72.九九
今日からお嬢様の魔法の授業が始まるわ。その前に算数の授業もやらなきゃいけないんだけど、計算問題を事前に作っておかなきゃいけない。
ベレニス先生が作ってきた問題用紙みたいなものだけど、ベレニス先生もあんな紙切れ一枚の問題用紙で済ませちゃうだなんてズルすぎじゃない?
おじいちゃん家令に、紙が欲しいとお願いしたら、どっさり紙を用意してくれたわ。紙ってすごく高価じゃなかったっけ? もちろん必要分だけでいいとお断りはしたわ。
「こんなにたくさん必要ありません。」
「そのまま置いといてください、足りなくなったらすぐ補充いたします。いつでも言ってください。」
束になった紙を私達の部屋にドンと置いていったおじいちゃん家令。お嬢様の勉学に好きなだけお使いください、ということなんでしょうけど、ベレニス先生も同じように紙を受け取っていたんでしょうね。それなのに問題用紙一枚だけとか、他の紙はどうしてたんだろう・・・・・横領とか横流しとか?
今更本人を探して問い詰める気もないし、この件は放置ね。
お嬢様用の計算問題を2枚の紙に書き出していく。問題数は多くない。足し算引き算は早めに終わらせて掛け算を始めてもいいと思ってる。だから計算問題は少なめに、余った時間で九九を覚えてもらいましょう。もう1枚の紙には九九の計算表を書き込む。
一朝一夕に覚えられるものじゃないけど、暇さえあれば読み上げてもらうようにこの計算表はお嬢様に肌身離さず持ち歩いていただきましょう。
「ヴィヴィ先生、おはようございます。今日からよろしくお願いします。」
お嬢様のご挨拶、私がもう先生と呼ばれているんですけど。
「おはようございます、お嬢様。」
「わたくし達は師弟ですの。ヴィヴィ先生が師、わたくしは教え子なのですわ。お嬢様などと呼ばずに、レオンティーヌと呼んでください。」
「ええーっ・・・ ええ、まあ、善処します。」
とりあえず、返事は濁しといても大丈夫よね。お勉強してるうちに忘れちゃうんじゃないかしら。
「で、では、本日の計算問題です。急ぐ必要はありませんが、時間を掛けすぎたからといってよい結果が出るわけでもありません。この問題を半刻で解いてください。残りの時間で答え合わせと新しい学習に入ります。」
「ちょ、ちょっと待って、ベレニス先生よりも進み方が早すぎですわっ。」
「ベレニス先生はあまりにものんびりしすぎていたんではないかと思います。その学習ペースでは学園の授業が始まったときに出遅れることになりますよ。侯爵家のご令嬢ともあろう方が他家の子息令嬢方に水をあけられるようなことにでもなれば、後ろ指を指され陰で馬鹿にされる可能性もあります。
いかがです? そんな学園生活を送りたいですか?」
「う・・・・・ い・・・嫌です・・・」
「そうですよね。私もレオンティーヌ様の入学までに、学習面で学年でのトップまで引き上げようとは思っていません。せめて普通ぐらいの学習能力で入学できるように努力いたしましょう。」
「でも・・・・・ こんなにたくさんの問題・・・」
「あ、大丈夫です。午前中に終わらない場合は午後の魔法の時間を削ります。」
「え―――っ!! 魔法を削るなんて、嫌ですわっ!!」
「じゃあ頑張りましょう。時間は有限ですよ。のんびりすれば魔法の時間がなくなりますよ。」
慌てて解き始めたお嬢様、そんなに慌てるとまた間違えそうよ。
お嬢様が解いてる間に次回の問題を作っておけば、仕事が少しは楽になりそうだわ。
次回次々回分の問題用紙もできたし、そろそろお嬢様も解き終わったかしら。
解答をのぞき見れば、あ~、あと2問ね。解答は? 誤答がが1問ね。今解いてる問題を間違えずにいければいいわね。
解答が終わるまでしばし待つ。
「できましたわっ!! いかがです? ヴィヴィ先生。」
「こことここが間違っています。計算し直してください。」
「こ、答え合わせもしてないのに、なぜ分かるの?」
「こちらから見て、もう答え合わせは終わってますよ。」
ガックリとうなだれてもう一度問題用紙に取り組むお嬢様。
部屋の隅に控えていた侍女さんが話しかける。え、お嬢様ではなく私に?
「ヴィヴィ先生、少し休憩を挟みますか。お茶を用意いたしますが。」
「あ、そうですね、そうしましょう。
レオンティーヌ様はお茶の用意ができるまでに間違いを訂正しておいてくださいね。」
「ヒ~~」
お嬢様はなんとか訂正して正解を導き出したおかげで、お茶にありつきました・・・しか~しっ、小皿に盛られた焼き菓子を取り上げ紙の上にあける。
「さて、問題です。ここにはレオンティーヌ様、私、侍女さん、3人がいます。その3人が5個づつ焼き菓子を食べると、全部で何個の焼き菓子が必要でしょう?」
「え? え~、それは、何ですの?」
「これは先ほどまでの足し算引き算とは全く違う計算です。」
ウ~ンウ~ンと考えながらも答えを導き出す。
「3人が5個を食べるのよっ。焼き菓子は残らないわっ。」
「ち、違います、お嬢様。3人が5個でございます。8個ですよ。」
「違いますよっ!! そもそも侍女さんは5個の焼き菓子を盛り付けて3人に一皿ずつお出ししましょう、という発想はないんですかっ!!」
え? と呆けた顔の侍女さん。何かに気づいたようにポンと手を打ち、お嬢様に説明を始めた。皿の代わりに3枚の紙を並べて。
「お嬢様の前に5個の焼き菓子です。ヴィヴィさんの前にも5個です。私の前に5個です。」
「そ、そうよっ、ロメーヌ、5+5+5で15個よっ!!」
「15個はあっていますが、計算が違いますっ。5個の皿が3つです。5×3=15となります。これが掛け算です。」
「か・・・け?」
「掛け算です。学園入学までに掛け算と割り算をマスターしていただきます。」
「その掛け算って学園入学後に教わるものじゃないんですかっ?」
「そのようですね。でも優秀な子供達なら、入学前に家庭教師が教え込んでいるはずです。そのような優秀な子供達の中でお嬢様は落ちこぼれてもよろしいのですか。」
「落ちこぼれるなんて、全員がそれを覚えて入学してくるわけではないでしょう。」
「そうです、覚えてこない子供達もいるでしょう。でも、それを知らない子供達にお嬢様が教えて差し上げる。これってかっこよくないですか?」
「か、かっこいいかよくないか、で考えたら・・・・・ とてもかっこいいですわっ。」
「しかも、勉学を教えた子供達でお嬢様独自の派閥ができちゃうかも。」
「派閥っていうと・・・・・ お茶会を開いたりするときのお友達とか・・・」
「まあ、最初のお付き合いとしては、そこから始まるのもアリですね。学園でのお友達形成はお嬢様の将来にきっと役立ちますよ。信頼のできるお友達を作ってくださいね。」
「わ、わたくしの信頼できるお友達はヴィヴィですわっ。」
「お嬢様、私がここにいるのはハンターとしてギルド経由の依頼を実行中だからです。依頼の完了と共にここを離れるとき、同じ言葉を掛けていただいたら、とてもうれしく感じるでしょう。」
「もう一度っ、もう一度同じ言葉を掛けますわ。そうしたらお友達でいてくださいますの?」
にっこり笑って『はい。』と返事をしたけど、教育方針に手心加える気はありませんので。かなり厳しめに教育するつもりなんだけど、きっと最後には、『あんたなんか友達じゃない。』なんて言われたりしちゃうんだわ。
ま、友達でいられるかどうかではなくて、私への依頼はお嬢様の教育なのよ。
「さて、掛け算の話に戻りますが、ここに掛け算の計算表を書き出してきました。お嬢様にはこの計算表をカンペキに記憶していただきます。」
お嬢様に手渡した九九の計算表、まじまじとのぞき込むお嬢様。
「む、無理よ、こんなの覚えられるわけがありませんわ。」
「私でさえ記憶してますよ。お嬢様ができないわけがないでしょう。」
「ベレニス先生とのやりとりで聞いていましたけど、本当に覚えていらっしゃるの?」
「問題を出していただいて構いませんよ。」
「で、では、3×8は?」
「24です。」
「6×7は?」
「42です。」
「8×9は?」
「72です。」
「こんなもの、どうやって覚えるというのです?」
「覚える気になってくれましたか?」
「ヴィヴィ先生が覚えていらっしゃるのに、わたくしが覚えないわけには行かないのでしょう?」
「それでは私の後に続いて読み上げてください。いんいちがいち、いんにがに・・・・・・・・・・・くくはちじゅういち。以上が九九の計算表を覚えやすいように読み上げたものです。記憶するのに日数がかかっても構いません。次回の算術までにある程度は記憶してきてほしいものです。本日の算術はこれで終わります。よかったですね、午後の魔法の授業に食い込まずに済みましたね。次回の算術で九九の計算表の覚えが悪かったら、午後も算術になりますので、覚悟はお願いしますね。」
「ええ――――――――――っ!!」




