえ、孤児院へ出向きたいと思います。そのときについでにブランシュ商会に寄ってきます。」

 「孤児院ですか、私がご案内いたしましょう。いつがよろしいでしょうか?」

 「明日がいいのですが、お時間が空いていないようでしたら『風鈴火山』の仲間だけで行ってまいります。」

 「それは大丈夫でございます。ヴィヴィさんの支援を最優先にと仰せつかっております。」

 「うむ、ヴィヴィにはレオンティーヌの家庭教師もあるのだ。ガエル村再開拓の件は極力セレスタンを頼るように。」


 おじいちゃん家令をそんなに馬車馬のようにこき使ったら、寿命が縮んじゃいませんか?

 いえいえ、レオンティーヌ様の家庭教師をやりながらガエル村再開拓なんて、私の方がこき使われていませんかっ。

 レオンティーヌ様の貴族学園入学後には、貴族学園の先生まで押しつけられてますよっ。

 さすがにそこまでは無理そうな気がするわ。貴族学園の先生の依頼はお断りさせていただきましょう。


 「以前に貴族学園の先生の依頼の話をされておりましたが、ガエル村再開拓を優先させていただきたいのです。先生の依頼の話はお断りさせてください。」

 「待て、それはそれで重要な依頼だ。断らないでほしい。」

 「断る断らないの前に、その件に関しては正式な依頼書も提出されておりませんし、契約もしていません。このまま話は流れてもよろしいかと思いますが。」

 「それは・・・・・レオンティーヌが水魔法での【治癒】を会得できたら正式に契約をしようと考えていたのだ。決してヴィヴィとの約束をおろそかにしようと思ってのことではない。」

 「でも、私がガエル村へ詰め始めたら、王都へ戻ってこれなくなりますよ。」

 「しかし、ガエル村での仕事はセレスタンに任せて、王都から指示だけを出してもよいのだぞ。」

 「え? セレスタン様は帳簿管理や資産管理はできるでしょうけど、農業とか、ましてや油絞りとか分からないですよね。」

 「教えていただければ私でもできますでしょう。」

 「痩せた土地への肥料を与えたり耕したりは、農業をしたことのないお年寄りには無理ですよ。」

 「それならヴィヴィさんのような子供ではもっと無理な重労働ではないでしょうか。」

 「いえ、私には魔法がありますので。」


 その一言でガックリと肩を落とすおじいちゃん家令、小さな声で『そうでした。』とつぶやいたのが、ちゃんと聞こえました。


 「しかし、ずっとガエル村にいなくとも王都に戻る時間は作れぬか。」

 「約束はできませんが、時間が空くようでしたら戻るようにいたします。」

 「うむ、それでいい、頼むぞ。」


 ずいぶんと侯爵様にはお世話になっているし、無碍にすることもできないわね。極力戻るようにしますよ、ぐらいは言っといてもいいかも。約束はできないけど・・・・・

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