74.ご褒美・・・ 何を?
何回かの魔法訓練でお嬢様の扱えるマナが増えてきてはいるようで、呼び出せる水球は徐々に大きなものとなっていた。
フェリシーちゃんと比べるとまだ見劣りするけど、こればっかりはしょうがないわね。フェリシーちゃんは技術的にも知識的にも真っ白の状態に、私の知識で初めて魔法が使えるようになったんだから、他の魔法使いの先入観が無かった分、私の言葉をとっても素直に吸収してくれたんだわ。
だからといって、お嬢様の魔法がこの先伸びないってわけじゃないわ。だって、ソフィがあれだけ素直に私の言うことを聞いて、魔法を行使しているんだもの。
お嬢様だってソフィに匹敵するぐらいの魔法使いにだってなれるはずよ。
魔法が思ったほど伸びていかない代わりに、算術が凄いわ。足し算引き算はほぼ間違えなくなってきたし、九九の計算表はもうほとんどカンペキってぐらいに記憶したみたい。それに付き合わされてる侍女さん達が大変そうだけど。
このまま掛け算割り算をマスターできれば算術だけは首席をとれそうね。
そんなかんじでお嬢様に魔法や算術を教えて日々を過ごしていたら、テオが帰ってきた。ソフィには聞かれたくなかったらしく、私とテオだけで話すことになった。
「ただいま戻りました。クリストフ殿から手紙を預かって参りました。グラシアン様からクリストフ殿に宛てた手紙です。」
「お父様からの手紙ですかっ。み、見せてください。」
テオから受け取った手紙、差出人はお母様? 中の手紙は・・・お父様だわ。
『親愛なるクリストフ殿
届け物を送付するのが予定より遅れてしまった事をお詫びする。
妻が一時、病に伏したが、テオドールとニコレットが無事そちらに向かっているとの報せを受け元気を取り戻した。暖かくなるのを待ち妻の体力が戻れば、ヴァランティーヌ教国へ礼拝の旅に出るつもりだ。その時には足を伸ばしてガエル村も訪ねてみようと思う。旅に出るに当たって私の立場は、従兄弟のフェルナンに押しつける事になった。おかげで安心して家を離れる事ができる。クリストフ殿に会えるのを夫婦共々楽しみにしている。
追伸、届け物がどうなっているのか、とても楽しみにしている。
グラシアン・ライオネット』
「お母様が・・・ ご病気に? テオ・・・・・帰りたい、お母様のところに、」
お父様にもお母様にも会えずに、旅立つ事になって・・・別れの挨拶さえもできなかった。
他人との接触を禁じられ、塔に幽閉されていたけど、でも確かにお父様お母様には愛されていた。
会いたい・・・・・
涙がこぼれ落ちるのも嗚咽も止められない。
隣の部屋にいたはずのニコが、私の横に座って背中をさすってくれる。
「何があったの?」
「グラシアン様の手紙を見せたら望郷の念に駆られたようだ。」
お父様の手紙を読んだニコが囁いてくれた。
「ヴィヴィ、グラシアン様はあなたに会いに来るのよ。喜ぶべきじゃないかしら。」
「うぐっ、うっ、でもっ、お母様がご病気に・・・」
「ロクサンヌ様も元気を取り戻しています。きっと元気な姿でお目にかかれますよ。お嬢様が一人だけ気落ちして元気がなかったら、グラシアン様もロクサンヌ様も悲しんでしまいます。お二人のためにも元気になりましょう。」
「そ、そうね。私の元気な姿を見せなきゃ、お父様お母様は悲しんでしまうわね。」
元気な姿でお父様お母様に会いに行かなきゃいけないわ。めそめそしてちゃいけないのよ・・・・・? いつ何処にいらっしゃるのでしたっけ?
「お父様お母様は、王都までいらっしゃるの?」
「いえ、ガエル村へいらっしゃるとのことです。暖かくなってからとなっていますから、まだ先の話になりますね。」
「ガエル村の状況はどうなの? お父様お母様が無事に生活できる状況なの?」
「寂れた村です。土地が痩せて農業に向かないとの話です。村を治めていた代官も引き上げてしまって放棄された状態です。神父として村に入ったクリストフ殿が仕入れる物資でなんとか餓えずにいられるようですが、早急に手を打たねば村がなくなる可能性もありますね。」
「村がなくなるって、人はまだ住んでいるんでしょう?」
「年寄りばかりで若者がおりません。村の人口は減る一方でしょう。」
「そんな・・・ お父様とお母様は消え去る村に住もうとしているの?」
「作物の育ちが悪い、村を盛り上げる若者がいない、人口を増やす手立てがなければ村は消え去る宿命です。」
作物の育ち? 私が土魔法で枯れ葉や牛糞を混ぜ込んで耕せばなんとかなるわ。
人口を増やす? どうやって?
そうだ! 侯爵家で兵役に就いてる犯罪奴隷達、あの人達を連れていけば・・・ でも16人しかいないのよ。侯爵様が許可を出してくれるか分からないし。
ウ~ンウ~ンと悩んでいるところを、ニコに肩を揺すられて我に返った。
「え? なに?」
「侯爵家の侍女が来ています。侯爵様の夕食のお誘いです。」
ちょうどよかった? 侯爵様にいろいろ相談してみてもいいんじゃない?
「あ、そのお誘いは受けるわ。みんなもいくんでしょう?」
「呼ばれてるのはヴィヴィだけですよ。今後のレオンティーヌ様の学習方針とかのお話をしたいんでしょう。」
「分かったわ、行ってくる。」
侍女さんに案内された食堂、テーブルにはレオンティーヌ様が着いていたけど、まだ侯爵様の姿はなかった。
「ヴィヴィ先生、わたくしとても頑張っていると思いますの。特に計算問題はほとんど間違えなくなっていますわ。」
「そうですね、算術に関しては次の段階に進んでもよいかもしれません。」
「え? 算術はお休みにして魔法に集中してもよろしいのでは?」
「いえいえ、座学は大事ですよ。」
遅れて入ってきた侯爵様、椅子から降りて・・・ 椅子から降りるとテーブルの下に隠れちゃうから侯爵様の横まで歩いてご挨拶。
「本日はお招きに預かり恐悦至極に存じます。」
「うむ、堅苦しい挨拶はよい。食事にしよう。」
給仕の方々が皿を持ってきては、何々でございます、とか説明してるけど、大丈夫よ、聞いてはいないわ。
食事が進みながら、今日の本題を侯爵様が話し始める。
「レオンティーヌの家庭教師の件だが、なかなかに良い成果が出ていると報告が入っておる。算術の家庭教師の報酬も上乗せを考えておるのだが。」
「アリステイド様っ!! レオンティーヌ様はお父様お母様の元を離れ王都へ来ています。お身内はアリステイド様しかおりません。報告を聞くだけではなく、レオンティーヌ様ご本人からお話を聞いてあげてくださいっ!!」
「む、そ、そうか、その通りだな。確かにそうだ。
どうだ、レオンティーヌ。勉学の進み具合はどうなのだ。」
「が、頑張っておりますわ。算術はとても進んでおりますのよ。これもヴィヴィ先生がとても優秀な先生だからでございますわ。」
「算術の進み方がめざましいとセレスタンも言っていたな。魔法はセレスタンも近づけさせないそうではないか。そちらの進み具合はどうなのだ。」
「そうですね、水魔法の【治癒】を覚えるのには繊細な水の操作が必要になりますので、今は水の操作方法を練習していただいています。」
「そうかそうか、それでどの程度操作ができるようになったのだ。」
「わたくしの前に水の球を浮かせられるようにはなりましたわ。まだまだヴィヴィ先生ほどの水球は出せませんけど、学園に入るまでには水弾を撃ち出して見せますわ。」
「・・・・・?? 水球が浮く? 何の話をしておる?」
「え?」
「え?」
「いや、その、水球とか水弾とか。」
「水魔法の話でございます。何かおかしな話がありましたか?」
「レオンティーヌの水魔法は、コップ一杯分の水を出せる程度だったはずだが、それを撃ち出そうという事か?」
「お祖父さま、わたくしはもうそんなレベルではございませんわっ。」
そういえばそうね、水球を浮かべられるようになっただけでもめざましい進歩には違いないわね。水球のサイズだって30cmぐらいまで大きくなってるし。そろそろ水弾を撃ち出す練習をしても良さそうだわ。
「まさか、入学までに水弾を使えるようになるとでも?」
「充分に日数はありますし、水弾でも水槍でも覚えられるでしょう。」
「そ、そうか。攻撃魔法を使えるようになるとは思わなかったが、それは魔法学科での卒業時のレベルではなかったか?」
「ええ――っ!!
・・・レオンティーヌ様・・・ 主席入学も夢ではありませんっ。」
「わ、わたくしは、優れた人間ではございませんわ。主席で入学できたからといって、すぐに優秀な子供達に追い越されてしまいます。わたくしは普通に入学して普通に卒業したいですわ。」
「魔法学科での成績優秀者は王国騎士団魔法騎士隊に入隊できるのだぞ。騎士団の中でも魔法騎士隊はエリートだ。」
「で、でも、騎士隊だなんてわたくしには務まりませんわ。」
「今からそんな先の話を考えてもしょうがないでしょう。まだ選択肢は他にもありますし。貴重な【治癒】魔法要員の就職先もきっとありますよ。」
「うむ、まあ、優秀であれば引く手あまたであろう。そうなれば侯爵家の娘として政略結婚で使い潰される事も無かろう。」
「政略結婚もあるんですかっ。」
「貴族家は他家との繋がりが欲しいゆえの政略結婚は多々ある。まあ、我が侯爵家は領地の財政も健全なのでな、それほど悪い婚姻話は来ない。」
え、レオンティーヌ様にはもうすでに結婚の申し込みがきているとか? そうよね、かわいらしいお嬢様だし、これから先とても美しく成長されるのが想像できるわ。今のうちから婚約をしたいと思う男性が現れても不思議でも何でもないわ。
「話は戻るが、ヴィヴィの家庭教師としての能力はとても優秀であると言わざるを得ない。」
「レオンティーヌ様が優秀だっただけでございます。私の力ではありません。」
「前の算術の教師では、これほどの成果を出せなかっただろう。算術にしても魔法にしても、ヴィヴィが優秀でなければレオンティーヌもここまでは覚えられなかっただろう。それに対しての褒美を出さねばならんと思っておるが、ヴィヴィは何を望む?」
ご・・・ご褒美・・・ 何を?




